25話 作戦の要
※今回もベル視点のお話です。
「ベル様の近衛騎士としての任を、アベル様より再び与えられました。ベル様の剣として、何なりとお使いください」
「うん。セイくん、よろしくね」
作戦会議が終わると、アベルお兄さまが用意してくれたテントで一夜を過ごす事になった。
作戦の決行は明日の早朝となり、改めてセイくんと再会の言葉を交わして、メレカの淹れてくれた紅茶を飲む。
「随分と若い騎士しゃんでしゅよね。今更だけど歳は幾つなんでしゅ?」
「歳? 十三ですよ、アミーさん」
「本当に若いでしゅね。ベルしゃんより年下だったでしゅか」
「セイくんは私の近衛騎士の団長なんだよ。って、あれ? アミーってセイくんと会った事があるんだっけ?」
「ベルしゃん達がアイスデザートに行ってる間に、みゆしゃんの楽器魔法集めで一緒にいた時とかもあったんでしゅよ」
「そうだったんだ」
「にゃー。それよりお腹空いたにゃ。何処に行ったらご飯が食べられるにゃ?」
視線を向けると、尻尾を垂れ下げたナオちゃんがお腹をさすっていた。
「そう言えばご飯まだだったね」
「食事でしたら、携帯食があるのでお持ちします。少々お待ちください」
「うん。お願い」
「はい」
「ニャーも行くにゃ」
よっぽどお腹が空いていたのか、ナオちゃんがセイくんの後に続いてテントを出て行く。
私はその背中を見送ると、紅茶を飲みながらゆっくりした時間を過ごす。
でも、それから直ぐの事だった。
未だに降り続ける雨の音で聞こえ辛くはあるけど、何だか外が騒がしくなってきた。
聞こえてくるのは、騎士たちの騒々しい沢山の声。
魔族にこの場所が知られてしまって、ここに攻めて来たのかと思ったけど、そんな感じの騒がしさでも無い。
どうしたのだろうとテントの外に出てみると、傘も差さずに騎士が何人も慌ただしく走り回っていた。
「巫女様!」
不意に呼ばれて振り向くと、アベルお兄さまの近衛騎士の一人が、慌てた様子で私に近づいて跪く。
「ご報告します! 伝道師エミールの妹君クラナリア様の結界に亀裂が生じました! 至急状況を確認し、状況次第では今直ぐ作戦を実行するとの事です!」
「分かった。お兄さまには私も現地に今直ぐ赴くと伝えて」
「は!」
騎士は返事をすると一礼して、直ぐにアベルお兄さまの許に向かって行く。
「なんか大変な事になってきたでしゅね。場所はトーンピースの北東側にある【神楽鈴林道】でしゅっけ?」
「うん。トーンピースに隣接してる場所だよ」
神楽鈴林道とは、光の魔力が満ちている“神域”と呼ばれている森林にある。
それに、私が封印の儀式の練習をした場所でもある。
木々は全て神楽鈴と形状が同じで、鈴に似た木の実が特徴的。
森林と言っても規模はそこまで大きくない。
中央には社が建っていて、毎年年初めにトーンピースの村人たちがその年の豊作を祈る場所でもある。
社の管理は長寿であるエルフ族が勤めていて、それを知っているのは私達王族と、関係者のごく一部。
表沙汰では伝道師の関係者が管理していると言う事になっている。
理由はエルフ族が希少で、盗賊や奴隷商人に目をつけられない為。
伝道師の関係者が管理していると世間で認識されていれば、余程頭の悪い者でも無ければ、絶対に近づかないのだ。
そして、今この社を管理していると言われているのが、伝道師エミールの家系で父親だった。
エミールの妹であるクラナリアがここまでついて来たのは、そう言う理由もあったからだ。
今この神楽鈴林道に隣接している村の一部が、クラナリアが結界を張っている場所になる。
明日予定していた作戦は、この神楽鈴林道を経由して、村の人達を助けると言うものだった。
「でも、最初に聞いた時は驚いたでしゅねえ。神楽鈴林道内であれば、上手く動けば逃げきれるんでしゅよね?」
「はい。あの神域は光の魔力で満ちている為、魔族の力が弱まるようです。それに、魔力探知出来る魔族も、あの神域内ではそれが出来ないようですね」
「うん。でも、問題は神楽鈴林道を抜け出した後だよ。森林の外に魔族が所々に配備されていて、それを突破する必要があるから」
「他にも問題はあります。今のところ魔族達は神楽鈴林道から湧き出る光の魔力に恐れて、森林を破壊するに至っていません。ですが、もし破壊か放火でもされてしまえば、作戦事態が難航します。最悪作戦の中止も余儀なくされます」
「そうでしゅか。トーンピースは魔族にとっての最重要拠点って言われていて、あたちみたいな下っ端は来た事が無かったんでしゅが、神楽鈴林道って言うのは魔族にとってそんなに厳しい所なんでしゅかね?」
「どうだろう? 私は儀式の練習で来ていた時、凄く居心地が良かったけど」
「神楽鈴林道は神域と呼ばれているだけあり、神の加護で護られているとも聞いた事があります。ですので、我々にとって良い場所であっても、魔族にとっては好ましくない場所なのかもしれませんね」
「そんな場所にあたちが行って大丈夫なんでしゅかね?」
「我々の任務はあくまでも森林の外にいる魔族達の誘導です。森林の中に入るわけではございませんので、問題は無いと存じます」
「メレカしゃん、それって多分フラグになってましゅよ?」
「ふらぐ……?」
「何でも無いでしゅ」
アミーの言うフラグ? の意味はよく分からないけど、とにかく、私達はその後直ぐに戻って来たナオちゃんとセイくんを連れて、トーンピースの北東にある神楽鈴林道へと向かった。
空は暗く、どしゃ降りの雨が降り続ける。
夜の闇が光を奪い、視界の悪い状況での作戦の前倒しによる決行。
作戦の内容は私達誘導部隊が魔族の目を引きつけて、その隙にアベルお兄さまたちが森林に入り、神楽鈴林道を通って村人を助けに行くと言うもの。
クラナリアの報告によると、魔力を探知出来る魔族は今はいないらしい。
理由は多分、探知できたとしても、神楽鈴林道内では意味をなさない為だ。
だから、魔族は神楽鈴林道内よりも、その外にいる事で逃亡をさせまいとしている。
でも、神楽鈴林道内に魔族が全くいないと言う事でも無い。
魔力探知は出来なくとも、手練れの魔族を何人か配備していて、その魔族達の目を欺く必要もある。
ある意味では、この作戦で一番危険にさらされるのはアベルお兄さまたち。
だから、私達が失敗する事は絶対に許されない。
◇
神楽鈴林道の森林が見える位置までやって来ると、私達は魔族のいる場所を確認して、アベルお兄さまが森林に侵入する為の経路も確認する。
アベルお兄さまは既に作戦開始前の所定位置で待機しているので、私達が作戦を実行すれば、いつでも突入出来る状態だった。
それ等を確認すると、私達は作戦内容の確認を始める。
「では、最後の確認を行います。今作戦での我々の役割は、暴獣を使った誘導になります」
「ニャー達が直接戦ったら、魔族に作戦を知られちゃう可能性があるからって言うけど、ニャーは全部倒せばいいと思うにゃ」
「ナオしゃんは本当にブレないでしゅね。全部倒す前に、村人を人質に取られたら元も子もないでしゅよ」
「アミー様の仰る通りです。ナオはくれぐれも作戦をかき乱すような行為は控えるようにしなさい」
「にゃー。ニャーももう大人にゃ。あの馬鹿王子のような行動は慎むにゃ」
「あの馬鹿王子もナオしゃんの反面教師として役に立っていたんでしゅねえ」
「にゃー」
ナオちゃんとアミーがうんうんと頷くけど、私はちょっと複雑な気分。
二人の言いたい事は分かっちゃうけど、やっぱりお兄さまの悪口を言われて気持ち良いものでもない。
でも、言われても仕方ないとも思ってしまう自分がいる。
やっぱり私は性格が悪いんだなって思ってしまう。
「二人とも、王族に対してその様な言葉は不敬罪になりますよ?」
「ニャーは王族の血が流れているから同等の立場として言っただけにゃ」
「あたちは魔族だから人間のルールなんて知ったこっちゃないでしゅ」
「なら構いません」
「え? 構わないの?」
ナオちゃんとアミーのそれっぽいけど滅茶苦茶な理由。
そんなのじゃメレカは折れない……筈なのに、普通に即答して「構いません」なんて言うから、私は思わず声を上げてしまった。
すると、メレカが「はい」と私に微笑んで答えた。
ちょっと驚いちゃったけど、仕方ないかもしれない。
セイくんだってメレカの態度には驚いているし、やっぱりメレカを知る人なら、そんな風に驚いちゃうのだ。
だって、ヘンリーお兄さまってメレカの嫌いな……って、ここで誰もヘンリーお兄さまとは言って無い事に私は気が付く。
名前が出てないのにヘンリーお兄さまと決めつけた私は、自分に「お馬鹿」と心の中で呟いた。
と言っても、多分当たっているけど……。
「姫様?」
「あ、ううん。何でも無い。続けて?」
「……? はい。では」
メレカは頷くと、作戦内容の確認を続ける。
「おびき寄せて、魔族の注意を引く為に利用する暴獣は、ここ等を縄張りにしているグランドチーターです。本来であれば狩りに出る早朝が好ましかったのですが、状況が状況の為に致し方ありません」
狩りの時間が好ましかったのは、それを利用して魔族を襲わせる事が出来たから。
グランドチーターは魔力を微量に感じれて、それを利用した狩りをする。
そして、狩りの邪魔が入れば、その邪魔者を狩り対象に変更するのだ。
アベルお兄さまは幾つもの作戦を考えていて、その一つが、それを利用したものだった。
闇の魔力を取り入れた魔石を使って、グランドチーターの狩りを邪魔して、その相手を魔族と思わせる。
そうする事で暴獣が魔族を襲い、一時的に魔族の目を逸らさせて、その間に森林に侵入する。
欠点としては、脱出時にはどうしても戦闘から免れないと言う事。
でも、その欠点も私達がいればいくらかは補える。
戦闘は免れなくても逃げる時間が稼げればいいのだから、倒す必要なんてない。
倒す必要が無ければ、逃げる事に集中出来る。
私達の役目は、最初の誘導と、脱出時に攻撃を仕掛けての誘導。
本当は両方ともアベルお兄さまの近衛騎士とセイくんが引き受けていたみたいだけど、私達の方が適任だから近衛騎士の人達に変わってもらったのだ。
何故なら私達の仲間には魔族であるアミーがいて、そして、狩り対象の変更が失敗した場合の保険……ううん。
作戦の要が私達の中にいるからだ。
そしてその要と言うのは――
「グランドチーターならニャーがいれば何とかなるにゃ」
「そこは期待してるわよ。早朝での作戦を決行できない以上、貴女の力が必要になるわ。頼んだわね」
「にゃー」
要と言うのは、種族は違えどグランドチーターと同じ猫種のナオちゃんの事。
グランドチーターはとっても凶暴だけど、実は同種の猫種には温厚で有効的と言う変わった特徴がある。
だから、ナオちゃんがグランドチーターに協力を求めれば、狩りを邪魔する事無く作戦を実行出来る。
「それじゃあ、早速行って――――」
「皆の者! オレに続けー!」
ナオちゃんの言葉を遮るように、突然聞こえた大きな声。
それはよく聞きなれた私の兄、ヘンリーお兄さまの声だった。
「――にゃ?」
「うそ? なんで……?」
「セイ、これはどう言う事!?」
「知らない! こんなの作戦には一つも無かった!」
「やっぱりあの馬鹿王子は城に帰すべきだったでしゅ!」
状況は一変し、私達はヘンリーお兄さまを見て声を上げた。
ヘンリーお兄さまは何を考えたのか、自分の近衛騎士団を先導して、森林の前で待機している魔族達に向かって走っていたのだ。
「結界に亀裂が生じた今、最早一刻の猶予もない! トーンピースの民を救う為、魔人メドゥーサを一撃で倒した作戦の要であるこのオレが、貴様等魔族に引導を渡してやる! 魔族ども覚悟しろ!」
アベルお兄さまは……ううん、私達は初手で失敗してしまった。
ヘンリーお兄さまを相手に“要”だと言ってしまったのが、そもそもの間違いだった。
でも、それに今気がついたところで、時は既に遅かった……。




