21話 運命
記憶の断片を見た後に意識を取り戻して最初に見たのは、心配そうに俺の顔を覗き込む二人の顔。
みゆとフウだった。
フウの膝枕に頭を預けた状態で、俺は眠っていたらしい。
目を覚ますと、みゆとフウが顔を綻ばせて喜び、みゆが俺に抱き付いた。
その時、何か変な違和感を感じて、上体を起こして周囲を見回した。
場所は変わらずの鐘楼塔に囲まれた台座の目の前で、ただ、光り輝く小さな鐘は無くなっていた。
だが、その代わりにまさかの人物……天使ガブリエルが台座の上に座っていた。
違和感の正体はガブリエルだったのだ。
ガブリエルと目がかち合うと、ガブリエルがニコリと笑みを浮かべた。
「やあ。久しぶりだね」
「ガブリエル……っ」
「ふーん、その反応。やっぱり、君は見てはいけないものを見たようだね」
ガブリエルの顔は笑っていたが、怒りを感じる。
記憶の断片を見て分かった。
この世界は二回では無く、百回以上も繰り返されている。
そしてその元凶は、目の前の天使ガブリエル。
ガブリエルは娯楽の為に転生者を生み、それをきっかけにして邪神が誕生した。
「見てはいけないもの……か。まあ、お前からしたらそうだろうな」
ガブリエルからは怒りを感じるが、敵意までは感じない。
だから、俺は警戒はするものの、戦おうだとか逃げようだとかは思わなかった。
しかし、場の空気は張り詰めたもの。
みゆ達は俺が目を覚ました直後はホッとした表情を見せていたが、直ぐに緊張した様子で俺達二人を見守る。
「そうだね。ボクにとって、これは誤算だ。まさか、五千年前の封印の巫女がこんなものを仕掛けていたなんてね。今までヘーラー様を恐れて、ここに来なかった結果がこれだなんて、本当に嫌になっちゃうよ。でも、君もこれで分かっただろう? 邪神は封印する以外に倒す方法が無いんだ」
「……俺が死んだ世界。その世界での俺が死んだ原因は何だったんだ?」
俺はその答えを知っている。
だが、確認したかった。
アレが本当に起こった事なのか。
本当に、俺がベルに殺された世界があったのか。
「君も見ただろう? あの時は君が無謀で愚かな邪神討伐を夢見たのが原因だね。出来もしない夢を掲げて、挙句仲間を巻き込んで全員死なせて、最後には君が死んだよ。封印の巫女の手によってね」
「……そうか。何故ベルが俺を?」
「なんだ。そこまでは見ていないんだね? まあ、いいか。教えてあげるよ。あの時は死んでいく仲間に心を痛めた彼女が、その弱った心……魂を邪神に操られたんだよ」
「魂を……操られる…………?」
「そうさ。結果、君は抵抗も出来ずに死んだ。呆気なかったな~。仲間を全員犠牲にして死なせてしまって、それで封印の巫女の魔力を元に戻したのに、挑んだ最終決戦でそれだからね。本当に最悪な世界だったよ。ボクとしては、それでも邪神を討伐出来ていれば構わなかったのにさ。あ、ついでに教えてあげると、その世界では獣人達の国のベードラとクラライト王国は君が死ぬ前に滅んだよ。原因は――」
「もうそれ以上はいい。なら、邪神を封印するのが一番良い方法なのかもな」
「分かってくれて安心したよ」
ガブリエルの怒りが消えて、ニコニコとした見たままの感情が伝わる。
気分を良くしたガブリエルは、手を叩いて「そうだ」と呟き、ピュネちゃんに視線を向けた。
「デルピュネー。君には今からティアマトの所に行ってもらうよ」
「ティアお姉様の所……? 何故ですか?」
「何故だって? 言わなくても分かるだろう? それに、君は本来舞台には立たない者だ。ここ等で退場しておくべきだとボクは思うな」
「……分かりました」
記憶の断片を見たおかげで、その理由が俺には分かった。
俺達の仲間として行動を共にする事が、最初の世界では無かった。
だから、最初と同じ道を進む為には、その道にいなかったピュネちゃんを除外する必要があった。
ただ、ティアマトの許に行く理由は分からない。
記憶の断片で、ガブリエルが邪神を封印する時に何かをするつもりでいる様な発言をしていた。
もしかしたらその何かをする為に、ピュネちゃんをティアマトの許に向かわせるのかもしれない。
「え? ぴゅねちゃんとお別れするの?」
「みゆちゃん……」
みゆが悲しそうにピュネちゃんの手を掴んで、ピュネちゃんはみゆに悲し気な微笑みを見せる。
それを見て、俺が留守にしている間に、二人が仲良くなったのが伝わってきた。
「なあ? ガブリエル。俺としてはピュネちゃんにはこのまま一緒に仲間としていてもらいたいんだが、それは必要な事なのか?」
「もちろん必要さ。それにね、今だからこそ教えてあげるけど、この世界は今までの世界の中で一番異常なんだ。出来るだけ例外は排除しなきゃいけない」
「一番異常……? 俺が関わった世界は最初と二回目と四回目と、それから今だけだと思うが、それで異常だって分かるのか?」
「分かるさ。まず一つは、君が元の世界に一度戻っていた事だ。今までの世界……君以外を英雄にした時だって、こんな事は一度も無かった」
「一度も……? 百回以上繰り返されたのにか?」
「その通りさ。だから、ボクも危険を承知で君に接触したんだ。まあ、その結果、君の妹のお願いを聞いてあげる事になるとは思わなかったけどね」
「薄々そうじゃないかって思ってたけど、やっぱりみゆは本来この世界には来ないんだな?」
「そうだね。君の妹と母親があまりにも面白かったから、ボクもうっかり願いを叶えちゃった。おかげで色々大変な事になって焦ったよ。だから、デルピュネーを同行させたのさ」
記憶の断片を見たおかげで、その辺は何となく察しがついていた。
ティアマト以外の宝鐘の守り人は確実にガブリエルと裏で繋がりがあり、俺達の動向を監視している。
と言っても、別に俺はその事について何かを言うつもりはない。
それどころか、正直少し感謝してるくらいだ。
ピュネちゃんにはみゆも懐いているし、それに、俺も色々とお世話になって助けてもらった。
しかし、そうなると一つ謎が残る。
「ドレクがベルの命を狙ったのも、最初の世界と同じなのか?」
「あ~。あのお馬鹿さんは予定外さ。この世界で起きている異常の一つだね」
「まあ、そうだよな。邪神を封印するってのに、ベルの命を狙うなんて普通じゃないからな」
「全くだね。それに、彼は最初の世界ではドレクの名を引き継いでいないからね」
「マ? って事は、そもそもとして、そこからおかしかったのか」
「でも、そんなの些細な事さ。そんなものより君が右腕を失った事の方が焦る事態だった。あの時は内心ヒヤッと……って、この話はやめよう。最初の世界と違う事なんて一つ一つ挙げていたらキリがない」
ガブリエルが台座の上から降りて、翼を広げる。
「ボクはそろそろ行くよ。あまりここに長居はしたくないからね。それに、君が封印の道を選んでくれるなら“運命”は変わらないはず。何も問題はないんだ」
「運命……か。だけど、百回以上も世界を繰り返して、俺が関わったのは今回で四回目だろ? しかも、宝鐘を集めたのは三回目だ。運命って言うには前例が少なすぎじゃないか?」
「そんな事は無いさ。少なくとも、ヘーラー様はこの“運命”を否定していない」
女神ヘーラー。
記憶の断片で見た女神。
俺はその女神の事をよく知らないが、少なくともガブリエルは絶対的存在だと認識している相手。
だからこそ、姑息に動き回る事はあっても、女神の逆鱗に触れないようにしているのだろう。
そしてその女神が運命だと言えば、否定する道理もないってわけだ。
「ああ、そうそう。それから、ボクが君に興味を持ったのは本当だよ。元々ボクは弱者である君に興味なんて持っていなかった。だからこそ、強い力の才能を持つ器を探して、英雄になるように仕向けた。でも、この最後の世界で君を初めてしっかりと観察して、興味を抱いたのさ。ヘーラー様は何故君のような弱者に期待しているのかって言うきっかけはあったけどね」
ガブリエルが翼を羽ばたかせて空を飛ぶ。
そして、上空から視線をみゆに移し、微笑む。
「邪神からの伝言は確かに受け取ったよ。でも、だからって直ぐには行かないけどね。だって、そんなのどう考えても罠じゃないか。そんな罠に引っかかるほどボクは馬鹿じゃない」
そう言うと、ガブリエルは最後に俺と目を合わせて、ニッコリと微笑んでから飛び去っていった。
ガブリエルの去る姿を見上げながら、俺は考える。
伝言と言うのは、みゆとピュネちゃんがアスタロトからトーンピースに来いと伝言を頼まれた話だろう。
俺が気を失って眠っていた間に伝えていたようだ。
しかし、まあ、ガブリエルの言う事は最もだ。
伝言を伝えたみゆとピュネちゃんには悪いが、それで本当に行くのは馬鹿のやる事だと俺も思う。
どう考えたって罠だ。
とは言え、ベルが関わっている以上、俺なら間違いなくその罠にハマりに行く。
ガブリエルにしたって、直ぐには行かないって言う辺り、慎重に行動するつもりなのだろう。
「とりあえず、俺達もアリアを城に帰したら、直ぐにトーンピースに向かわないとな……って、あ。そう言や魔車がないんだったな……」
「うん。……ねえ、お兄ちゃん。何を見たのか、わたし達にも教えてよ」
みゆの質問に振り向くと、みゆもフウもランもピュネちゃんも、真剣な面持ちで俺を見ていた。
「そうだな。帰りながら話す。ガブリエルが見てきた世界をな」




