19話 記憶の断片 前編
「そんな事があったのか……」
「うん。それでこっちに天使さんがいると思って来たんだけど、いないみたいだね」
「だな。っつうか、さっきも言ったけど俺達も今魔族を倒したところだし、いたとしても気付く余裕は無かったな」
「ですねん。と言うか、私はその天使のガブリエルと言う方を見た事が無いので、いたとしても分かりませんけどねん」
「私は一度見た事があるけど、記憶を消されて覚えてません」
「ごめんなさいね。あの時はわたしも逆らう事が出来なくて……」
「あ、気にしないで下さい。責めているわけでは無いので」
と言うわけで、俺達は合流して、お互いの情報を簡単に交換した所だ。
アリアは今はピュネちゃんが抱いていて、ぐっすりと気持ちよさそうに眠っている。
「まあ、いないもんは仕方ないし、さっさとここの楽器魔法を手に入れて帰ろうぜ。リーン王妃もアリアの事が心配だろうしさ」
「あ。その事なんだけど、お兄ちゃん、あのね。楽器魔法って、唯一“鐘”は回収できないの」
「……マ?」
「うん。多分、鐘の楽器は光の魔法でしか無理だと思う。ここにべるお姉ちゃんがいないから分からないけど」
みゆを信じていないわけでは無いが、思わず俺はフウに視線を向けた。
すると、フウが頷いて、ランと一緒に声を合わせて答える。
「「みゆ様が仰っている通りですよ。ここに来たのは初めてですけど、少なくとも他の場所では回収できませんでした」」
「マジかあ……」
まあ、出来ないものは仕方ない。
そう言う事なら、さっさと帰るかと俺は気持ちを切り替える。
するとそんな時、ふと、提案を思いつく。
「そうだ。なら、光の魔力ってのを、俺が回収できるかやってみるか」
「え? お兄ちゃん、何言ってるの? お兄ちゃんの魔力は光じゃないよ?」
「いいからいいから」
首を傾げるみゆにそう言うと、俺は最近では常に携帯している魔石を取り出して、魔力を見る目で周囲を探る。
「………………あった」
呟いて、皆に見守られながら、俺は光の魔力が集まっている場所に向かって歩き出した。
そうして辿り着いたのは、八方にある鐘楼塔に囲まれた台座がある祭壇。
八方にある鐘楼塔は他のものと見た目が違っていて、その鐘楼塔だけしっかりとした形で残っていた。
「ヒロ様。もしかして、魔石の中に魔力を取り入れるつもりですか?」
「ああ。絆の魔法なら可能だと思ってさ。ここで光の魔力を回収して、ベルに渡せば喜ぶんじゃないかって思ってな」
「もう、お兄ちゃん! 女の子とお話してる時に他の女の子のお話をするのはNGだよ!」
「いや、なんでだよ。っつうか、そんな流れじゃなかっただろ」
「デリカシーなさすぎ! べるお姉ちゃんの為でも、こういう時は念の為とか適当な言葉を使っておけばいいの! そもそも理由なんて言わなくて良いじゃんか! そんなんだから彼女が出来ないんだよ!」
「ええ…………」
「み、みゆ様。元はと言えば私から聞いた話なので、ヒロ様を責めないで下さい」
「駄目だよ、ふうお姉ちゃん。お兄ちゃんは甘やかしたら調子に乗るんだから」
「同意です。ヒロ様は姉さんの事をもっと大切にして下さい」
「ら、ランー!」
「あらあら、うふふ」
みゆの恋バナ好きが発動して、とても面倒臭い雰囲気になる。
正直俺としては、マジで面倒なので一先ず無視を決め込みたいが、後々もっと面倒になるのでちゃんと聞く。
と言うか、他の女の子の話するなと言うけど、時と場合によると思うんだが?
まあ、更に言い返せば話が長引くかもしれないので、ここはメレカさんの説教で鍛えた精神で乗り切るのが一番だ。
と思ったが、特に必要も無さそうだった。
「みゆちゃん、お兄さんに会えて嬉しくって、本当は甘えたいのね~。せっかく会えたのに色々あって、甘えられなかったものね」
「――っ! ぴゅ、ぴゅねちゃん! もおー!」
ピュネちゃんの言葉で、みゆが顔を真っ赤にして頬をふくらます。
それを見て、俺はやれやれとため息を一つ吐き出して、屈んで両手を広げた。
「ほら、おいで」
「むう! ……違うけど、しょうがないから甘えてあげる」
みゆは頬をふくらませたまま俺の腕の中に来て、抱きしめると、ちょっとだけ恥ずかしそうに抱きしめ返してきた。
なんと言うか、最近はしっかりしてきたと思っていたけど、まだまだ甘えたい年頃らしい。
俺に構ってほしくて少しイライラしていたなんて可愛いじゃないか。
と言っても、もう小学五年生だし兄離れしてもおかしくない年頃。
まあ、可愛い妹の為だ。
兄離れするまでは、うんと可愛がってあげよう。
暫らくみゆを抱きしめていると機嫌も直ったので、皆に見守られながら早速魔石に魔力を取り入れる作業を開始する。
まずは台座に手をかざして、絆の魔法を使う為に魔力を集中。
すると、台座が発光して、台座の中から光り輝く小さな鐘が現れた。
「あれ? なんだこれ?」
「なんだこれって、お兄ちゃんが出したんじゃん」
「いや、そうなんだけどさ。俺はもっとこう、形の無いフワフワした光が出てきて、それを魔石に入れるって感じのイメージだったんだが……」
こんな形のある物が出てくるなんて、正直予想外だった。
だから俺は動揺したわけだが、そこにピュネちゃんがやって来る。
「これは恐らく記憶の断片です」
「記憶の断片……? って、まさか、ティアマトの所で見た映像のようなやつか?」
「はい。わたしも直接見たのは初めてですけど、以前似たような物をティアお姉様に見せてもらった事があります。これを取り出せたと言う事は、もしかするとヒロさんの絆の魔法なら、この鐘に宿った記憶を見る事が出来るかもしれません」
「…………やってみる」
緊張してごくりと唾を呑み込み、絆の魔法を右手に集中する。
そして、ゆっくりと光り輝く小さな鐘に触れた。
瞬間――信じられない程の記憶が俺の頭の中に流れ込んできた。
◇
「シャイン、シャイン?」
「あ、お兄さま。シャインはここです!」
何処かで見た二人の子供……ああ、そうか。
ティアマトに見せてもらった映像の双子だ。
これは五千年前の記憶?
それにここは……カリヨンなのか……?
頭の中に流れ込んだ記憶は鮮明に彩られ、五千年前の遺跡と呼ばれていない頃のカリヨンと、双子の兄妹を映した。
そして双子の妹……シャインの目の前には、見覚えのある人物が一人。
「シャイン……? その人は誰?」
「やあ。はじめまして。ボクはガブリエル。この世界の女神ヘーラーに代わり、この世界を創造した天使だよ」
「天……使様…………? 神様じゃないの?」
「君の疑問は最もだ。だけど、残念ながらボクは見ての通りの天使さ。創造した以上、神を名乗っても良いとはボクだって思うけど、天使なのは変わらないんだ」
「お兄さま。天使さまはね、お兄さまに会いに来たの!」
シャインは若干興奮気味に笑顔を向けて話すと、兄の後ろに回って背中を押した。
すると、ガブリエルはニコニコとした笑みで、兄の頭を撫でた。
「君の名前を聞かせてくれるかな?」
「あ、ごめんなさい。僕はアーサーです」
「へえ。今はアーサーって言うんだ? 良い名前だね」
何やら含みのある言い回し。
その言葉にアーサーはピクリと体を震えさせ、顔が強張る。
すると、ガブリエルは満足したと言った表情を見せて、アーサーの耳元に顔を近づけた。
「君は前世の記憶があるだろう? それはボクから君へのプレゼントなんだ。君は前世でとても悲しい目に合って死んだ哀れな人間だったからね。この世界で君がどう生きるか興味があるんだ。と言っても、君がしたくて堪らない復讐の相手は、この世界にはいないけどね。……アーサー、最近退屈な日々を過ごす可哀想なボクを楽しませてくれるのを期待してるよ」
シャインに聞こえない声量で告げ、ガブリエルは顔を離す。
アーサーの体は震えていた。
そして、目を見開き、ごくりと唾を呑み込んでガブリエルを見る。
異様な空気。
二人の目はかち合い、シャインは何も分からず不思議そうな視線を二人に送る。
「さて、長居していたら、ヘーラー様にあまり干渉するなって怒らてしまうからね。ボクはこの辺でお暇するよ」
「えー! もう行っちゃうの? 天使さまー! 私もっと天使さまとお話したい!」
「あはは。ごめんね。でも、きっとまた会えるよ」
「ほんとー?」
「もちろん本当だとも。ボク等天使は子供には優しいからね。と言っても、本当に会う事があれば、それは君にとって良く無い状況かもしれないけどね」
「よくないじょーきょー?」
「あはは。分からなくていいよ。それに、それは君のお兄さん次第だから」
「お兄さま?」
シャインは頭にクエスチョンマークを浮かべて、アーサーに視線を向ける。
しかし、アーサーは顔を強張らせたままで、シャインを見ようともしなかった。
「さて、それじゃあ、本当にさよならだね」
「――あっ。天使さま!」
ガブリエルは笑みを浮かべながら空へと舞い、この場から去って行った。
シャインはそれを見上げながら、姿が見えなくなるまで手を振って見送った。
その背後で、遠ざかるガブリエルを睨み見るアーサーに気付く事無く……。