16話 奇襲
暴獣の巣、それは、人を襲う暴獣たちが住処としている森。
しかしここは、とある大森林の中の一画にすぎない。
この森の本来の名前は【ウッドブロック大森林】。
これからネビロスと戦いに行くにあたり、俺はこのウッドブロック大森林について、改めて説明を受けた。
この森には区画がある。
俺達がタンバリンを目指して通ったのが、暴獣の巣と言われていてる区画。
一般的にはこの暴獣の巣が有名で、この森の事を話す時は、誰もがウッドブロック大森林では無く暴獣の巣と呼ぶ。
その理由は、森の中心にある別の区画を囲むように、その名前の通りに暴獣の巣があるからだ。
森の奥、つまり中心には、別の区画が存在している。
そしてその別の区画は【迷いの森】と呼ばれる場所だ。
暴獣の巣の獣道を歩いて行くと、暴獣たちが住処にしている巣穴があるのだが、その直ぐ近くに迷いの森の入り口があるのだとか。
だから、迷いの森に行こうとすると、必ずと言って良い程に暴獣に襲われる。
そう言う事もあり、人が迷いの森に入る事は滅多に無い。
なので、暴獣の巣と迷いの森をまとめてウッドブロック大森林と呼ばず、皆が暴獣の巣と呼んでいるわけだ。
そしてその迷いの森だが、これまた暴獣の巣と変わらず厄介な所だ。
その名の通りの場所で、一度入ったら迷って出られなくなる。
森の中では、夜な夜な森で迷って死んだ霊が、森を出ようと彷徨っているのだとか。
まあ、そう言うのもあって、誰も好き好んで行きたくなる様な場所じゃない。
俺は幽霊だとかは信じる信じないで言えば、別にどっちでも良いって考えだ。
だけど、ここが魔法が存在する色んな種族がいる異世界って事を考えると、少なくとも迷いの森で彷徨う霊はガチなやつなんだろうなって思う。
俺達がこれから向かうのは、迷いの森の入り口の近くにある暴獣の巣穴だ。
だから、迷いの森の説明を受けて、絶対に間違って入らない様にと注意された。
因みに暴獣の巣穴に向かうと言っても、最初に出会った巨大なリスだったりと暴獣にも色々な種類がいるわけだが、俺達が向かうのはその後に群れで襲ってきた暴獣の巣穴の方だ。
恐らくだが、ネビロスが暴獣を操っている。
そう考えた俺達は、捕らわれた人達は暴獣の巣穴の中にいるのではないかと考えた。
それが、俺達が暴獣の巣穴を目指す理由だ。
「暴獣の巣穴までのルートって決まってるんですか? そのまま真正面からってわけにもいかないですよね?」
「そうですわね。気付かれて囲まれでもしたら、少々厄介ですわ」
「うん。ちょっと困るかも」
「はい。姫様の仰る通りです。出来れば暴獣との戦闘を最低限に抑えたいですね」
「にゃー? 全部やっつければ問題ないにゃ」
「ネビロスと戦おうってのに、暴獣と戦って体力を消耗したら駄目だろ」
「なるほどにゃー」
「うーん。……メレカさん、ちょっと森の地図を見せて貰っていいですか?」
「どうぞ」
ナオの家にあった森の地図をメレカさんが見ていたので、俺はそれを受け取って、暴獣の巣穴の位置を確認した。
「あれ? 巣穴の近くに川が通ってる?」
「だにゃー」
「この川、もしかしたら使えるかもしれないな。メレカさん、ネビロスに襲われた時に、俺に使った魔法をまた俺にかけてもらっていいですか?」
「はい、構いませんが……? バルーンウォーター」
メレカさんが魔法を使い、俺はあの時と同じ様に水で出来た風船に包まれる。
そして、その水の風船に中から触れて、強度を確かめる。
あの時はもの凄い衝撃で割れてしまったが、それなりに強く押しても、全然割れる気配が無かった。
「これって、元々どう言う魔法なんですか?」
「全方向からの衝撃を抑える効果を持った魔法です。魔法の使用者の練度にもよりますが、並大抵の攻撃程度は防ぐ事が出来ます。例えば……そうですね。地上から百メートル程離れた空の上から落下した程度でしたら、地面に落下した時の衝撃を防げますよ」
「すげえな。あ、因みにこれって水中でも使えますか?」
「水中でですか? 勿論使う事は出来ますけど……あっ。そう言う事ですか」
「どう言う事だにゃ?」
「この魔法で川の中を移動するんだよ」
「良い考えですわね。確かにそれなら魔力を感知されるか川の中を覗かれないかぎり、暴獣達に気付かれる心配はありませんわ」
「でも、それだとメレカへの負担がかなり大きい事になるよ? この魔法は大小関係なく外からの衝撃を吸収すると弾けちゃうの。川の中を移動するなら、常に張り続ける必要があるよ」
「マジか。だから俺が中から強く触っても平気なのか」
まあ、百メートルも空の上から落ちた様な衝撃は与えてないけど。
「いいえ、姫様。その様な心配をして頂く必要はございません」
メレカさんはそう言うと、青く輝く魔石を俺達に見せた。
しかも、一個や二個ではなく、数十個も。
「この通り、水の魔石をマリンバから採掘済みです。これだけあれば、この魔石の魔力を媒介にして、長時間魔法を使い続ける事が可能です」
「流石メレカ! 頼りになる!」
「恐れ入ります」
「何はともあれ、これで問題は無いって事か」
「そうですわね。ネビロスに魔力探知能力が無い事が前提ですが」
「だにゃ」
「では参りましょう」
メレカさんの合図で、いよいよ出発する。
そして、俺達は川へ向かって歩き出した。
暴獣に気が付かれない様に慎重に進んで行き、暫らくしてから、川のある場所に無事に辿り着く。
「今の所は問題無くここまで来れたな」
「でも、何か変な感じがするにゃー」
「変な感じ?」
「だにゃ。静かすぎるんだにゃ」
「そうなのか?」
「そうですわね。暴獣……もそうですけど、風に揺られる木々の音しか聞こえませんわ」
やはり獣人だけあって、そう言うのに敏感なのかもしれない。
耳を澄まして周囲の音に集中してみると、確かに何も聞こえなかった
この森に初めて入った時は、鳥の鳴き声だって聞こえてきたのに、今はそれすら聞こえてこない。
風に揺れる木々の枝葉が揺れ擦れる音だけが聞こえ、正直言ってそれが騒めきの様で不気味に聞こえる。
「既に暴獣達に見つかってるって事は?」
「隠れている気配も感じませんし、魔力も感じません、それは無いでしょう」
「……何だか不気味だな」
「今は先を急ぎましょう。気にしすぎて行動を遅らせて、結果暴獣に気付かれてしまっては元も子もありません」
「そうですね。じゃあ、お願いします」
「はい」
不気味なこの雰囲気が気になったが、メレカさんの言う通りだ。
今はとにかく進むのみ。
メレカさんが俺達五人を囲む大きさのバルーンウォーターを出して、俺達は川の中へと入って行った。
◇
川の中を進み始めて、だいたい一時間くらいの時間が経とうとしていた。
これだけ長い時間歩くと魔力の消費もかなりのものらしく、メレカさんが持つ水の魔石も最後の一つとなっていた。
「残りの魔石ってそれだけですか?」
「はい。元々この魔法はこの様な用途で使用する魔法でありません。ですので、川の流れが想像以上に強いと言うのもあり、維持をする為の魔力の消耗が激しいですね」
「大小関係なく、衝撃を吸収したら弾けるってやつですね」
「はい。この魔法の欠点ですね」
百メートルも空の上から落下した時の衝撃を吸収できるって言っても、継続して使うかどうかとそれは関係無いのだ。
それで実際にここの川の流れが強く、それ自体の衝撃や流れに乗って流される小石なんかもあたるので、メレカさんは常に魔石の魔力を使い続けている。
そりゃあ魔力の消耗も激しくなるってものだろう。
「そろそろでしょうか……?」
メレカさんが不意に呟いた。
どうやら暴獣の巣穴に辿り着く頃合いのようだ。
今のところは順調に進んではいるが、問題はここから先だ。
村の人達から聞いた情報によると暴獣は昼前に狩りに出るらしく、丁度この時間は巣穴にはいないとの事だが、川に入る前のあの不気味さが気になる。
「なあ、ベル。魔力を探知して、暴獣がいるかどうか確認って出来ないのか?」
「この魔法の中に長く入ってて分かったんだけど、この中って常に魔力に囲まれてる状態だから、外部の魔力が読み辛いみたいなの」
「あ。ニャーもそれ思ったにゃ。全然外の魔力が分からないにゃ」
「って事は、ベルも分からないって事か?」
「うん」
ここに来て、不安な要素が見つかってしまう。
川の中を通ると提案した手前、若干責任を感じるし、嫌な予感がしてならない。
俺がモヤモヤと考えていると、メレカさんが「出ます」と合図をして、俺達は川から上がった。
メレカさんは川を出ると同時に魔法を解除して、小杖を構えた。
しかしそれは、別にここから先を慎重に進む為に構えたわけじゃない。
それは、俺達の目の前に暴獣が群れを成していたからだ
「マジかよ……っ。何で暴獣がこんなに沢山いるんだよ? 嫌な予感はしてたけどさ。それにしたって多すぎだろ?」
「やはり、暴獣を操っていたのがサーベラスではなくネビロスだったと言う事でしょう。暴獣達のこの様子からすると、恐らく私達の行動が筒抜けだったと言えますね」
マジで最悪な状況だ。
この森に住む暴獣の全てが、この場にいるのではないかと思うほどの数の暴獣達がいる。
そして、まるで待ち構えていたかのように、俺達は暴獣の群れに囲まれてしまったのだ。
「ネビロスが暴獣を操っていたとしても、そんな事より、わたくし共の行動がネビロスに筒抜けだった理由が分かりませんわね。ネビロスは魔力探知の術を持っていますの?」
「そんなのはどうでも良いにゃー」
ナオが爪を鋭く伸ばして、魔力を爪に集中する。
すると、赤色の魔法陣が爪を通り過ぎ、ナオの爪が炎に包まれた。
「先手必勝クロウズファイア! 切り裂くにゃ!」
ナオが目前に広がる暴獣の群れに飛び込んで、炎に包まれた爪を振るう。
マリンバでのナオの活躍は凄いと感じたが、やはり凄いとしか言えない戦いぶり。
次々と暴獣達を倒すその姿は、子供とは思えない程に頼もしい。
「グオォォオオオォッッ!」
「――げっ」
「バレットウォーター!」
ナオに見惚れていた俺を襲ってきた暴獣をに向けて、メレカさんが水の銃弾を放った。
暴獣は俺の眼前で頭を撃ち抜かれて、悲鳴を上げて絶命する。
「あ、ありがとうございます」
「いえ。それより、ナオはあの調子ですし、ここは一つ、二手に別れませんか?」
「二手にですか?」
「はい。ネビロスにこちらの行動が読まれていたと仮定して、ここで暴獣を仕掛けたと言う事は、巣穴に何かあるのかもしれません。そして、本当に何かあるのだとすれば、早めに調べる必要があるでしょう。ですので、戦力的に考えてですが、私とナオの二人で暴獣を引き受けて、ヒロ様と姫様とミーナは巣穴に行くのが最善の策かと」
「成る程……」
メレカさんの作戦は最もかもしれない。
ナオが次々と暴獣を倒してくれているが、暴獣の数にキリがない。
次々と湧いて出て来て、寧ろ数が増しているくらいだ。
ここまでするって事は、俺達をここから先に通したくないって事だ。
間違いなくこの先に何かがある。
「分かっ――」
「待って! 私がナオちゃんと残るから、メレカがヒロくんと一緒に行って!」
「姫様……?」
俺が返事をするのを遮ってベルが喋り、そして、困惑するメレカさんに向けて言葉を続ける。
「ヒロくんとミーナの二人と私を組ませるのって、回復役も必要だからって思ったからでしょ? 私も回復できるから、そう思ったんだよね?」
「はい。仰る通りです。ですから、姫様はヒロ様と一緒に行って下さい。ネビロスとの戦闘になれば、姫様の力が必要になります」
「それは違うよ、メレカ。もしそうなったら、絶対に私よりメレカの方が適任だもん。それに、戦力的にもメレカがヒロくん達と一緒に行動した方が絶対に良い。今の私はメレカより全然弱いんだよ? 私じゃ足手纏いになっちゃう」
「ですが、この数の暴獣を相手にすると言うのなら、幾らナオが強いと言っても、姫様を残して二人になど出来ません! 最悪、こちらにもしネビロスが現れでもすれば、それが更に危険な――」
「そこまでにしなさい、二人とも。わたくしと英雄殿の二人で巣穴に向かいますわ」
ベルとメレカさんが珍しく言い争いを始めてしまって、それを終わらす為に、メレカさんの言葉をミーナさんが遮った。
すると、メレカさんが動揺してミーナさんに視線を向けて睨む。
「何を言っているの!? ミーナ、貴女はそれが――」
「ここで言い争いをしている暇は全くありませんのよ? こちらの行動がネビロスに知られている可能性がある以上、素早く行動に移す必要がありますわ」
「だからその為にも、私は最善の策を!」
「俺もミーナさんの意見に賛成だ。ベルとメレカさんはここで暴獣の相手をした方が良い」
「――ヒロ様まで!? 何を仰っているのですか!?」
「ベルは足手纏いってんなら連れて行けない。メレカさんはベルを護る従者でメイドだ。側にいなきゃ駄目だろ? それに二人じゃ危険ってなら、三人で残れば良い。だから、俺とミーナさんの二人で行く。そんで二人はここでナオの援護。以上。説明は終わりだ」
そこまで言うと、ベルとメレカさんは俺の言葉に反論せず、ただ、表情を曇らせた。
とにかく、今は呑気に話してる場合でも無い。
「行きましょう! ミーナさん!」
「ふふ。承知しましたわ! 突破口はお任せあれ」
俺の呼びかけにミーナさんが答え、暴獣の群れに飛び込んだ。
そして、ミーナさんは暴獣を蹴散らしながら進んで行き、俺もその後を追う。
こうして、俺とミーナさんの二人で暴獣の巣穴へと急いで向かった。




