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鐘がために英雄はなる  作者: こんぐま
最終章 君と絆の物語
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9話 諦めたくない気持ち

 ベルが封印の巫女として背負ったものは、邪神を封印する為に、長く生きられないと言う悲しく辛い現実だった。

 俺はそれが受け入れなくて絶望し、それでもベルの望みを叶えたいと言う思いだけで、なんとか正気を保っていた。

 そして、そんな中でも、ティアマトの話は終わらなかった。


 天使が使う時の魔法。

 宝鐘を一か所に固めず各地に置いて集めさせた理由。

 それ等が語られたが、俺の耳には入ってこなかった。

 それ程俺にはベルの事がショックで、何も考えられなかった。

 だが、最後に出た話だけは、俺の意識を向けさせるのに十分なものだった。


「これで最後になりますが、害灰について少しお話をします」


 害灰……それは、今一番ベルを苦しめているものだ。

 だから、俺は何か解決策を見出せるかもしれないと顔を上げ、自分が今まで俯いていた事に気がついた。

 そして顔を上げればティアマトと目がかち合い、ティアマトが微笑する。


「封印の巫女の状態から察するに、害灰を取り入れてしまったとお見受けします」


「分かる……のか…………?」


「はい。このままいくと、恐らくですが、近い内に封印の巫女は邪神にされてしまいます」


「――っ」


「近い内に……私が……」


「姫様……」


「英雄様。先程までの貴方様は、真実を知って酷く落ち込み、とても話を聞ける状態ではございませんでした。ですが、今なら違いますね?」


「……ああ。悪かったよ。怒鳴った事も、落ち込んで話を聞いてなかった事も」


「ふふ。お気になさらないで下さい。それより話を続けましょう」


 ティアマトが微笑み、俺だけでなく、ベル達一人一人と目を合わせてから言葉を続ける。


「英雄様が仰っていたループ、そして封印の巫女が繰り返していると言う話ですが、実は当たっています」


「……は? 違うって言わなかったか?」


「それは、繰り返す者が記憶を取り戻したら、別の手段を探すかもしれない。と言う事についてです」


「そこかよ。それならその時直ぐにって……いや、まあ、タイミングの話でもないか。結局ベルは知ってたんだし、確かに間違ってたよ」


 俺が認めると、ティアマトは「そうでしょう」とでも言いたそうな表情で微笑んだ。

 若干苛立ちを覚えたが、最早そんな事で怒るのも馬鹿らしいので、俺は眉根を上げるだけに止めた。


「でも、害灰とそれが関係するのか?」


「関係します。最初の五千年前の世界では、ご覧になった通り害灰は存在していませんでした」


「……あ。そう言えばって言うか、映像だから見えなかっただけじゃないのか?」


「いえ。あれはそのままを映しています。真実を見せるのが宝鐘の守り人の役目ですから」


「マジか」


「あの、私からも質問して良いかな?」


「はい。もちろんです」


「少し話を戻しちゃって悪いんだけど、私って転生者なの? 全然記憶が無いんだけど……」


「転生者であり、そうでない。それが貴女です。今の貴女は過去に縛られないように記憶が洗浄され、転生者とは言えない存在となっています。ですから、能力スキルの類は使えません」


「そうなんだ……。答えてくれてありがとう」


「いえ。それでは話を続けます」


 ティアマトはベルに微笑んでから、再び俺に視線を戻して言葉を続ける。


「まず、害灰の性質ですが、これは魔族にとっての加護と同等のものです。加護とは、魔力を持たない自然の力。しかし、特殊な方法で魔力に変換する事が出来ます。害灰も同じで、魔族は害灰を魔力に変換する事が出来ます」


 ピュネちゃんが以前、害灰を加護のようなものと言っていたが、これがその詳しい答えなのだろう。

 確かに用途が同じなら、だいたい似たようなもんだとなる。


「では、この害灰がいつから存在したのか? それは、最初の世界での貴方様と邪神の戦いの時です」


「……最初の世界の俺?」


「はい。今の世界は二回目の世界なのです」


「は……? 二回目……?」


 いきなりの真実を聞かされ、俺は驚き言葉を繰り返し尋ねた。

 だが、ティアマトは特に気にする事も無く、そのまま言葉を続ける。


「最初の世界では、封印の巫女は転生者として産まれました。その結果、邪神との戦いも最初はそれ程苦しい戦いではありませんでした。とは言え、英雄の召喚は行われています。五千年前の戦いでは、英雄の力があったからこそ、邪神を封印出来たからです。そして邪神は苦戦を強いられ、加護の存在を利用し、害灰を生み出しました」


「でも、その最初の世界でも、邪神は封印されたんだよな?」


「はい。ですが、害灰の力の影響もあり、それは苦難の戦いと変わりました。そうですね……一つ例をあげましょう。最初の世界では、貴方様の仲間の一人であるフウと言う名の少女、彼女は死んでいます」


「――っ! フウが死んだ……?」


「やはり、現世では死んでいないようですね」


「やはりって、ただの勘かよ」


「いえ。最初の世界では封印の巫女に害灰を入れられると言う事が無かったので、だいたい予想はつきました。フウと言う名の少女が死ぬ事で、その妹のランが覚醒して上位の魔法を修得して、巫女を害灰から護ったので」


「…………そうか」


「そっか。それなら、私が害灰を入れられちゃったのだって、悪い事ばかりじゃなかったんだ。良かった。フウが死ななくて」


「ベル……」


 なんとも言えない気持ちになった。

 ベルが辛い事になったのに良かったなんて思えない。

 だけど、それはフウが生きてくれたからで、死んでいればなんて思えなかった。


「ごめんなさい。例え話が意地悪でした。これは反省ですね」


 ティアマトは俺の顔を見て申し訳なさそうに話し、頭を下げた。

 俺はその意外な行動に驚いて、何だか気が抜けてしまう。


「気にすんな。それより、話を続けてくれ」


「はい。では、続きを……」


 ティアマトはそう言って顔を上げ、そして、今までで一番真剣な面持ちになった。


「最初の世界で邪神が封印される時、邪神は時の魔法を使いました。その結果、この世界に二回目が訪れたのです」


「時の魔法……っ!?」


「時は五千年前へと巻き戻り、邪神は転生者として産まれた頃まで戻りました。しかし、これは邪神にとっても誤算と言える結果になりました。何故なら、今まで積み上げてきた力を全て失ったのですから」


「えっと……時の魔法で過去に戻ると、使った本人の記憶は引き継げるけど、今まで積み重ねてきたもの……力とかは全部最初からになるんだっけ?」


「はい。しかし、それでも記憶を持ちながら五千年前に戻った邪神は脅威でした。最悪今度こそ封印が出来ない恐れがあるどころか、邪神の双子の妹である封印の巫女を殺す可能性もあります」


「確かに……っつうか、よく殺されなかったな?」


「それは、女神ヘーラー様が時の魔法を感知する事が出来るからです。邪神が過去に戻った時点で時の魔法を感知して、神の権限で未来を見ました。そして、封印の巫女を転生者にして、五千年後の戦いを含めた全ての記憶をそのまま受け継がせたのです。その結果、二回目の世界での戦いは最初の世界よりも熾烈を極めました」


「あれ以上だってのか……?」


「はい。二回目……つまりこの世界の五千年前の戦いでは、邪神の手によって、直ぐに害灰が世界に充満しましたので。しかし、それでも最初の世界と変わらぬ最期を迎えました。その結果があるからこそ、最初の世界で封印の巫女が経験してきたものが、予言として言い伝えられたのです」


「変わらぬ最期……か。確かにそれなら、最初の世界と同じ道を歩けば、邪神を封印出来るってわけだ……ん? なあ? なんで二回目のこの世界では、ベルは転生者じゃなかったんだ? 予言を残すよりは、転生者として産まれた方がよっぽど良かったんじゃ?」


「害灰の影響です」


「害灰!?」


「はい。五千年前、邪神を封印する最後の段階で、最初の世界では起きなかった事が起きました。それは、封印の巫女が害灰を体内に入れらると言うものです」


「私と同じ……?」


「同じです。その結果、封印の巫女から害灰を取り除く為に、魂を洗浄する必要がありました。そのまま転生させると、封印の儀で邪神復活の際に害灰までもが吸収され、最初から完全な状態で復活される恐れがあったからです」


「害灰ってのは体内に入ってる様に見えて、実は魂の中に入れられてるって事なのか?」


「仰る通りです。加護と害灰の決定的な違いはここですね。一度取り入れてしまうと、死んだ後に魂を洗浄する以外の方法がありません。それ以外の方法となると、邪神に吸収させる事くらいですね。ですから、五千年前の封印の巫女は邪神を封印した直後に、死ぬ前に生き残った仲間達に予言を残しました。と言っても、五百年に一度の封印の儀はそれ以前から伝えていたので、殆ど残す言葉は無かったようです」


「じゃあ、洗浄せずに転生して、封印の儀をあえてやらないって方法は出来なかったのか?」


「出来ません。しなければしないで邪神が復活し、最悪の場合は最初の世界よりも酷い状況になります。各国にある宝鐘は、封印の間で邪神を封印していた光鐘こうしょうと繋がっていましたので」


「ど、どう言う事だ……? 繋がってた?」


「ヒロ様、宝鐘を各国に置き、集めさせていた話を聞いていなかったのですか?」


「……すまん」


 メレカさんに睨まれ、俺は心底反省する。

 ベルの事で頭がいっぱいで聞いてなかった自分が情けない。


「仕方がありません。でしたら、この話に関わる部分だけ説明致します」


「お願いします……」


「邪神を封印していた光鐘は、各国にある宝鐘を使ったものです。そして、それは常に繋がっていて、封印の儀の最中に封印が解かれた時に、再びその機能を宝鐘に与えるものだったのです。ですので、封印の儀をせずに封印が解かれてしまえば、各地の宝鐘に封印の力が宿らないとなります」


「マジか……。じゃあ、どうあがいても封印の儀式は必要だったわけか」


「そうなります」


 俺がメレカさんから話を聞くと、ティアマトが立ち上がった。


「随分と話しが長くなってしまいましたね。これにて私の話を終わります。それから、スリートに夕飯を作らせていますので、どうぞ召し上がって下さい」


「あ、もうこんな時間だったんだね」


 ティアマトの言葉にベルが空を見上げ、俺もつられて空を見上げた。

 空はだいぶ暗くなってきていて、もう陽は沈みかけていた。

 暖かく、光を放つ宝鐘の周囲で話していたから気が付かなかったが、結構時間が経っていたようだ。


 こうして、宝鐘の守り人ティアマトの話が終わり、俺達は氷の家の中に向かって歩き出した。

 するとそんな時、ふと、ナオが視界に入って俺は呆れる。


 何故呆れたのかと言うと、ナオが眠そうに大きなあくびをしたからだ。

 ナオはあれだけ衝撃的な話を聞いたのに、かなり眠そうな顔でトボトボ歩いていた。


「随分と眠そうだな」


「にゃー。どうでもいい話ばっかでつまらなかったにゃ」


「どうでもいいって……。結構重要な事だったと思うぞ?」


「にゃー? でも、ヒイロは予言通りに邪神を封印するにゃ?」


「それしか方法がないなら、そうするしかないだろうな。まあ、宝鐘を一つ奪われてるから、それもどうなるか分からないけどさ」


「ニャーは邪神を倒せば良いだけだと思うにゃ。過去とか二回目とかどうでもいいにゃ」


「どうでもいいって――」


「ナオの言う通りですね」


「――どぅわあ! メレカさん!?」


 急にメレカさんが澄ました顔で現れ、驚く俺の隣を歩く。


「姫様の手前で私もああは言いましたが、あれは姫様の望みであって、私の望みではありません。私は私で別の考えがあります」


「はは。何だよそれ? ずっるいなあ。じゃあ、メレカさんはベルが邪神を封印して死ぬのは反対って事じゃねえか」


「ふふ。ヒロ様はおかしな事を仰いますね? 二人で約束したではありませんか。姫様を必ずお護りすると」


「……それもそうか」


 メレカさんが澄ました顔を見せ、ナオが再びあくびする。

 俺はと言うと、色々考えていたのが馬鹿らしくなってきた。


 メレカさんはベルがこのままだと死ぬ運命だと分かった上で、ベルを護ろうと決心している。

 ナオは邪神を封印では無く、倒そうとしている。

 うじうじしてるのは俺だけだ。


 ったく、マジでかっこ悪くて嫌気がするな。

 …………うしっ。


「決めた」


「にゃ?」


「俺は俺なりのやり方を見つける。邪神を封印するにしろ、しないにしろ、諦めずにベルが犠牲にならない方法を探す」


「ナオのように倒すと言う選択肢はないのですか?」


「どうだろうな? 五千年前の英雄が俺より強かったし。あれ以上に強くなるって考えると、時間が足らない気がするんだよ。しかも最初の世界では、俺も封印って選択だったみたいだしさ」


「随分と弱気ですね」


「確実に事を成す為なら、そう言う冷静な考えも必要だろ?」


「それもそうですね」


「にゃー。考えてても何も始まらないにゃ」


「いや、考えないわけじゃないんだが……って、まあ何でもいいか。とにかくだ」


 俺はメレカさんとナオを一瞥してから、少し先を歩くベルの背中を真っ直ぐと見た。


「ベルー!」


 大声でベルを呼ぶと、ベルが驚いて俺に振り向き、俺とベルの目がかち合う。


「俺は諦めないからな!」


「――っ」


 今はそれだけしか言えない。

 だけど、これが俺の気持ちの全てだった。


 ベルの驚いた顔は治まらなかったが、それでも数秒経つと少し戸惑った表情の後に、少し嬉しそうに微笑みで応えてくれた。

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