15話 勝負の行方
ナオに連れられ食堂に到着すると、メレカさんとミーナさんは料理の真っ最中だった。
わざわざこの為だけに、飲食スペースと料理対決用の簡易厨房があり、審査員用の席まで設けられている。
野次馬まで集まっていて、審査員席にはベルとナオが着席する。
ナオから席に一緒に座ろうと言われたが、審査員だなんて本気で面倒なので辞退させてもらう。
メレカさんとミーナさんは勝負をするだけあって、慣れた手つきで料理をしていてた。
と言うか、食材や炎が舞い踊っている。
その様子を、どうなってんだアレ? などと思いながら俺は見つめて、二人の料理する姿に感化された。
「そう言えば、この世界に来てから料理を作ってないな。夜飯まだ食ってないし、久々に自分で作って食べるか」
呟いてから、俺は厨房へと向かう。
厨房は自由に使って良いと言われているので、誰にも声をかけずに向かった。
さて、そんなわけで俺も密かに料理を作り始めたわけだが、実は前々からこの世界の食材を使って料理をしてみたいと思っていた。
元々家で料理をしていた俺としては興味深い食材ばかりなのだ。
見た事も無い食材や、俺の世界の食材と形状が似ている食材。
色々な食材を見て、次第に気分が高揚する。
この世界の料理って、基本洋食みたいな感じなんだよな。
だから、どうせなら久々に和食が食いたいよなあ。
せっかく米も納豆もあるんだしさ。
と言うわけで、まずは米を探し始める。
「米はどこだぁ……おっ。あったあった。ええと次は~……あ。味噌汁もほしいよな。確か味噌は無いけど、似た様な味のがあったような……」
ぶつぶつと呟きながら、その後も順調に色々な食材や調味料を見つけていく。
そうして幾つか集め終ると、俺は料理を開始した。
暫らく料理をしていると、飲食スペースから大きな歓声が聞こえてきた。
もしかしたら勝敗でも決まったのかもしれない。
と、その時、米を炊く時にセットしておいたスマホのタイマーが鳴る。
本当は電池切れを起こさない為にも節約しておきたいが、ふっくらしたご飯を食べる為だから仕方が無い。
米が炊き終わると、丁度良く焼いていた魚も焼き上がる。
作った料理を皿に盛りつけて、全てが完成した。
献立は、炊きこみご飯、味噌汁風スープ、塩焼風焼き魚、野菜の煮物、の計四品だ。
名付けて、和食風料理定食だ。
それ等をおぼんに乗せて、もちろん納豆も忘れず乗せる。
「さてと……」
厨房で食べると言う選択肢もあるにはあるが、食べてる最中に誰かが料理を作りに来たら邪魔になる。
そんなわけで、料理を持って飲食スペースに移動する事にした。
飲食スペースまで行くと、随分と盛り上がっていて騒がしく、正直近づきたくない雰囲気だった。
俺は料理は静かに食べたいタイプ……と言うわけでは無いのだが、せっかくの久々の和食だから、ゆっくり落ち着いて食べたかったのだ。
そう言うわけで、出来るだけ離れた静かな席へと向かい腰を下ろす。
すると丁度その時、騒いでいた野次馬たちが静まりかえり、ベルたちの声が聞こえてきた。
「うーん。どっちも美味しいじゃ、駄目だよね?」
「勿論です! いくら姫様と言えど、ハッキリと決めて頂きます!」
「ニャーも両方美味しいで良いと思うにゃー」
「ナオ様、これは勝負ですの。どちらの料理が美味いのか、ハッキリと仰って頂けますか!?」
なんか本当に面倒な事になってるな。
関わらなくて良かった。
そんな事を考えていたら、最悪な事にナオと目が合った。
おかしい。
野次馬が壁の機能を放棄している。
いや、それより目を合わさないようにしないとと、俺はナオから目を逸らす。
「ヒイロー! 助けてにゃー!」
「…………」
「ヒロ様! ヒロ様もこっちに来て下さい。私とミーナの料理を食べて、どちらが美味しいかハッキリさせて下さい!」
メレカさんが凄い睨んでくるのだが、正直断りたい。
と言うか、せっかく食事を作ったのに、このままじゃ食べられない。
どうしたものかと考えていると、突然ナオが俺に横から勢いよく飛び込む様に抱き付いた。
「――おわっぶねえ」
あまりにも突然で不意打ちだったので、俺は危うく転倒しかける。
「ヒイロのそれ、何ていう料理にゃ?」
「ああ、これ? これは和食風料理定食だ」
「和食風料理定食……」
俺の言葉を復唱すると、ナオがジュルリと涎を垂らす。
ナオは猫の獣人だから、焼き魚の匂いはかなり食欲をそそるのかもしれない。
この村に向かっている時にメレカさんから聞いた話だと、この世界には焼き魚料理が無いらしい。
だから、珍しさも含めて、興味を持ったのかもしれない。
「ちょっと食べてみるか?」
「いいのにゃ!?」
「おう」
返事して、焼き魚の身をほぐして、それをナオの口に運んでやる。
すると、ナオは「あーん」と口を開けて、パクリと食べた。
「――っ!」
その時、ナオに衝撃が走り、背後にも電流が流れたかの様に見えた。
「美味いにゃあああああああああっっ!!」
ナオが頬を抑えて歓喜の声を上げ、それを聞いた周囲がざわざわとざわついた。
「はは。口に合って良かったよ」
「ベルっちもこっち来て食べてみるにゃ!」
「う、うん」
ナオに誘われてベルも来たので、仕方が無いと、俺は苦笑しながら魚の身をほぐす。
そして、「あーん」と口を開けたベルに、ナオと同じように食べさせた。
「――美味しい! 凄い! 凄いよ、ヒロくん! これ凄く美味しい!」
嬉しい事を言ってくれるけど、二人揃って少し大げさだ。
普通に魚を焼いただけだし、使った調味料だって塩だけだ。
とは言え、褒められて悪い気分がしないので、俺は素直に喜んだ。
しかし、喜んでいる場合では無かった。
「この勝負、ヒイロの圧勝だにゃっ!!」
「意義なーし!」
突然大声を上げて判決を下したナオに、ベルが続く。
そして、周囲にいる野次馬たちの騒めきが加速する。
「待て待て。俺は勝負なんて――」
急な展開に俺が動揺して異議を唱えようとしたその時、メレカさんとミーナさんが二人揃って「「そんな事ありえるわけが――」」と、焼き魚を食べる。
そして次の瞬間、メレカさんとミーナさんが、がっくりと項垂れた。
「ヒロ様、私の負けです。いいえ。勝負にすらなっていませんでした」
「流石は英雄殿。わたくし達とは次元が違いますわ」
「いやいやいや。大袈裟すぎですよ二人とも」
「そんな事ないにゃ。ヒイロの料理に比べれば、この二人の料理なんて、料理を覚えたての子供の料理だにゃ」
「ナオ、お前のそれは言い過――って、ああああっ! おま! 何食ってんだよ!?」
気が付くと、ナオが俺の料理をまさに今平らげようとしていた。
しかも納豆だけ残して。
猫だけに臭いのきつい納豆は食べられないんだな……って、それどころでは無い。
「はひっへもぐもぐ。ひいほがもぐもぐ。ふくもぐもぐ」
「何言ってるか分っかんねえよ! 食べながら喋るな!」
「わかっはにゃ。もぐもぐ」
「って、いやそうじゃない! 人の飯を勝手に食ってんじゃねえよ!」
「ごっくん。減るもんじゃないし、気にする事じゃないにゃ」
「いや減ってるよ! 寧ろ全部平らげちまってんじゃねえか!」
「納豆は残してあるにゃ」
「…………」
ドッと疲れが出るのを感じた。
マジで勘弁してほしい。
まあでも……。
周囲の様子を改めて見ると、馬鹿みたいに騒いで笑って、皆幸せそうだった。
明日は魔人ネビロスと戦う日。
初めてネビロスと出会った時は、最悪な結果に終わってしまった。
だからこそ、ネビロスがどれほど強いのか、どれほど恐ろしいのかが分かる。
だけど、この人達を助けれる力が本当に俺にあるのなら、俺は皆をその力で護りたいと思った。
◇
騒がしかった一夜が明けて、朝がくる。
気持ちの良い日差しが部屋の中に差し込み、俺は目を覚ました。
ネビロスと戦う為に身支度を整えていると、扉を叩く音が聞こえたので返事をする。
すると、メレカさんが「失礼します」と部屋の中へ入ってきた。
「おはようございます。って、あれ? もしかして、もう皆集まってました? すみません。直ぐ行きます」
「いいえ。そうではなく……そうですね。ヒロ様にお渡ししたい物がありまして」
「渡したい物? 何ですか?」
「これです」
そう言うと、メレカさんは手のひらサイズの鏡を取り出した。
「これは反射鏡と言いまして、ある程度なら魔法を跳ね返す事が出来る物です。貴重な物なので王族や貴族しか持っていないのですが、先程ナオのお父様から頂きました。ベル様と話し合いをした結果、これはヒロ様にお持ちして頂いた方が良いと言う結論に至りました」
「反射鏡……? ありがとうございます」
普通の鏡とは違うのか……。
ってか、この世界にも鏡ってあったんだな。
この世界に来てから、俺は鏡を今まで未だに見た事が無かった。
洗面所に行っても、あるのは黒い板とセットになった鏡代わりのガラスだけで、手鏡を持ってきていて良かったと思ったくらいだ。
貴重な物で王族と貴族しか持っていないなら、今まで目にしなかったのも頷ける。
一般家屋などに置いてあるわけがないわけだ。
「それと、これも念の為にお渡しします」
「魔石?」
渡すと言われて目の前に出されたのは、綺麗な白色の魔石だった。
「これは光の魔力を宿した魔石です。万が一の時の為に、持っていて頂けませんか?」
「万が一……? 分かりました」
さっきからメレカさんの様子が変だ。
鏡を渡す時に渡したいものがあると言った時も、何やら煮え切らない態度をとっている様に見えた。
ただ、その理由を聞いて良いのか判断できず、俺は詮索せずに魔石を受け取った。
すると、メレカさんが「それと……一つお話が」と、再び煮え切らない様子で話しかけてきた。
流石に俺もこれは聞くべきだと思い、メレカさんに尋ねる。
「実はそっちが目的だったり?」
「……はい。仰る通りです」
「それで話しって何ですか?」
「……ヒロ様にお願いしたい事がございます」
「お願い……?」
ふと、昨日のベルとの会話を思い出す。
結局あの時、俺は決意した伝えたかった事を言えなかった。
「今回のネビロスとの戦いで、私にもしもの事があったら、姫様の事をヒロ様にお願いしたいのです」
「はあ?」
メレカさんは真剣な面持ちで深々と頭を下げる。
そして、申し訳ないが俺はため息を吐き出した。
やれやれ。
メレカさんもか。
本当に困った人達だ。
そう思った俺は、胸を張って腰に手を当てるなどの強気な態度をとり、メレカさんに笑みを見せる。
「もしもなんて起こさせやしませんよ」
「ヒロ様……」
二人揃って弱気になるなんて、本当に困った姫とメイドだ。
きっと、それだけ辛い思いもしてきたんだろうけど、少しは俺を信じてほしいものだ。
まあ、信じられるだけの実力が、俺に備わってないのは分かるけども。
「ドーンと任せて下さいって!」
「……ふふ。分かりました」
メレカさんが柔らかく微笑み、一礼する。
「それでは私はこれで……あ。それと、他の者は既に準備を整えて集合しています。ヒロ様も準備が出来次第いらして下さい」
「え、やっぱりみんな集まってたんだ? 俺も直ぐに行きます」
「はい。それではまた後程」
そう言うと、メレカさんが部屋から出て行ったので、俺は急いで準備を再開した。
それから直ぐに準備を済ませたのだが、その時、自分が持って来た手鏡が視界に入る。
俺は視界に入った手鏡を手に取って、メレカさんから受け取った反射鏡を並べて、二つを見比べてみる。
……違いが分からない。
こうやって見ると、反射鏡も普通の鏡と何も変わらないな。
念のため両方持ってってみるか。
そう言うわけで、少しだけ考えた結果、二つの鏡をズボンのポケットにしまう。
因みに今日の俺の服装はマリンバに行った時と同じだ。
動きやすい冒険者の様な服で、汚れても安心。
ズボンのポケットがわりと大きくて、反射鏡と手鏡と光の魔石を全部入れる事が出来た。
剣はマリンバでの戦いで俺には合わないとハッキリ分かったので、荷物になるだけだと持つのをやめた。
今回はスマホも荷物になるだけなので置いて行く。
「さて……」
ネビロスとの戦いは、きっとサーベラス戦以上に厳しい戦いになるだろう。
下手したら本当に俺は死ぬかもしれない。
そう考えると、緊張と不安で心臓の鼓動が速まる。
目をつぶり深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
そして、あの日の出来事を思い出す。
俺は好きでもない子に告白をしようとして、気が付いたらこの世界に来ていて、告白した相手は今にも泣きだしそうな顔をした少女だった。
その少女は暗い過去を背負ってしまっていて、いつも無理して笑顔を作り微笑み、辛い過去と悲惨な今に押し潰されない様に必死だった。
大きく深呼吸をする。
「……よし、行くか!」
俺はあの時、あの子の瞳に浮かぶ涙を見て感じた。
俺はあの時、過去に何があったのか聞いて決めた。
だから、あの子の、ベルの力になってあげたいと思ったんだ。
怖くても不安だとしても、俺は立ち向かえる。
俺も、大切な誰かを失う悲しみを知っているのだから。




