6話 ヒエヒエヒエヒエ
「マ? って事は、スリートは俺を試そうとしてたのか?」
「はい。スリートは試験官なので、現時点での英雄に試練を与えるお仕事を任されてるんです~」
氷の精霊スリートは、宝鐘の守り人ティアマトに仕える精霊で、英雄に試練を与える者だった。
ベルと話しながらメレカさんとナオを待っていた俺は、二人が戻って来ると、まさか過ぎる話を聞いて驚いていた。
と言うか、英雄が誰なのか調べる為にブリザードスコーピオンを俺達に仕向けたようで、その戦いで俺が駄目駄目だったせいでメレカさんには迷惑をかけてしまった。
その事でメレカさんに謝ると、メレカさんに睨まれて「謝るくらいなら最初から本気で戦って下さい」と怒られた。
あれで本気だったとは口が裂けても言えない……。
因みにだが、暴獣フェンリルに氷の精霊達が困らされているのは本当の様で、精霊の里の近くで発見したので利用したらしい。
まあ、スリートはかなり怖かったらしく、滅茶苦茶後悔していたが……。
「でも、あんな狼じゃヒイロの実力は分からないにゃ。ニャーはフェンリルは大きくて怖い暴獣って精霊様達から聞いたから、もっと大きくて強いと思ったにゃ。あんな狼そこ等辺の暴獣と変わらないにゃ」
「ヒエ~! フェンリルはとっても怖くて強いです~!」
「でも一撃で仕留めたにゃ」
「ナオちゃんは蒼炎魔法を使えるし、フェンリルと相性が良さそうだもんね」
「にゃー」
「ヒエ~。どうしましょう。スリートは結局なにも分かってません。英雄の実力を調べないと駄目なんです~」
スリートが顔を真っ青にさせて頬を押さえる。
すると、ベルがスリートの頭を撫でて微笑んだ。
「良かったらだけど、なんでヒロくんに試練を与えようとしたのか教えてほしいな」
「……はい」
スリートはしょんぼりとした顔を見せ、ベルに上目使いで話しだす。
「もうご存知の通り、スリートのご主人様は宝鐘の守り人のティアマト様です~。ティアマト様は五千年前の戦いで、英雄と封印の巫女と一緒に、魔族率いる邪神と戦いました。だから、当時の英雄と封印の巫女の強さを知っています~。そして、封印の巫女が見てきたものを、誰よりも知る方です~」
「封印の巫女が見てきたもの……?」
その言葉に何か引っかかるものを感じて、俺は思わず聞き返した。
すると、スリートはベルに向けていた上目使いを解いて、俺へと視線を向ける。
「はい。その事は、きっとティアマト様に会えば詳しい事を知る事が出来ます~」
「そうか……。話の途中でごめん。続けてくれ」
「はい」
ティアマトに会えば詳しい事が分かると言う事は、恐らく宝鐘の守り人として伝える話に、それに関わるものがあると言う事。
それなら、ここで詮索するのは野暮だし、そうでなくても無理に聞く様な事でも無い。
だからと言うわけでも無いが、話を中断した事に謝罪して続きを施すと、スリートは返事をしてから言葉を続ける。
「当時の英雄の実力を知るティアマト様は、現世の英雄が氷の砂漠の環境下での戦いを、どう乗り越えるかを試そうとしたんです~。そして、邪神と戦うだけの力が無ければ、魔族と変わらない強さを持つサウンドサンクチュアリーの暴獣で、英雄の実力を上げる方針でした。だから、スリートは英雄がサウンドサンクチュアリーに足を踏み入れたので、試練を与える為に来ました」
「にゃー。当時の英雄って、そんなに強かったにゃ?」
「スリートはその頃はまだ産まれていなかったので知りません。けど、ティアマト様が仰るには、神様でも手に負えなかった邪神と唯一戦えていたお人だと。それでも完全に倒すのではなく、封印するので限界だったそうです~」
「神様でも手に負えなかった……って、結構ヤバそうだな。っつうか、神様が邪神を止めようとしていたのか。でも、そりゃそうか。天使が俺をこの世界に戻してくれたくらいだしな」
「――ヒエ~!? 天使!? 天使に会ったんですか!?」
「……お、おう?」
突然目を見開いて驚いたスリートに、俺は思わず驚いた。
天使と言うのは、それ程に会うのが珍しいのかと。
だが、スリートが驚いたのは、そんな理由では無かった。
「ヘーラー様は!? ヘーラー様はそれを知ってるんですか!?」
「へ、ヘーラー? 誰だそれ?」
「女神ヘーラー様です。ヒロ様も海底神殿オフィクレイドの双塔を上ったのであれば、恐らく壁画で見た事があるかと」
「あ~。見た。確かに見たな」
聞き覚えの無い名前に質問すると、メレカさんが説明してくれて思い出す。
確かに俺は見た事があった。
それに、十二神の中にそんな名前の女神がいたし、聞き覚えの無い名前ってわけでも無かった。
だが、結局のところ壁画で見た事はあるが、会った覚えは全く無い。
「壁画で見た事があるだけで会った事が無いし、この事を知ってるかどうかは知らないな」
「ヒエヒエです~! 大変です! ティアマト様に今直ぐに伝えないといけません! ――あ! 落ち着きます! まだ可能性に過ぎません! 天使は、どの天使に会いましたか!?」
「どの……? ガブリエルだな」
「――ヒエ~! 思った通り一番会っちゃいけない天使です~! 今直ぐ報告が必要です~!」
「は……? どう言う意味だよ?」
意味が分からず質問したが、スリートは顔を真っ青にして頬を押さえ、目の前で前後左右上下に慌てた様子で動きまくって俺の質問に答えない。
と言うか、頭が混乱しすぎて周りの声が聞こえなくなっていると言った感じで、更には何やらブツブツ呟きながら葛藤している様子だった。
これには俺だけでなく、ベルもメレカさんも困惑して、スリートの様子を見守る事しか出来なかった。
だが、ナオだけはそうでもなく、動き回るスリートを捕まえた。
「つい手が出てしまったにゃ」
「規約違反です~。ティアマト様の予想が当たっちゃいます~」
「規約違反……?」
「こうしちゃいられませ~ん! 今直ぐ――――っヒエ~!?」
ナオに二頭身ボディを掴まれて身動きが取れなくなったスリートが、自分が捕まれている事に漸く気が付き悲鳴を上げた。
すると、ナオはスリートの体を離し、スリートが慌てた様子でベルの顔の後ろに隠れる。
「ヒエ~。食べられると思いました」
「ニャーはグルメだから食べないにゃ」
「それ、美味いなら食うって聞こえるぞ?」
「にゃ?」
「そんな事を話している場合ではありませーん! 早くティアマト様の所に行きましょう!」
「まあ、待て。話せる範囲で良いから、何をそんなに焦ってるのか教えてくれよ」
「は、はい。天使ガブリエルは五千年前に大きな罪を犯して、女神ヘーラー様から英雄に会ってはいけないと勅命を受けているんです~」
「…………」
「それから、堕天しない為に罪を償う場として、各地の宝鐘の守り人の管理を女神ヘーラー様から任されました。ただ、ティアマト様は別でした。ティアマト様は女神ヘーラー様直属の配下として宝鐘の守り人をしている唯一の方で、天使ガブリエルが怪しい動きを見せたら報告する義務があるんです~。だから、英雄と会った場合には報告しないといけません」
「……いや。でも、俺はガブリエルのおかげでこの世界に戻って来れたんだぞ? 五千年前の戦いで何をしたかは知らないが、少なくとも今ここに俺がいるのはガブリエルのおかげだ」
「ヒエ~? どう言う事ですか?」
「かなり前の話だが、俺は邪神に元の世界に戻されたんだよ。その時に、元の世界からこっちの世界に来る為のゲートを作ってくれたのがガブリエルなんだ」
「ヒエ……っ」
直後、スリートが泡を吹いて落ちる。
俺は慌てて落ちるスリートを受け止めて、スリートの顔を覗き込むと、完全に意識を失っている。
いつもヒエヒエ言ってるスリートの体は、心なしか少しヒエヒエ……冷たくなっている。
おかげで若干焦ったが、とりあえず呼吸はあるので死んではいないだろう。
「なあ? 俺、そんなにヤバい事したのか……?」
「ど、どうなんだろう? ヒロくんがこっちの世界に戻って来た時の話を聞いた時は、天使様が味方なんだって思えて、私は凄く心強かったんだけど……」
「ニャーはよく分からないにゃ」
「ヒロ様はあの時以来、天使ガブリエル様にお会いした事は?」
「ないな。っつうか、そう言えば下界の者と接触しちゃいけないみたいな事を言ってたな。あれって本当は下界の者じゃなくて、俺に接触しちゃ駄目だって意味だったのか……?」
「可能性はありますね。宝鐘の守り人であるピュネ様がこの場にいれば、多少は何か分かるかもしれませんが……」
「うん。でも、なんだか怖い。大きな罪ってなんだろう? ピュネちゃんは知ってるのかな?」
「どうでしょう。どちらにせよ、知っていたとしても、その事については話せない立場かもしれません」
「なんでにゃ?」
「スリート様が仰るには、サウンドサンクチュアリーの宝鐘の守り人以外は、全て天使ガブリエル様の管理下に置かれているわ。だから、天使ガブリエル様に不利になる事が言えるとは思えないのよ」
「うん。そうだよね。ピュネちゃんがいても聞かない方が良い事なのかも」
ベルの言う通り、ピュネちゃんに聞くのは俺もやめておいた方が良いと思った。
と言っても、ここにピュネちゃんはいないので、この話は話していても答えは出ないし意味も無いだろう。
「とにかく、先を急ごうぜ。まだ先は長いんだ」
「そうですね。話をしていても仕方ない事ですし、宝鐘の許へ向かいましょう」
「にゃー」
「あ、ちょっと待って?」
「ん? 何かあったのか?」
俺とメレカさんとナオは歩き出したが、不意にベルに止められ振り向いた。
すると、ベルは俺の手の中で気絶中のスリートに視線を向けてから、真剣な面持ちで俺と目を合わせる。
「もしかしたら、氷の砂漠を歩かなくても良いかもしれないの」
「…………マ?」
「うん。私思ったの。なんでスリート様はヒロくんが英雄様だと気が付かなかったのに、私達の中に英雄様がいるって分かったんだろうって」
「にゃー……確かにそうにゃ! なんで分かったにゃ!?」
ナオが驚くのも無理はない。
俺だって驚いた。
ベルの言った事はマジでその通りだったのだ。
実際にメレカさんだって面食らった顔で驚いている。
「それで私考えたの。もしかしたら、スリート様は私達と会う前に、宝鐘の守り人の側にいたんじゃないかって。だって、私達がサウンドサンクチュアリーに入ってから、まだ一日どころか半日も経ってないのに、私達の存在に気付いてた。それで英雄様に試練を与える為に来たのに、ヒロくんが英雄様だって気付いてないっておかしいもん」
「にゃー。本当にゃ。気付いたのに分からないって変にゃ。それならこの近くに宝鐘があるにゃ?」
「ううん。この近くには無いと思う。ここにある宝鐘は“一つは鳴らすと対象の足元に術式を作る”と言うものなの。ここにある宝鐘の事は私達クラライトの王家は知っていて、宝鐘は常に術式を作って光の魔力を放出している状態で保管されてるの。だから、近づけば私なら直ぐに分かる。でも、ここにはそれが感じられないから、無いって分かるの。スリート様はきっと特殊な方法でここに来たんだよ」
「なるほどにゃ」
「それだけではございません。スリート様は今直ぐにとも仰っていました。あの言葉は比喩の意味で仰ったのではなく、それが出来るからこそ出た言葉だった可能性もありますね」
つまりスリートは宝鐘の守り人と一緒にいて、そこへ俺達がサウンドサンクチュアリーにやって来た。
宝鐘の守り人は俺達がサウンドサンクチュアリーに侵入した事を知る術を持っていて、スリートを俺達の許に何らかの方法で送った。
その結果、この氷の砂漠に俺達が入って間もないのにも関わらず、俺達の前にスリートが現れたって事だ。
本来であれば片道二週間もかかるこの氷の砂漠で、一日どころか半日もかけずにやって来たのは間違いない。
少なくとも、俺達がこの大地に姿を現したのは、サウンドサンクチュアリーを目の前にして魔車を降りてからなのだからだ。
そもそも、スリート自身が足を踏み入れたからって言っているから、最早間違いはないだろう。
「起こすか」
「ひ、ヒロくん!? そんな無理矢理は可哀想だよ!」
そうと分かれば善は急げだ。
と思い、頬を引っ張って起こそうと思って掴んだが、それはベルによって止められてしまう。
まあ、仕方がな――
「私が代わりに引っ張られるから!」
「なんでだ――よ……っ」
ベルが頬を膨らませて、それを俺に向けてきたせいで、その顔が可愛くて動揺してしまう。
そして、俺は動揺のあまりスリートの頬をそこそこ強く引っ張てしまい、スリートの「ヒエエエッッ!」と言う情けなく弱々しい悲鳴が空に響いたのだった。
「す、すまん……」




