41話 出発の時
「は? じゃあ、ヘンリーはルミネラに説得されて、市民を逃がす手伝いをしていたのか?」
「ああ。愛するレディの頼みとあらば、例え王子たるオレであっても、その身分を忘れて愛に応えるべきだからな」
「…………」
「お兄ちゃん、この王子様とは縁を切った方が良いよ。絶対ろくでもないもん」
「み、みゆちゃん。ヘンリーお兄さまは不器用なだけで、ちゃんと皆の事考えてるんだよ。ね? ヘンリーお兄さま」
「ああ。ベルの言う通りだ。魔人メドゥーサを倒したオレほどの男となると、やはり全身からその威厳と格の違いが出てしまう。そうなれば、庶民の者には俺の存在が不器用に映る事だろう」
「ねえ、お兄ちゃん。この人も退治しちゃおうよ。絶対その方が国の為だよ」
「…………」
と、そんなわけで、俺がノーコメントで貫き通すここは都市ヴィオラの大聖堂前。
大聖堂は避難所としての役割をしていて、俺達はここで休息を取っていた。
俺の目の前にいるのは、ベルとみゆとフウとアミーとヘンリーとルミネラだ。
因みに、少し前にハバネロがここに来て、ウクレレの村人達を村に送ると言って去って行った。
どうやら、ハバネロはウクレレの村人達と一緒に、屋敷の中にあるらしい地下で隠れていたようだ。
それで、石化されていた人達が元に戻って騒がしくなったので、それを聞いて外に出てきたとの事だった。
何処かの誰かと比べて優秀なハバネロに、俺は素直に「すげえな」と言ったら、ハバネロが喜んで式をあげると言いだしたので断った。
それから、タイムは崖の村エレキベースに向かってもらった。
話によると、エレキベースからヴィオラまでは、みゆの音魔法で音速で飛んで来たらしい。
なので、流石に直ぐにはメレカさん達に状況を報告は出来ないと言っていた。
「そんなアホ王子なんてどうでも良いでしゅよ。それよりも、そのアホ王子のせいでベルしゃんが大変な目にあったんでしゅ。ベルしゃん、体は本当に異常がないんでしゅ?」
「うん。あの時は……害灰が体の中に入ってきてる時は凄く辛かったんだけど、何故か今は平気なの」
「そうでしゅか。それなら良かったでしゅ……いえ。全然良くないんでしゅけどね……」
「心配してくれてありがとう、アミー」
「仲間なんだから当然でしゅ」
ベルとアミーが微笑み合う。
そしてその背後では、アホ王子と呼ばれたヘンリーが抗議しているが、それはルミネラによって宥められている。
「でも、私はそれよりもフウの方が心配だよ。私が捕まっちゃったせいで左足が……」
「何言ってるんですか、ベル様。この傷は名誉の傷ですぜ。それに私は魔法で飛べるので、そんなに気にする必要も無いですよん。と言うか、そもそもベル様のせいでは無いですしね。憎きは魔族の連中ですよう」
「だな。それに、先代ドレクの爺さんってのに頼めば、フウの左足も治るかもだしさ」
「あたち達はまだ会った事無いでしゅが、そんな凄そうな人だったでしゅ?」
「酔っぱらいのお爺ちゃんだよ」
「……は? マ?」
「うん。地面にチューしてたよ。面白かったもん」
「…………なあ、ベル。その爺さんに頼んでマジで大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫だよ!」
不安だ……。
まだ見ぬ先代ドレクの話を聞いて不安を覚えていると、そこに三人のクラライトの騎士かやって来た。
騎士達は全員真剣な面持ちで、俺達の前まで来ると片膝をついて、ベルにひれ伏し首を垂れる。
「国王陛下より封印の巫女様にご報告です」
騎士の代表者と思われる者がそう告げると、ベルが真剣な面持ちになって、騎士に体を向け頭を上げさせた。
封印の巫女と言うよりは、クラライトの王女としてのベルのその姿に、俺は久しぶりにドキリとした。
それ程にベルが別人のように目に映り、素直に王女たる美しさを感じたのだ。
「最北の地サウンドサンクチュアリー攻略の為に、兼ねてより封印の巫女様が準備していた魔道具が完成したとの事です」
「分かりました。我々も準備が出来次第、直ぐに城に戻ると国王陛下にお伝え下さい」
「はっ!」
どうやら、ベルはサウンドサンクチュアリーに行く為の準備を既にしていたようだ。
一面氷の砂だらけの場所らしいし当然なわけだが、俺は漸く直ぐに行かなかった理由を理解した。
「……待て」
ベルの言伝を聞き、この場を立ち去ろうとした騎士達をヘンリーが呼び止めた。
騎士達は自分達を呼び止めたのが、ベルの兄であるヘンリーだと直ぐに気がついたのだろう。
呼び止められると、騎士達は直ぐにヘンリーに向かってひれ伏して首を垂れた。
「お前達だけでは心配だ。アベル兄さん、そしてベルの近衛騎士団団長であるセイすら敵わなかった魔人メドゥーサを、一撃で倒したオレがついて行ってやる。ありがたく思え」
「――っ!? ヘンリー殿下が……っ!? なんと心強い! 感謝いたします!」
「うむ。ではルミネラ。オレは城に戻る。また会いに来るよ」
「はい、ヘンリー様。お待ちしております」
なんと言うか、まあ、アレだ。
とにかく、俺達は三人の騎士達を連れて、この場を去って行くヘンリーの背中を見送った。
「あのアホ王子のせいでベルしゃんが……っ」
「あの方が王太子じゃない事に、心の底から安心した自分がいますん」
「ねえ、お兄ちゃん。やっぱりあのアホ王子退治しようよ」
「こら。指をさすんじゃありません」
とは言うものの、皆の気持ちは分かる。
実際、あの時メドゥーサを殺した事で、計画の第二段階を成功させてしまった。
アミーの推測では、リュート全体に描かれた石になった人を使った魔法陣は、それを消す事を起爆剤として成り立っていた可能性がある。
だからあの時メドゥーサはわざと殺される事で、人々が石から解放され、ベルが害灰を取り入れる事になってしまったのだ。
しかも、ステンノーが死んだ直後だ。
もし時間をもっと置いていれば、変わった結果を得られていたかもしれない。
そう考えると、あのタイミングでメドゥーサを殺したヘンリーは、完全にとんでもない事をやらかしてしまった事になる。
だが、事の真相は謎のままなので、責めるわけにもいかないだろう。
「ご、ごめんね。ルミネラ。みんな悪気はないんだよ?」
「いえ、とんでもないです。ヘンリー様には私もいつもつきまとわれていて、困っていますので、気持ちは分かります」
「え!? ルミネラ困ってたの!?」
「――あ」
ベルとルミネラの間に、とても気まずい空気が流れ出す。
とりあえず、ヘンリーの話は無しにしよう。
俺はそんな事を考えながら、みゆの「ストーカーだ」と言う言葉を背景にして、空を見上げる。
すると、害灰の消えた青空は、とても綺麗だった。
◇
都市ヴィオラでの戦いが終わって数日が経ち、別行動をしていたメレカさん達や石になっていたラン達と合流し、俺達はクラライト王国へと戻って来た。
そして、俺は今、謁見の間でベルの父親……国王に一人で謁見している。
「そうか。では、英雄殿はこれから“サウンドサンクチュアリー”へ向かうのだな」
「ああ。また邪神に宝鐘を奪われたくないし、早めの方が良いと思うんだ」
当たり前のようにため口を使う失礼極まりない俺……なわけだが、これには理由がある。
この国に来て初めて会った時に、丁寧に話していたら、かしこまらずに喋ってほしいと言われたのだ。
流石に最初は失礼だと断ったんだが、その時一緒にいた王妃……ベルの母親に「ベルとメレカちゃんだけズルいわ!」と駄々をこねられて、友達と話す感じでと要望されて逆に悪化した。
王妃の言葉に国王も同意するし、ベルとメレカさんも当然と言わんばかりの顔で俺を見るしで、結果としてこうなった。
と、それはともかくとしてだ。
謁見での話の内容はこの通りで、最北の地サウンドサンクチュアリーへ向かう事についてだ。
話した通り、俺は直ぐに宝鐘を取りに行こうと考えていた。
だが、国王は俺の返事を聞くと、気乗りしない表情を見せた。
「英雄殿の仰る通りだ。しかし、本当に良いのか? 少し待てば、各地にいる我が国の騎士団が戻ってくる。そうなれば騎士団を連れて行く事も出来るのだぞ?」
各地にいるクラライトの騎士……それは、東の国リュートにいる騎士団が殆どを占めている。
今この世界で一番の被害が出ている東の国リュート。
その為クラライトはリュートに増援を送って戦っていたのだが、都市ヴィオラでの戦いが終わった後、突然魔族達が撤退していったらしい。
その結果、リュートから魔族が消え、再び平和が訪れた。
そしてそれはリュートだけでなく、世界各地でも同じ現象が起きているらしい。
魔族がいなくなった事にはみんな喜んではいるが、この不気味さが異常なのも確かで、各国は魔族の動向を警戒している。
ただ、現状としては、無駄に騎士を散らばせるのも得策とは考えられないとなった。
そう言うわけで、国王は必要最低限の騎士を各地に残し、増援として送った騎士達に招集をかけたのだ。
国王はその戻ってくる騎士を連れて行けと言ってるわけだが、まあ、問題はあった。
「ありがたいけど、それは遠慮するよ。人数が多ければ良いってもんでもないし、それに、ベルが準備してくれた魔道具は四つしかないしさ。寒さを凌ぐのだって大変だからな」
問題とは、ベルが準備してくれていたと言う魔道具の個数だ。
それがあればサウンドサンクチュアリーの寒さを凌げると言う話だが、四人分しか準備する事が出来なかったのだ。
そうなると、俺も一緒に連れて行く仲間を絞る事になるし、流石に騎士団を連れて行く余裕が無かった。
「しかし、我が国の騎士であれば、ある程度の寒さは耐えられる。英雄殿が気にする必要はない」
「いやいや、気になるって。ある程度ってだけだし、ベルとメレカさんから聞いたけど、息するだけで肺が凍るんだろ? そんなヤバいとこに連れて行けないよ」
「……分かった。英雄殿がそこまで仰るのであれば、これ以上言うべきではないか。無事を祈る……頼んだぞ」
「ああ、任せてくれ」
最後にそう答えてから謁見の間を出ると、扉の前でベルとメレカさんが立っていた。
「あれ? ベルとメレカさん……。サウンドサンクチュアリーに行く前に父親に挨拶に来たのか?」
「ううん。お父さまとは今朝お話したし、ヒロくんを迎えに来たの」
「俺を……?」
「サウンドサンクチュアリーに向かう準備が整いましたので。後それから、やはりみゆ様は残るそうです。ですので、当初の予定通り向かうのは我々とナオの四名ですね」
「そっか。心配だけど、フウもアミーもピュネちゃんもいるし、大丈夫か」
「うん。それにランとニクスちゃん……それからセイくんだっているよ」
「そうだな」
「しかし、本当によろしいのですか? 右腕を後回しにしてしまって……」
「治すのに数日かかるって話だし、それなら宝鐘を取りに行ってる間、フウの左足を治してもらった方がいいだろ? デリバーにも手紙は送ったし、俺達が戻ってくる頃には二人とも治ってるだろうから、それで良いんだよ。とりあえず行こうぜ」
と、言うわけで、俺の右腕はまだ元に戻ってない。
先代ドレクの話では、失った体の一部を元に戻す為には、三日か四日かかるのだとか。
そして、治してもらっている間は動けなくなる。
と言うのも、その方法が魔法によるもので、描いた魔法陣の中心に居続ける必要があるからだ。
治療中は食事やらトイレやらの心配が無くなるって話だが、かなりの長丁場であるのは間違いない。
そんなわけで、俺は先に宝鐘を取りに向かおうと思ったわけだ。
メレカさんの質問に答えて歩き出すと、ベルが苦笑しながら俺の隣に並んで、メレカさんがその後ろにつく。
「でも、残念だよね。それに、ニクスちゃんとも一緒に旅をしようねって約束したのに……」
「魔族がいなくなった今の内に、みゆ様とニクス様がピュネ様と世界各地の楽器魔法を回収すると意気込んでいましたし、姫様が気にされる事はございません」
「へえ……って、マ? 俺それ初耳なんだが? みゆがそんな事言ってたのか?」
「え? ヒロくん知らなかったの? なんか凄いやる気出してたよ? コンプするんだーって」
「コンプて…………」
ゲーム感覚じゃねえか。
本当に大丈夫か?
兄としては凄く心配だが、ピュネちゃんやアミーが一緒にいるなら大丈夫だろう……多分。
と言うか、みゆが変な方向に迷惑かける気がして申し訳ない。
うちの妹は好きな事になると、俺でも驚くくらいにはわんぱくなのだ。
「あ、皆が待ってくれてるよ! 見送りに来てくれたんだ!」
城の出入口が見えてくると、ベルが嬉しそうな顔で駆け出したので、その先に視線を向ける。
すると、ナオがみゆ達と会話しながら俺達を待っていた。
ベルは待っていた皆の許まで行くと笑顔で話しだし、俺はそんな明るく話すベルを見つめながら、あの時の事を思いだす。
あの時、邪神の計画の第二段階で、ベルの体内に入って行った害灰。
その結果、今この時に何かが起こっていると言うわけでは無い。
だけど、あの時の事は間違いなく現実に起きて、目に見えない何かが変わった。
その何かはまだ現実味を帯びていないが、だからと言って軽視出来る問題でも無い。
ベルはあの後も、今まで通りでいる。
不安がる事も無く、無理して笑ってるようにも見えない。
何故そんな風に普段と変わらずいられるのかは分からない。
以前のベルであれば、無理をしているのが直ぐに分かった。
でも、今のベルはそれを見せないでいるのか、本当に無理をしているわけじゃないのかも分からない。
だから、せめて俺はそんなベルの顔が曇らない様に、護りたいと思った。
「メレカさん……」
「……存じています。必ず、私達で姫様をお護りしましょう。二度と邪神の好きにはさせません」
「ああ、絶対に……絶対に呪われた種族なんかにさせるかよ」
俺とメレカさんはベルの笑顔を見つめながら、言葉を交わし誓い合った。
第4章終了
次回から幕間が何話か入って、その後に最終章です。
今回の章は今までと比べてわりと短めでしたが、最終章は恐らく長くなります。
そんな最終章ではありますが、最後までお付き合いして頂けると嬉しいです。




