12話 魔従襲来
なんだこれ!
なんなんだこれ!?
俺は走る。
それはもう全速力で。
何故ならそれは、俺が魔従サーベラスから絶賛逃走中だからだ。
「ナァアオォォオオオォッッ! おまっマジふっざけんな! どんだけだよ!」
「にゃはははははっ! めちゃくちゃ怒ってるにゃー」
「笑ってんじゃねええええっっ!」
迫る殺意。
迸る野生。
いや、相手は魔従だから野生じゃないか?
とにかく!
「グォォオオオオオオンッッ!!」
魔従サーベラスが咆哮し、鋭い眼光を光らせる。
「ひええぇぇぇえっ! マジで怖いんだけどおおおっ!」
「ヒイロかっこ悪いにゃー」
「うるせえええ! 怖いもんは怖いんだよ!」
さて、俺とナオが何故こんな事になってるのかと言うと、とってもがっかりする理由があった。
◇
時は少し遡り、鉱石洞窟マリンバの地下深くで、ナオが魔従サーベラスと戦っている真っ最中。
周囲の明かりは、サーベラスを相手に戦うナオの放つ魔法の炎だけ。
光る魔石はまだ持っているが、サーベラスの弱点を思いだして秘策を一つ思いつき、ズボンのポケットにしまっていた。
俺が思いだした魔従サーベラスの弱点、それは歌だ。
ケルベロスは歌を聞いて眠るのだと、妹のみゆから聞いた事があるのだ。
好きなアニメに出て来たケルベロスが可愛くて、ネットでケルベロスについて調べた事があるらしい。
みゆは「お歌を聞いちゃうと眠るなんてカワイーねー♪」なんて事も言ってたが、デカい凶暴な三つ首の犬の実物を見ると、とても可愛いなんて思えない。
まあ、ネットで描かれていたケルベロスが可愛くなかったらしく、みゆも嘆いていたが。
そう言うわけで、歌を歌おうとも思たが、残念ながら俺は音痴だった。
流石に音痴の歌は不味いだろうと思うので、この事をナオに伝えようと考えた。
しかし困った。
ナオとサーベラスの戦いが激しすぎて、とても近づけない。
と、そこで、サーベラスの突進でナオが俺の方に吹っ飛ばされてきた。
「――っぶぉ」
吹っ飛んできたナオとぶつかった俺は、ナオと一緒にそのまま転がる。
「いつつつ……。おい、ナオ。大丈夫か?」
「目が回るにゃー」
「大丈夫そうだな」
話す機会が出来てラッキーと言うべきか、とにかくチャンスだ。
直ぐに立ち上がって、ナオの腕をとって立ち上がらせる。
そして、サーベラスに視線を向けた。
暗闇に目が慣れてきたおかげで、ナオの使う炎の光や光る魔石無しでも、サーベラスが何処にいるのかボンヤリとだけど分かるようになっていた。
と言っても、サーベラスの目がギラリと光ってるので、そうじゃなくても位置が分かるわけだが。
とにかく、サーベラスはゆっくりと歩いて、こっちの様子を見ながら近づいて来ていた。
話すには絶好のチャンスだな。
「ナオ、歌は歌えるか?」
「にゃー? 歌は得意分野だにゃ」
「よし」
ナオのまさかの得意分野に、俺は思わずガッツポーズをしそうになる。
どうやら勝敗は早くも決してしまいそうだ。
そして、俺がこの世界に来た意味を確信した。
俺には魔法が使えない欠点があるが、この世界に来たのは魔法を使って世界を救うのではなく、頭脳戦で仲間を勝利に導く為に来たのかもしれない。
この世界に無い知識が俺にはある。
それは間違いなく、この世界で役に立つはずだ。
必ずしも、俺自身が強くなる必要は無いのだ。
もうこれ以上、逃げてばかりの俺じゃいられない。
俺は二度と逃げず、魔族と戦うとここに誓う。
頭脳で魔族と最後まで戦い抜いてみせる。
俺はサーベラスに指をさし、ナオに告げる。
「サーベラスの弱点は歌だ。ナオ、お前の歌を聞かせてやれ!」
「わかったにゃー!」
ナオは大きく息を吸う。
俺達の勝ちだ!
「いけええええっっ!」
次の瞬間、ナオの歌が洞窟内に響き渡る。
「にゃーにゃーにゃにゃにゃああああ♪」
「――――っ!?」
それは何とも言えぬこの世の物とは思えない程の歌声。
耳を劈く様な破壊的なメロディ。
まるで鈍器で頭を殴打されたような激痛が頭部を揺さぶり、眩暈と吐き気に襲われる。
生まれた事を後悔してしまいそうな程に恐ろしい精神的苦痛。
聞いた相手を死地に赴くその歌声は、人類にはまだ早すぎた。
俺はその場で泡を吹いて昏倒する。
そして、地面に倒れた時に頭をぶつけたショックで逆に目を覚まし、急いで耳を指で塞いだ。
「ぶふぁあああっっ! なんだこの歌声は! マジでヤバいって言うか耳が死ぬ! ストーップ! ストーップ! やめっ! やめろおおおおおおっっ!」
「――にゃ? どうしたにゃ?」
「どうしたにゃ? じゃねーよ! 真面目に歌え! 殺す気か!?」
「にゃ?」
あっ。
駄目だこの子。
今の本気で普通に歌ってたって顔してる。
なんて事を思ったその時だ。
サーベラスが唸り声をあげ、さっきまでとは比べ物にならない程の殺気を放った。
恐る恐る視線を向けると、もの凄い形相でこちらを見ている。
……よし。
光る魔石を取り出して、サーベラスと逆方向を照らす。
そして、息を大きく吸って「逃げろぉぉぉおおぉっっ!」と叫び、全力ダッシュを決め込んだ。
最早、秘策なんてどうでも良くなっていた。
◇
「ヒイロかっこ悪いにゃー」
「うるせえええ! 怖いもんは怖いんだよ!」
まったく堪ったもんじゃない。
この前の暴獣の時もネビロスの時も逃げてばかりだ。
もう逃げないと誓って直ぐにこの調子だ。
と言うか、ナオが自由すぎるし、歌は音痴すぎるしで調子が狂う。
調子が狂う……か。
ふと思う。
この世界に来てから、ずっと調子が狂いっぱなしだったのかもしれない。
見知らぬ世界に飛ばされて、最初に出会った美少女のベルに、いきなり世界を救ってくれだのと頼まれた。
あの時から、ずっと俺はかっこ悪い所ばっかで、世界を救うような結果を全然これっぽっちも出していない。
でも、俺はあの時あの子のあの涙を見て、あの子を――ベルを助けてあげたいって本気で思ったんだ。
だったら、いつまでも逃げてる場合じゃないよな。
相手はたかが魔従。
魔人に仕える程度の獣だ。
こんな奴にビビってる様じゃ、邪神どころかネビロスにだって勝てやしない。
それなら、今度こそ俺なりに戦ってやろうじゃないか。
こんな所で逃げてちゃ先が思いやられるってな。
よし!
覚悟を決め、思考を巡らす。
そして、隣で一緒に逃げるナオに視線を向けた。
小さな体のどこにあんなパワーがあるのかってくらいに強い猫耳の少女。
魔法で爪に炎を纏わせて戦うその姿は、俺なんかよりよっぽど頼りになる。
そんな事を考えた時だった。
ふと、少し前に考えた秘策が、役に立つかもしれないと考え直した。
この暗闇の中では、光が本当に一切無い。
あるのは魔石が放つ光だけで、その魔石の光も実際はそんな強い光ではなく、それこそ俺の持っているスマホと比べたらかなり弱い光だ。
そして、そのスマホの光が俺の秘策だった。
暗闇の中で、スマホの強い光をサーベラスに向けるのだ。
経験者であれば分かる事だが、真っ暗の中で強い光を見ると、少しの間だけど目の前が見えなくなる。
だから、同じ様にサーベラスの視力を少しの時間だけ奪えるのではないかと、俺は考えたのだ。
ただ、これには欠点もあった。
それは、サーベラスが犬であるならば、臭いでこちらの位置が分かるだろうと言う事。
この秘策は最後の最後、相手を怯ませて止めをさす時だけに使う必要がある。
そして、止めをさせるだけの強力な一撃が必要だ。
さっきナオに歌を歌わせたのは、ダメージを蓄積させる目的だった。
眠らせてその間に攻撃して弱らせて、起きた所で光で目を眩ませて、そこで止めをさすと言うもの。
勿論眠らせた状態で止めをさせればそれが一番で、目眩ましはあくまで最終手段のつもりだった。
だが、既にその段階が終わっている。
今は必要なのは、強力な一撃だ。
フロアタムの王子の近衛騎士であるミーナさんよりも、ナオは強いと言っていた。
実際にナオの戦う姿を見て、ナオの強さは間違いなく本物だと分かった。
だからこそ俺はこの秘策にもう一度かけて見る事にした。
「なあ、ナオ。サーベラスを倒せるだけの、決め手となる強力な魔法って使えるか?」
「強力な魔法? そうだにゃー……。二つあるにゃ。だけど、魔力の消費が激しいから、本当にここだって時にしか使わない方が良いにゃ」
「なら、どっちを使うかは任せる。勝ちに行くぞ!」
「にゃー!」
ナオが返事をすると、俺はナオに作戦を説明した。
サーベラスに追いかけられながらだから簡単に説明したが、ナオは「ふにゅふにゅ」と言いながら、作戦の内容を理解してくれた。
そうして作戦を伝え終わると、俺は腰に提げた剣を引き抜き、サーベラスに立ち向かう覚悟をした。
「行くぞナオ!」
「了解にゃ~」
ナオのお気楽な返事を最後に、俺とナオは左右に別れる。
それを見て、サーベラスが雄叫びを上げて俺を追いかけた。
さっきまでの俺であれば、何で俺の方に来るんだよって思う所だが、今の俺はそうじゃない。
寧ろ、俺が予想した通りにサーベラスが追いかけて来て、最高に喜びたい気分だ。
魔従……と言うよりは、サーベラスについて俺はふと思ったのだ。
サーベラスの見た目は三つ首の犬だ。
正直言って、俺からしたら三つ首だろうが一つ首だろうが、犬は犬だ。
人と違って本能に忠実な野生の生き物。
逃げる獲物を追いかける時は、比較的に弱く狙いやすい獲物、俺を優先して襲うだろう事は大いに予想できたわけだ。
俺は逃げる足を止めて振り返り、サーベラスを迎え撃つ為に剣を構えた。のは良いけど、それと同時にサーベラスが大口開けて飛びかかってきた。
流石にいきなりそんな事になるのは予想外で、剣でそれを受け止めようとしたが、受け止めきれない。
「ぐぅ……っ。ぬぬぬぬ……」
くっそ重い。
背丈がナオと同じくらいあるからデカいデカいとは思っていたが、体重を乗せて飛びかかられると、本気でヤバいくらい重い。
そのせいで、サーベラスに体の上に乗られてしまい、身動きが取れなくなってしまった。
しかも、サーベラスは俺を噛み砕こうとしていてかなりヤバい。
何がヤバいって、こいつの首が三つあるのがマジでヤバい状況を生んでいる。
剣で何とか二つまでは運良く防げているけど、残り一つが俺の頭を噛み砕こうと、涎垂らして迫ってくるのだ。
だけど、これは言わば好機とも言える状況。
やるなら今だ!
スマホをポケットから取りだ――
――あれ?
無い!?
うっそだろ、おいいいっっ!?
俺は焦り、血の気が一気に引いていく。
鏡を見れば、きっと青白い顔の己とご対面出来るであろう事間違いない。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!
どこだ!?
どこにいったあああ!?
俺のスマホオオオオオオオ!!
焦りが加速して嫌な汗が全身から流れ出す。
マジでヤバい。
こんなのは予定に無い展開だ。
「クロウズファイア!」
俺がヤバいと焦っていると、ナオが炎の魔法を自身の爪に宿して、サーベラスに飛びかかった。
サーベラスはナオの攻撃を避ける為に、俺から離れて後退する。
「どうしたにゃ? 今にも食べられそうだったにゃよ?」
「あ、ああ。本気で助かった。ありがとな」
ナオのおかげで助かった俺は立ち上がり、ナオに本気で感謝した。
ナオが助けてくれなかったら、今頃は頭を噛み砕かれてたに違いない。
なんなら首から上が千切れていたんじゃないかと思う。
そんくらいはヤバかった。
「すまん、ナオ。スマホをどっかで落とした。さっきの作戦は中止だ」
「にゃー。もしかしてアレじゃないかにゃー?」
「アレ……?」
ナオが指をさして、俺はナオが指をさした方に視線を向ける。
するとそこには、確かにスマホがあった。
しかし、スマホがあった場所を見て、俺は喜ぶどころか絶望していた。
何故なら……。
「は? 何でサーベラスの髪に引っ掛かってんだよ!?」
そう。
何がどうなってそうなったのか、スマホはサーベラスの獅子髪に絡まっていたのだ。
考えられるのはあの時、俺がサーベラスに乗られた時だろうか?
サーベラスが飛びかかってきたその時に、スマホがポケットから飛び出して、運悪く絡まったとしか思えない。
「だああああ! くそっ! 上等だこの野郎! こうなりゃ真正面からぶっ飛ばしてやる!」
何かが吹っ切れて俺は叫んだ。
すると、隣に立っていたナオが驚いて、ビクリとして尻尾の毛を逆立てた。
「び、びっくりしたにゃ。急にどうしたにゃ?」
「あ、わるい。なんか色々と考えるのが、あほらしくなってきたんだよ」
ホントにあほらしい。
考える事考える事全部が裏目に出る。
何が頭脳戦で勝利に導くだ、ふざけんな。
寝言は寝てから言えって感じの気分だ。
だからもう、いっその事考えるのをやめてやると俺は思ったのだ。
勇気と無謀は違うと言われるが、んなもん最早どうでも良い。
無謀に立ち向かってやろうじゃないか。
「お互い自由に犬っころをぶっ飛ばそうぜ」
「にゃー! ニャーもそっちの方が分かりやすくて良いにゃ!」
「なら決まりだな」
ナオの同意も得た事で、俺はサーベラスと向かい合い、改めて剣を構えた。




