21話 崖を越えた先
「なんだこれ……」
「なんか……凄いね……」
「おっきー!」
俺とベルが顔を上げて圧倒されて呟き、みゆが目を輝かせて大きな声を上げた。
と言うわけで、俺達はギター山脈の最東に位置するの山“エレキ山”までやって来た。
エレキ山はとんでもなくデカく、ここからでは頂上が見えない程。
更には、見上げる先は全てが崖。
雲の上まで続く崖しかなく、山と言うよりは壁が目の前にあると言った印象。
この角度では、流石に魔車では登れないと言うのが、目に見えて明らかだった。
ここからは徒歩になるわけだが、この崖をよじ登るわけでは無い。
近くにある人が一人通れる程度の横幅がある崖道を通って、登っていくのだ。
「兄貴。別の場所からなら、もっと普通に登れるけど、本当にそっちからじゃなくて良かったのか?」
「いいんだよ。そっちは魔族が野営を張ってる地域を通るんだろ?」
「そこを力尽くで通った方がロックだとハートで感じるんだZE」
「ロックじゃなくても良いんだよ」
「そっちに行くと一万以上の魔族を相手にするんだもん。わたしもこっちがいい」
「みゆパイセンがそう言うなら仕方がねえか」
「うむ!」
ドレクから聞いた話では、東の国リュートは、魔族に支配されている土地が多くある。
俺達が今まで通って来た場所は、まだ被害の少ない方で、それ等と比べればマシなだけだったのだ。
この国は殆どの地域が魔族達によって支配されていて、生き残っている人達も奴隷の様に働かされている。
それに村や町だけでなく、各所に魔族が野営を張っているので、俺達も自由に動き回ると言うわけにもいかなかった。
そんなもの全部倒せば良い。となれば良いが、残念ながらそうはならない。
何故なら、野営している魔族を倒しても、ルシファーが獣や誰かを魔族化させて魔族が補充されるだけだからだ。
そうなってしまうとキリがないし、犠牲者が増えるだけだ。
それなら早く目的の宝鐘を集めて魔族達を封印した方が早いだろう。
だからこそ俺達は先を急がなければならなかった。
人が一人分通れる崖道までやって来ると、ドレクを先頭にして、最後尾はフウに任せて進む。
フウは魔法で飛ぶ事が出来るので、万が一に誰かが落ちた時に、飛んでもらって助けてもらう予定となっている。
因みに俺はドレクの後ろだ。
魔族になったドレクをまだ信用していないと言うのもあるが、一番の理由は風除け。
俺は身長が特別デカいってわけじゃないが、この中では一番デカい。
だから、風除けとして二番目に選ばれたのだ。
崖道を進んでいて思ったが、崖道は意外にもカーブが多かった。
右に行ったり左に行ったりで、なんと言うか凸凹の上を横に歩いている気分だ。
それでもって延々と上り坂で風も吹いているので、それなりに体力が奪われる。
そんな事もあり、みゆの体力も暫らく経てば限界に近づいて、俺はみゆを背負って進む。
「ごめんね、お兄ちゃん」
「気にすんな。ゆっくり休めよ。寝ても良いからな」
「うん、ありがとう」
みゆはよほど疲れたようで、会話をして少しして眠った。
そうして、みゆが眠って直ぐの事だ。
俺の目の前を歩いていたドレクが、少し顔を上げて「あった、あった」と呟いた。
何があったんだと俺も少し顔を見上げれば、まだまだ先ではあるが、人が住んでいそうな家が並ぶ場所を見つけた。
「崖に村があるのか……?」
思わず呟くと、ドレクが俺に振り向き、後ろ歩きしながら答える。
「そうだZE。崖の村エレキベースってんだ。丁度あそこの村から向こう側はアイスマウンテンって名前の山になっていて、あの村はそっちの山の村なんだZE」
「へえ。っつうか、すげえ村だな」
「だろ? 最高にロックな村だZE」
崖の村エレキベース。
そこは崖にくっつく様に家が建てられた不思議な村だった。
それから、道がむき出しになっている場所と、そうでない場所の二種類があった。
因みに、あの村に住む村人には失礼かもしれないが、崖にくっつく家を見た俺はフジツボを連想した。
「いやあ。ラッキーだったな。時期が時期だったら、この辺でもアイスマウンテンの影響で一面雪だらけだZE」
「そうなのか?」
「ここ等で雪が降らなくて積もってないのは、年にひと月程度で、基本は雪景色だZE」
「マジか。確かにこんな細い道を雪の中進みたくないな」
「だろ? 俺のヒートソウルもアイスマウンテンの雪でクールダウンになっちまうと、ロックにゃ終末案件って感じだし、時期が良くて助かったZE」
「あの崖の村ってエレキ山じゃなくてアイスマウンテンって山になるって事は、あの村にはよらないのか?」
「よるZE。あの村の裏玄関を通って、エレキ山の妖族の里に出て、そっからまた登るんだZE」
「妖族……? ああ、フロアタム宮殿の書庫の本で見たな。雪女だとかがいる種族だったか?」
「おお。よく知ってるな、兄貴。妖族ってのは、普段は妖族である事を隠して生活していて、妖族だけが暮らす妖族の里もここにしかないんだZE」
「へえ。そうなのか。あ、そこ道無いぞ」
「……え――――――っうあああああああ!」
後ろ歩きして前を見ていなかったドレクが崖から落ちていく。
俺は落ちていくドレクを見つめながら、そのまま歩いた。
フウも落ちたのがドレクだったので、とくに気にせず進んでいた。
唯一、俺の背後でベルだけが慌てていたが、その後ろにいたメレカさんが「さあ、姫様。先に進みましょう」と肩に触れて押して進ませていた。
「んん…………ふぁあ……お兄ちゃん。誰かの悲鳴が聞こえたよ?」
「あ、悪いな、みゆ。起こしちゃったな。安心しろ。ドレクが落ちただけだ」
「そっか。可笑しい人を亡くしたね」
「それを言うなら惜しい人……って、惜しくもないか」
こうして、俺達は仲間を一人だけ犠牲にして、崖の村エレキベースへとやって来た。
この断崖絶壁にある崖の村は、来てみれば意外にも道の広い村だった。
崖の中に大きな道があり、そこから崖沿いの住宅へと続いていたり、崖沿いの道へと続いている。
ただ、不思議な事に全て崖沿いに続いていて、内側……つまりは山の中へ続く道が全く無かった。
とは言え、この大きな道だけでも十分安全に進めるので、俺達は道の端によって一先ずの休憩を得る。
「なんで誰も助けに来てくれないんだよ! てめえ等クレイジーすぎるZE!」
「これぞロックでしゅ」
「…………っ! 確かにロックだZE!」
何故か納得したらしい。
と、言う事で、ドレクがボロボロになって戻って来た。
まあ、仮にも宝鐘の守り人で、魔族になった奴が崖から落ちたくらいで死ぬわけもないし当然だろう。
俺達は全く心配をしていなかったが、ベルだけが心配していて、自ら回復魔法を使ってあげていた。
「ベルの姉御……いや、あんたは俺の女神だZE」
ベルが姉御から女神にランクアップしたが、まあ、それはどうでも良い。
一先ずの休憩をしていたが、俺としてはもう少しゆっくり休める場所に行きたいところ。
と言うのも、先程一時的に起きたみゆだが、再び眠って夢の中なのだ。
だから、俺の背中ではなく、もっと寝心地の良いベッドか何かで眠らせてやりたい。
「なあ、妖族の里ってのは、ここから遠いのか?」
「裏道に行かなきゃいけねえってのが特殊なだけで、遠くは無いZE」
「なら、さっさと行かないか」
「オッケーだZE、兄貴。女神に治療してもらって、俺のロック魂の情熱のコンディションもパーフェクトに決まってるからな。このまま兄貴達を妖族の里までガイドするZE!」
「あのさ、俺の妹まだ寝てるから静かにしてくんないか?」
「あ、すんません」
ドレクが素になって謝った所で、俺達は再び歩き出した。
と言っても、本当にそれは近かった。
大きな道を少し歩いた先にあった外に出る崖道を通って、崖の中と外の二手に別れていた小道の外側を通って少し歩くと、そこからまた崖の中に入って行く。
すると、そこに見張りの獣人が一人立っていて、ドレクが珍しく真剣な面持ちで獣人と挨拶を交わす。
ドレクは挨拶を交わすと、小さな魔法陣を浮かび上がらせて、そこから燃え盛る勾玉を出現させる。
見張りの獣人は勾玉を見ると、ドレクに一礼してから道を開けた。
道を進んで行くと階段が現れて、俺達はその階段を上って行く。
かなり長い階段で、暫らくして階段を上りきると、そこは小さな小屋の中だった。
「着いたZE」
ドレクが小屋の扉を開けると、その先は背の高く大きな木々がひしめく緑豊かな森の中……いや、違う。
遠目から見てもデカいと思えるような、背の高く大きな木々に囲まれた妖族達の里があった。
昔話に出てきそうな木造の建築物に、広大な畑。
妖族達は和服に身を包み、色んな見た目の者がいた。
どこか落ち着く和を感じるその景色に、俺は驚いて目を奪われた。
「おや? 誰が来たかと思ったら、先日家出したドレクじゃないか。随分と早い帰りじゃないか。ホームシックにでもかかったのか?」
不意にドレクが声をかけられて、視線を向ける。
するとそこにいたのは、見た事も無い鶴だった。
その鶴は一見するとただの鶴だが、よく見ると全然違う生き物だ。
翼が大きな熊の手の様な形になっていて、嘴から髭を生やしている。
しかも喋ったのがこの鶴なのだから、俺は驚いてまじまじと見つめてしまう。
「ホームシックなんてロックじゃねえもんに俺がなるかよ!」
「はははっ。お前はいつも威勢だけは良いな。けっこうけっこう。爺さんにあまり心配かけるなよ」
「分ぁかってらあ!」
ドレクが怒鳴る様に声を上げると、翼が熊の手の鶴が笑いながら俺達を一瞥して、飛び立って何処かに行ってしまった。
「わあ。私、熊鶴なんて初めて見たよ」
「熊鶴……?」
「うん。何百年か前までは静獣って言われてたけど、言葉を喋れるから、最近は鳥人と同じ獣族の扱いなの」
「え? 今は獣族なんでしゅか? なんかカルチャーショックでしゅ」
「ウチもそれは知らんかったなあ。そんなら、ウチと同じ鳥人なんやなあ」
「っつうか、妖族では無いんだな」
見た目が見た目だけに、俺は妖族だと思ってしまった。
と言うか、妖族ってのは、俺の世界で言う妖怪だ。
本によると、雪女や座敷童や河童やらの、本当に俺の世界で有名なのがいるらしい。
と言っても、本来は滅多にお目にかかれないそうではあるが。
「にゃー! ヒイロヒイロ! ここ、ニャーのお爺ちゃんが村に取り入れた食べ物がいっぱいにゃ!」
「ん……?」
ナオが何やら興奮気味に話しかけてきて、指をさす。
するとその先には屋台が並んでいて、納豆やら醤油で味付けされた焼トウモロコシやらを売っていた。
「うわ、マジか。っつうか、納豆の屋台って初めて見たな。俺の世界にもこんなんないぞ」
「せやろ? ウチここの妖怪の里めっちゃ好きやねん。昔は師匠によく連れて来てもろてな。ほら、あっちにはリンゴ飴もあるんやで。ここは五千年前と変わらへんなあ…………あ」
ニクスが懐かしむように饒舌に喋り、そして、しまったとでも言いたげな顔で大量の汗を流し言葉を続ける。
「め、珍しいもん売っとるなあ。妖か――妖族の里やっけ? ウチ、こないなとこ初めて来たわあ」
「……なあ、ニクス。流石にもう隠すのに無理があるだろ」
最早遅すぎるニクスのその訂正に、俺はそう言って冷や汗を流した。




