20話 ドレクと言う名
ニクスに洞窟内の事、それからドレクの事を話すと、ニクスが首を傾げて腑に落ちないとでも言いたげな表情を見せた。
「おっかしいわあ。ドレク言うたらファイアードレイクの間で使うとる名前で、世界にたった一人しか許されへん名前の筈なんやけどなあ」
「え? そうなのか?」
「あたちは初耳でしゅ」
「そうなん? でも、ホンマにそうなんよ。ベルと一緒や。ベルの名前も、この世界の名前シャインベルから分けてもろた、クラライトの王族にしか許されへん名前やろ? しかもベルやなんて、普通は恐れ多くてつけられへんわ」
「……それで、そのドレクってのは、何で一人にしか許されない名前なんだ?」
ベルの名前を例に出されたが、確かにと頷けるほど俺は詳しくないので、とりあえず話の続きを促した。
すると、ニクスは思いだす様な表情を見せ、話の続きを始めた。
「呪われた種族……滅んだ龍族の国の王様の種族が、そのファイアードレイクって種族なんよ。ドレク言う名前は、その王族が代々引き継いどった国王の名前やな」
「ま、マジでしゅか? じゃあ、つまりあのロック馬鹿は……」
「もしかすると王族の末裔かもしれへんなあ。でも、それもおかしいんよ」
「確かにあんなロック馬鹿が末裔はおかしいでしゅ」
「ちゃうちゃう。もっと別の事や」
「別の事……?」
「ほら。ウチが連れてったる予定の相手おるやろ?」
「俺の腕を治せるって人だよな?」
「せやな。極秘の事で名前とか教えてへんかったけど、その相手が、まさにドレクっちゅう名前の龍族なんよ。でも、あんな変なのと全然違うんよなあ」
「…………ちょっと待て」
「どしたん?」
「――っあ」
俺はある事に気づき、そして、アミーもそれに気付いて俺の顔を見た。
俺とアミーが目を合わせると、ニクスが俺達を交互に見て「なんなん?」と首を傾げるので、俺とアミーは顔を引きつらせてニクスに視線を向けた。
「その“ドレク”ってのは、龍族の王族の間で代々名前が引き継がれるんだよな?」
「せやな」
「あのロック馬鹿も王族とは違いましゅが、宝鐘の守り人を引き継いでいて、“ドレク”と言う名前でしゅ」
「……あ」
お分かりいただけたようだ。
つまりは…………。
「宝鐘の守り人に龍族の王様がなって、ウチが紹介する予定やった“ドレク”が、ウチが眠っとった五千年の間におらんようなった!?」
「…………だろうな。っつうか、五千年前の話だったのかよ」
つまりは、そう言う事らしい。
「ヒロしゃんの右腕が元に戻る可能性が無くなったでしゅね」
「うわあ。なんか、えろうすまんなあ。龍族やし、師匠がドレクに会いにエレキ寺院に行く言うてたから、まだ生きとると勘違いしとったわ」
「まあ、こればっかりは仕方ないだろ。元々治る予定の無かったものだったわけだし……ん? 師匠がドレクに会いに、エレキ寺院に行く?」
「せやな。でも、実際にドレクと会うんは、多分その前にある妖――っあ……」
ニクスが己の失言に「しまった」とでも言いそうな顔で、片手で口を隠す。
そして、気まずそうに俺から視線を逸らして、顔を引きつらせた。
すると、そんなニクスにアミーがジト目を向ける。
「ニクスしゃん、フェニックスが東の国の何処に行ったかは知らないって言ってたでしゅよね? 何で隠してたんでしゅか?」
「な、なんの事やろなあ?」
「ニクスしゃん」
アミーがジト目でニクスに凄み、ニクスが視線を逸らしたまま音の鳴らない口笛を吹く。
何故かは分からないが、ニクスの師匠であるらしいフェニックスの居場所を言ってはならないのは間違いないようだ。
「その辺にしといてやれよ。別に俺達はフェニックスに会いに行くわけじゃないし、言いたくない事は聞かなくて良いだろ」
「でも、言わない理由が分からないでしゅよ。あたち等に秘密にする必要があるでしゅ?」
「企業秘密的な何かがあるんだろ」
「せ、せやせや」
「怪しいでしゅ」
「あ、怪しないで」
アミーはニクスをジト目で見続けたが、暫らくしてそれを「まあ良いでしゅ」と言って解いた。
だが、納得はしていない様子で、それが顔の表情に現れている。
とは言え、アミーが引いた事でニクスはホッとして、俺に「ありがとうな」と手を合わせて礼を言った。
「もう夜も遅いし、避難所に戻るでしゅ」
そう言って歩き出したアミーの横顔は、どこか悲し気だった。
その理由は分からなかったが、俺はそれには触れずに、ただ黙ってアミーの後ろに続いて歩き出した。
こうして長かった一日が終わり、その翌日。
朝陽が昇るかどうかの時間に、楽器魔法を手に入れたみゆ達がボロボロになって戻って来た。
みゆは俺の顔を見るなり飛び込んで来てそのまま眠り、ベル達も疲れたと言って、ウクレレまで乗って来た魔車の中で眠りについた。
後から聞いた話によると、ヘルハウンドとか言う暴獣の群れと戦闘になり、かなり疲れたのだとか。
それを聞いて、アミーは「ついて行かなくて良かったでしゅ」としみじみとした顔で呟いていた。
◇
「どうやら、俺のステージを盛り上げる役者は揃ったみたいだな。いいZE! 俺のロックでてめえ等のハートをてっぺんまで連れてってやるZE!」
「いや、そう言うの良いから早く説明しろよ」
「アミー様、この男もう少しきつく縛った方が良いのでは?」
「そうでしゅね」
「うぎゃあああああ!」
と、言うわけで、今はロック馬鹿を拷問ちゅ……では無く、ドレクから宝鐘の在り処を聞き出す所だ。
その過程で、ドレクを縛り付けている鎖の縛りが強くなったのは気のせいだ。
「ね、ねえ。可哀想だから、もう少し優しくしてあげようよ?」
「別にえんちゃう? 宝鐘の守り人やのに、宝鐘をほっぽらかしてロック広めに旅に出たアホやで? しかも魔族にまでなって。こんくらいするんが丁度ええやろ」
「全くですね。それに、私の妹を石にしたメドゥーサとヒロ様が戦えなかったのは、この男のせいなんですよね? もっときつい拷問をしても良いくらいですよ」
「そうにゃそうにゃ! ニャーの魔爪の爪が溶けたのもこいつのせいにゃ!」
それは違うだろ。
と言いたい所だが、別に否定してもしなくても状況は変わらないので聞き流す。
「さ、流石は英雄と呼ばれる兄貴と……その仲間……だZE。兄貴達の激熱のスピリット……最高にロックだ……ZE…………」
「うわ。なんか死にそうだよ? お兄ちゃん」
「アミー、緩ませてやってくれるか?」
「仕方ないでしゅねえ」
若干白目を剥いていたので、アミーに頼んで縛りを緩めると、ドレクは白目から脱却し一先ず吐いた。
それを見て流石に可哀想だと思ったベルとみゆがドレクの背中をさすると、ドレクは目を潤ませて二人を見る。
「ベルの姉御、みゆパイセン……ありがとうございます」
……ん?
「あ、姉御? え、ええっと、もう体は大丈夫?」
「はい! ベルの姉御!」
「これに懲りたら、お話する時はちゃんとするんだよ」
「はい! みゆパイセン!」
よく分からんが、ドレクの中でベルが姉御になって、みゆがパイセン……先輩になったらしい。
マジで意味が分からないが、とりあえず放っておく。
まあ、ベルを姉御呼びした瞬間に、メレカさんが滅茶苦茶怖い目でドレクを睨んだが、それは見なかった事にしよう。
と言うか、話が全然進まないからさっさと進ませたいのが本音だ。
「それで宝鐘は何処にあるんだ?」
「あ、はい。エレキ寺院にあるZE」
「エレキ寺院……? それって……」
「そこ、ウチがヒロ達を連れて行く予定やった所やん」
「え!? そうなの!? あれ? もしかしてヒロくんも知ってたの?」
「あ、ああ。名前はな。ベル達が洞窟の中にいる間に聞いたんだよ」
ニクスから聞いた時は全然気が付かなかったが、言われてみれば、それは当然の事だった。
宝鐘の守り人と名乗るドレクがいるエレキ寺院なのだから、そこに宝鐘があっても何もおかしくない。
そしてこれで分かったのは、俺の腕が元に戻せなかったとしても、目的地は結局変わらないって事だ。
「じゃあ、エレキ寺院に行けば、ヒロくんの腕も治るし宝鐘も手に入るんだ!」
ベルが嬉しそうに話し、みゆやメレカさん達も喜び合う。
だが、俺とアミーとニクスは違う。
昨日ニクスと話していた事を言い忘れていたのだ。
皆が喜び合う中、俺達三人は気まずい雰囲気に包まれながら視線を合わす。
そして、俺は二人に頷いて告げる。
「悪い。言い忘れてたんだが、俺の腕は治らないんだよ」
「「「――――っ!?」」」
申し訳ないと思いながらも打ち明けると、ベル達は声も出さずに驚き固まる。
そこまで? とも思ったが、メレカさんに睨まれそうなので言わないでおく。
「お兄ちゃん、治らないって……なんで?」
「治せる人がもういないみたいなんだよ」
「ごめんなあ。ウチが五千年間眠っとった間に、ヒロの腕を治せる人がおらんなってしもたんや」
「そんな……」
場の空気が重くなり、気まずい空気が流れる。
すると、ドレクが何かを考えている様な表情を見せ、少し間を置いて俺に視線を向けた。
「兄貴、俺の爺さんなら生きてるZE」
「……爺さん?」
「要するに兄貴のその右腕の話だろ? そこのバードガールの言ってる人ってのは、きっと俺の爺さんの事だZE」
「マ? でもお前、二代目って……」
「爺さんもそろそろ寿命が近そうだから、今からだいたい百年くらい前にドレクの名を俺が引き継いだってだけで、今も元気に生きてるZE。あの分じゃ、まだ千年はしぶとく生きるだろうな。俺にドレクの名を押し付けて、本当に困った爺さんだZE」
「……はは。って事は、早とちりしてただけかよ」
早とちりついでに、やはりドレクが龍族の王様でもあると言う事が判明した。
ドレクの名を引き継いだと言う事は、つまりはそう言う事なのだ。
「お兄ちゃんのアホ! びっくりさせないでよ!」
「でも、良かった……。ヒロくんの腕は戻るんだね」
「はい。それに、我々が目指す場所は一つしかありませんね」
「にゃー。目指せエレキ寺院にゃ!」
「ですねん。超特急で向かいましょう」
「ほんと、人騒がせでしゅねえ」
さっきまでの重い空気が一気に消し飛んで、皆が笑顔になる。
そして、ドレクへの態度も一変する。
ドレクを縛っていた鎖は、ベルとみゆが頼んだのもあり解除された。
おかげでドレクは二人に感謝したわけだが、マッチポンプな感じもする。
が、まあ、気にしないでおこう。
ドレクの言い方を考えると、腕を元に戻せるってのは間違いないのだろう。
だからこそ、俺自身も、もう諦めていただけにかなり嬉しかった。
それに、もし俺の右腕が元に戻ったら、デリバーの無くなった左腕も戻してやりたい。
期待に胸が膨らみ、俺も口角を上げて笑みを浮かべた。
暫らく皆で喜び合うと、再びドレクの話を聞く為に、俺達はドレクに注目する。
そして、宝鐘の守り人として、ドレクが英雄に伝える話が始まった。
◇
ウクレレの側にある火山からなる広大な範囲の山岳地帯のその先に、この国で最も高いと言われる山“エレキ山”がある。
そこはギター山脈と呼ばれる山脈の内の一つの山で、そのエレキ山の頂上にエレキ寺院があると言う。
そしてそのエレキ寺院こそが、先代ドレクの住まう場所であり、宝鐘が封印されている場所でもある俺達の目的地だ。
ドレクから話を聞いた俺達は、魔車に乗って先を急ぐ事にした。
残念ながら、結局ウクレレの村人を救う事は出来なかった。
「メドゥーサを見つけたら必ず倒して、石にされた人達を元に戻す。だから、それまで待っていてほしい」
俺はそう村人達に頼むしか出来なかった。
英雄なんて言っても、所詮はその程度なのだと、自分の無力さに嫌気がさす。
だが、村の人達は、そんな俺を応援してくれた。
この人達の為にも、少しでも早くメドゥーサを倒そうと俺は誓った。
それとは別の話になるが、食料問題はハバネロのおかげで解決できそうだった。
と言うのも、ハバネロが村人を連れて都市ヴィオラに戻ってくれると言うのだ。
ヴィオラに戻ったら、当分の間はカイズナー公爵家の別荘で村人を預かってくれると言ってくれて、おかげで憂いの一つが無くなった。
因みに、ヘンリーもハバネロが連れて帰ると言って、ヘンリーの魔車も村人を連れて行く為に利用していた。
なんと言うか、ハバネロには色んな意味で感謝しかない。
いつか礼をしないとだな。
そんな事を思いながら、フウが運転する魔車に乗ってエレキ寺院へと向かった。




