10話 ヤベえのに捕まった英雄
都市ヴィオラでの戦いが終わって次の日の朝。
カイズナー公爵家の食堂で、俺は朝飯を食っていた。
昨日の傷は癒えていない。
おかげで横腹の傷が痛くてきついし、他にも体の色んな所が痛い。
そのせいで昨夜はよく眠れなかった。
とは言え、カイズナー公爵家専属の医者に診てもらい、横腹は縫ってもらったので血は止まっている。
本当は回復の魔法を使ってもらえれば良かったが、俺より被害にあった人達を優先して治してくれと頼み断った。
しっかし、まさか一般人は回復の魔法を一二回使ったら、魔力がスッカスカになるとはなあ。
そんな事を考えながら、目の前に置かれたパンを掴んでかじる。
まあ、つまりそう言う事だ。
水属性の回復魔法は、基礎中の基礎で誰でも使える。
だが、回復に使う魔力がとんでもないのだ。
ベルも回復の魔法が使えるのを考えると、恐らく光属性はそうでもない。
しかし、水属性では魔力の消費が激しいので、一般人はそう何度も使えないし、更に言えばメレカさん程の回復量は見込めない。
その結果この世界に医者がいらないとはならず、余程の重傷者以外は俺の世界の様な治療を施す。
今にして思えば、俺は仲間に相当恵まれているた様だ。
「ヒロ様、今日のご予定はお決まりになりまして?」
「今日は――」
「ヒロはオレと共にルミネラをモンブラン伯爵家に送る予定だ。モンブラン伯爵家の伯爵令嬢である彼女を、彼女より爵位の高いこの公爵家にいつまでも世話をさせるわけにはいかないからな」
「ヘンリー様には聞いていません。ヒロ様に聞いているのです」
「同じ事だ。彼はこのオレが責任を持って民を護る剣にする。そうなれば、必ずや邪神を討ち滅ぼし、世界を平和にするだろう」
「…………」
どうしてこうなった?
目の前に置かれたスープを飲み、俺は深く、深く考える。
事の発端は、やはり昨日の戦い。
エウリュアレーを倒して救助活動をしていた所に、この都市の騎士達がやって来た。
そして、騎士達が来ると、ハバネロが「後は騎士に任せましょう」と言って俺をこの豪邸に連れて来た。
それから医者の治療を受けて、安静にした方が良いと言われて、何だかんだで今に至る。
因みに、ヘンリーはハバネロから戦いの話を聞いて、まるで自分の手柄の様に喜び「オレの見込んだ通りの男だった」と手のひらを返していた。
ただ、一番分からないのはハバネロだ。
「ヒロ様、宜しければ、あたくしとウクレレに行きませんか? 日数はかかってしまいますが、緑の自然が溢れたとても良い所なんです。それに、温泉と言う珍しいお風呂もございますのよ。その温泉に浸かれば、傷も忽ち治ると噂されています」
マジで分からない。
俺はてっきり怒られると思ってたが、昨日の戦いが終わってからこんな感じだ。
何故か丁寧に話しかけてくるし、かなり体を気遣ってくる……と言うか、下手したらルミネラよりも気遣われてる。
ルミネラと言えば、エウリュアレーを倒したら元に戻った。
ただ、石化していた影響で疲弊していて、直ぐに家に帰さずカイズナー公爵家で休ませる事になったので、客室で今は眠っている。
一応昨日の内にルミネラの家には連絡を入れてあり、今日の内には連れて行くと言ってある。
それから、ハバネロも俺につきっきりにはなっているが、ルミネラが起きている時は側にいてあげていたし、ハバネロが薄情な奴と言うわけでは無い。
「少し長旅になってしまいますが、是非とも私とご一緒しませんか?」
「ははは。おかまいなく……」
苦笑しながら断ると、ハバネロは少し残念そうな顔をする。
と、そこで、今度はヘンリーが何故か勝ち誇った様な表情を見せる。
「温泉か。いいな。しかし、ウクレレと言えば魔族が出たと情報を得て、兄上が遠征した温泉街だ。今回の遠征は時間が少々かかりすぎている。ヒロ、俺と共にウクレレへ向かうぞ」
「遠征から帰って来ない……?」
「謁見の時は父上も母上もお前やベルに気遣い、余計な心配をかけさせまいと言わなかったがな」
「……分かった。だけど、一度城に戻ってベル達と――」
「そんな必要は無い! そうと決まれば早い方がいい! 行くぞヒロ! オレ達の力でウクレレの魔族を討伐し、兄上を助けるのだ!」
「いや、ちょっと待――」
「ルミネラは侍女に任せればもう大丈夫だから、それなら私もヒロ様と共に行きます!」
「だか――――」
「さあ! ウクレレへいざ行かん!」
「ええ! 行きましょう!」
駄目だこいつ等。
人の話を聞かないタイプだ。
と言うわけで、俺は温泉があると言う“ウクレレ”と言う名前の村に行く事になった。
ベル達に黙って行くのも気が引けたので、せめて連絡を入れたいとハバネロに言うと、使者を一人遣わせてくれた。
それから、ルミネラはカイズナー公爵家の執事と侍女達に託した。
出かける前にルミネラに俺が謝って事情を説明すると、微笑んで「頑張って下さい」と応援してくれた。
ヴィオラに来た時と同じ様に王家の魔車に乗り、今度は山の麓にあるらしい温泉の村ウクレレに向かう事になったが、俺が積極的に断らなかった理由がある。
それは、ウクレレの側の山岳地帯を越えた先に最も高いと言われる山があり、そこにニクスが言っていた俺の右腕を治す事が出来る人物がいるからだ。
ベル達には悪いけど、一足先に行くか。
心の中で呟いて、頼りの無い新たな仲間達と共に魔車に揺られ、俺は温泉の村ウクレレへと向かった。
◇
都市ヴィオラを出発してから一週間後、まさか過ぎる長旅の末、俺達は温泉の村ウクレレへとやって来た。
到着にこれ程の時間がかかると思っていなかった俺は、ヘンリーとハバネロの何も言わなささに気が滅入っていたが、それもどうでも良くなる事態に直面する。
温泉の村ウクレレ……そこは、火山ひしめく山岳地帯の玄関とも呼ばれる山の麓にある安息の地。
だが、この安息の地は今や変わり果て、地獄と見紛う地へとなっていた。
住民は全て石になっているのか、逃げ惑う姿で石化した人々がいて、無事と呼べる人の気配が全く無い。
それに、この村で激しい戦いがあったようで、建物も幾つか倒壊し、燃え尽きた後の残骸もあった。
「なんて事だ。この分では兄上も無事ではないかもしれないな」
「見て。あそこにクラライトの騎士の石像があるわ。きっと石にされてしまったのよ」
視線を向ければ、そこには小さな子供を庇う様に石になった騎士と、その子供の石があった。
しかもそれは、よく見れば似たようなものがそこ等中に幾つもある。
戦闘があったのは間違いなく、村全体を巻き込む規模のものだったのは言うまでもない。
ヘンリーとハバネロが各々騎士と侍女を連れて、無事な人がいないか捜し回り始めた。
だが、どこを捜しても石になった人達しかいなく、次第に二人の足もこの惨状に心を痛めて重くなっていく。
そんな中で、俺は村の中を見て回りながら魔族がいないかの確認と、アベルとセイの姿を捜した。
ベルの近衛騎士であるセイは、今は第一王子のアベルと共に行動をしている。
そして、二人は騎士団体を連れて、この村にやって来ていた。
しかし、住民達を護るようにして石化しているクラライトの騎士はいるが、二人は全く見当たらない。
だが、被害が村全体と広範囲の為、二人は無事なのだと楽観視は出来ない。
と言っても、もし無事であれば、状況を確認したい所だ。
そうして二人を捜していると、俺は自分の目を疑うものを見つけてしまった。
本当に信じられなくて、駆け寄りながら、嘘であってほしいと何度も願う。
だが、現実は残酷で、それが真実だと分かってしまった。
「なんで……何でランとピュネちゃんが石にされてんだよ?」
そう。
俺が見つけてしまったのは、アデルでもセイでも無く、ランとピュネちゃんの石像だった。
「どうなってんだよ!? なんで二人がここにいるんだよ!?」
頭が混乱して、答えを求める様に思わず大きな声で叫んだ。
だが、答えは返ってこない。
返ってくるのは、ここで二人が石にされてしまったと言う現実だけ。
「くそっ!」
悪態をつき、だが、俺はそれを最後に冷静を取り戻す為に自分の頬を手のひらで叩いた。
何がどうなってるか分からないが、嘆いていたって状況は変わらない。
とにかく、今は少しでも情報を見つけるっきゃない。
そう考えて、俺は二人を調べる。
調べて分かったのは、二人が何かと戦っていたと言う事。
それから、ピュネちゃんは誰かを庇い石になり、ランは不意を突かれた様な表情で石になっていると言う事。
「ピュネちゃんが庇おうとしたのは、ランじゃなさそうだな……」
二人が石になっている場所は数歩ほどだが離れた位置にあり、向きも違う。
どちらかと言えば、ランの方がピュネちゃんの前にいる立ち位置だ。
しかしそうなると、ピュネちゃんは誰を庇おうとしたのかが気になる。
「他に何かないか、近くを探すか」
呟いてから、俺は周辺をくまなく探した。
すると、色々な事が見えてきた。
恐らくにはなるが、ランとピュネちゃんの他にも、ここにはナオがいた。
ナオの攻撃で出来たであろう爪痕が、そこ等中にあったからだ。
しかしそうなると、ナオの安否が気になる所。
ランとピュネちゃんが石化していると言う事は、どちらにしても、魔族は未だに倒せていない。
ナオは無事であれば良いのだがと、俺はナオの捜索を開始した。
するとその直後だ。
遠方から、ハバネロの「きゃあああ!」と言う叫び声が聞こえてきた。
叫び声を聞くと、俺は急いでその声の聞こえた方角へと向かう。
そして辿り着いた先で、俺は驚き、冷や汗を流した。
「いい加減にするでしゅ! あたちはこれでも子供じゃないでしゅよ!」
「やーん。背伸びしちゃって可愛い子ねえ。もう安心して。私が助けてあげるわ」
ハバネロの許まで駆けつけると、そこにはアミーがいた。
アミーはハバネロに抱き付かれて、滅茶苦茶嫌がって顔を押して何度も剥がしている。
ハバネロはアミーに何度も抱き付いて、アミーの頬と自分の頬をすり寄せようとしていた。
そんなわけで、こんなものを見せられた俺は冷や汗を流すしかない。
アミーがここにいた驚きなんて、既に何処かに行ってしまった。
と、そんな時、不意にアミーと目がかち合う。
「ヒロしゃん!? やっと来てくれたでしゅね! 待ってたでしゅ! あとこの女をどうにかするでしゅ!」
「いや、どうにかと言われてもな」
「あら? この可愛い子は、ヒロ様のお知り合いでしたの?」
「まあな。とりあえず離れてやってくれ」
「ヒロ様がそう仰るなら」
意外とすんなり俺の言葉を受け入れてくれたハバネロ。
一週間の長旅で、それなりに親睦を深められていたのかもしれない。
「なんなんでしゅか、この女! ヒロしゃんの新しい愛人でしゅか!?」
「んなわけないだろ。何だよ、愛人って」
そもそも、新しいも何も、そんなもの一人もいない。
「ええ。ヒロ様の仰る通り、私はヒロ様の愛人ではないわ。私はヒロ様と婚約したハバネロ=カイズナーよ」
「婚約!?」
「婚約でしゅ!?」
「うふふ。ヒロ様の旅が終わったら、ヒロ様を婿養子として迎えるの」
「なんの話だ!? 初耳だぞ!?」
「それはそうでしょう。まだ言っていませんでしたので」
「いませんでしたので、じゃないだろ! 俺にそんなつもりは無いぞ!」
「照れなくてもよろしいですのよ? あの時、ヒロ様に助けて頂いた時に、私はヒロ様の気持ちに気付きました」
「いや、気付いてないし、そもそもそんな素振りを見せた覚えもないんだが?」
「仕方が無いですね。そんなに仰るなら、今はそう言う事にしておきます。うふふ。今から結婚の日が楽しみだわ」
駄目だ。
マジで話が通じない。
「ヒロしゃんもヤベえのに捕まったでしゅねえ」
「どうにかしてくれよ」
「嫌でしゅ」