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鐘がために英雄はなる  作者: こんぐま
第4章 呪われし種族
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7話 ヴィオラに潜む魔族を捜せ

 俺達がカイズナー公爵家に訪れる少し前、公爵家の令嬢であるハバネロは、ルミネラ伯爵令嬢と庭を散歩しながら話していた。

 そして、庭を一周して邸宅へ戻ろうとした頃に、門の前に不審な女を見かけた。

 ハバネロは訝しみ、後ろを歩いていた侍女に不審な女を門から離れるように注意しろと命令し、侍女が不審な女に近づき忽然こつぜんと姿を消した。


 ハバネロはただ驚いただけだったが、隣にいたルミネラは違った驚き方をしていて、視線は邸宅の屋根の上へと向けられていた。

 次の瞬間、ドサりと、何かが屋根の上に落ちた音が聞こえた。

 ハバネロが何事かとそちらに視線を向けると、姿を消した侍女が死体となって、二階のバルコニーの上に転がっていた。

 それを見て、ハバネロはルミネラが屋根の上では無く、空高く飛ばされた侍女を見ていたのだと気がついた。

 そして、それに気付いた時には、不審な女が門を越えて庭に侵入していた。


 ハバネロとルミネラは叫び、駆けだした。

 だが、遅かった。

 女は気がついた時には目の前にいて、そして、ハバネロに向かって針を投げた。

 ルミネラはハバネロを庇って針に刺さり、その瞬間からまるで映像を巻き戻すような動きを見せて、不審な女が現れる前の姿まで戻ると一瞬で石化した。

 女はルミネラが石化すると気持ちの悪い笑みを見せて言う。


「何気ない一時が一番の幸せ。私はそれを残してあげたのよ?」


 ハバネロは気味が悪いその女に恐怖して足が動かなくなり、その場で尻餅をついて震えた。

 逃げられるような状態では無く、自分もルミネラのように石にされるのだと覚悟した。

 だが、女はハバネロと目を合わせると満足したような笑みを見せ、ハバネロを石にせず気絶だけさせた。


 ハバネロが目覚めたのは、邸宅からメイドが外に出て来て倒れているハバネロを発見した時で、その時にはもう女の姿は無かった。







 ハバネロから何があったのかを聞いた俺は、二階のバルコニーと、ルミネラに視線を向けた。

 確かに聞いた通りで、二階のバルコニーには女性の死体があり、ルミネラには針が刺さっていた。


 侍女だって死んでいるのに、その場に放置なんて気の毒に思えて、死んでいる侍女に俺の着ていた服をシャツだけ残して脱いで被せておく。

 一応外傷も見ておいたが、死因はバルコニーに落ちた時の打撲だろう。

 ハバネロが落ちるまでは気が付かなかったようなので、悲鳴を上げて無いだろうから、気絶させられたうえで放り投げられたってところか。


 侍女に服を被せると、俺は直ぐに石化しているルミネラの許まで戻る。


「貴方、風魔法を使うのね」


「風魔法? って、それよりさ、この針って取らない方がいいのか?」


 多分、バルコニーに行く時とこっちに来る時に跳躍したから、それで勘違いしたのだろう。

 ベルやメレカさんなら、魔力を読み取れるから違うと分かりそうなもんだけど、やっぱり一般人が見たらこんなものなのだ。

 とまあ、そんな事よりも、俺の質問にハバネロは少しだけ考える素振りを見せてから答える。


「分からないわ。でも、ヘンリー様は念の為にそのままにすると言っていたわね」


「そうか……」


 針からはやはり魔力が感じられないし、試しに触ってみたが、俺に何か変化が起こる事も無い。

 因みに、触ったらハバネロに後ろから「何してるの!?」と怒鳴られた。


「とりあえず、その不審な女って奴の特徴を教えてくれないか?」


「特徴? どこぞの田舎の庶民によくある格好よ」


「庶民の格好か。……あ、後それから、この都市で一番高い建物って何処だ?」


「ヴィオラ大聖堂よ。ここから東に行けば直ぐに分かるわ。でも、それが何だって言うのよ?」


「ちょっと見渡して来る」


「はあ? 貴方ね、本当にあの女を捜す気があるの? そんな所に行ったって分かるわけないじゃない」


「多分だけど分かる。まあ、そこから見れる範囲にいればだけどな。見つけ次第早々に倒して来るよ」


「倒す? 呆れたわ。まったくお話にならないわね。少しばかり風の魔法が使えるからって、ご自分の実力を過信しすぎではなくて? 魔族と言うのは手練れの騎士が束になってかかって、ようやく互角に渡り合える危険な種族なのよ? 右腕も無い貴方の様な騎士でも無い男が、敵うわけが無いでしょう?」


「ははは。一応心配してくれてんのか。ありがとな。まあ、大丈夫だって。じゃあな」


 とにかく善は急げだ。

 俺は最後にそう告げると、大急ぎで東に向かう。

 背後から「待ちなさい!」と声が聞こえたが、まあ、申し訳ないけど放っておこう。




 カイズナー公爵家から東に進んで行くと、直ぐに大きな大聖堂が視界に映った。

 確かにそれは大きな建物で、まだそれなりの距離があるのにハッキリと見える。

 あの建物の上からなら、この都市の広範囲を見渡せそうな大きさがあった。


「屋根から行くか」


 独り言ちして屋根に上り、そのまま真っ直ぐと駆け抜ける。

 おかげで直ぐに大聖堂に到着して、俺は中には入らず跳躍した。


「うし。さてと……」


 屋根の上に上ると、早速周囲を見回し捜索する。

 能力スキルを使って視力を極限まで上げて、魔力を見る目を使って集中し、見渡せる限りの一人一人を丁寧に見ていく。


 今まで散々魔族と戦ってきたし、今ではアミーと言う魔人が仲間として側にいる。

 だからこそ俺には分かる事なんだが、この魔力を見る目で魔族を見ると、明らかに他の種族を見た時と見えるものが違うのだ。 

 それに、俺には害灰が見える。


 この害灰も魔族を見極めるのに持って来いだったりする。

 見極めるポイントは、害灰が体の中に溶け込むかどうかだ。

 俺達魔族以外の種族の場合は、害灰は肌に触れても溶け込まず、本当に埃のようなもの。

 だが、魔族は違う。

 害灰は魔族に触れると溶けこむ様に体内に入っていく。

 この違いはかなりデカい。

 実際にアミーに確認すると、アミーも「慣れたから気にしてなかったけど、言われてみるとそうでしゅね」と答えていた。


「庶民の服で女……あー、髪型とか髪の色とか聞いとくんだったな。人が多すぎて分かんねえ……ぞ?」


 距離にすれば約一キロ先の大広場。

 噴水の周囲で子供達が遊んでいるそこに、庶民の服を着ていて、明らかに異質な魔力の流れを持つ女が一人いた。


「周りに人がいるのが不安だが、逃がす理由にはならないよな。それにあそこなら広いし、周囲の建物を気にせずぶっ飛ばせるから、上手くやれば外に出せれる」


 独り言ちして、大きく深呼吸して息を整える。

 失敗は許されない。

 あんな場所で暴れたら、どう考えたって被害が出る。

 それだけは絶対に避けないといけない。


「行くか」


 呟き、そして、直後に屋根から飛び降りて大聖堂の壁を両足で蹴り、真っ直ぐと魔族の許まで跳躍。

 約一キロの距離はあっという間に縮まって、一瞬で魔族の目の前に辿り着いた俺は、魔族に向かって左手を伸ばす。


「――っ!」


 かなりのスピードで近づいたが、魔族が俺に気がついて後ろに跳躍。

 だが、紙一重で俺の左手の方が早かった。


 俺は魔族の腕を掴んで、一気に上空に放り投げる。


「貴方、英雄ね?」


「――っ!」


 最悪だ。

 しくじった。


 魔族の髪の毛がパラシュートのように広がって、魔法陣が大量に浮かび上がり、直後に鋼鉄の雨が飛び出して降り注いだ。

 その範囲はかなりのもので、この大広場を覆う程だった。


「ヤベえ!」


 直ぐに大広場にいる人達を確認。

 そしてその直後に、大広場にいる人達の頭上に降り注ぐ鋼鉄の雨だけを狙って、超速で動いて受け止めた。

 と言っても、全部をそのまま受け止めたわけじゃない。

 鋼鉄の雨を逆に利用する。

 受け止められるものだけ受け止めて、そうで無いものは、蹴るなり殴るなりして飛ばしたそれで相殺していったのだ。

 とは言え、かなり集中力が必要な芸当だった。


「きっつう」


 ギリギリではあったが、なんとか全員を護りきった俺は、そう呟いてから魔族に視線を向けた。


 魔族は緑色の髪に鋭い目つきで、身長は俺と同じくらいだろうか。

 服装は普通の庶民服で、パッと見は普通の女性だったが、雰囲気は異常。

 髪の毛が伸縮するのか知らないが、さっきまでパラシュートのように広がっていた髪の毛が、今では肩下くらいの長さになっていた。


「いきなり酷い事するのね。私に何か恨みでもあるの?」


「そっちこそ、なんで関係ない人をまき込もうとしたんだよ? それだけで理由は十分だろ」


「質問に対していたちごっこのような返し。センスの欠片も無いわ。ヴィーヴル様が英雄に夢中になっていて使い物にならないと聞いていたけど、こんな男のどこがいいのかしら?」


 魔族はそう言うと、戦闘態勢を解いて、俺に背中を向けて歩き出した。


「は? おい、何処行く気だ?」


「興が冷めたわ。じゃあね、英雄さん」


 魔族は俺に振り向く事無く手を振って、この場を去ろうと歩き続ける。

 正直言って、石化の件が無ければ見逃しても良いが、あるから「はいそうですか」と見逃す事なんて出来ない。


 俺は直ぐに駆け出して、魔族に向かって拳を振るおうとした。

 だが、最悪な事態が起こる。


 魔族の魔法がここ等一帯を襲った直後、ここ等にいた人達は全員逃げ出したが、腰を抜かして逃げ遅れた子供がいたのだ。

 魔族は逃げ遅れた子供に向かって手をかざし、子供の足元に魔法陣を展開する。

 するとその直後に、魔法陣から檻が飛び出して、子供を檻の中に閉じ込めた。


「あの子、放っておいたら檻に潰されるわ。可哀想」


 魔族が放ったその檻は、どんどんと縮小していき、このままだと言った通りに子供が潰れてしまいそうだった。


「くそ!」


 急いで子供を助ける為に駆け寄って、檻を殴って粉砕して子供を助け出した。

 だが、次の瞬間、俺の足に何かが刺さる。


「馬鹿ねえ。本当に逃げると思った? 頭の悪い男」


「――っ!」


 またしてもやらかす。

 俺の足に刺さったのは、ルミネラに刺さっていた針と同じもの。

 つまり、俺も石にされると言う事だ。


「貴方の辿った道程を、私に見せて?」


 マジでヤバいぞこれ!


 次の瞬間、俺は映像を逆再生するように、体が勝手に動き出した。

 ハバネロが言っていた通りの状況で、このままだと、何処かのタイミングで石化する。


「さあ、仲間の所まで……いいえ。音魔法を使う少女の所まで私を案内して?」


 音魔法?

 こいつの目的はみゆって事か?

 だったら尚更、このまま石になってたまるかよ!


 丁度この大広場にやって来た所まで逆再生されたその時、俺は全身に集中して、動きを止めた。


「――っ!?」


「結構きついが、やっと止まったな」


 正直言ってかなりきつい。

 少しでも気を抜けば、再び逆再生させられるだろう。


「そんな馬鹿な。私の能力スキル思い出の肖像(メモリアルストーン)】が敗れたって言うの!?」


 魔族が驚いている隙に足に刺さった針を抜く。

 すると、全身にかかっていた負荷が消え、集中しなくても体が普通に動くようになった。


「マジできついなこれ。もう受けねえぞ」


「ふふふふ。いいわ、英雄さん。音魔法使いの少女を邪神様の許に送り届ける前に、貴方の手足を全部切り落としてあげる」


 魔族はそう言うと、髪の毛を伸ばし、それを幾つかの刃物へと姿を変えさせた。

 その姿は、頭から刃の触手を何本も生やしたイソギンチャクで、正直嫌気がさすくらいに厄介そうな姿だった。


「返り討ちにしてやるよ」


「威勢だけは認めてあげる。でも、貴方に勝ち目なんて無いわ。何故なら、私は同胞達からも恐れられるゴルゴン三姉妹の次女エウリュアレー。人間どころか同じ魔族の同胞ですら、気に入らない奴は全部この髪で切り落としてあげてるの」


 エウリュアレーが髪の毛の刃を使って、近くにあった大木を切り落とす。

 切り落とされて切り株になった大木の断面を見ると、その刃の切れ味がヤバいと言うのがよく分かった。


「っつうか、ゴルゴン三姉妹の次女って……いきなり大物かよ」


 俺はそう呟いて、全神経を尖らせた。

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