5話 挨拶をしに行こう
渡り鳥一族のニクスと出会い、右腕を治す為の情報を聞いて集落を出た俺達は、数日後、ついにベルの故郷へとやって来た。
ここまでの道のりは驚くくらいに平和で、魔族どころか暴獣にすら襲われなかった。
と言っても、これにはみゆの音魔法の活躍もある。
みゆが定期的に魔法を使い、周囲の音を聞き取って、それを魔車を操縦するメレカさんやフウラン姉妹に教えていたのだ。
魔族自体は本当にいなかった様だが、おかげで暴獣は全て避けて進む事が出来たと言うわけだ。
その成果もあって足止めを食らう事もなく進めて、メレカさんとフウラン姉妹も随分と楽に移動出来たと言っていた。
「ここがクラライトの城下町なんやなあ。ウチ来るの初めてで、めっちゃ嬉しいわあ」
……と言うわけで、やって来たクラライト城下町。
そして、俺達の仲間にニクスが加わっていた。
ニクスが旅に同行しているのは、俺の右腕を治せる人物の所までの案内をする為だった。
危険だからと断ったが、英雄と巫女の側にいる方が安全だと主張され断れきれなかった。
ニクスの両親にも事情を説明したが、逆に英雄と巫女の力になれるならと、了承を得てしまった。
「おっきい町だね、お兄ちゃん!」
「そうだな」
ニクスの事は気になるが、最早今更な状況だ。
今はみゆの様に、俺もこの城下町を楽しみたいと思う。
そんなわけでクラライト王国のクラライト城下町。
この町の印象は、中世ヨーロッパの様な町並みと言った所だろうか。
町の中心にある城に向かって伸びる大きな道。
そこは人の往来も激しく、露店なども幾つかあった。
建物は背が高く、そして装飾がとても綺麗に飾られていて、お洒落な町と言う印象を受ける。
これで害灰が漂っていなければ、俺もみゆやニクスの様に町並みを見るだけで楽しめただろう。
ともあれ、驚くのはこの町の規模だ。
ベルから話を聞いたが、クラライト城下町は円形になっていて、その中心に城があるのだとか。
つまり、この町は城下町の出入口の門からは、中心にある城が見えない程にデカい町だと言う事だ。
流石は最大国家と言われるだけあると、俺は町並みを眺めながら感心した。
ちなみに、城下町の入口から城まで歩いて行こうとすると、大人の足でまるまる一日かかるらしい。
「でも、驚きでしゅね。この大きさの町を未だに無傷で保てるなんて、世界一の国と言うだけありましゅ」
「それだけこの国の騎士が頑張ってるって事だろ」
「うん。騎士の皆、それにお父さまが皆を護ってくれてるんだよ」
ベルは嬉しそうに微笑む。
やっぱり久しぶりに帰って来れたから嬉しいのだろう。
心なしかいつもより良い顔をしている様な気がする。
久しぶりの故郷でやる気が湧いたのか、ベルは暫らく町並みを眺めると、姿勢を正してやる気に満ちた視線を俺に向けた。
「ヒロくん、お城に着いたら、お父さまとお母さまを紹介するね。それが終わったら、準備して直ぐにリュートに行こう」
「せっかく帰って来たのにゆっくりしなくて良いのか?」
「うん。リュートで大変な事が起きてるんだもん。ゆっくりなんてしていられないよ」
「ああ、そうだな」
俺とベルは微笑み合う。
すると、みゆがニヤニヤとした視線を俺に向けた。
「なんか、結婚前の挨拶に行くみたいだね、お兄ちゃん」
「「――っ」」
「二人はそう言う関係なん?」
「そ、そそそ、そう言う関係……とかじゃなくて、ほ、ほら。ヒロくんには好きな人いるし、わ、私はそんな風に見られても平気……だけど、ヒロくんに失礼だよ」
「あらあら」
「ニャーはもうヒイロをパパとママに紹介したにゃ」
「ウチ等の国は一夫多妻やでなあ。あれ? クラライトは一夫一妻やなかった?」
「う、うん。そうだけど……でも、王太子は私じゃないから、別にこの国で結婚しなくても――って、違うの! そう言う意味じゃなくて……えへへ」
「あらあら」
ベルは相変わらず勘違い中だ。
まあ、あんな出会い方をしたのだから仕方が無い。
でも、そう言う風に見られても平気だと言うのは意外だった。
やっぱりベルは心が広いなと改めて思う。
結婚の話まで持ち出されたのに、こうも気にせず話すとは、俺も見習わないといけない。
だから、ベルの為にもここは俺も一言くらいは言った方が良いだろう。
「そうそう。俺とベルは邪神を封印する為に一緒に旅する仲間だ。そんな浮ついた関係じゃない」
「う、うん。そう……旅の仲間……」
「あらあら」
「と言う建前だよ。ね、お兄ちゃん」
「おい。話をややこしくしようとするな」
「ヒロしゃんはハーレムがご希望でしゅ」
「流石は英雄やな」
「や、やっぱりそうなの!? ヒロくん!」
「あらあら」
「なんでそうなる! ベルもやっぱりって何だよ? みゆも直ぐ色恋沙汰にするのいい加減やめなさい」
「えー」
「えー。じゃない」
「ぶーぶー」
「にゃーにゃー」
…………はあ。
なんか頭痛くなってきた。
ぶーぶーにゃーにゃー鳴いてるみゆとナオの横で、ベルが慌てて俺に謝罪しているので、とりあえずベルには気にするなと言っておく。
すると今度は、みゆとナオが俺の頭やら膝やらの上に乗っかって来て、かなり面倒だから無視する事にした。
クラライトの城下町を暫らく進み続けて城門に辿り着いたらしく、魔車が止まり、外が騒がしくなってきた。
かと思ったら、少し喧騒が続くと、再び魔車が動き出した。
何だったのだろうとも思ったが、ベルが帰って来た事で騒いでいたのだと直ぐに分かった。
何故なら、城門にいた見張りの騎士が全員俺達の乗る魔車を、姿勢を正して頭を下げ見送っていたからだ。
「でけえ……」
城門を通ってまた進んで行き、漸く城の前に辿り着いて魔車を降りてから城を見上げた俺は、そのデカさに圧倒される。
そしてそれは俺だけではなく、アミーも大口を開けながら見上げて固まっていた。
「ベルしゃんって、本当にこのお城のお姫しゃまなんでしゅよね?」
「らしいな」
「「やっぱりクラライト城はいつ見ても立派なお城ですな~」」
「フロアタムの王宮なんか比べ物にならない大きさにゃ」
「ホンマ凄いなぁ」
想像以上に立派な城に驚いていると、城の扉が開き、ベル似のもの凄い美人が慌てた様子で現れた。
美人が俺達……と言うよりは、ベルに向かって駆けだすと、ベルも笑みを浮かべて美人に向かって駆けだした。
「ベルー!」
「お母さま!」
どうやらベルの母親らしい。
ベルが母親と抱きしめ合って再会を喜び合い、メレカさんもベルの背後に立って、目尻に涙を浮かべた。
「べるお姉ちゃんのお母さん、とっても綺麗だね」
「そうだな」
「「我々は魔車を車庫に停めて来ますねん」」
「あ、おう」
不意にフウとランに話しかけられて返事をすると、ランはそっぽを向いて、フウは笑顔で「ではでは~」と言ってこの場を去って行った。
するとそのタイミングで、メレカさんが俺の側に来て耳元で囁く。
「ヒロ様、姫様は王妃様とご一緒に一足先に国王様の許へ向かわれます。本来であれば私も姫様のお召し物の準備をする必要がございますが、客人が英雄様と言う事であれば話が別と王妃様が許可を下さったので、ヒロ様達を一度客室に案内致します。客室に着き次第、皆さん一度こちらで準備したお召し物に着替えて頂くよう仰せ使いましたので、その様にお願いします。お着替えがお済みになられた頃合いを見て、私がお迎えに上がります」
「あ、ああ。分かった」
メレカさんは俺が頷くと、綺麗な微笑を浮かべて、いつもよりも背筋が一段と伸びていると錯覚する様な綺麗な姿勢で俺の前に立った。
するとそこで俺は気づく。
メレカさんがいきなりとんでもない情報量を言いだすから、聞くのに集中していたのだが、その間にベルと王妃がいなくなっていたのだ。
残っていたのは、みゆとナオとアミーとピュネちゃんとニクス、そして俺とメレカさんだけ。
後でみゆに聞いた話によると、俺とメレカさんがコソコソと話をしている最中に王妃が挨拶をしていたようで、俺達二人の邪魔をしたら悪いと言って行ってしまったようだった。
邪魔をしたら悪いとは? って感じだが、まあ、とにかく気を使ってくれたらしい。
それはそうと、俺達はメレカさんの案内で城の中を歩き出した。
城の中も外観同様に圧巻で、あまりにも豪華すぎて場違いな気持ちになってくる。
そうして圧倒されながらも歩いて到着した客室も、これまた煌びやかで豪華な部屋だった。
もちろん着替えを行うので、俺と他の五人は別の部屋だ。
「では、後程お迎えに上がります」
メレカさんは俺の着替えの準備をテキパキとして終わらせると、そう言って部屋から出て行った。
聞けば、これからベルの衣装のチェックをしに行くらしい。
ベルの着替えは王妃の侍女に任せているので心配は無いらしいが、念の為なのだとか。
メレカさんが部屋から出て行ってから、俺は準備してもらった着替えにさっさと身を包む。
そうして着替えたのは、滅茶苦茶高そうな中世ヨーロッパを連想させる衣装だった。
「しっかし、まさか着替えさせられるとはだよなあ」
暇を持て余してボソリと呟く。
着替えなんて時間のかかるものでは無いし、正直本気で暇だった。
そもそも、着替える必要性が分からない。
国王の前では身なりをきちんとしようって事なんだろうけど、わざわざ着替えなくてもいいだろうって気分だ。
まあ、郷に入っては郷に従えと言うことわざがあるくらいだし、そのことわざの通りにしておくが。
暫らく待っていると、ノックもせずに扉が開かれた。
みゆかナオが来たのかと開かれた扉の方へ視線を向けると、そこには見知らぬ男が立っていた。
顔立ちがよく鼻の高い美形。
身長も俺より高く、テレビに出てきそうなアイドルの様な容姿。
そして、何処か威厳のある雰囲気を全身から出していた。
男は俺と目がかち合うと、俺を下から上へと舐める様に視線を動かして、何かを企む様な笑みを浮かべた。
その笑みは顔に似合わず、どちらかと言うと悪役な笑み。
同性の俺が言うのも何だが、綺麗な顔立ちが勿体無い雰囲気を醸し出している。
「お前が英雄のヒロか? メレカから聞いた」
「あ、ああ……」
「ん? 突然で驚かせたな。オレはこの国の第二王子のヘンリー、ベルの二つ上の兄だ」
「第二王子……? って、ベルの兄貴って二人いたのか」
「なんだ、聞いてなかったのか? オレ達は四人兄弟だ。一番上が俺の兄のアベルで、その次が俺で、その下にベルと、一番下が生後半年くらいの妹のアリアだ」
四人兄弟だと聞いて俺は驚いていた。
兄が一人いるとは聞いていたが、まさか二人もいたとはって感じだ。
しかも、産まれたばかりの妹までいる。
今更ながらに思うが、俺はベルの事を何も知らなかった。
「それよりお前に頼みがある」
「頼み? 内容によるな」
「王子であるオレの頼みを内容によるときたか。ふっ。おもしろい」
ヘンリーがニヤリと笑みを浮かべて、ゆっくりと俺に近づいて来る。
敵意は無い様に見えるが、一応警戒はしておく。
ヘンリーの顔は何かを企んでいる顔で、とても王子の顔には見えないあくどさがある。
今まで散々この世界の嫌な部分を見てきたから、例え相手がベルの兄だろうと警戒を怠る事はしない。
それに、フロアタムの様に魔族に操られているなんて事もあり得る話だ。
緊張で唾を呑み込み、いつ何があっても良い様に、俺は全神経を研ぎ澄ました。
そんな中、ヘンリーは俺の目の前まで来ると、真剣な面持ち……いや、鬼気迫る鬼の形相で口を開く。
「頼む! オレに、女の口説き方を教えてくれ!」
「…………は?」