1話 守り人との再会
魔車の窓から見えるは、西の国の獣人国家ベードラの中心地“王都フロアタム”。
久々に戻って来て見るその姿は、最後に見た時と比べて随分と復興が進んで活気に溢れていた。
「帰って来たな」
「うん。ウルくん元気かな? メレカの事すっごく心配してたから、メレカと会ったら喜ぶよ」
「では、ウルベ様にもお礼しなければなりませんね」
俺の目の前で、露出多めの巫女装束に身を包んだ美少女と、清楚なメイド服に身を包んだ美女が微笑み合う。
俺はそんな二人を尻目にして、フロアタムの町並みを眺める。
と言うわけで、俺達は水の都フルートから、王都フロアタムに帰って来た。
メレカさんを助ける為にバセットホルンに旅立ってから、およそ一ヶ月ぶりにやって来たわけだが、この一ヶ月で随分と様変わりしていた。
その中でも、一番目についたのは馬車だろうか?
この世界では俺が今乗っている魔車が主流の乗り物で、馬車は全然と言って良い程には滅多に見かけなかった。
だが、久々の王都フロアタムでは、魔車よりも馬車をよく見かける。
まあ、馬車と言っても、馬車の馬は俺の世界の馬と若干見た目が違っていたが。
「どうしたの? お兄ちゃん」
「ん? あ、ああ。あの馬、俺達の世界の馬とは見た目が違うなって思ってな」
「お馬さん? あのお馬さんはギャロンって言うんだよ。この世界では魔車が主流だから、ギャロンは背中に乗っての移動手段だけだったのにね」
「そうなのか? っつうか、みゆ詳しいな」
「えー? 常識だよ。ね? ナオちゃん」
俺よりこの異世界での暮らしが短い我が妹みゆは、やけにこの世界の事に詳しい。
まあ、俺と違ってこの世界の事を色々調べてるみたいだから、当然と言えば当然なんだが。
そしてそんなみゆは「今日は村娘コーデだよ♪」だとか言って、メレカさんに着替えを手伝ってもらって、村娘らしい格好をしている。
「にゃー。でも、本当に多いにゃ。ニャーも殆ど見た事無いにゃ」
ナオがそう答えて、俺の頭の上にお腹を乗せて丸くなる。
相変わらずのサラシとスパッツだけの姿のせいで、ナオの肌が余すことなく俺の後頭部に密着する。
だが、あれだけ異性に免疫の無かった俺も今では慣れたもので、この状況下でも冷静を保っていられる。
と言っても、ナオはみゆと歳が殆ど変わらず、意識する方がどうなんだと言うのもあるが。
「そうね。でも、ドワーフの国では馬車が主流だから、地域によっては珍しい物では無いようですよ」
「あー。そう言えば、メレカがサルガタナスを追いかけて帰って来た時は、馬車に乗って来たんだっけ?」
「はい。何だか懐かしいですね」
「そうなんでしゅか? と言うか、メレカしゃんはサルガタナスしゃまを追いかけて、よく無事だったでしゅね」
アミーが冷や汗をかきながらメレカさんに視線を向けると、メレカさんは当然といった顔で微笑んだ。
そんなわけで、俺達と一緒にアミーもこの国にやって来た。
ドンナさんの家の侍女であるアミーが俺達について来た理由。
それは、アミーの希望だった。
アミーは元ドワーフの魔人で、俺達に協力した言わば魔族達の裏切り者だ。
だから、ドンナさんの家に居続ければ、必ず迷惑をかける事になる。
恩人であるドンナさんに迷惑をかけたくないアミーは、ドンナさんの許を離れて、俺達の旅について来る事にしたわけだ。
だが、ドンナさんの侍女で無くなった今でも身につけているのはメイド服で、相変わらずの短いスカートにガーターベルト。
ドワーフだったと言う事もあって、見た目がみゆよりも幼く見えるせいで、かなり絵面が危ない事になっているのは変わっていない。
そんな見た目のアミーは俺達の中では年長者で、メレカさんよりも遥かに年上だと言うのだから、本当に驚きだ。
さて、それはそうと、王宮まで辿り着いたようだ。
俺達を乗せた魔車は王宮の前で止まり、魔車を運転していたフウラン姉妹が扉を開ける。
「「長旅お疲れ様でした。どうぞお掴まり下さい」」
そう言って、フウラン姉妹がベルに向かって手を差し出す。
二人も今はフロアタムの軽鎧ではなく、水の都で買った冒険者が着る様な服を身に着けている。
と言っても、相変わらずの左右対称なうさ耳姉妹だ。
最初にベルが魔車から降りて、その後に俺達が続いて降りる。
すると、ナオが走って王宮の中に入って行き、それをみゆがベルの手を掴んで引っ張って追いかけて行き、更にその後をメレカさんとアミーが追いかけた。
「「ヒロ様、私達はウルベ様に戻って来た事を報告しに行きますんで、適当に休んでいて下さいな」」
「そうだな。なら、宮殿の書庫にでも行って来るよ」
「「調べ物ですかい?」」
「色々とな。時間ある内にこの世界の事を頭の中に叩き込みたくてさ」
「ヒロ様、頑張って下さいねん」
「おう」
「そうですね。この国の一夫多妻制度について頑張って色々調べて下さい」
「調べるのはそれじゃねえよ」
「ちょっとラン。失礼でしょ」
「ヒロ様は気にしないから大丈夫だよ」
ランはそう言いながら魔車の操縦席に座って、魔車を車庫にしまいに行く。
フウはランを追いかけて、俺一人がこの場に残った。
「俺も行くか」
独り言ちして王宮に入り、宮殿の書庫を目指して歩き出す。
そして、王宮に入って直ぐにウルベの妹のチーワ王女に再会して、右肩から先が無くなっているのを見られて滅茶苦茶驚かれた。
◇
「あれ? ピュネちゃん?」
「は~い。ピュネちゃんですよ~」
チーワ王女と再会した俺は、中庭に待ち人がいると聞いて会いに行く。
すると、そこにいたのは、宝鐘の守り人をしていた龍人デルピュネーことピュネちゃんだった。
ピュネちゃんは相変わらずのゆったりとした雰囲気で、のほほんとした顔をしていて、中庭にあるベンチに腰掛けていた。
「アミーから聞いたよ。デリバーを助ける様に頼んでくれたんだって?」
「あらあら。聞いちゃいましたか~? アミーちゃんはお喋りさんですね~」
「また見物に来たのか?」
「違いますよ~。実は、私もヒロさんのお手伝いを今後はしていこうと思って、待ってたんです」
「お手伝い……? って、もしかして、戦闘になったら見るだけじゃなく一緒に戦ってくれるのか?」
「はーい。正解で~す」
「マジか。でも、良いのか?」
「はい。それでですね~」
ピュネちゃんはベンチから腰を浮かせて立ち上がり、俺の無くなった右肩周辺に視線を向けた。
「ヒロさんのその腕を治す方法があるんですよ~」
「――マ? 治るって事は、生えるって事か? 消し飛んだからくっつけるとか無理だぞ?」
「もちろんです~。でも、私が知っていると言うわけでは無いんですよね~」
「……と、言うと?」
「渡り鳥一族の方々なら、その方法を知っていると言う情報を持って来たんです」
「渡り鳥一族……? って事は、獣族の鳥人か?」
「はい。でも、私も何処にいるか知らないんですよ~」
「……成る程な。じゃあ、後回しで良いか」
「あら~? 直ぐには捜しに行かないんですか~?」
「住んでる場所が分かるなら先に行っても良いけど、場所が分からないってんなら、やっぱり先に宝鐘を探しに行きたいしな」
「残念です」
ピュネちゃんが眉根を下げてしょんぼりとする。
ただまあ、情報を提供してくれたピュネちゃんには悪いが、こればっかりは仕方が無い。
最近忘れがちだけど、俺は今も尚この瞬間も寿命が削られていっている。
この世界に来るための条件だったから文句は無いが、多少なりとも不安はある。
まあ、だからこそ右腕を取り戻して、万全な状態になる必要があるかもしれないが……。
「ヒロッ!」
久々にピュネちゃんと会ったので、書庫に向かわずに暫らく会話をしていると、不意に俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
振り向けば、慌てた様子のウルベの姿があって、その側にはミーナさんとフウとさっき別れたばかりのチーワの姿があった。
ウルベは俺と目を合わすなり直ぐに駆け出して側まで来ると、俺の無くなった右肩を見て悔しそうに歯を食いしばった。
「まさか、君がこんな事になってしまったなんて……。都の復興なんて後にして、ぼくやミーナも君に同行すれば良かった。すまない、ヒロ」
「いやいや、待て待て。ウルベが悪いわけじゃないだろ。謝るなよ」
「でも、それはランを護る為に受けた傷だと聞いた! ランが泣きながら自分のせいだと言ってたんだ! ランを君の為にと送り出したのはぼくだ! だから、その責任はぼくにある!」
「ホント気にするなって。悪いのはこれをやった奴なんだ。責任なんてあるわけないだろ」
「しかし――」
「坊ちゃん、お気持ちは分かりますがその辺で。英雄殿もこれ以上は困ってしまいますわ」
「――っ。分かった。すまない、ヒロ。君を困らせたいわけではないんだ」
ウルベは背後からミーナさんに宥められて落ち着いた様で、犬耳と尻尾を垂れ下げて俯いた。
俺はそんなウルベの頭を撫でて、心配してくれた事が嬉しくて「ありがとな」と礼を言うと、ウルベは顔を上げて「ああ」と微笑んだ。
それにしても、正直驚いた。
ウルベにではなく、ランにだ。
ランは最近凄い俺を睨む事が多いし、メレカさん並に辛辣な事を言ってくる。
そのランが、まさか泣きながらウルベにこの右肩の事を話したなんて驚きだ。
もしかしたら、あの俺への態度は、罪悪感の裏返しだったのかもしれない。
もしくは、俺に右肩の事で怒ってほしかったのか。
俺はてっきりマジでフウが俺に告白したのが原因だと思ってたが、なんと言うかまあ、不器用な子だったと言うわけだ。
と、そこで、チーワと一緒にゆっくり近づいて来ていたフウが俺の右隣に立って右肩を見る。
「ヒロ様、もう傷は痛まないんですよねん?」
「だな。メレカさんの母親が作ってくれた薬を毎日飲んでたから、治っちゃいないけど治ったって感じだよ」
「まあ、そう言うわけですから、ウルベ様もお気にされなくて良いですよん」
「そうそう。寧ろ、女の子を護った勲章みたいなもんだからな」
「名誉の勲章ですな」
「だな」
俺とフウで笑い合う。
すると、ミーナさんが俺とフウの顔を見比べて、目を瞬かせた。
「暫らく見ない間に随分と仲良くなりましたわね?」
「そそそ、そうですか? え、えへへ」
「まあな。フウにはすげえ世話になったしさ、今では背中を預けられる戦友だよ。って、そう言えばランは?」
「戦友……。ランは赤くなった目をヒロ様に見られたくないって言って、どっかに行っちゃいましたよう」
「そうなのか。って、それって俺に言っても良いやつなのか?」
「どうですかね~? ウルベ様がランが泣いてたって言っちゃったんで、もう私も気にしません」
何だか含みのある言い方。
もしかすると、今までも同じ様な事があったのかもしれない。
と言うか、フウの眉根が若干下がっているし、口ではこう言っているが妹のランが心配なのだろう。
「ところでヒロ、まさか君に龍族の知り合いがいたなんて思わなかったよ。君が来る前に少しだけ話をしたけど、デルピュネーは宝鐘の守り人らしいね」
「そうだな。って、ピュネちゃんはここにいつからいたんだ?」
「三日前ですね~」
「結構前だったんだな」
「ああ。三日前に魔人ヴィーヴルが君に会いに戻って来て、暴れ出そうとしていた所を助けられたんだ」
「――っヴィーヴル!?」




