幕間 料理を作る時は味見をしよう
※今回は三人称視点のお話でギャグ回です。
ここは、とある教会の宿舎の台所。
そこで今、男と女が数名集まって、修羅場を繰り広げていた。
「ドンナしゃん、これは何でしゅか?」
「スープだね」
「ドーナ、スープっておめえ……。こりゃあ、どう見ても固形物の何かにしか見えねえが……?」
「いやあ、途中まではちゃんと液体だったんだけどねえ。でも、食材しか使ってないんだ。ちゃんと食べられるよ」
「デリバーの旦那、お前さんの嫁ヤバいってなもんじゃねえぜ」
「あ、ああ……あ? おい。まだ俺達はそう言う仲になっちゃいねえよ」
「何言ってるでしゅか。ドンナしゃんと一緒にトライアングルに戻ったら、海賊を辞めて職について、結婚して式をあげるって言ってたでしゅよね?」
「だからまだっていただろおが。話を聞け」
「旦那、照れなくても良いってなもんだぜ」
「照れてねえよ。それよりハンガー、おめえ妙に馴れ馴れしくねえか? 気味悪いからやめてくれ」
「何言ってんだってなもんでい。俺と旦那は一緒にアマンダ様を助けた仲じゃないかってな」
「好きにさせれば良いでしゅ。ヒロしゃん達がルカしゃまを改心させたおかげで、メレカしゃんも幸せそうだったのが嬉しいんでしゅよ」
「おっ。分かってるねえ。流石はアミー嬢だ。アマンダ様のあんな顔見たら、昔の事でいつまでも旦那に恨みを持ってる自分が、酷くちっぽけに見えちまってなあ。俺もアマンダ様みたいに、海よりも広い心の漢になるって決めたのよ」
「その言い方だと、ルカしゃまが悪者で、メレカしゃんがそれを許したみたいに聞こえるでしゅね」
「アミー嬢も人が悪いねえ。そう言う意味じゃないのは分かってるってな話だろ?」
「ま、何でも良いじゃねえか。但し、俺へのその気味悪い態度はやめてほしいがな」
三人は笑い合い、そして、その三人を見つめる一人が包丁を手に取る。
「三人とも、私の料理が食べたくないからって、話を逸らすのは良くないよねえ? ほら、ヒロを見習ったらどうだい?」
そう言ってドンナが向けた視線の先、そこには、ドンナが作った固形物を食して泡を吹いて白目を剥いたヒロの姿があった。
「ヒロしゃああああん! あれ食べたんでしゅかあああ!?」
と、言うわけで、ここにいるのは全部で五人。
名前を上げるなら、“ヒロ”“ドンナ”“デリバー”“アミー”“ハンガー”だ。
ドンナの花嫁修業の為に、アミーの監視の下で、ドンナが料理を習っている。
しかし、早くも犠牲が出てしまった。
確かに彼は英雄だったのだ。
「おい! 不味いんじゃねえか!? 英雄を殺したのが俺の嫁になる女の料理なんて洒落にらねえぞ!」
「な、なんて恐ろしい女だ。あの凶悪な魔族どもを倒して、俺達の国を救った英雄をこうもあっさりとしとめるとは、俺も驚きを隠せないってなもんだぜ」
「ちょっとお、いくらなんでも皆そろって大袈裟すぎじゃない? 私がいくら料理が下手だからって、それで人を殺せるわけないだろ? ヒロは疲れが溜まってるんだ。だから、腹がいっぱいになって眠くなっただけじゃないか」
「この状況を見て何を言ってるでしゅか!? やっぱりみゆしゃんを連れて来るべきだったでしゅ!」
「確かに連れて来るべきだったな。あの嬢ちゃんはあの歳で料理が上手いだけじゃなく、料理に対する意気込みもドーナよりもしっかりしてたからな」
「俺も一度食べた事があるけど、確かにあの子の料理は美味かった。俺の倅の嫁にしてえくれえだってなもんよ」
「って、言ってる場合じゃないでしゅよ! ヒロしゃんしっかりするでしゅ!」
アミーが慌ててヒロに呼びかけると、ヒロは白目を剥いて口から泡を出したまま「み……ず……」と呟いた。
それを聞くと、アミーが大急ぎでヒロに水を飲ませて、ヒロは口を拭いながら正気に戻る。
「ありがとな、アミー。おかげで助かった」
「ヒロも大袈裟だねえ」
「何が大袈裟だ。ドーナは少しは反省しろ」
「今回ばかりはデリバーしゃんの言う通りでしゅ。こんなんじゃ、あたちも安心してヒロしゃん達の旅について行けないでしゅ」
「――っ」
アミーの言葉に、ドンナは顔を曇らせる。
さっきまでの空気が一変し、デリバーもハンガーもその空気にあてられて、気まずそうにドンナとアミーの二人から視線を逸らした。
「……ねえ、アミー。あんた、本当にヒロ達について行くのかい? 私はアミーがいたって気にしないよ」
「ドンナしゃんが良くっても、あたちが良くないでしゅ。それに、あたちは魔族の裏切り者でしゅ。だから、ヒロしゃん達について行くのが一番良いんでしゅ」
「そうかもしれないけどさ……」
「アミーの事は任せてくれ。全部終わったら、ちゃんとドンナさんの許に帰らすからさ」
「ヒロ……ありがとね」
ドンナはヒロに眉根を下げながらも微笑み、ヒロの前に固形物を差し出す。
「今の私にはこんな礼しか出来ないけど、遠慮せず食べてよ」
「……お、おう」
「こっらああああ! 何してるでしゅか!? お礼参りかなんかでしゅかああ!? って、ヒロしゃんも無理して食べようとしちゃダメでしゅよ!」
「い、いや。食べ物を粗末にするのは駄目だ。ちゃんと食べないと…………っぅ」
ヒロが固形物を口に運んで即倒する。
それを見て、デリバーとハンガーがヒロを両サイドから挟んで持ち上げ肩を組む。
「ヒロを部屋に寝かしてくる。後の事ぁ頼んだぜ、アミー」
「旦那の言う通りだ。早いとこ休ませてやらねえといけねえってな」
「何言ってるでしゅか!? あんた等そう言って逃げるつもりでしゅね!?」
「に、逃げるだあ? 人聞き悪い事ぁ言わないでくれ。俺はヒロが心配なだけよ」
「そうだぜ、アミー嬢。俺達は英雄を救いたいのさってな」
「何かっこつけてるでしゅか! 逃げる気満々でしゅよね!?」
「なんだい、情けないねえ。ちょっとばかり口に合わないからって、大袈裟に倒れるフリなんてしちゃってさ。リバーもハンガーも行くならスープを食べてからにしてよ」
逃げ場はない。
デリバーとハンガーはそう思った。
だが、その時だ。
「情けないのは、どんなお姉ちゃんの料理でしょおおおお!!」
この場に、救世主が現れた。
救世主の名は“みゆ”。
英雄の妹にして、音魔法の使い手。
少女は音の魔法で不穏な会話をキャッチして、この場に駆けつけたのだ。
「み、みゆちゃん……?」
「さっきから聞いてれば、どんなお姉ちゃんはいい加減にしなさい!」
驚きたじろぐドンナに、みゆが怒った眼で近づいて行く。
そして、ドンナの目の前まで来ると、眉根を上げた顔でドンナを見上げてビシッと指をさした。
「どんなお姉ちゃんの料理はゴミそのものだよ! お兄ちゃんを死地においやってるのに気が付かないなんてお馬鹿なの!? この料理下手くそババアアアアア!」
「りょ、料理下手くそババア…………」
みゆの口から飛び出す罵倒の数々。
普段のみゆからは考えられないその罵倒に、ドンナは圧倒されて固まった。
みゆを止められる者は誰もいなかった。
何故なら、言葉は滅茶苦茶に悪いが実際にその通りで、しかもヒロはみゆの兄。
大切な兄をこんな状態にされた妹のみゆには、それを言う資格があると言うものだ。
「自分の作った料理を食べてほしいなら、自分が全部平らげても大丈夫なものが当たり前! そこがスタート地点だよ!」
みゆが怒鳴りながら、固形物を取ってドンナの目の前に出す。
ドンナはそれを見て、ごくりと息を呑み込んだ。
「ほら! 自分で食べなさい!」
「は、はい」
ドンナは頷き、固形物をガリッとかじって、即行で「うええ」と吐き出して涙目になる。
「どうしたの? なんで吐き出すの? それはどんなお姉ちゃんが他の人に食べさせようとしたものでしょ? ちゃんと食べなさい」
みゆの圧は凄まじく、ドンナの涙目は号泣に変わる。
だが、ドンナがいくら涙を流そうが、みゆの圧は治まらない。
その少女の小さな体からくる恐ろしさに、ドンナは尻餅をついて震え上がった。
「……ご、ごめんよ。無理……こんなの食べられない!」
「ごめんを言う相手はわたしじゃないでしょ!?」
「はいいいいい! ごめんなさいいいい!」
こうして、英雄を即倒させたダークウェポンは処分され、この場に集まった者達の命は救われた。
犠牲者は英雄であるヒロだけで済まされたのだ。
そして、この後はドンナがみゆにたっぷりと料理の神髄を叩きこまれる事になった。
みゆの指導は鬼気迫る程に恐ろしく激しいもので、ドンナは数日かけて見違える程に料理が上手くなったのだが、それはまた別の話である。




