9話 洞窟探索
異世界の道具マジックアイテムについて、あとがきのスペースで紹介しています。
今回の紹介は【魔車】です。
興味のある方は是非ご覧になって下さい。
……目のやり場に困る。
切り株の村タンバリンを魔車で出発して数時間後。
【鉱石洞窟マリンバ】へ向かっている途中で、俺は目のやり場に困っていた。
まあ、理由はお察しの通りで、ベルの格好だ。
実は洞窟に向かう前、準備があると言ってメレカさんと一緒に何処かへ行ったベルは、戻って来たら巫女装束では無く白のワンピースに着替えていた。
話によると、そのワンピースには暖房効果があるらしく、気温が低い洞窟内を探索するのには丁度良いと言う事だった。
そして、魔力を込めていない状態の剣などの刃物では、斬る事が出来ない程に防御力が高いらしい。
しかしこのワンピース、それ等が本当にそうなのか疑問に思う程に露出が多い。
ノースリーブ型で丈も短く相変わらず太ももが丸ごと見えているし、胸元が開いていて谷間が見えるし、背中も大きく開けていて丸見え。
更に問題なのは、肌着どころか下着も着けていなさそうな感じだった。
おかげで前から見ても横から見ても、デカい胸にどうしても目がいってしまう。
何がとは言わないが、生地が厚めで出来ているのか、アレが透けていないのがせめてもの救いだった。
現在魔車運転中のメレカさん曰く「このくらいは当然です」らしい。
この世界の女性にとって、この位の肌の露出は普通だと当然のように言っていた。
異性の感覚なので俺の世界ではどうか知らないが、この世界の美的センスでは、女性は綺麗であれば綺麗であるほど、その容姿を見せて美しさを表現する事に価値があるのだとか。
まあでも、おかげでナオの薄着にも納得がいった。
それに言われてみれば、タンバリンにいた女の子達はナオと同じで、皆薄着だった。
だからって、ナオみたいにサラシとスパッツだけなんてヤバい格好の子供は他にいなかったが……。
服装と言えば、俺も今は学生服ではない。
今までは召喚されて直ぐと言う事もあり、学生服で行動をしていたけど、運動するには当然不向きだった。
だけど、ベルが準備をしている間に、動きやすい服は無いかとナオに相談して、俺も着替えたのだ。
そうして手に入れたのは旅人っぽい服。
RPGのゲームとかで冒険者が着ていそうな服だ。
因みに、本当は鎧なんかがあれば着てみたかったけど、それは無くて着れなかった。
とは言っても、この服は結構動きやすくて、かなり着心地が良い。
リスの毛皮で作られているらしいけど獣臭くもないし、結構快適だ。
目のやり場に困る時間が暫らく続き、俺達は無事に鉱石洞窟マリンバに到着した。
魔車から降りて俺が背伸びをしている横で、メレカさんが荷物チェックを開始する。
それを見て、俺は手伝いながらメレカさんに話しかけた。
「話には聞いてたけど、魔車ってすっげえ便利ですね」
「はい。ずっと歩き詰めでしたし、改めて魔車の便利さを実感しました」
「って言うか、俺、ここまで徒歩で半日だと勘違いしてましたよ。これ魔車が無かったら結構歩くの大変でしたよね」
「徒歩ですと……そうですね。最低でも二日は歩きます」
「うへえ……」
二日と聞いて想像してげんなりした。
因みに、この魔車と言う乗り物を、出発前に俺も一度動かせるか試していた。
魔法が使えない俺は、使えない理由が魔法をイメージ出来ないからだと考えている。
だから、魔車を動かすイメージなら出来るだろうと試してみたのだ。
しかし、結果はお察しと言った所だった。
ベルやメレカさんが言うには、魔力を奪われてしまったベル並みの魔力しか、俺の魔力はないらしい。
この程度の魔力だと、魔車を動かせたとしても、一分ももたないで魔力が尽きるのだとか。
そして一度魔力を消耗したら、元の魔力に回復するまで基本は二十四時間、つまりは丸一日かかるらしい。
ただでさえ少ない魔力が魔車を動かしたら一分ももたずに無くなって、更に回復に一日かかるってどんなだよって感じて、俺は早々に魔車を動かすのを諦めた。
まあ、そんなでも俺はある意味では、ベルよりはマシだ。
ベルは魔力の根源を邪神に奪われてしまったから、奪われた魔力は二度と回復しない。
それと比べれば、回復するんだから全然良い。
荷物のチェックが終わると、メレカさんが全員を集めて話し始める。
「今から探索に入るマリンバですが、最大の特徴は縦穴が大量にある事です。そして、その穴に一度落ちたら最後、二度と戻って来れません。ですので、足元には各自十分注意して歩いて下さい。それと、皆さんにはこちらをお渡しします」
メレカさんはそう言うと、発光している小さな石を俺達に配った。
「光る石……?」
「これも魔石の一つだよ」
「へー。これも魔石なのか」
「うん」
「姫様のご説明の通りですが、ヒロ様にも分かる様に補足させて頂きますと、この魔石は日常生活で使われる一般的な魔石の一つです。夜間など周囲が暗い時に、魔石から出る光で周囲を照らす時に用います。“魔力を自ら使用して回復する”と言い特徴があり、この魔石を使用する為の使用者は必要ありません。その為、魔力が使えないヒロ様でも、気にする事なく持っているだけで効果を発揮してくれます。勿論この魔石から魔力の使用の可否を操作する事も出来ますが、そちらは専門的な話ですし、ヒロ様に説明しても使う事は出来ないので今回は説明を省かせて頂きます」
メレカさんの説明を聞いて、最初に泊まった村の事を思いだした。
気にせず使っていたけど、寝泊まりしたあの部屋に会ったのは、電気ではなくこの魔石だったわけだ。
あまりにも自然と明かりをつけたり消したりしていたから、全く気が付かなかった。
そう考えると、日常で使う魔石を、知らず知らずの内に今まで使っていたのかもしれない。
「話を戻しますが、ここは鉱石洞窟と言われている通り、鉱石が非常に多くの鉱石が採掘出来る洞窟です。ですが、最深部まで行けば、魔石も採掘出来る洞窟でもあります。今回ここに来た目的とは違いますが、今後の戦いで必要になる魔石を幾つか採掘しようと考えています。これについては私個人で行いますので、皆さんは今回ここへ来た目的に集中して下さい」
ここに来た目的。
それは魔従サーベラスを捜して、タンバリンで起きている事件と、ネビロスと暴獣の関係を探る事だ。
まあ、魔従サーベラスが本当にいるかどうかは、まだ分かっていないわけだが。
と、その時だ。
ベルが洞窟の中に視線を向けて、真剣な顔をして「ねえ、メレカ」とメレカさんに話しかけ、言葉を続ける。
「洞窟の中から強い魔力を感じるの。この魔力の感じだと、多分この中に魔人がいるかもしれないよ」
ベルにそう言われると、メレカさんも直ぐに洞窟の中を見つめた。
「強い魔力が一……いえ。二でしょうか……? 暴獣の気配は感じませんが、少なくとも魔族がいるのは間違いありませんね」
「ネビロスがこの中にいるって事ですか?」
「ネビロスから感じた魔力と比べれば、かなり少ない魔力量です。と言っても、十分危険と言っていいでしょう」
その言葉に、俺は緊張して唾を飲み込んだ。
思ってた以上に危険な洞窟探索になりそうだ。
だが、今回は俺もそれなりの準備をして来た。
俺が準備したのはスマホと、ここに来る前にメレカさんに念の為と貰った剣だ。
他の不要なものは村に置いて来ている。
まあ、スマホは洞窟の中の明かりとして持ってきたので、光る魔石を受け取った時点で不要になってしまったわけなんだが。
因みに、俺の剣の腕は無い。
剣道すら学校の授業で習った程度の経験しかない。
だけど、無いよりはマシだろうと、腰には提げている。
「暴獣がいないなら、タンバリンの事件とは無関係なのかな?」
「元々この洞窟内に暴獣が生息していないのもありますし、一概に無関係とは言いきれないかと」
「うーん。……そうだよね」
ベルとメレカさんが話し合い、それを聞いていた時だった。
背後から「ヒイロヒイロ」とナオに話しかけられて振り向く。
すると、ナオが尻尾をユラユラさせながら、ニコニコと笑っていた。
「これあげるにゃ」
そう言って渡されたのは、さっきメレカさんが俺達に配っていた発光する魔石。
俺はそれを少しの間ジッと見つめて、ナオと目を合わせた。
「待て待て。これが無いと周りが見えなくなるぞ?」
「大丈夫にゃ。ニャーは暗い所も少し光があるだけで超見えるんだにゃー。それに、そんなの持ってたら逆に眩しくて見辛いにゃ」
「……ああ、そうか。猫の獣人だから夜目がきくのか」
「だにゃー」
俺としてはありがたいので、そう言う事ならと遠慮なく受け取っておく。
ナオとのやり取りが終わると、いよいよ洞窟内へと足を踏み入れる事になった。
「先程も言いましたが、皆さん足元には十分注意して下さい」
前から、メレカさん、ナオ、俺、ベル、の順番で洞窟内を歩く。
洞窟の中は本当に真っ暗で光が一切なく、魔石がなければ何も見えない状況だった。
こんな所で魔族に襲われたら一溜まりも無いぞ。
情けない話だが、マジで恐怖しかない状況だった。
言われた通りで地面に穴が幾つもあるし、落ちないよなと心配になる。
その穴に魔石をかざして覗き見ると、全く底が見えなかった。
こりゃ、落ちたら終わりだな。
そんな事を考えながら、足元を注意して奥に進んだ。
暫らく進んで行くと、そこ等中からむき出しになった鉱石が大量に姿を現した。
鉱石は魔石の光に反射してキラキラと光り、その光景は夜空に輝く星の様に綺麗で、俺は思わず足を止める。
「綺麗なもんだな」
「うん。凄く綺麗だね」
隣に並んだベルと一緒に眺めていると、前の方から「何してるにゃー? 早く行くにゃー」と、ナオに呼ばれてしまった。
おっといけない。
今はこんなとこで足を止めてる場合じゃないよな。
と、ナオに呼ばれて足を進めたその時だった。
「――え?」
地面が無い!?
「うおおぉぁああああぁああぁあぁぁぁっっ!!」
やってしまった。
あれだけ注意していたのに、気の緩みで油断して穴に落ちてしまったのだ。
ヤバい!
油断して縦穴に気付かなかった!
「ヒロくん!」
既にかなり距離が離れた穴の上から、ベルの声が聞こえたが、それに返事をしている余裕が無かった。
「どうすりゃいいんだこれ!? ――そうだ。剣で勢いを止めてやれば!」
腰にある剣を抜き取ろうとしたその時だ。
落ちる俺の速度に追いついて、ナオが俺の頭上に現れた。
「ヒイロー!」
「な、ナオ!? 助けに来てくれ――」
「このまま下におりるにゃー」
「――っおり!? いやいやいや! 死ぬ死ぬ! マジでヤバいからそれ!」
おかしな事を言いだしたナオには悪いが、今俺には余裕が無い。
本気でヤバいこの状況下で、この勢いで下に降りると言うか落ちたら、人は死ぬのだと説明している余裕なんて無いのだ。
よって、俺は今度こそ腰に掛けた剣を抜き取ろうとしたのだが……。
「――っば! おま! ナオ! 離せえええええ!」
最悪な事に、ナオに強く抱きつかれて身動きが取れなくなってしまった。
と言うか、俺の妹と大して変わらない年なのに、滅茶苦茶馬鹿みたいに力が強くて振り解けない。
「こっちの方が重くなって、早く下までおりれるにゃーん♪」
「にゃーん♪ じゃねえよ! 死ぬ! 絶対死ぬやつだからこれ! はあぁなぁあぁせえええぇっっ!!」
「にゃははー。ヒイロ大袈裟だにゃー」
「大袈裟じゃねえよ!」
もう駄目だこの子。
俺の人生こんなアホな事で最後を迎えるのか?
なんて酷い最後なんだ。
「あっ。地面が見えてきたにゃ」
どうやらここまでのようだ。
みゆ、ごめんな。
兄ちゃんもう駄目みたいだ。
兄ちゃんがいなくても、強く生きろよ。
「にゃっとー」
「――っ!?」
信じられない事が起こった。
ナオは俺に抱き付いて落下しながら、壁を蹴ったのだ。
いや、寧ろこれは跳躍と呼ぶべきだろうか?
もの凄い速度で流れる様に壁を何度も蹴り跳躍をして、そのまま滑る様に地面に着地して砂煙を上げた。
「とうちゃーくっだにゃー」
あまりの凄さに開いた口が塞がらないまま放心して無言になる俺。
そんな俺をナオは体から離して、ニコニコと俺を見上げた。
「あっ。ベルっちと姉様には、ヒイロを連れて後で合流するって言っておいたにゃ」
「……お、おう」
放心が解けて、やっと出た最初の言葉がこれだった。
てか何だこの子?
頼もし過ぎるだろ。
強いとは聞いていたけど規格外すぎるだろ。
そんな事を思いながら「さっきのも魔法使ったのか?」と聞いてみると、目を点にして「にゃ?」と首を傾げられた。
「使ってないにゃ。あ、ヒイロは異世界人だから知らないんだにゃ」
「と言うと?」
「ニャー達獣人はヒイロ達みたいな毛薄人と違って、身体能力が高いんだにゃ。その分魔力は劣ってるけどにゃ~」
「なるほどなあ。……って、けうすびと?」
「そうにゃ。毛薄人だにゃ」
どうやら、この世界での獣人からの人間の呼び名は“毛薄人”らしい。
まあ、確かに獣人と比べたら毛が薄いからなって言いたいが、ナオも人に耳と尻尾が生えただけにしか見えない。
「魔力の多さは、毛薄人が一番で次に魚人で最後が獣人だにゃ。身体能力の高さは、陸では獣人が一番で次に毛薄人で最後が魚人。水の中では、魚人が一番で次に毛薄人で最後が獣人なんだにゃ。昔は龍人なんてのもいたらしくて、魔力も身体能力も一番だったらしいにゃ」
「へー。龍人なんてのもいたのか」
「だにゃー。それに精霊とか他にも種族はいるけど、目立つのはこの三種族ばっかりだにゃ。それより、初めて穴の底まで来たけど、下はこんな風になってたんだにゃ」
「そうだな。ちょっと驚いた」
穴の底は大きな空洞になっていて、かなりの広さがあった。
と言っても、広すぎるのと穴の上より暗いのもあり、魔石で光を照らしても殆ど何も見えないが。
「それに穴も、そこまで深くなかったにゃ」
「え? 俺としては死ぬくらいには深かったんだけど? 結構凄い速度で長時間落下したぞ?」
「そうかにゃ?」
「…………と、とにかくだ。何かないか探そうぜ」
「わかったにゃー」
魔石で周囲を照らして調べるも、やはり光で空洞全体を照らす事は出来ない。
それに、鉱石がある感じもしなかった。
まあでも、上と違って、ここには穴が無かった。
おかげで落ちる心配がなく、そこは内心ホッとした。
「かなり暗いけど、ナオには周りが見えてるのか?」
「うん。見えてるにゃ」
「流石は猫の獣人だな。穴の底がどうなってるか興味あるし、とりあえず先に進んでみようぜ」
「ニャーも興味あるにゃー」
「じゃあ決まりだな」
満場一致で奥へと進む。
念の為に足元に気をつけて進むが、穴が無いので足取りも軽い。
「ベルっちから聞いたんだけど、ヒイロって本当に魔法が使えないにゃ?」
「だな。無属性ってのは分かってんだけど、全然使える感じしないんだよなあ」
「無属性? それならウルウルの王宮の書庫に本があったにゃ」
「マ? ウルウルって確かフロアタムの王子様だよな? じゃあ、その本はフロアタムに行けばあるって事か。因みに本の内容は覚えてるか?」
「内容までは見てないにゃー」
「そうかあ……」
残念ながら、無属性の魔法の謎は解けないままだった。
だけど、収穫はあった。
本来の目的地だった王都フロアタムまで行けば、無属性の魔法について何か分かる可能性が高いって事だ。
「あ。でも一つだけ知ってるにゃ」
「おお。教えてくれ!」
「自己の身体能力を上げる魔法があるらしいにゃ」
「身体能力を上げる魔法か。思ってたより普通だな」
でも、言われてみるとしっくりくる。
それならイメージ出来る気がする。
「全然普通じゃないけどにゃー」
「普通じゃないのか?」
「だにゃー。魔法で体の一部を武器にしたり、魔法を使って空を飛んだり色々あるけど、身体能力を上げる魔法は無いんだにゃ」
「って事は、やっぱり無属性ってのは特殊なのかもな」
「だにゃ」
そんな話をナオと一緒にしながら洞窟内を歩いて探索していたが、洞窟内は特に変わり映えなく、進めど進めど鉱石すら見当たらない。
話すネタが無くなったと言うわけでは無いけど、暫らく歩けば気が滅入ってくる。
「しっかし、本当に何もないな。鉱石すら見当たらないぞ」
「だにゃー」
「メレカさんが魔石もあるって言ってたけど、この分だとそれも無さそうだよなあ」
「魔石にゃ? それなら、ニャーは魔力感知があまり得意じゃないけど、やってみるにゃ」
ナオはそう言うと、目を細めて両目の目尻を、横から人差し指の指先で押さえた。
そして少しして、尻尾をだらんと下げる。
「何かいるみたいだけど、魔石もある感じがしないにゃー」
「やっぱ無いのかあ……って、ん? 今何かいるって言ったか?」
「言ったにゃ。多分魔族だと思うけど、行ってみるにゃ?」
魔石なんかより、とんでもない物を見つけたようだ。
俺は気合を入れる為に、頬を両手でパチンッと叩いて、ナオと目をかち合わせる。
「よし、行くか」
「分かったにゃー」
ベルとメレカさんがいない状況だが、前回のネビロスの時のように逃げてもいられない。
今回も逃げてしまったら、逃げ癖みたいなものがついてしまう様な気がした。
別に逃げる事が悪い事だとは思わないが、最終的には魔族のトップの邪神と戦おうとしているのに、こんな所で下っ端相手に逃げてちゃ先が思いやられるというものだ。
ナオの後に続いて洞窟の奥に進んでいると、一つおかしな事に気が付いた。
「なあ、ナオ。天井に穴が無いんだけど気のせいか?」
「あにゃ?」
「俺達は上から落ちてきただろ? それに結構そこら辺に穴が開いてたのに、上を見てもその穴が一つも無いんだよ」
魔石で天井を照らして、上を見上げる。
下ばかり気にしていたのもあり、気が付くのが遅くなったが、実際に天井に穴は開いていない。
「言われてみれば不思議だにゃ」
「もしかして俺達が落ちて来た穴って、たまたまここに繋がってて、他の穴はここに繋がってないんじゃないか?」
「だったら来た所に戻らないと、上まで行けないにゃ」
「そうだな。って、もう道なんて覚えてないぞ」
「ニャーが覚えてるから大丈夫にゃ」
「マ? すげえな、ナオ」
「にゃっふーん♪」
ナオは得意げな顔になり、尻尾をピーンと立たせる。
しかしそんな中、俺は何か嫌な予感のようなものを感じていた。
するとその時、ナオが急に素早く動く。
前方に顔を向けて姿勢を低くし、尻尾を左右に大きく振りだしたのだ。
「どうしたんだ?」
「ちょっと遠いけど、あっちの方に三つ頭がついてる犬がいるにゃ」
「頭が三つの犬……?」
俺の血の気が一気に引いていくのが分かる。
「頭が三つある犬って事は、ケルベロス……つまりサーベラスって事じゃねえか。どうする? 上に戻って、先にベルとメレカさんと合流するか?」
俺の世界でも知られている地獄の番犬ケルベロスは、別名でサーベラスとも呼ばれていたりもする。
ナオの言った通りの、頭が三つある凶暴な番犬ってイメージが俺の中にある。
「先手必勝だにゃー!」
「って、ナオ!?」
ナオがサーベラスがいるだろう方角に向かって、突然の跳躍。
一瞬にして俺の目の前からいなくなり、俺はかなり焦った。
何考えてんだよ!?
……いや、何も考えてないのか?
って言うか最悪だ!
嫌な予感が早速あたりやがった!
心の中で悪態をつき、急いでナオの後を追った。
だが、ナオの速度はもの凄く、どんどん距離が離れて行く。
と言うか見えない。
駆け抜ける音でだいたい位置が分かる程度だ。
するとその時、洞窟に炎が現れた。
「クロウズファイアッ! 切り裂くにゃー!」
炎に照らされて見えたのは、ナオの両手の爪が鋭く伸びて、それが炎を纏っている姿。
ナオの炎の魔法で、洞窟内が一気に明るくなったのだ。
「ナオは火の属性だったのか」
おかげで俺にもサーベラスの姿が見えた。
大きさはナオと同じくらいで犬としては大きく、三つ首で獅子髪をなびかせた姿で、まさに地獄の番犬ケルベロスの印象を受ける見た目だった。
「って、めちゃくちゃデカいじゃねえか! いや、そんな事より本当にケルベロスだよなアレ。なら弱点とかも一緒なのか? もしそうだとしたら――」
考えろ考えろ。
戦闘では俺は足手まといにしかならないんだ。
だから、せめてサポートくらいはやらないと、ここにいる意味がない。
ケルベロスケルベロスケルベロス……。
確か何か弱点があったはずだ。
何だった……?
何が弱点だった?
思いだせ!
こうして、魔従との最初の戦いの幕が開けた。
【魔車】
異世界シャインベルで暮らす人々にとっての車の様な道具。
姿形は馬車に似ていて、馬車で言う御者台に魔石がはめ込まれた円柱の台があり、そこには術式が描かれている。
操縦は魔石に魔力を込める事で可能になっていて、魔車を動かす燃料は御者の魔力となっている。
御者の魔力の属性で、その移動手段が変わるのが特徴的な乗り物で、その属性によって車輪が変化する。
火の属性であれば車輪が炎に包まれマグマの上を走れる。
水の属性であれば車輪が水に包まれ水の上を走れるし、凸凹の道も水のおかげで滑る様に快適に進む事が出来る。
風の属性であれば車輪が風に包まれて空を飛べる。
土の属性であれば車輪が硬化されて如何なる荒れた地でも走れるようになる。
欠点は、大量に魔力を消耗する事。
特に風の属性による飛行は魔力の消耗が激しく、相当の実力者でなければ飛んだりはしない。
火の属性も車輪が炎に包まれるので、場所によっては走れば火の海が誕生してしまう。
なので、一番無難とされているのは、水の属性か土の属性の御者が操縦する魔車と言われている。
 




