39話 捕食者
※今回は三人称視点でベル側のお話です。
「どうする? 奴等は俺達に気付いてねえみたいだが」
「戦いは先手必勝にゃ。今直ぐ飛び出して斬り裂くにゃ」
「何言ってるでしゅか。ここは油断している隙にこっそり近づいて、気付かれない内にぶっ殺すでしゅ」
「ぶっ殺すって、イザベラはバセットホルンの第三王女だよ? まずは話し合わないと駄目だよ」
「えー。でも、あの王女様もう完全に魔族だよ? バセットホルンを潰すって言ってるし、退治しちゃって良いと思う」
ここは、海底神殿オフィクレイドの西搭の最上階。
最上階の全てを占める大きな部屋。
水の膜によって護られている外部を一望出来る何も無い窓。
神聖な儀式を行っていたであろう生贄の祭壇。
海水を塔内に流す為の特殊な壁。
それが、この塔の最上階の全てだった。
そして祭壇の上には、バセットホルンの第二王女であるリビィが張り付けにされている。
ベルとみゆとナオとデリバーとアミーはその最上階へと繋がる階段を上りきらずに、コソコソと声を潜めて話し合っていた。
直ぐにリビィを助けに行かないのは、ここに三人の敵がいたからだ。
一人は、バセットホルンの第三王女イザベラ=I=シー。
彼女はリヴァイアサンと戦った時と違って、下半身を人と同じ足の姿に変えていたが、やはり間違いなく魔族の姿。
背中から生えた触手はそのままで、髪は虹色で眼球も黒い。
魚人だった頃の面影は、殆ど無くなってしまっていた。
二人目は、バセットホルンに送り込まれていた海賊の工作員タンカー。
彼も既に魚人だった頃の面影はなく、全身が薄紫色に染まり、眼球も黒くなっている。
そして、両手の指が鋭い刃の様に長く伸びていて、それは一本一本がまるで刀の様になっていた。
三人目は、シャーン海賊団の鳥人部隊隊長ガシール=キキーラーと言う元鳥人の男。
ベルがみゆと一緒に捕まった時に、それを阻止しようとしていたランを止めていた実力者で、元々が一国の近衛騎士並の実力を持っている。
彼の姿は鳥人と言うより、鳥の翼を持つ悪魔だった。
顔を含めて全身から毛を生やし、尾羽は悪魔の様な尻尾となっている。
そして、全身が電気に覆われていて、床を流れる海水に触れないように飛んでいた。
「それよりベルっち、あそこにあるのって宝鐘にゃ?」
「え?」
ナオがイザベラ達に見つからない様に、こっそりと天井の中心に向かって指をさす。
するとその先には、半分に割れた宝鐘が宙に浮かんでいて、ゆっくりと横に回転していた。
「良かった。まだ封印が解かれてない」
「あれが宝鐘ってやつか」
「ルシファーしゃまはアレをそのままにして、何処かに行ったみたいでしゅね」
「封印を解くのを諦めたのかな?」
「にゃー。そう言う雰囲気ではないにゃ」
五人はイザベラ達に視線を戻し、耳を澄ませて状況を確認する。
「パパ、まだなの? いくらなんでも時間がかかり過ぎよ」
「これでも急ぎでやってるんですけどね。ルシファー様も別件でリュートに向かわれましたし、私としては、のんびり取り組みたい所です」
「ほんっと使えない! ガシール、あんたもあんたよ! ルシファー様に侵入者の抹殺を任されているのだから、こんな所にいないで、さっさとルシファー様に逆らう巫女どもを殺して来なさいよ!」
「はあ。困ったお嬢様だねえ。ルシファーがいなくなった途端にこれだ。俺はカルクさんの配下であって、ルシファーの配下じゃない。悪いが好きにさせてもらうぜ」
「なんですって!? なんて恩知らずな奴! ルシファー様のお情けで魔族にしてもらったくせに! それからあんた! 様を付けなさい! 様を!」
確認して分かるのは、険悪な雰囲気だと言う事と、隙だらけだと言う事だった。
それもあってか、ナオはウズウズとしてふみふみし、今にも飛び出しそうな雰囲気を醸しだす。
みゆはそれを見て、目を輝かせてニヨニヨする。
更にデリバーとアミーがそれを見て、緊張感の無さに冷や汗を流した。
そしてそんな中、ベルは真剣な面持ちで再び宝鐘に視線を戻して、何かに気付いて声を上げる。
「様子を見てる場合じゃないかも」
「にゃー? どうしたにゃ?」
「宝鐘の封印が解けかかってるの。それに……」
ベルがリビィに視線を向けて、眉を寄せる。
「リビィと宝鐘の間に、微量だけど光の魔力の線がある様に感じる。多分、リビィが宝鐘に何か……魔力を取られてるんだよ」
「だったら、さっさと行くか」
「そう言う事なら突撃にゃ」
ナオが待ってましたと言わんばかりに魔爪を装着し、尻尾を逆立て姿勢を落とす。
そして、魔法で魔爪に炎を纏わせ、勢いよく駆け出した。
「先手必勝! ファングフレイム!」
魔法陣を展開し、直後に放たれた魔法。
虎の顔を模した炎が一番手前にいたタンカーを襲い、タンカーは驚きそれを食らう。
「クロウズファイア!」
ナオの攻撃は終わらない。
次はその直ぐ近くにいたイザベラに向かって炎の爪を振るい、イザベラは咄嗟に避けようとする。
しかし、次の瞬間に炎に呑まれたタンカーが鋭く長い指でナオの爪撃を受け止めて、ナオを振り払って攻撃を止めた。
「おやおや。誰かと思えば島流しにした野良猫でしたか。まさかこんな所でまたお会いするとは思いませんでしたよ」
「ニャーは野良猫じゃないにゃ!」
「ナオちゃん! 上!」
不意に上がったベルの声。
ナオは直ぐに視線を上に上げて、急いでバックステップする。
すると次の瞬間にナオが先程まで立っていた場所に落雷が落ち、床に流れる海水を伝って、この領域すべてに電気が流れた。
「ガシール! あたくしとパパまで殺す気!? 頭使かって攻撃しなさい!」
「ごめんだね。俺はカルクさんから、巫女が現れたら活かして捕まえろって言われてんだよ。それを邪魔するって事なら、アンタも殺す」
「ちっ! 覚えてなさい! ルシファー様に後で報告してやるわ!」
「勝手にしな。例えルシファーだろうと、俺の能力【発電】と上位【雷魔法】には敵いやしねえさ」
「なんにゃー? あいつ等仲間同士で争ってるにゃ」
「今の内にやっちゃえー! いっくよー! ミュージック~スタートー♪ たたかいの歌ーっ!」
みゆが楽器召喚でタンバリンとカスタネットとトライアングルとフルートを全て召喚し、指揮を務めて演奏を開始する。
奏でられるそのメロディは、誰もが聞いた事のある行進曲。
聞くだけで元気が出て駆け出したくなるそのメロディや旋律に、ナオだけでなく、ベルとデリバーとアミーまでもが力が湧き上がる感覚を覚える。
「何だ? こりゃあ……力が湧いて来やがる!」
「みゆちゃんの音魔法だよ。でも、本当に凄い。何だか魔力も溢れてきて、今なら魔石無しでも色々な魔法が使えそう」
「す、凄いでしゅ! みゆしゃんはこんな凄い事が出来たんでしゅか!?」
「いっくにゃー!」
ナオとデリバーが駆けだして、ベルとアミーはその場で魔法陣を展開する。
「はあ? 何よあの子? こんな時にお遊戯会でも始めたって言うわけ? 甘く見てんじゃないわよ!」
みゆの音魔法の影響を全く受けないイザベラが、額に血管を浮かべて苛立ちを見せ、己の髪を一本抜く。
すると抜いた髪が巨大化しながら姿を変え、イザベラと同じ背丈ほどある銛となり、イザベラはその銛をみゆに向かって勢いよく投げつける。
「お前の相手はニャーがするにゃ! 性悪女!」
「猫女! 面倒な奴ね!」
ナオが炎の爪でイザベラが投げた銛を斬り払い、そのままイザベラに接近する。
その直ぐ側でデリバーがタンカーを相手にサーベルで戦いを始め、アミーもガシールと戦いを始める。
ベルは戦いには参加せず、念の為魔法で身を隠しながら、捕らわれ張り付けにされているリビィに駆け寄った。
「リビィ、リビィ、目を覚まして!」
「…………ん……んん。う……ぅ……ベル殿……下…………?」
「良かった。目を覚ました」
リビィはベルの呼びかけで目を覚まし、ベルの顔を見てから、周囲を見回す。
ベルはその間にリビィから一歩分離れて、目の前に魔法陣を展開した。
「少し体力を消耗させちゃうから、辛かったら言ってね?」
「は……はい」
「クリアライト」
リビィの返事を聞いてから、ベルは魔法を発動する。
すると次の瞬間、魔法陣から淡い光が流れ出し、それがリビィの身を包んだ。
そして、リビィを拘束していた物が全て浄化され、光の粒子となって消えていった。
張り付けにされていたリビィは拘束が消えた事で床に落ち、ベルがリビィを受け止める。
リビィは少しだけ疲れた表情を見せながらも、ベルに「ありがとうございます」と礼を述べた。
「パパ! 何やってんの!? あの女の呪縛が解かれちゃったじゃない!」
ベルがリビィを解放した事にいち早く気がついたイザベラが怒声を上げた。
すると、デリバーと戦っているタンカーがため息を吐き出し、眉根を下げて苦笑する。
「やれやれ。と、言った所でしょうか?」
「何をヘラヘラと笑ってやがる!」
デリバーがサーベルを突きだし、タンカーはそれを左手で受け流す。
そして、デリバーの腹に蹴りを入れて吹っ飛ばし、ベルとリビィに向かって駆けだした。
「魔族化した私の力がどの程度か、彼のおかげで把握が完了しました。ここからは本気を出しましょうか」
「――っライトニードル!」
咄嗟にベルが魔法を唱え、光の針がタンカーに向かって光速で飛翔する。
しかし、タンカーはそれを回転しながらギリギリで躱して、そのままベルを攻撃可能な範囲内まで接近して右手を振るう。
「スティールシールドでしゅ!」
瞬間――ベルの目の前に鋼鉄の盾が出現し、タンカーの刀の様な右手の指からベルを護った。
そして、その直後に、アミーがタンカーの背後から接近する。
「ストーンスタンプでしゅ!」
「――なっに……っ!」
アミーが繰り出した魔法がタンカーに直撃した。
それは、石で出来た巨大なハンコ。
直径二メートルはある巨大さで、ハンコと言っても威力は絶大。
アミーとて、五千年前の戦いで封印された魔族の一人なのだ。
昨日今日魔族になったばかりのタンカーに、早々後れをとる様な魔族では無い。
タンカーは跳ねる様に吹っ飛び、壁に衝突して血反吐を吐いて倒れた。
「パパ! ガシール、あんた何やって――――っ!?」
イザベラがアミーと戦っていた筈のガシールに視線を向けて驚く。
何故なら、そこにいたのは、床に転がっていたガシールの姿だったからだ。
しかし、それも当然の結果だろう。
ガシールも所詮は魔族になって日も経ってない言わば赤子の様なもの。
魔族としての力を使いこなせていない彼では、五千年前の戦いを経験しているアミーに敵うはずがないのだ。
「どいつもこいつも使えないわね!」
イザベラが怒声を上げて、斬り合っていたナオから距離をとる。
そして、背中に生えた触手を伸ばして、それ等はタンカーとガシールを掴んでクルクルと巻き取った。
「逃げるのかにゃ?」
「逃げる? 冗談じゃないわ! あたくしはこんな雑魚どもとは違う! ルシファー様も、あたくしには魔族としての素質があると言って下さったわ! この背中に生えた触手こそが、その証拠よ!」
イザベラが大声を上げ、そしてその次の瞬間、タンカーとガシールを巻き取った触手が二人を飲み込んだ。
「何が起こってやがる!?」
タンカーに吹っ飛ばされたデリバーが戻って来てナオの隣に立ち、驚きの声を上げたが、ナオも何が起きているのか不明で答えられない。
そして、驚いているのはナオとデリバーだけじゃない。
少し離れた場所にいるベルとアミー、そして目を覚ましたばかりのリビィも、目の前で起きている光景に驚いた。
タンカーとガシールを飲み込んだ触手は、二人をイザベラの許に運んでいた。
しかし、ただ運んでいたわけでは無い。
最初こそ二人が運ばれている部分を膨らませていたが、それがイザベラの体に向かう途中で消化されているのか徐々に小さくなっていき、最後には膨らみが無くなってしまう。
そして、膨らみが無くなると、その直後にイザベラの体に変化が起きた。
イザベラの魔力が増して、背中の触手も追加で二本生えたのだ。
「うふふ。ごちそうさま♪」
異様さのある笑みをイザベラが見せる。
その目は異様で異常な狂気に満ちた眼光を放つ。
場の空気は凍りつき、音魔法で演奏していたみゆの顔を青くさせ、演奏を止めさせる程の恐怖が支配する。
この場の空気の変化に、イザベラ=I=シーはニヤリと笑みを浮かべて気分を高揚させ、獲物を狙う捕食者の様にペロリと唇を舐めた。
【魔族紹介】
・ガシール=キキーラー
種族 : 魔族『魔人』
部類 : 人型『鳥』
魔法 : 闇属性上位『雷』
サブ : 風属性
能力 : 発電
元は鳥人だった魔族で、シャーン海賊団の鳥人部隊隊長の男。
魔族化する事で得た能力は、電気を自由自在に操る力だが、魔族化してまだ日も経っていないのもあって使いこなせていなかった。
魔法が苦手で銃を得意としていたが、魔族化で得た力に溺れて、得意分野で戦わず一瞬でアミーにやられた馬鹿。
元々はカモメの鳥人で、諜報員として世界各地を飛び回り、羽休めに各国の観光地で観光をするのが趣味。
・タンカー=シー
種族 : 魔族『魔人』
部類 : 人型『魚』
魔法 : 闇属性
能力 : 呪縛
元は魚人だった魔族で、シャーン海賊団の工作員。
呆気ない最期を遂げたが、この男がこれまでやってきた事は壮大だった。
カルクの命令でバセットホルンの女王に取り入る為に宰相まで実力で上りつめ、女王を誘惑して誑かし婚姻を結んだ。
長い年月をかけて情報を捜査して、女王に子を産ませるなど、ある意味ではカルクより最悪最低な奴である。
魔族化して得た能力は、対象相手を拘束する呪いで、ベルの光魔法によってかき消された。
任務の為に作った子であるイザベラだったが、それなりに溺愛していて、その為カルクの命令よりもイザベラの我が儘を優先的にして付き合っていた。




