34話 VS聖獣と呼ばれた魔従リヴァイアサン 後編
「ガブリエル様、こんな所で見物ですか~?」
「やあ、デルピュネーじゃないか。また会ったね」
ここは海底神殿オフィクレイドの直ぐ側にある少し大きな岩の上。
そこで、天使ガブリエルが俺達の戦いを眺めていた。
龍人デルピュネーことピュネちゃんはそこへやって来て、のほほん顔で同じ様に戦いを眺めた。
「でも、おかしいなあ。ボクは君に英雄と一緒に行動してって頼んだのに」
「ごめんなさい。……でも、あの子が死ぬ所を間近で見たくなかったんです」
「ああ、そんな事を気にしていたの? 困った子だね、君も。でも、安心しなよ。誰もがいずれは死に、全てが輪廻を通じて転生される。あの子の死は終わりにはならない。それが近い未来か遠い未来になるかは分からないけれど、あの子の死も他の命と同じで、ただの通過点にすぎないさ」
「……それは分かってるんですけど、やっぱり悲しいです」
「まあ、その気持ちは理解してあげるよ。ボクが君に英雄の旅に同行してって頼んだのに、君が英雄たちと……あの子とあまり関わらなかったのは、生まれ変わる前のあの子の前世と友人だったからだ。その時の事を思いだすんだろう? かつて同じ様に英雄と旅していた前世のあの子が、君の前からいなくなった時の事。魔族に殺された、英雄の仲間の事を」
ガブリエルの言葉に、ピュネちゃんは俯いた。
言葉を返す事なく、ただ、過去を思い出し悲し気な表情のまま。
「いやあ、ボクも酷な事を頼んだって思ってるよ? 同行して観察しろだなんて。あの子が死ぬのは、既に定められた運命として分かっているのに。でも、仕方ないじゃないか。それが宝鐘の守り人である君の仕事なんだから」
「……はい。分かっていますよ」
「まあ、でも今回だけだよ? それから、あの男……デリバーだっけ? あの男を助ける様に君が仕向けたのも目をつぶってあげる。彼だって、本当はこの戦いには参加しない筈のイレギュラーだ。それを許したのは、ボクも以前に君と同じルール違反をしてしまったからだ」
「あらあら、やっぱり知っていたんですね~。目をつぶって頂けるのは助かりますけど、ガブリエル様のルール違反ですか……。それは、みゆちゃんの事ですか?」
「もちろん。英雄の妹は本来この世界に来ない予定の子だったからね。あの少女はボクのほんの気まぐれ。お遊びさ。でも、まさか音魔法が使える様になるなんて、このボクでさえも思わなかったよ。だけど、今のところ運命は変わってない。英雄の妹の影響で成された歴史は、全てが本来のものと大して変わっていない。本来はフロアタムの五十三番目の王子がやっている事を、あの少女が代わりにやっているだけだからね」
ガブリエルはそう言うと、可笑しそうにクスクス笑みを浮かべた。
そして、メレカさんがリヴァイアサンに食べられた光景を見て、口角を上げてニヤリと笑う。
「さて、この変える事の出来ない運命の中で、英雄はどんな未来を見せてくれるんだろうね?」
◇
「あははっ。やっと死んだ~」
メレカさんがリヴァイアサンに丸呑みにされ、イザベラがそれを見て楽しそうに笑いだす。
そして、そんな隙だらけの様に見えるイザベラ相手でも、ここが海の中だと言うのもあってナオは完全に抑えられてしまっている。
「姉様が! そこをどけにゃー!」
「嫌よ。あんたの爪でリヴァイアサンの腹を斬られたら、せっかく食われたあの女が出て来ちゃうかもしれないじゃない」
「にゃあああああ!」
ナオがイザベラに苦戦を強いられている中、俺はショックで泳ぐのを止め、その場にただ立ち尽くすだけ。
だが、そんな俺の背中をデリバーが叩いた。
「しっかりしやがれ! まだ助けられる筈だ!」
「――っ」
そうだ。
丸呑みなら、消化さえされなければ助けられる筈だ!
俺はデリバーに頷き、タンバリンを踏み台にしてリヴァイアサンの許に急ぐ。
デリバーも俺に続いて泳ぎ、腰に提げていた銃を掴んだ。
「相手が聖獣様だろうが関係ねえ! 俺がおめえを援護してやる! アマンダ様を助けろよ!」
デリバーはそう話すと、直後に銃を構えてリヴァイアサンに向かって発砲する。
俺は小瓶を銜えながら「任せろ」と答えて、更にスピードを上げた。
するとそこで、海の中にも漂っていた害灰が、リヴァイアサンの頭の周囲五ヶ所に集束されて魔力を帯びていく。
――まさか!
瞬間――集束した害灰の一つが黒紫色に発光して放たれる。
そしてそれは、デリバーの放った銃弾を消し飛ばして爆ぜた。
すると今度はリヴァイアサンが咆えて、残りの四つが俺に向かって放たれる。
真っ直ぐ、それなら躱せる!
「馬鹿野郎! 本命は上だ!」
――っ!?
避けた直後にデリバーが大声を上げ、俺は上を見上げた。
すると次の瞬間、目と鼻の先まで接近していたバカデカい氷柱が目に映り、俺は咄嗟に避ける。
氷柱は俺の頬を掠って、そのまま勢いよく海底に突き刺さった。
危ねえ。
デリバーに言われなかったら頭を貫かれてたぞ。
っつうか、やっぱ海の中じゃ戦い辛い。
当然っちゃ当然だが、音だって殆どまともに聞こえないし、最初にぶっ放された冷気の光線のせいで水温も低い。
メレカさんも助けないといけないし、どっちにしろ長期戦はヤバいな……。
それに、考えている暇もない。
リヴァイアサンは直ぐに俺に向かって遊泳を開始し、俺もタンバリンを踏み台にしてリヴァイアサンの直線上を避けて接近する。
そして次の瞬間にリヴァイアサンが俺に突進をしようと速度を上げ、俺はそれを寸でで躱して、リヴァイアサンの真下に回り込んだ。
腹を掻っ捌く!
右手で鉤爪をイメージして作り、リヴァイアサンの腹目掛けて勢いよく振るった。
だが、腹を斬り裂く事は出来なかった。
俺は気がついた時にはリヴァイアサンに尾を叩きつけられて、吹っ飛ばされていたのだ。
――くそ……っな!
吹っ飛ばされた直後、その先にいつの間にか回り込んでいたリヴァイアサンが、俺に向かって再び尾を振るう。
俺はそれを避ける事が出来ず、直撃を受けて吹っ飛んだ。
そして、その先にあった海底神殿の双塔を二つとも突き破り、海底へと叩きつけられた。
いくら能力を使ってダメージを抑えているとは言え、想像を絶する程の衝撃が俺を襲い、思わず意識が吹っ飛びそうになる。
あー、痛え……ちくしょう。
やっぱり海の中じゃ戦い辛いぞ。
って、言ってる場合じゃね――――おっさんマジかよ……。
立ち上がってリヴァイアサンに視線を向けると、リヴァイアサンが俺に向かって来ていた。
そしてそのリヴァイアサンの尾の先には、サーベルを突き刺して、それに捕まっているデリバーがいた。
しかも、デリバーの姿は少し変わっていて、筋肉が膨れ上がっていて体中から電流を周囲にまき散らしている。
「こいつぁ俺のとっておきだ! 食らいやがれ!」
デリバーが拳をリヴァイアサンの尾に振るい、次の瞬間、デリバーの拳から電流を帯びた光線が放たれる。
俺に向かって来ていたリヴァイアサンは、尾から頭にかけて光線を浴びて悲鳴を上げ、その場で動きを止める。
デリバーの放った電流を帯びた光線は、ここが海の中だと言うのもあって、周囲にもその影響を及ぼしていた。
ナオとイザベラも電流から身を護る為に魔法を放ち、距離を置いて停泊中の船もフウラン姉妹が魔法で護っていた。
そして、俺もその電撃を浴びていた。
だが、能力のおかげで、全身が痺れる程度の被害でとどまっている。
これ程の威力だ。
流石にリヴァイアサンも無傷とはいかず、尾から体に向かって黒く焼け上がり、完全に動きが止まっていた。
そして俺は、直ぐに海底を蹴り上げてリヴァイアサンの許に向かう。
今度こそ!
動きの止まったリヴァイアサンの腹に回り込み、鉤爪を作って勢いよく振るって斬り裂き、それは今度こそ直撃した。
リヴァイアサンの腹からは血が大量に流れだして、俺はメレカさんを助ける為にそこから中に入ろうとした。
だが、入ろうとした直後に、その先……目の前から強い魔力を感じて、慌ててリヴァイアサンを蹴って距離をとる。
瞬間――リヴァイアサンの腹の内側から斬撃が浮かび上がり、そこからハンガーがメレカさんを背に背負って飛び出した。
「――ハンガー!?」
「おっ! そこにいるのは英雄様じゃないですか! って事は、やっと外に出られたってなもんですね!」
「な、なんでお前がリヴァイアサンの腹の中に……って、いや、それよりメレカさんは!?」
「ははは。何言ってるか分からねえってな話ですが、何を言いたいかは予想できるってな話ですね。この通り、衰弱していて気を失ってますが、アマンダ様は無事ってなもんです」
やはり小瓶を銜えながら喋ったせいで、何を言ってるかは聞き辛いらしい……と、そんな事よりだ。
俺は急いで二人に近づいて、メレカさんの容体を確認する。
ハンガーに背負われたメレカさんは確かに気を失っていたけど、しっかりと生きていた。
それが分かると俺は安堵して、大きく息を吐き出した。
だが、その直後だ。
俺は魔従が死んだ時にどうなるかを忘れて、リヴァイアサンがまだ生きている事を失念してしまっていた。
リヴァイアサンが突然動き出し、メレカさん諸共ハンガーと俺は尾で振り払われて、海底神殿の入口の建物へと吹っ飛ばされた。
海底神殿の入口の建物は俺達が衝突した事で崩れ、瓦礫となって海底に崩れる。
俺は丁度船の真上に落ちた様で、甲板の上に転がった。
「っつう。あー、滅茶苦茶だな……あ。ここ空気あるのか。って、そんな事より!」
直ぐに立ち上がって周囲を見てメレカさんの姿を捜す。
するとそこで、リヴァイアサンが俺に向かって超スピードで突っ込んできた。
「――っ。流石にしつこいってか、滅茶苦茶だろ!」
ほんっとに最悪だ。
メレカさんが無事かどうか確認しなきゃいけないってのに、リヴァイアサンが建物に突進してぶち壊して、そのまま俺に向かって突っ込んで来やがった。
おかげで建物は半壊から全壊になり、完全に崩壊し、ここに停泊していた船まで破壊される。
勿論それは俺が今いるこの船もだ。
リヴァイアサンの突進を寸でで避けて、俺は一先ず塔の入り口かと思われる場所に急いで入った。
「やっぱりそうだ。塔の中も空気がある。さっき吹っ飛ばされた時に小瓶をどっかにやっちまったから助かった――って、言ってる場合じゃねえ!」
リヴァイアサンが再び害灰を集束させて、それを俺に向かって放ってきた。
俺はそれを今度は避けず、両手に能力を集中し、飛んできたところを思いきり殴って四散させた。
そして、息を思いきり吸って口を閉じ、塔の外に出てお手頃サイズの瓦礫を拾う。
デリバーの電撃と、ハンガーに貫通された腹の傷で、大分弱ってはいるみたいだな。
なら、これで!
拾った瓦礫をリヴァイアサン目掛けて投げ飛ばし、その直後に海底を蹴り上げて、俺自身もリヴァイアサンに向かって突っ込む。
リヴァイアサンは害灰を集束させたもので瓦礫を破壊し、続けて冷気の光線を大口を開けて放つ。
だが、俺はそれには当たらない。
光線を海水を蹴り上げて避け、その先にあった海中を漂うタンバリンで方向修正をし、俺はリヴァイアサンの頭上へと上がる。
一メートルにも満たない距離。
俺はそこからリヴァイアサンの頭に向けて、能力“想像の体現化”で破壊をイメージした拳を振るった。
「グガアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
リヴァイアサンは俺の拳の直撃を受けて真下へ吹っ飛び、海底に頭を叩きつけて断末魔を叫んで絶命した。
そして、骨だけ残してドロドロと溶けていった。
ふう。
なんとかなったな。
「英雄様! 流石ですねってなもんですよ!」
リヴァイアサンが溶けている中、ハンガーがメレカさんを背負ったまま瓦礫の合間から飛び出して、そう言いながら俺の側まで泳いできた。
どうやらメレカさんも無事らしく、外傷も見当たらなかった。
「ヒロ」
「――っ」
不意に背後から声をかけられて振り向くと、小瓶が目の前に飛んできた。
慌ててそれを受け取ると、小瓶を投げた男……デリバーがニッと歯を見せて笑う。
「やったな。あっちも終わったみたいだ」
デリバーが親指で背後を指し、その方向に視線を向ければナオがいて、そこにはイザベラの姿が既に無かった。
どうやら向こうも終わったようだと、それを見て安堵していると、デリバーとハンガーが睨み合って近づいた。
「おめえからあんな事を言いだした時は、流石に俺ぁ半信半疑だった。だが、作戦に乗って良かったぜ」
「はんっ。お前に喜ばれても嬉しくないってなもんだ。まあ、お前の協力もあってアマンダ様を助けられた事には感謝してやるってな。ありがたく思えよ? 海賊」
「がっはっはっはっ! 感謝にありがとうってか!? 面白い事を言うじゃねえか」
「馬鹿にしてんのか!? 事が済んだらお前を騎士に突き出してやるってなあ!」
「ほお。やれるもんならやってみろ若造。騎士を辞めたお前と違って、俺ぁまだ現役だぜえ?」
この二人……最早仲が良いのか悪いのか分からん関係になったな。
なんて事を思いながら、俺は猛スピードで泳いできたナオの突撃を食らい、瓦礫の山に突っ込んだ。
不意打ちすぎて滅茶苦茶痛かったのは言うまでもない。
【暴獣紹介】
リヴァイアサン
種族 : 魔族『魔従』
部類 : 龍
魔法 : 闇属性上位『毒』
サブ : 水属性
海底神殿オフィクレイドに住む元聖獣で元守り神の魔従。
ルシファーに敗れて、魔族化された事で魔従となった。
元々魔法は氷の魔法を使っていて、魔族化した事で変化してしまい、強制的に毒魔法になった事により実力が減少して弱くなっている。
その為、戦闘で魔法を使う事は殆どなくなった。
口から出す冷気の光線は、魔力を含んでいるけど魔法では無いブレス系の特技のようなもの。
聖獣だった頃は実はグルメで、生贄に捧げられる魚人なんて食べずに、身の回りの世話や神殿の清掃等をさせていた。