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鐘がために英雄はなる  作者: こんぐま
第3章 想いの欠片
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29話 緊張感の無い者達

「リビィがさらわれたあああ!?」


「ヒロ様お静かに。警備の騎士に気付かれます」


「わ、悪い……」


 ここはフルート城内リビィの寝室。

 タンカーがいなかった事を報告する為にフウと二人でここに戻って来たのだが、そこにはリビィの姿は無く、いたのは騎士と侍女の二人だけ。

 そして、たった今、リビィが誘拐された事を聞かされた。


「しっかし、やられたな。まさか俺達が教会に調べに行ってる間に、向こうから来るなんてな」


「はい。こんな事なら一人はここに残るべきでしたね」


「まあ、過ぎた事を言っても仕方ないし、これからどうするかだよな。この事は女王には伝えたのか?」


 騎士と侍女に尋ねると、それには侍女が答える。


「まだです。女王様に知らせれば警備が強化されて、英雄様達が城に侵入する時に困ると思いまして……」


「そうか。ありがたいけど、でも、早めに知らせるべきだったろうな」


「そうですねん。直ぐにタンカーを追跡できたかもしれないですもんね~」


「いえ。恐らくそれは不可能だと存じます」


「不可能……?」


「タンカーに襲われてから、気を失っていた私達が目を覚ますまで、およそ二時間以上は経過していました」


「二時間? って事は、殆どさっき目を覚ましたって事か。確かにそんなに時間が経ってたら、もう遅いな。って考えると、俺達もここで話してる場合じゃないな。フウ、直ぐに戻るぞ」


「了解です。どうにかして追う為の船を見つけないとですね」


「そうだな。それじゃあ、俺達はもう行くよ」


「はい……」


 侍女が表情を曇らせて頷くと、騎士が鎧の隙間から二枚折りになっている紙を取り出して、俺に「英雄様、これを」と差し出した。

 それを受け取って開いてみると、そこには地図が描かれていた。


「海底神殿オフィクレイドへ行く為の航路が描かれた海底地形図です。どうかお願いします。リビィ殿下を助けて下さい」


「私からもお願いします。リビィ様を救って下さい」


 騎士と侍女が真剣な面持ちで、それぞれ頭を下げた。

 俺は二人に「任せてくれ」と答えて、その後直ぐにフウと一緒に城を出た。




 城を出て教会まで戻って来ると、教会の前に見知らぬ男がいて、その男とみゆが何か話し込んでいた。

 男は額にねじったハチマキを巻いていて、その格好も漫画に出てきそうな大工姿のおっさん。

 みゆが笑いながら話しているから敵では無いだろうが、いかにもな大工のおっさんにしか見えないのに、妙に隙が無い。


 何者だ? といぶかしみながら近づくと、みゆが俺達に気がついて駆け寄って来た。


「お兄ちゃん、おかえり。早かったね」


「ああ。それより、あの人は誰だ?」


 男に視線を向けると、男と目がかち合い、みゆが答える前に男が自己紹介をしながら歩いてきた。


「俺はハンガー、ただの大工でさあ。って言っても、英雄様と巫女様の為に、今は船大工ってな事をしてますけどね。どうぞ、よろしくしてやって下さいってな」


「あ、ああ。俺の事はヒロって呼んでくれ……って、船大工?」


「おや? と言う事は、みゆ様、もしかして水の都を出る為の船を作って頂いてます?」


「ううん。作り終わったから、それを知らせに来てくれたんだよ」


「マ? 滅茶苦茶タイミングいいな」


「日頃の行いってやつですかねん」


「ん~? 何かあったの?」


「説明は皆がいる時にする。とりあえず教会の中に入るぞ」


「はーい」


 みゆは返事をすると、今度はフウの隣に立って「デートしなかったの?」と話しかけた。

 なんと言うか、本当にうちの妹は恋バナ好きだ。

 俺とフウが二人で城に行ったのは、フウの風魔法が侵入と脱出の時に役立つからなのと、少人数で行った方が良いからだ。

 そんなデートなんて浮ついたものをしに行く為じゃない。

 だと言うのに、どっか寄れば良かっただの何だのと言いまくっている。


 おかげでフウも一々恋バナなんかにされて、困惑してこっちをチラチラ見てるし、助け舟を出した方が良いかもしれない。

 きっと同じ妹を持つ姉の立場として、ランと同じ妹と言う立場のみゆの夢を壊したくないだろうから。


「みゆ、フウが困ってるからその辺にしとけよ。皆が皆みゆみたいに恋愛脳なわけじゃないからな」


「えー」


「えー。じゃない」


 みゆを叱りながら教会の扉を開けて、みゆとフウを先に中に入れる。

 ついでにハンガーと言う男も入った所で、俺も教会の中へと入って扉を閉めた。


「あれ? ヒロくん? 早かったね」


 教会の中に入ると、ベルが俺達に気づいて駆け寄ってきた。

 ただ、教会の中にはナオとランと神父の姿は無く、ベル以外は誰も居なかった。


「ナオ達がいないな。何処行ったんだ?」


「みゆちゃんと一緒に、ナオちゃんの武器を買うって言って出て行ったよ……あれ? みゆちゃん……と、ハンガー?」


「べるお姉ちゃんにはお兄ちゃんしか見えなかったか~」


「――っそ、そんなことないよ! も、もう、みゆちゃん変な事言わないでよ! ね? フウ」


「そこで私にふらないで下さいよぅ」


「流石英雄様。両手に花ですかい? いやあ、実に羨ましいってなもんですよ」


「……はあ」


 緊張感の無さにため息を吐き出してから、俺は手を叩いて音を鳴らして注目を集めて、この場にいる皆にビシッと言う。

 

「おい、みゆ。それに皆もとりあえず落ち着いてくれ。今は冗談を言い合ってる場合じゃない」


「何言ってるのお兄ちゃん? 真面目な話だよ」


「はいはい。みゆは黙ってような」


「えー」


 みゆが不満気に声を上げるが、最早無視を決め込むのが一番だ。

 そう言うわけだから、人数は足りていないが、俺は今いる皆に城で聞いた事を説明する事にした。


「リビィがタンカーって奴に攫われた。多分メレカさんと同じで海底神殿に連れて行かれたんだと思う」


「そんな……。それじゃあ、リビィも生贄にされるの?」


 ベルはリビィと面識があるらしく、メレカさんを通じて仲良くしていたらしい。

 それもあってか、ベルの顔色は悪くなっていた。


「多分な。ハッキリ聞いたわけじゃないけど、狙いはそれ以外ないだろうな。それから、リビィの騎士から海底地形図ってのを貰った。海底神殿に行く為の航路が分かるらしい」


 海底地形図を取り出して全員に分かるように見せる。

 すると、ハンガーがそれを「ちょっと良いですかい」と言って、俺から海底地形図を取ってマジマジと見つめた。

 と言うか、この何者かも分からない男がいる前で普通に話してしまった事を、今更気がついて後悔する。

 船を用意してくれたみたいだから敵ではないだろうが、まだこの事を話して良い相手なのかどうかの判断が出来てない。

 だが、そんな必要は無さそうだった。


 ハンガーは海底地形図を少しの間だけ見ると、直ぐに俺にそれを返して、真剣な面持ちで俺と目を合わせて頭を下げた。


「英雄様、海底神殿オフィクレイドまでの航海を俺に任せてもらえやしませんか? お願いします。俺にはアマンダ様に返しきれない程の恩があります。その恩を返す為に、どうか俺にその機会を与えて下せえ」


「……分かった。どうせ俺達は船を動かせないし、そうしてくれると助かる」


「ありがとうございます! 流石は英雄様ってなもんでえ!」


「良かったね、ハンガー」


「はい。このおとこハンガー、必ずや英雄様と巫女様を無事に海底神殿オフィクレイドまで連れて行ってみせるってなもんでさあ」


「うん、よろしくね」


「でも良いの? はんがーおじさんにはお嫁さんと子供がいるんでしょ? わたし達と一緒にいたら仲間だって思われて、迷惑かけちゃうかもだよ?」


「おっさん子供いるのか? だったら危険な場所になんて連れて行けねえよ」


「そりゃあいますけど、気にしないで下さいってなもんです。それよりも、嬢ちゃんには説明したってな話なんですけどね。その“おっさん”とか“おじさん”ってのはやめてもらえませんかね? 俺はまだ二十三ですんで」


「わ、悪い」


 喋り方も相まって、とても二十代前半に見えないが、とりあえずそれは黙っておく。

 だが、俺の隣にいるうさ耳が容赦ない。


「二十三なんて、みゆ様くらいの子供には、残念ながら“おっさん”ですよん」


「おい。失礼だろ」


「いいえ、ヒロ様。ここは気を使う場面ではないんだぜ。ここは攻めるべき局面。ハンガーの旦那、お子さんがいるってんなら、ここは一つ“おじ様”と言われるのを目指してみてはいかがかね?」


 結局おっさんなのは変わってねえじゃねえかとツッコミを入れたかったが、フウの言葉にハンガーが雷に打たれた様な表情で驚き、喉元を鳴らした。


「その手があったかってなもんだ。へへ。俺とした事が、“おじ様”の可能性を見失ってたってな」


「分かりゃあ良いのさ、兄弟」


「おおー」


 なんともノリの良いハンガー……と言うか、本当にそれで良いのか? って感じに話がまとまった。

 みゆは感心しているようだが、ベルは頭にクエスチョンマークを浮かべている。


 本当にこのおっさんに船のかじを任せて大丈夫なのか?

 っつうか、みんな緊張感が無さ過ぎだろ。

 なんか先行きが不安になってきたんだが……。


 そんな事を思いながら、俺はナオ達の帰りを待った。







 話は随分と遡り、ここは誰も住んでいない無人島。

 その無人島で、アミーが気を失っているドンナさんを寝かせていた。

 すると、アミーの目の前に、龍人デルピュネーことピュネちゃんが姿を現す。


「デルピュネーしゃん……? 何しに来たでしゅ?」


 ピュネちゃんの姿を見ると、アミーは魔力を両手に集中して、戦闘態勢に入る。

 すると、ピュネちゃんは頬杖をついて、困ったように眉根を下げた。


「あらあら。せっかくの再会なのに、つれないわね~」


「あたちが魔族である事を黙っていた事には感謝してましゅ。でも、その恩を返せと言うなら、それはお断りでしゅ」


「うふふ。感謝はしてくれるのね~。でも、安心してね。私は貴女にお願いに来ただけだから」


「お願い……? 何を企んでいるでしゅ?」


「そんな言い方をされると、まるで私が悪い人みたいじゃない。何だか悲しいわ」


 ピュネちゃんはそう言うと、眉根を下げてアミーを見つめる。

 アミーは訝しみながら、地面に寝かせていたドンナさんの側に立つ。


「あんたしゃんは天使の御使いでしゅからね。魔族の敵でしゅ」


「それはどうかしら~? アミーちゃん、邪神に報告を終えた後、貴女は何故その女性を連れて町に戻ろうとしているの?」


「それは……ドンナしゃんには恩があるからでしゅ」


「私に返す恩は無いのに、その女性にはあるのね~」


「あんたしゃんには関係無いでしゅ!」


「関係無くても知ってるわ~。貴女は邪神と同じで、封印された時の後遺症が発生して、体が崩壊を始めていた。邪神の命令で港町に着いた頃には、既に虫の息だった。そしてそれを自分の魔力を貴女に与える事で助けたのが、その女性……ドンナちゃんだった。そしてそれは今でも続いている」


「……天使の御使いだけあって、そんな事まで分かるんでしゅね」


 ピュネちゃんの言葉は全て真実だった。

 アミーの体は、魔力の供給が無くては体を保てない程に衰弱していたのだ。


 アミーは力無く肩を下げて、ドンナさんの顔に視線を落とした。


「あたちはドンナしゃんがいなければ死んでいたでしゅ。ドンナしゃんは私が魔族だと分かった上で助けてくれたんでしゅ。だから、あたちはドンナしゃんだけは護りたいんでしゅ」


「だったら、尚更アミーちゃんにお願いしないといけないわ~」


 ピュネちゃんは相変わらずなのほほん顔で微笑むと、アミーの側に近づき頭を下げた。


「ドンナちゃんの為にも、デリバーさんを助けてあげてほしいの」


「――っ!?」


 まさか頭を下げられるとは思ってもいなかったアミーは驚き、一歩後退る。


「デリバーさんがまだ死んではいない事は、貴女なら分かっているわよね? あの人の存在は、きっと近い未来でヒロさんの助けになる。だから、貴女に助けてもらいたいのよ」


「……どうして自分でそれをやらないでしゅか? あんたしゃんなら、そんなの簡単に出来ましゅよね?」


「貴女も知っているでしょう? 私は天使の御使い。勝手な行動は許されないわ」


「あたちにお願いするのは勝手な行動にならないんでしゅか?」


「直接手を下してはいないし、大目に見てくれる事を望みます」


 ピュネちゃんは眉根を下げながら微笑んだ。

 すると、アミーは視線をもう一度落としてドンナさんの顔を見て、そしてピュネちゃんと目を合わせて口角を上げた。


「良いでしゅよ。但し、あたちはどっかのピエロみたいに命を狙われたくないから、助けるのはデリバーしゃんだけでしゅ。そこから先は知らないでしゅ」


「十分よ。ありがとう、アミーちゃん」

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