25話 封印の巫女の誕生
※今回はメレカ視点の過去話です。
「あら! よく似合ってるじゃない! うふふ。ほんっとに、メレカちゃんは可愛いわね~」
「ありがとう……ございます」
十歳の誕生日にお母様の勅命を受けて、クラライト王国の中心……クラライト城に銃騎士見習いとしてやって来た私は、その次の日に何故か侍女が着るメイド服を着させられていた。
そしてここは王妃の寝室で、王妃と第一王子と王妃の侍女が数名いる。
私はこの人物達……と言うよりは王妃に、今朝訓練施設に向かう途中で捕まり、今に至ると言うわけで、なんと言うかその……凄く動揺していた。
「あの……王妃様。恐れ多いのですが……申し上げてよろしいでしょうか?」
「あら? なあに?」
「私はバセットホルンからこの国に献上された身ですので、どの様な扱いを受けても良いのですが、何故この様な格好を? 私は銃騎士見習いとして来たと、昨日申し上げた筈です。それに、国王様もその様にと。ですので、今から私の実力を訓練施設にて国王様に披露する予定なのですが……」
「もう、メレカちゃんは固いわね。そんなの私が全部断ったわよ」
「断った…………? それはどう言う――」
「どう言うも何も無いわよ! こんなに可愛い女の子に、そんな野蛮な事はさせられないもの! それにメレカちゃんって、まだ十歳なのにとっても礼儀正しいし、とっても立ち姿と座った姿が綺麗なんだもん。メレカちゃんには、私の子のお姉さんになってもらう予定よ!」
言われた意味が分からず、私は目を瞬かせて驚いた。
すると、そんな私を不憫に思ったのか、一緒にいた第一王子がやれやれと言いたげな表情で私に話しかけてきた。
「悪いね、メレカ。母はこう言う人で、一度言いだしたら聞かないんだ。君の事情もあるだろうし、元々は銃騎士として来たのだろうけど、近い内に産まれてくる子の侍女として働いてほしいんだよ」
「私が……? そ、その様な大役など出来ません! 私などよりも、他にもっと相応しい方がいる筈です!」
私が訴えると、王妃様は人差し指を立て顎に当てて「いたかしら~?」と首を傾げる。
そして、第一王子に振り向き視線を送り、王妃と第一王子の目がかち合う。
「どうなの? いた?」
「さあ、どうでしょう? メレカと同じ年の女性で、これ程に洗練された気品のある子は簡単には見つかりませんので」
「そうよね~。やっぱりいないわよね」
そう言いながら王妃が侍女達にも視線を向けて、侍女達がまるで示し合せたかの様に口を揃えて、しかも同時に「いません」と答える。
すると、王妃は花が咲いた様な笑顔を私に向けた。
「ほらね。メレカちゃん以外にはいないわ。今日から貴女はメイドのメレカちゃん。私が決めた事だもの。誰にも文句は言わせないわ! ね?」
「…………かしこまりました」
私は動揺しながらも、それを受け入れる事にした。
状況次第で産まれてくる子を殺す私が、その子の侍女になるなんて、国で朗報を待つお母様の為とは言え気乗りがしない。
でも、逆に言ってしまえば、それはいつでも殺すチャンスがあると言う事。
だから、私はそれを利用しようと考えた。
だけど、目の前で私の承諾を喜び嬉しそうに微笑んでいる王妃を見て、胸が締め付けられるほど苦しくなった。
この方のお腹の中の子供が、私の父と全く何も関係の無い子であってほしいと、私は願った。
◇
「はははははっ! そりゃあ傑作ってなあもんよお!」
「ハンガー、笑いすぎですよ。私はこれでも困っているのです」
いずれ産まれる王妃のお腹の中の子の侍女として、侍女の仕事を習う日々が始まってから数日後、私は私と一緒にこの国に潜入したハンガーと言う名の少年騎士と密談していた。
ハンガーは僅か八歳と言う歳で、騎士の座まで上りつめた幼き天才だ。
ただ、ハンガーは二つも私より年下だけど、喋り方がおじさんだった。
と言うのも、それには理由がある。
ハンガーは名のある騎士の家系の生まれで、物心つく前から祖父に鍛えられていて、祖父の口調が移ったのだとか。
そのハンガーと各々の近況を報告し合っていたら、思いきり笑われてしまった所だ。
こう言う失礼で素直な所は、実に子供らしい。
「良いじゃないですか。それでもその魔銃アタランテは持つ事を許可して貰えたってな話なんですよね? それに、俺もアマンダ様が銃騎士ではなく侍女として働くなら、安心出来るってなもんでさあ」
「はあ。私はその名は捨てました。今はメレカです。何度言わせるのですか」
「おっといけねえ。アマ――じゃなくて、メレカ様って言わないと、俺達が関係者だってバレちまうってなもんですな」
「その“様”もやめて下さい。私はいずれ産まれる王妃様のお腹の子の侍女です。僅か八歳と言う歳で王妃様の近衛に入った貴方より、身分が低いのですよ?」
因みに、ハンガーも最初は騎士になる事を止められたらしい。
だけど、ハンガーが「漢の夢を邪魔しないで下さいってなもんですよ」と言い放ち、王妃に「男の子ね~」なんて言われて事無きを得た。
そう言う事もあり、気にいられて近衛騎士になったのだとか。
だから、実力は勿論大人顔負けにはあるけど、どちらかと言うと実力よりも王妃の気分の方が大きい。
所謂特例と言うやつだった。
「メレカ様は相変わらず細けえなあ。俺の方がメレカ様より年下なんですよ? それに、王妃直々に侍女に任命されたなら、俺がメレカ様に様付けしてもおかしくないでしょうに。本当に真面目なお方な人だってなもんですよ」
「そんな事はありません。それにそれは貴方も私と変わらないでしょう? あと、しっかりと資料に目を通しましたか? 近衛騎士の手引き三十七頁目の“身分”の項目に説明が書いてあったでしょう?」
「本当に真面目……ってより、細かいお方ってなもんですよ」
「はいはい。それで、ハンガーはカルクの痕跡などは見つけたのですか?」
「全くですね。情報を流したって言う諜報工作員とも会いましたが、本人を見たわけでは無く、噂だったってな話です。そんな情報を流すなって怒ってやりましたってなもんです」
「噂……?」
情報がただの噂程度のものだったと言うまさかの報告に、私は驚いた。
そして、この任務の失敗の可能性が高くなった事に焦った。
しかし、その感情を表に出すわけにはいかない。
私を信じて共に来てくれたハンガーを心配させたくない。
「分かりました。では、陛下にはその様にお伝えてしておきます」
陛下と言うのは、勿論私の母の事だ。
ここで女王様と言ってしまい、それを誰かに聞かれでもしたら、私達が工作員だと知られてしまう可能性がある。
女王が統治している国はバセットホルンだけで、その女王に直接何かを伝える事が出来るのは、女王の息のかかった者か身分の高い者だけだからだ。
だから、私とハンガーはそれ等を隠してこの国に来ているので、いざと言う時の為に私やハンガーが母の事を女王様と言う事を禁じていた。
「待って下さい。流石にこの事を陛下にお伝えするのは危険ってなもんです。最悪メレカ様まで処罰の対象になっちまいます。陛下はそう言う人ですよ」
「様を取り除いて下さい」
「今はそんな些細な事を話して――」
「分かってます。ごめんなさい、でも、そうですね……。分かりました。陛下にお伝えするのは、考え直しました。噂が流れていたと言う事は、噂が流れた原因が必ずあります。まずはそれを探りましょう。それがカルクを捜しだす手がかりになりうるかもしれません」
「そう言う話でしたら承知ってなもんです。っと、そろそろ昼の休憩が終わる頃ってな時間ですね。それでは、俺は任務に戻ります」
「はい、ご苦労様です。私も昼からは王妃様と行動を共にするので、ハンガーとも会うかもしれません。ですが、私と貴方は面識のない赤の他人で、出会ったのは王妃様を通じて今日が初めて。それを忘れないで下さいね?」
「それは今更で分かってますってな話ですよ。では」
ハンガーは一礼して、この場を去って行った。
私は直ぐには移動せず、この場に暫らく止まる。
出来るだけ時間を置いた方が、怪しまれる心配が無いからだ。
「お母様……」
背に背負っていた魔銃アタランテを手に取り撫でる。
そして、魔銃アタランテを再び背負って、この場を後にした。
◇
私がこの国に潜入してから暫らく経った運命の日。
この日は、城の中や城下町だけでなく、世界中が緊張と不安と期待に包まれ慌ただしい日だった。
「メレカ。母が呼んでいるから、君も中に入っておくれ」
「そんなのいけません。私はこの国とは何の関係も無いのですよ?」
「相変わらずだね。でもね、関係無くはないさ。君は誰よりも母の身を案じて、今日まで一緒に支えてくれた家族だ。それに、母が君にも、子が産まれる瞬間を見てほしいと言ってるよ。さあ、早く」
「……はい」
第一王子に連れられ、今まさに子を産もうとしていた王妃様のいる場へとやって来た。
そこは慌ただしい空気で包まれていて、皆が新たに産まれてくる生命の為に一生懸命頑張っていた。
国王様もいつもの威厳が何処へ行ったのか、壁際で何も出来ずにソワソワしていた。
「母上、メレカが来てくれたよ」
第一王子が王妃様に告げると、王妃様が私に視線を向けて、私と目が合うと微笑んだ。
すると、第一王子に優しく背中を押されて、私は王妃様に近づいて自然と手を握った。
王妃様との会話をする事は無かった。
だけど、私は王妃様に「頑張って下さい」と必死に言い続けた。
そして……。
産声が聞こえて、この場が光の粒子に包まれた。
赤ん坊が光り輝き、産まれながらにして大量の光の魔力を周囲に放って、この場を光の粒子で満たしたのだ。
誰もが驚き、そして喜び、王妃様が赤ん坊を抱く頃には歓声が広がっていた。
新たに誕生したのは、邪神を封印する為に産まれてくる【封印の巫女】だったのだ。
第一王子はそれを確認すると、国王様と王妃様に一礼した後に直ぐにこの場を去って、この吉報を知らせに走った。
国王様は王妃様から子を受け取り、赤ん坊を抱きながら「よくやったぞ」と喜んだ。
光は赤ん坊へと徐々に集束していき、光の粒子が消える頃に、国王様と王妃様が私に視線を向ける。
「メレカちゃん、抱いてあげて?」
「そんな……。でも、私は……」
「まだこの国に来て数日しか経っていないとは言え、メレカには妻が随分と世話になった。ありがとう。そして、我が子の誕生を見て涙を流す君であれば、我が子を抱く資格がある」
国王様に言われて初めて、私は自分が涙を流しているのだと知った。
「あれ? ……どうして?」
涙は止まる事なく溢れて、何度拭っても拭いきれない。
「ありがとう、メレカちゃん。ほら、赤ちゃんが抱いてほしいって、メレカちゃんを見てるわよ?」
赤ん坊に視線を向けると目がかち合い、私は自然と手が伸びた。
国王様から赤ん坊を受け取り、不意に綺麗な鐘の音が聞こえた気がした。
でも、その鐘の音は他の誰も聞こえていなくて、周囲から聞こえるのは、喜びに満ち溢れる歓声だけ。
だから、その鐘の音は赤ん坊が私に聞かせてくれたものなのだと思い、何故だかそれが嬉しくて、再び涙を流した。
この日新たに誕生した赤ん坊は“ベル”と名付けられた。
それは、この世界の名、“シャインベル”からとった祝福の言葉。
いずれ邪神封印の儀式を成功させて、歴代の封印の巫女と同じ“シャイン”の名を受け継ぎ、世界に“シャイン=ベル=クラライト”として名を馳せる。
私はそのお手伝いが出来るのだと、この上ない喜びで心が満たされた。




