23話 教会の用心棒
リビィが話していた通り、リビィの侍女と騎士が戻って来ると、二人の助力でフルート城の外へと無事に脱出する事が出来た。
ただ、ここから先は俺達だけで行動する事になる。
その為、念の為に俺達は変装をして都の中を歩いていた。
「リビっちが言ってた通り、意外とバレないにゃ」
「そうだな。まさか付けヒレを背中に付けるだけで、こうまでどうにかなるとはだよな」
「「私達とナオ様の耳と尻尾は、貴族用のドレスと帽子で隠せちゃいますしね」」
そう。
俺達は魚人の貴族用の服を着ていた。
それから、背中に付けヒレをつけているおかげで、俺の黒い髪も隠さなくても良かった。
ナオとフウラン姉妹の耳は大きな帽子の中に隠れて、尻尾ももっさりとしたドレスによって見えない。
こんな姿で都の中を歩き回って平気なのかとも思ったが、意外と同じ様な服装の魚人が多く、俺達は全く目立っていなかった。
と言うか、魚人の見た目が人間に近い者が多く、個人差はあれどメレカさんの様に服で身を隠せば魚人だと分からない者が多い。
実際、確認したナオとフウラン姉妹から聞いた話では、リビィも首元にエラがあっただけらしい。
「しっかし、外から見た時も思ったけど、綺麗な所だよな。空を飛ぶ光る魚に微生物。それに大きな珊瑚の家もカラフルで綺麗だし、結構気温も温かい。全然海の底って感じがしないよな」
「はい。こんな時でも無ければ、ゆっくり観光したくなりますね~」
「ひと段落したら皆で観光すれば良いにゃ」
「良いですね。それを楽しみに頑張っちゃいますかねん」
「なら、さっさとタンカーって人を捕まえ…………ラン? どうした?」
ふと見ると、楽しそうに話すナオとフウと違って、ランが何やら難しい顔をして俯いていたので声をかけた。
すると、ランは顔を上げて、真剣な面持ちで俺と目を合わせてから、周囲に視線を向けた。
「自分達の国の王女が二人も生贄……処刑されると言うのに、魚人達は全く気にしない様子で歩いているので気になりました。民が何も知らされていない……と言うわけでは無いようですし」
言われてみれば、確かに誰も彼もが平然とした顔で歩いている。
まあ、それを言われてしまえば俺達もなんだが、それにしてもって感じではあった。
「ランは考えすぎなんじゃないかい? リビィ様も“民には反逆者を処刑するとしか伝えられてない”って言ってたじゃない」
「そうかもしれないけど……」
「まあ、確かに気になるかもしれないけど、これがこの国の現実って事だろ。スパイを匿う様な連中がいる教会があるくらいだし、期待なんてしない方が良い」
「なんだか姉様が可哀想にゃ」
気持ちは分かるけど、俺達がそれで凹んでたって意味が無い。
それに、だからこそメレカさんを俺達で助けなきゃいけないんだ。
それから暫らく歩いて行き、俺達はタンカーがいると思われる教会へと辿り着いた。
しかし、ここまで来るのに結構時間がかかってしまった。
なんと言うか、この都は教会が多すぎるのだ。
おかげで二回も間違えてしまって、逆に反逆者のタンカーの仲間だと思われて、騎士を呼ばれそうになった。
とにかく、無事に辿り着いた俺達は、教会の扉を開けて中に入った。
教会の中は、ドラマの結婚式に出てくる様な教会とは全く違っていた。
長い椅子が並んでいるのは同じだったが、長椅子の外側には神様と思しき像が並んでいて、奥には高い天井まで届く大きな神像がデカデカと備え付けられていた。
長椅子の内側には小さな台があり、その上にはステンドグラスが一つずつ置かれていて、幻想的な光を淡く輝かせている。
窓に使われているステンドガラスは一つ一つの模様が違っていて、魚の尻尾を持つ猫が描かれているものや、綺麗な魚人の女性が描かれているものや、広大な海が描かれているものなどがあった。
「ようこそいらっしゃいました。おや? 見かけない顔ですね? 他所の町からいらしたのですか?」
奥にある神像の前に立っていた人物……神父と思しき男が、そう言って俺達の許に歩いて来た。
一見人の良さそうな見た目の男だが、タンカーを隠している可能性がある以上、決して油断は出来ない。
周囲に警戒しながらも、俺は口角を上げて微笑みながら、神父の問いに答える。
「ああ。この教会が亡くなった先代の女王様が建てられた教会だと聞いて、それは是非見てみたいと思って来たんだ」
「そうでしたか。きっと先代様も喜ばれている事でしょう」
神父が何の疑いもしない様な表情で微笑み嬉しそうに話したので、俺はリビィの情報を疑ってしまった。
リビィの話では、全く話を聞いてくれないと言う事だったが、あの話は本当に本当なのかと思ってしまう。
しかし、そんな時だ。
「にゃー。ここに裏切り者はいるにゃ? 迎えに来たにゃ」
「――っ!?」
突然繰り出されたナオのまさかの直球。
驚いてナオに視線を向けると、ナオは神父にニコニコ笑っている。
「裏切り者を迎えに……? まさか――」
「「な、ナオ様、いきなり何言ってるんですか!?」」
「ははは。おいおいナオ。こんな所に国の裏切り者がいるわけないだろー?」
俺とフウラン姉妹は焦り、ナオは「にゃ?」と首を傾げる。
と言うか、流石に直球は不味い。
さっきまでニコニコと微笑んでいた神父の顔も曇り、俺達から距離を取り始めた。
「危うく騙される所でした。まさか貴族に変装して騎士を送り込むとは……」
最早完全に正体がバレた様なものだ。
神父はそう言うと、小さな笛の様な物を取り出して、それを吹いて鳴らした。
そして次の瞬間、カスタネットを叩いた様な音が教会内に鳴り響く。
「――な!? この音――――っ」
瞬間――見えない音撃が俺の股間を襲う。
突然に繰り出されたそれは音速の衝撃波。
そんなもの、避けれるわけがない。
しかし、俺も馬鹿じゃない。
こんなふざけた攻撃をするのは、俺の世界でもこの世界でも一人しかいない。
俺は一瞬でそれ等を理解して、音速の衝撃波を能力で防御する。
だが、暫らく見ない間に、随分と威力が増したようだ。
「っでえええええええええ!!」
音撃による衝撃波が俺の股間をダイレクトに攻撃し、俺は衝撃を防ぎきれずに蹲る。
「わあ! どうしよう!? あの男の人、音撃を受けたのに気絶しないよ!?」
「それなら私が――――え?」
「みぃいいいゆうううううううううううううう!!」
「お、お兄ちゃん!?」
そう。
こんなふざけた攻撃をするのは、俺の妹のみゆしかいないのだ。
痛みを我慢して立ち上がり、物陰から現れたみゆを睨んでやると、みゆは冷や汗を流して「えへへ」と苦笑しながら近づいて来た。
えへへじゃないだろと言ってやりたいが、とりあえずは目と口を大きく開けて驚いたまま固まってるベルに視線を移す。
「無事で本当に良かった。ベル、今まで俺の代わりにみゆを護ってくれてありがとう」
「ううん、護られてたのは私の方。みゆちゃん凄いんだよ? ここで用心棒をしてたの。ヒロくん……ヒロくんも無事で良かった。それに、ナオちゃんもフウとランも」
ベルは目尻に涙を浮かべながら、ナオとフウラン姉妹にも視線を向けて、また俺と目を合わすと微笑んだ。
ナオとフウラン姉妹も、ベルとみゆに近づいて無事を喜び合う。
すると、それ等を驚いた様子で見ていた神父が、恐る恐ると言った感じでベルに尋ねる。
「この方々は巫女様のお知り合いだったのですか……?」
「うん。あ、そうだ。先に紹介しなきゃだよね」
ベルはそう言うと、俺の隣まで小走りでやって来て、俺に手差しした。
「こちらの方がお話した英雄のヒロくんだよ」
「――このお方が先代が仰っていた伝説の!? これはとんだ無礼をしてしまい、申し訳ございませんでした!」
どうやら、俺の話をしていたらしい。
神父が目を見開いて驚き、深々と俺に頭を下げた。
「し、神父様。頭を上げて?」
「とんでもございません。なんとお詫びすれば良いのか! 英雄様に敵意を向けるなど、あってはならぬ事! 知らなかったでは済まされません!」
「えっと……俺にはよく分からんのだが、無礼をしたのは俺の妹だし、気にしなくて良いぞ」
「幼いみゆ様に罪を擦り付けるなど、それこそあってはならない事です!」
「神父さん、お兄ちゃんはあんな事じゃ怒らないから大丈夫だよ」
「みゆ、お前は反省な?」
「えー!」
「えー! じゃない! マジで痛かったんだぞ! お前は兄を機能不全にするつもりか!?」
「用心棒をしてたから仕方ないもん。それに、その時はわたしが死ぬまで面倒見てあげるよ~。出来た妹をもって、お兄ちゃんは幸せ者だね」
「ははは。その場合の原因作ってるのお前だけどな」
「ニャーも面倒を見てあげるにゃ。でも、きのーふぜんってなんにゃ?」
「そ、それはナオ様にはまだ早いので、私が面倒を見ます」
「姉さん……」
「も、もう。皆して何言ってるの!? だ、駄目だよ! ひ、ヒロくんには心に決めた人がいるんだからね!」
そんな人はいないが、もう何だか面倒なので放っておく。
そして、みゆとベルとナオとフウが不毛な言い争いを繰り広げ始めた中で、俺は神父さんの前に立って話しかける。
「本当に気にしないでくれよ。英雄って言っても、まだ大した事は出来てないしさ。まあ、どうしてもって言うなら、力を貸してくれないか?」
「力を……?」
神父が漸く顔を上げて俺と目を合わせたので、俺は頷いて言葉を続ける。
「俺達はメレカさん……この国の王女のアマンダ=M=シーを助けたいんだ。その為に力を貸してくれ」
「アマンダ様を……願っても無い申し出です。アマンダ様を助ける為であれば、この命を差し上げても構いません」
「命はかけなくていいよ。そんなのメレカさんが望むわけないし、目標は誰も死なない事だ」
「はい。必ずや」
「男同士でむさくるしいですね」
「――っおわ」
不意に横から声が聞こえて驚いて視線を向けると、そこにはランがいてジト目で俺を見ていた。
「ラン、驚かすなよ」
「まあまあ良いじゃないですか。私もこっちの話に入れて下さいよ」
「フウと一緒にいなくて良いのか?」
「姉さんなら直ぐそこで騒いでますので構いません」
「……っつうか、なんか怒ってる?」
「そりゃ怒りもしますよ。ヒロ様のアホ」
「え? なんで俺が怒られてんの?」
「自分のお胸に聞いて下さい」
意味が分からん。
ランが突然現れて怒ってるから、神父も困った様子だ。
とにかく、ランの言う通り確かに向こうは向こうで何やら盛り上がってるし、こっちはこっちで話を進めないとだ。
「それで手始めに神父さんに聞きたいんだが、さっきナオが言ってた様に、裏切り者……タンカーって男がここにいれば連れて来てほしいんだ」
「ああ、なるほど。裏切り者とは、タンカーの事を仰っていらしたのですね。私はてっきりここに身を隠している巫女様とみゆ様の事だと。残念ですが、そのお力にはなれません。タンカーはここにはいないのです」
「いない? じゃあ、なんで今まで城から来た侍女と騎士を追い返していたんだ?」
「侍女と騎士……あの方達でしょうか……? 申し訳ございません。巫女様とみゆ様が城の者に追われていたので、お二人を狙っていたものだとばかり……」
「ああ、そう言う事か」
なんと言うか、タイミング悪く色々重なった結果って感じなのだろう。
俺も説明されるまで分からなかった。
勘違いしたっておかしくない。
「だったら仕方がありませんね。寧ろ感謝をしなければなりません。神父様、お二人を匿って頂きありがとうございました」
「そうだな。神父さんありがとう」
「そんな滅相もございません。結果的に英雄様の邪魔をしてしまったとなれば、とても感謝されるような事ではありません」
「まあ、それは気にするなって。それよりそう言えばだけどさ。その英雄様ってのは、さっき“先代の仰っていた”って言ってたけど、先代の女王から聞いたのか?」
「はい。この教会が建てられた時に、いつかこの国に巫女様が英雄様を連れて来られた時に、巫女様と英雄様が身を隠せる場所にする為にと教えて頂きました」
「成る程な。先代の女王は英雄が魚人じゃない場合の事を予想して、ここを建てたって事か」
「凄いですね。先代様はヒロ様がここに来る事を知っていたんでしょうか?」
「いえ。まさか私の代で現れるとは、流石に予想はしていらっしゃいませんでした。先代様は、ルカ様が我々魚人に植え付けた他種族への嫌悪が続くだろうと予想され、私に代々受け継がせる予定だったのです」
「そうだったのか。ありがたい話だな」
「そうですね。私達にとって危険な都の中でも、おかげでこうして皆が無事に合流できました」
「ところで英雄様、何故タンカーをお捜しに? 彼は女王の夫の身でありながら、国の情報を海賊に流していた重罪人で、英雄様が仰ったように裏切り者です。そんな男と会って、どうなさるおつもりでしょうか?」
「ん? ああ、そうだな。説明するよ」
俺はそう言って、神父にリビィとの話を説明した。
◇
所変わって、ここはフルート城のリビィの寝室。
そこで今、リビィの身に危険が迫ろうとしていた。
「タンカーおじ様……っ? どうやってここに?」
「さあ? そんな事はどうでも良い事ですからね。それはご想像にお任せしますよ。それよりも、王太子である貴女が私を捜していると言う噂を聞いたので、こうして会いに来ました」
「……そう…………ですか」
リビィは呟いて、タンカーの足元に視線を向けた。
そこには、今し方気絶させられた侍女と騎士が倒れている。
リビィは体を震わせながらも、胸に手を当て拳を作り、タンカーと目を合わせる。
「タンカーおじ様に聞けば、お姉様を……アマンダお姉様を救えるとイザベラから伺いました。それは本当でしょうか?」
「ああ、なるほど。そう言う事ですか。私の娘も人が悪い。確かに私であれば、アマンダ様を救えるかもしれませんね」
「――っ!? 本当なのですね!」
リビィの表情は和らぎ、口角も上がる。
だが、それも直ぐに無くなる。
何故なら、次にタンカーの口から出た言葉が、そうさせたからだ。
「では、リビィ様。貴女様をリヴァイアサンに捧げる生贄にしましょう」
「――え?」
タンカーは怪しく笑みを浮かべて、その次の瞬間には、リビィは悲鳴を上げる事も無くタンカーによって気絶させられた。
「さて、これで生贄は揃いました。娘が首を長くして待っているでしょうし、そろそろ私もオフィクレイドへ向かうとしましょうか」