1話 見知らぬ世界
まずはじめに。
この作品に興味を持って下さりありがとうございます。
長めなプロローグから始まりますが、楽しんで頂ければと思います。
では、長くなりましたが、よろしくお願いします。
見知らぬ夜空に、見知らぬ景色。
周囲は見た事も無い木々や草や花などの様々な植物。
それはまるで、俺の妹が好きなアニメやゲームに出てくる様なファンタジーの世界そのもの。
そんな不思議な場所で、俺は1人の女性と1人の少女に連れられて、森の中を歩いていた。
街灯も無く、道と呼べないような獣道。
歩き辛いことこの上ない。
そんな中、俺は周囲を唯一照らしてくれる星空の中心にある月を見上げた。
木々の枝葉の合間から見える月と星々は、見辛くはあったけど、とても綺麗だった。
再び視線を前に戻し、俺は前を歩く女性に目を向けた。
綺麗な姿勢で前を歩く彼女は、後ろから見ても美しい女性だ。
綺麗な空色の髪の毛を後頭部でまとめてポニーテルにしていて、それが月の光に照らされて輝きながら、一歩足を進めて歩くたびにサラサラと揺れている。
ただ、気になるのはその格好だ。
スカート丈の長いメイド服を着ていて、こんな獣道では歩き辛そうな服装。
と言っても、俺の心配なんていらない。
どんな進み辛い道でも、その綺麗な姿勢を乱す事なく、飛び出た枝や草にメイド服を全く寄せ付けていなかった。
今度は、隣を歩く少女を見る。
名前はベル=クラライト。
漆黒を思わせるような黒い色をした、肩まで届かないくらいの長さの髪の毛。
瞳の色は、碧眼のとても綺麗な瞳。
まつ毛が長く、二重瞼が可愛い美少女。
そして、この子も気になる格好をしている。
少女は巫女装束を着ていて、腕を上げれば脇が見えてしまう程に袖が短く、更には緋袴も短くて綺麗な足の太ももがおもいきり露出していた。
しかも胸がデカいのもあって目のやり場に困る。
目のやり場に困った俺は、再び視線を前に戻して、そして質問する。
「なあ、ベル? 何処まで歩くんだ?」
「えっと――」
「申し訳ございませんが、今は黙ってついて来て下さいませんか?」
ベルが答える前に、目の前のメイドさんが無愛想な顔で振り向いて、俺を睨みながら答えた。
「ちょっとメレカ。駄目だよ? そんな言い方しちゃ」
直ぐにベルがそう言ってフォローしたけど、今直ぐ後ろをついて行くのをやめて、この場から立ち去りたい気分だった。
だけど、そんな事が出来るわけもない。
何故なら、ここが俺の知らない土地だからで、しかも最悪地球の上ですら無い。
証拠なら幾らでもある。
それは月や星空なんかよりも、よっぽど性質の悪い証拠。
例えば、さっきまで歩いていた場所には無かったあの花。
淡い光を放っていて、それが点滅するように輝いている。
あんな不思議な花、今まで見た事も聞いた事も無い。
それを見るだけでも、ここは日本どころか、地球ではないと言う現実味が帯びていく。
「ごめんなさい。でも、もうこの辺りには、魔族がいてもおかしくないんです。だから出来るだけ慎重に進んで、早く安全な所まで行かないと危険なんです。どうかメレカを責めないであげて下さい」
「はあ? マゾクが……」
ベルが申し訳なさそうに色々と言っているけど、あまりピンとこない。
マゾク……魔族と言えば、妹と一緒に見たアニメや漫画、それにゲームにも魔族は出た。
作品ごとに色々なタイプがあり、最近だと勇者とか人間より良い連中が多い印象だ。
ただ、ベルの言う魔族はそう言う良い連中では無く、人々を苦しめる悪魔みたいな存在なのだとは思う。
そんなのいるわけないと思いたいが……。
俺は夜空を再び見上げた。
するとその時、俺は目を奪われる。
夜空を見上げたと同時に、今まで光っていた花の光が一斉に消え、その光で霞んでしまっていた星の光が一斉に目に映ったからだ。
さっきまであった木々の枝葉も随分と減っていて、そのおかげもあって、夜空いっぱいの星空を見る事が出来た。
綺麗な星空に目を奪われた俺は、思わず足を止めて感動する。
だが、それも直ぐに終わってしまった。
「何を呆けているのですか? 足を動かして下さい」
「……はい」
あー、怖い怖い。
美人が睨むと、こんなに怖いものなのか?
振り向いて見せた赤紫色の鋭い眼光。
その瞳の持ち主である怖いメイドのメレカさんに睨まれた俺は、返事をしながら肩を落とし、そんな事を考えながら再び歩き始める。
そして、ここは異世界なのだと、身に起こった現実を受け入れていく。
『この世界を救って下さい』
ふと頭に流れた言葉。
それは、俺がこの世界に来てベルに言われた願いの言葉。
世界を救って下さい……か。
俺はそこ等辺にいる喧嘩ばっかりしてる不良な高校生で、世界を救うなんて大それた力は持ち合わせてないのにな。
高校に真面目に行ってるのだって、シングルマザーやってる母親が一生懸命働いて稼いでくれて、そのお金で通わせてくれてるから感謝して行ってるだけだ。
だから勉強も頑張って、それなりに成績は良い。
そうじゃなきゃ、喧嘩ばっかで退学になるってのもあるけど、とにかくそれだけだ。
いきなり世界を救えだなんて言われても、そんなの無理に決まってるし、冗談かと思っちまうよ。
心の中で呟き、夜空の星を見上げて歩く。
それに、それだけじゃない。
俺にはそんな事、絶対に出来やしない。
俺は親父を見殺しにするしか出来なかった無力な奴なんだよ。
そんな何も出来ない奴が世界を救うだなんて無理な話だろ?
それは、父親の側で泣き叫ぶだけしか出来なかった昔の記憶。
消してしまいたくなる様な、決して消す事が出来ない、消してはいけない俺の過去。
俯いて顔の表情を歪ませる。
すると、ベルが心配そうに眉根を下げて、俺の顔を覗き込んだ。
だけど、俺はそれに取り繕う気にもなれず、ただ何も言わずに目の前を歩くメレカさんに無言でついて行く事しか出来なかった。
この時の俺は、まだ知る由もなかった。
この世界で起きている事を。
この少女、ベルが何を背負っているのかを。
そして、この先俺に何が待ち受けているのかを。
ただ、何故だか不安は感じなかった。
それはきっと、過去と向き合える様になる何かが、この右も左も分からないこの見知らぬ場所で起きるかもしれないと、期待していたからなのかもしれない。