第7頁 邪神教の信仰者サービス
「別にやめても構わないが、わたしを襲うことになるならばそれなりの覚悟はした方が良いと思うぞ?
これでもわたしはエルフの里では神童とも呼ばれたくらいには魔力の才覚があるのだからな」
〈え、エルフ……? アリアさんって普通の人間じゃなかったんですか?〉
その前にエルフが存在するという事実も初耳なのだが、ヴィエラはどれだけ重要な事項を端折って邪神教の愚痴を言いまくったのであろうか。
「ああ、髪が伸びて耳が隠れていたな。後は……このやたらと白い肌も特徴と言えば特徴か」
アリアが長くボサボサに伸びた赤髪をたくし上げると、そこには尖った長耳が存在した。それに言われてみればヴィエラよりも彼女の肌は白い……返り血が多くて肌そのものの色が見える箇所は少ないが。
ヴィエラとの肌の色の違いは単なるアウトドア派とインドア派の差ではなかったようだ。
〈はぁ、世の中には色々な種族が居るのですねぇ。〉
思わず素直な感想が零れてしまう程度には感心してしまった。よくフィクションではエルフが狙われるが、その気持ちも分かってしまいそうなくらいに喰べたくなる耳だ。
「ヴィエラ君はほとんど何も説明していないのだな……良かろう。次の実験に移る前に君に仕込んだ毒素の安定を待たねばならないところであったし、我々ヒトの種族について話そうではないか」
次の実験、というワードに少々恐怖を感じなくもないが、面倒をみて貰う以上逆らうわけにはいくまい。
それよりもせっかく知識を教えてくれるのだから、きちんと聞いた方が良いだろう。
〈よろしくお願いします。〉
「うむ。ヴィエラ君から流石にかつてこの世界が巨大な壁に区切られた四つの地方であったことは聞いただろう?
故にその地域ごとにヒトは別の種族を持っており、例えば北東のナインスという地域には10の種族がいるし、南西のトードー地方にはヒトと堕ちたヒトの2種だけであるし、南東の古龍島に至っては元々ヒト種は存在していなかったなどと大きな違いがあるのだ」
地方名はさておき、その地形についてはヴィエラから地図を見せて貰ったので把握している。順に九州、北海道、四国のような形状をした大陸であったはずで、大きさはどれも同じという話だった。
〈まだ北西にも大陸がありますよね?〉
「うむ、北西のシュホン地方ーーまあわたしやヴィエラ君の故郷のある地域だがーーそこにはわたしのような魔力の扱いに長けるエルフ、腕力の強い小柄なドワーフ、脚力に長けたビースト、それから繁殖力が高いヒューマンと……まあそんなところが生息していた。
だがシュホンには露骨に、ヒトと関わってくる天使や悪魔なんて存在も居てな、その天使の親玉が光明神……一般的には光の女神と称されるディアンだというワケだよ」
〈それって、ヴィエラさんが宣教師をやっている?〉
ヒューマンの利点がなんだか悲しいことになっていたが、そこはスルーしておこう。どうせ今となっては私には関係ないしな。
「ああ、光明神教で崇められている神だ」
まず最初に、私は神などと呼ばれる存在が実在していることに強烈な違和感を覚えた。この辺は一般的に宗教に熱を出し過ぎない日本人らしさとでも言うべきか。
次いで思ったのはそんな風に神とまで呼んでいるのにも関わらず、何ら信仰心や尊敬を感じさせないアリアによるぞんざいな扱いについてであった。うん、こっちは日本人的にとても同調しやすい。
「ふぅむ、魔物というモノは予想以上に知識を持たずに生まれるのだな。理性ある上位の者は自ら知識を獲得したのだろうか……」
私が呆気に取られていた隙にアリアは思索の旅へと旅立っていた。次々と常識外のことが起こるこの世界だが、なんだかんだで神様の実在というのは私にとっては割とショックであったようだ。
しかしそういうことならば、私がこの身体になったのはやはり何者かの意思なのだろうとも推測も可能と言える。ここがゲームの中や近未来であっても当然、そして転生などというトンデモ現象であっても実在する神様という者が容疑者となるだろうし。
〈その、神というのは信じれば加護などを授かったりとかはあるのですか。〉
「ん? ああ、そこは妙に理解が早いのだな。加護というモノは確かに存在するがね、余程地位の高い神官でもない限り大したモノではないよ。
故にわたしは邪神教の信仰者サービスの方が実益があると言っておくぞ」
かつての世界では科学が進んで宗教には向かい風が強かったが(それでも怪しい宗教が儲けられる程度には余裕があるようだったが)、神様が実在していてもそれはそれで世知辛いらしい。
ヴィエラは邪神教をほとんど商会のようなものだと揶揄していたが、案外商売っ気が露骨な方が却って信用しやすいのかもしれない。
〈どういったサービスなのですか?〉
「食料品や書籍含む販売商品の値引きに戸籍登録・更新の無料化、依頼引き受けの際の仲介料の値引き、銀行の預金に課される利息率のアップなど多岐に渡っている。
……のだが、リュート君には理解出来るかね?」
思ったよりなんでもやっているんだな、邪神教。銀行とか教団のやることじゃないだろう……。
〈ええ、まあなんとなく。邪神教は随分と余裕があるのですね。〉
信仰者としての登録が如何なるものかは不明だが、大多数相手にあれこれお得にするのは結構費用がかかりそうなものだ。
「おや、こちらは分かるのか。記憶こそ無いのかもしれないが、マテリア・ゾンビは前世の知識をある程度引き継いでいるのかもしれんな」
〈前世というと、私がかつて人間であったと?〉
「うむ。まあ所詮は可能性であるし、未だ魔物がどこから生み出されているかは不明故、あまり強く主張は出来んがな。
それに人間の魂を引き継いだ存在が魔物だと言うと、お怒りになられる国もあって困ったモノだよ」
あ、それってアリアがその国から追い出されたパターンでは。ただでさえこの説に限った話ではなく、アリアはちょっと危ない雰囲気があるしな。
そこもまた彼女の魅力であるとも言えるのだが……いいや、まだ彼女を深追いすべきではないな。最終的には喰らいたいのだとしても、まだまだ私の身体に関しては彼女の協力が必要なのだから。
故に彼女とは必要以上に親密になってはいけない。でないと我慢が出来なくなってしまうだろう、私の経験則的に。
読了ありがとうございます。
訂正すべき箇所があれば教えてください。
また感想、評価もお待ちしております。