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第6頁 完璧な生物

 〈あ、でもその進化のためには人間を食べなければいけないんですよね。〉

  私は少し落ち込んだような雰囲気で記す。顔の表情さえも怪しいこの身体でその雰囲気が表現出来たかは微妙だがね。

  実際のところ、出来ることならば食欲とは無縁な食人を望んではいるが、そうなるためにゾンビとしての食欲に一時身を任せるのは吝かではない。

  私とて初めから食人趣味を達成してきたわけではないしな……ただそれを危ない雰囲気の彼女とはいえ種族的に人には違いないアリアが認めてくれなかったとしてもおかしくはない。

  だからこそ穏健な態度を示しておくのだ。あたかも人など食べたくないと言わんばかりに。

「その通りだ。だがこの新大陸は今や奴隷の権利も保証されているし、邪神教が裏の市場まで規制しているから君に食わせる人間を収集する手立てがないのだよ」

  ……あ、やっぱりこの人危ない奴だ。仕入れることが可能ならばやる気満々に違いない。

「とはいえ進化させるという方針に関してはわたしなりに方策があるから、置いておくとしてだ。

 それよりもリュート君の食欲の問題の方が優先度が高い。あれは進化したところで治るモノではないからな……故に施術に挑もうと思っている」

  ああ、進化の話は会話能力を得るための話だったな。

 〈アリアさんにはその経験があるのですか?〉

「うむ。もっとも、試したのは言葉を介さない弱小の魔物相手だがな。

 間違いなく施術後の彼らはわたしに無謀な挑戦を仕掛けてくることは無くなったぞ……代わりに普通に飼育した場合より寿命が縮んでしまったが」

 〈え、魔物って寿命とかあるんですかっ?〉

  てっきりゾンビと言えばある種の不老不死の表現だという印象があったので、その辺の融通は利くと思ったのだが。

  というよりそれくらいないと、ゾンビであるーーいや魔物である利点がいよいよ薄くなってしまう。

  生命を得ただけでも感謝したいが、そんなに利益がないなら人間に生まれさせて欲しかったレベルだ。


「彼らとて生き物であることに変わりはないからな、勿論あるとも。ただ進化の果てに上位の存在になったり、あるいはアンデッドと分類されている魔物には寿命はないぞ」

 〈じゃあ私は……。〉

  ゾンビがアンデッドじゃなくて何者がアンデッドだと言うのだろうか。

「うむ、ゾンビ系統はアンデッドに属する。ただ呼び名こそアンデッドなどと大仰なモノではあるが、死なぬのはあくまで寿命に関してのみ、他者に殺されれば死亡する。

 そのことは肝に銘じておきたまえ」

  …予想通りで良かった。ここは『ゾンビならアンデッドだろ』、という私の常識が通用しなくても何ら不思議ではないのだから。

 〈では私の場合はほとんどリスク無しに食欲を処理出来るのですね。〉

「その通りだ。一通り君の身体は確認させて貰ったし、わたし自身の安全のためにも早速施術したいのだが構わないかね?」

 〈ええ、それは勿論!〉

  ヴィエラを攫って本当に良かった。人間であった頃の最後は随分な不運に当たったが、その分こちらではついているらしい。

  ゾンビの身体というのもアリアに協力して貰えれば良い点ばかりであるし、おまけにアリア自身の倫理観も割と壊れているようであるし、日本よりもずっと食人趣味を愉しむことが出来るだろう。




「はっはっは、まさかゾンビ系統の魔物が人間の存在を感知していないとマトモに動けないとはな!

 なかなかどうして完璧な生物とは居ないモノなのだなー」

  アリアはクルクル回る黒い丸椅子に座ったまま、愉快そうな高笑いをしてみせた。それに対して私は血の臭いのする古びたベッドに横たわったまま、手帳に文字を記す。

 〈笑い事じゃないですよ……結果動けるようになったから良いですけど。〉

  彼女の言う施術とは様々な毒素を抽出して結合させた液体を魔物の魂とされる魔石という器官に注射するという、随分と乱暴なものであった。

  彼女の話では魔石とは魔物の命そのものであり、どれだけ元気な魔物であってもそれを取られたら死んでしまう代物だそうで、その大事なところに強引に注射を実行したのである。……ゾンビ故か痛覚が鈍めなのを良かったと捉えるべきか。

  ちなみに石というだけあって、死後は硬質化するらしいのだが生きている時には柔らかな内臓として存在しているそうで注射自体は簡単に行われたのだった。

「まあそう言うな。やや時間がかかってしまったが、ヒトに食欲を感じず、多少はヒトの存在を感知出来る丁度良いラインを見つけられたのだから」


 〈そもそも最初から人を感知する機能を停止させるなんて聞いてませんよ!〉

  思わず筆致も荒くなる。まさか魔物特有の人感知能力そのものを失わせようとしていたなんて誰が予測出来ようか。もっとこう、食欲の抑制的な優しい処方を期待していたのである。

  なお、彼女自身が人であるため、人と遭遇していないゾンビが自分の意思で動けないとは知らなかったそうだ。距離が遠い場合も、単に気付かれていないから動かないものだと思っていたのだとか。

「まあまあ、今後はあのようなことにはならん。安心すると良い」

 〈え、今後……?〉

  この施術って一回で終わる話じゃなかったのか? 確かに彼女はそのようなことは言っていなかったが、もう私の食欲は人感知能力の低下に伴って収まったはずでは……。

「わたしも当初はその予定だったとも。しかし君の身体は思った以上に頑丈でな、人感知能力は僅かずつにだが回復し始めているし、完了すれば同時に食欲も復活するだろう。そうなる前に再度注射が必要となるのだ。

 完全に失わせる方向ならばただ一度壊し切るだけで良いのだがね」

 〈ま、またあんなことを……。〉

  私は確かに他者の肉を生きたままその場で解体して喰らうのが好きではある。だがだからと言って私には被解体願望などない。

  私の魔石を露出させるために胸元の肉を剥がされるのは結構な苦痛を伴う行為であったのだ。アリアがすぐに怪しげな薬品をかけて治してくれたとはいえ。

読了ありがとうございます。


訂正すべき箇所があれば教えてください。

また感想、評価もお待ちしております。

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