第5頁 進化のニュアンス
「その通りだ。だがわたしは今すぐ彼女を調べたい、電話なら好きに使いたまえ」
「ま、そう言われると思ったわよ。リュートさん、大変かもしれませんがアリアが有能なのは間違いないので辛抱してくださいね」
「はっはっは、大丈夫だ。こんなレアな素材を殺したりはしないさ、さあ行くぞリュート君!」
「お元気で」
ヴィエラがやたらと整った所作でお辞儀をするなり、私はアリアに強引に手を引かれた。だが私にはそれに抵抗する余裕はなかった。
今アリアはなんと言った? 「彼女」を調べたい? そう、それはヴィエラではなく間違いなく私を指した言葉だ。
確かに。確かにだ。私はこの姿になってから股間にアレの感覚が無いことにとっくに気がついてはいた。しかしそれはこの種族、ゾンビの特徴なのではないかという誤魔化しを自分に言い聞かせておいた。深く考えるな、とも。
だがたった今、私は魔物学者という言わば魔物とやらのプロに女性だと断定されてしまった。しかも反論がない様子からしてヴィエラにもそう思われていたのだろう。
ただでさえ不便な身体だというのに性別まで変えられてしまったというのか……私はそんな悲しみを頭の中で駆け巡らせていたため、アリアに大人しく運ばれていったのだった。
「悪いね、待たせてしまって。しかし私に出来る基本的な分析は終わったよ」
30分、私の感覚に狂いが無ければだいたいそれくらいの時間だったはずだ。身体中を触られたり血液を採取されたり妙な機械に通されたりといった行為を淡々と行われたのだ。
その一切が無言であったことから、真面目に調べてくれているらしいことは分かったので口を挟まなかったのだが、ようやくそれらが終わったらしい。
「まず第一にリュート君の種を宣言しよう。魔物種ゾンビ系統マテリア・ゾンビだ。ざっくり言うならヴィエラ君の見立て通りゾンビの希少種だと考えてくれていいよ。
それとも、ゾンビという系統についての説明が必要かな?」
〈ええ、お願いします。〉
私は先ほど渡された筆談用の古びた手帳(中は白紙)にそれに付属しているペンで書き記す。ペンへの力加減に慣れるまでに4本ほど折ってしまったのは申し訳なかったが、やや力が強いだけで人間であった頃とそこまで大きく変化はないので、身体の操作もじきに違和感が無くなるだろう。
「……ふむ、魔物であるのに自分の力を知らないというのは驚きだな。彼らは誕生したばかりであっても、己の肉体の使い方やスキルの使い方を熟知しているものなのだが、やはりマテリア・ゾンビは異なるのか」
〈あの、アリアさん?〉
少しだけ気になることを言いつつ黙考に入ってしまった赤髪の美女に対し、さらに文章を綴って手帳を軽く叩いて強調する。
「ん、すまないな。ゾンビの話をするのだったな。
まず第一に魔物というのは実に特殊な生物であり、生存のために必要なモノが大気中の魔力のみというユニークな特性を持っているのだが、残念ながら本能の一つとしてヒトを喰おうとしてしまうのだ。故に彼らは反撃にあって死んでしまう。
しかしながらリュート君はそれに耐え得る理性を持っており、しかも必要な魔力が魔物の中でも最も低いとされるゾンビ系統なのだ、これほど生存に向いた魔物はそうは居ないだろう」
急に早口で喋り出した内容はどうもこの世界には魔力なるもの、魔物なるものがあることが前提であり、今までの常識との大きな隔たりを感じざるを得なかった。
それにしても生きるためでもないのにヒトを喰おうとするとはどういうことだろうか。
私のような食人趣味が本能に染み付いてしまっているのだとしたら、なんとも悪趣味な話である。自由な意思のもと人を喰うからこそ食人趣味というのであって、本能となってしまえばそれはただの食事に過ぎない。
私も今その魔物としての食欲が刺激され続けて正直辛いのだが、もっと弱い欲求ではあったものの人を食べるのを我慢すること自体はよくあったし、数日くらいなら大丈夫だと思いたいところだ。この種の我慢を人間であった頃には普通の食事を摂ることで誤魔化しが利いたのだが、この身体では駄目だろう。
〈魔物はなぜ人を食べたくなってしまうのでしょうか?〉
だからこそその猶予がある間にこの人への食欲をどうにかしなければならない。その点をどうにかしなければ、食人趣味を名乗ることは出来ないし、それこそアリアを食べようと暴走して反撃で殺されかねない。
私は運悪く死んで運良く生命を得たばかりなのだから、そう簡単に死んでやる気は無い。
「彼らはヒトを喰うことで生存以外のため、進化と呼ばれる種族の変更行為のためのエネルギーを得ている……その源が物理的な栄養素でないことは明らかだが、いったい何を得ているのかは不明だ」
〈種族の変更を行えばゾンビの私でも口頭での会話が出来るようになるのでしょうか。〉
進化のニュアンスが生物学的なものではなく、どちらかと言えばポケ◯ン的なものであるように感じられたので訊いてみる。もしかしたら劇的に肉体が変化するかもしれない。
「勿論だとも。下級のゾンビの時点でここまで理性を持つ存在は生憎と初めてだが、それなりに上位になれば会話の成立する相手も多いのだ。
……まあ、会話が成り立つだけて本能を失ってはいないから最終的には殺し合うことがほとんどだがな」
アリアは酷く残念そうな様子で付け足す。最初から薄々感じていたが、人を喰らう化け物と話したいという辺り、このコは結構危ない人なのではないだろうか。
だからこんな辺鄙なところに住んでいるというのも、有りそうな話だ。
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