第4頁 超時空でトライアングラー
あの地名の話題以降、自称聖女のヴィエラが語ったのは4つの大陸の話だった。正円の新大陸地図よりは簡易版の地図ではあったが、彼女の見せてくれた4枚の地図には四国/九州/本州/北海道がモデルであるかのような形の物体と大雑把に仕切られた国名が書かれていた。
ちなみにヴィエラの出身たる光明神教国は本州型の東北にあたる部分に書かれていた。
もっとも、私の知るそれらとは縮尺が異なっているようで、ヴィエラ曰く広さはどの大陸もそう変わらないのだとか。
なおそれ以外は大いなる邪神教についての愚痴であった模様。追加で得られたまともな情報と言えば、その邪神教の偉い神官様は大いなるを付けないと怒るのだとかいう、接し方くらいだ。
「ここの洞窟を抜けたところだからもうすぐよ」
沼地の端へ端へと行くとなだらかな山肌に直面した。新大陸の地図から考えるにここが南西山地なのだろう。
そこに空いた一つの洞穴を私はヴィエラの先導のもと歩いていた。それなりに長い道のりを喋り倒しながら早足で来たというのに元気なものだ。
……というか、その魔物学者だとかいう友人はいったいどんなところに住んでるんだ。
「見えたわ、このでっかい屋敷がアリアの研究所なの」
洞穴は途中で斜めに曲がり、すぐのところで別の場所へと繋がっていた。一面森林であり、僅かに切り開かれた土地に一軒の古めかしい立派なお屋敷のみが建っている場所、そんなところへと辿り着いたのであった。
「わたくしは先に行って呼んでくるから、貴方はその辺で待っていてね」
ヴィエラの言葉に頷いておく。そうして彼女が屋敷に入って1分と経たずに私の身体は再び動かなくなってしまった。
これは同行を申し出るべきだったか? しかし女性(多分)の家にいきなりお邪魔するというのは……。
………。
まずい、当初(歩く、知るという目標あり)と違って特に目標もない待機時間は辛い。ぽろっと意識を失いそうになる。無駄モノローグで自我を保つくらいの対策しかない。
ヴィエラとアリアとやらが出てくれば目も覚めるだろうが、寝起きで人と会うのは良くないと思うのだ。しかもアリアという魔物学者にはこの身体の都合上お世話になる相手だ、失礼があってはいけない。
グロテスクな見た目が既に失礼なのだから、これ以上は不味い。きちんと紳士であらねば。
寝落ちしないように過去に喰らった愛しき女性のことでも考えようか……いやそれだと興奮してしまいかねないし、もっと真面目な考察でもするべきだろう。
ならばこの世界のことでも考えるか? しかしファンタジー世界にしろゲーム世界にしろ、考えるだけ無駄な気もしなくはない。まだ直には見ていないが、いわゆる魔法の類いが存在していてもおかしくないし、それがあるならば地球での法則などは打ち破られてしまう。
例えば大正義物理法則先輩だとか、他には……ん? なんだこの頭にモヤのかかったような感覚は。
かつて一高校生として学んだはずの知識群が呼び起こせない。取り分け頭が良かったということもないが、一応高校までは真っ当に通っていたはずなのだが。
その後は法律上あまりよろしくないお仕事などをしながら各地を転々としていた時期が長かったとはいえ、こんなすっぽりと記憶が抜け落ちたようなド忘れなどそこまで老いていないのに起こり得るだろうか。それともこの怪しげな肉体になったことで記憶に欠落でも生じていると考えるべきか。
……より酷い状況である後者で捉えておくべきだな、私のまだ認識していない失われた記憶があったとしても決しておかしくはない。何しろ自分の身体がゾンビなのだ、頭の中が腐っていようとなんら不自然ではないだろう。
であれば今思い出そうとした勉強関連の知識の他に何か失ったものはーー
「おおっ、本当にゾンビじゃないか!」
「だからわたくしがくだらない嘘をつく理由など無いと言ったのだけれど」
扉を開けて2人の女性が現れた。そのうちのボサボサの燻んだ赤髪にメガネ、赤い血で薄汚れた白衣姿のスタイル抜群の女性がアリアのようだ。
私を見て目が輝いているところはクワガタを捕らえたばかりの少年のようだ。……今時の少年はクワガタでは喜ばないかな?
「それでもやはり自分の目で見なければな! あー、初めましてだリュート君。わたしが魔物学者のアリア・ロッドンだ」
ぐいぐい接近して手を差し出してきたので、頷いて握る。
「おっと、口では喋れないのだったか。是非とも君の理性を証明してくれたまえ」
アリアは俺の手をパッと離して期待の目でこちらを見てきた。握手の際に少々肉片がついてしまったのだが、その点は気にならないのか。
ヴィエラもそうだが、この世界の女性には随分なグロ耐性をお持ちなのだろうか。
〈私がリュートです。どれくらいの期間になるか分かりませんが、こちらこそよろしくお願いします。〉
私は地面に指で文字を掘る。学者なら紙とペンを貸していただきたいものだ。
「おお! 素晴らしいね、素晴らしいともヴィエラ君! これはなんとも研究し甲斐のある対象だよっ」
「アリア、興奮しているところ悪いけど大いなる邪神教を通してわたくしのことを連絡してくださる? リュートさんと和解したことは伏せて」
テンションの高まるアリアに対して、あくまで冷静に己の要求をするヴィエラ。その言葉から察するにアリアは大いなる邪神教の関係者なのだろうか。
「ん? ああ、君のところの宗教は魔物が嫌いだったね。特に従者の大柄な奴は」
「そういうことよ、アルトがリュートさんを殺しにかかっては貴方も困るでしょう?」
アルト。その名前には聞き覚えがある。歌舞伎役者の家系で父親と確執があってパイロットを目指して超時空でトライアングラーしてて……ってなんでこんな無駄知識は残っているんだ。しっかりしてくれ、私の頭脳よ。
まったく、この情報をどこで使えと言うんだ。
それから真面目な話、アルトというのはゾンビ狩りに来ていたヴィエラ一行の騎士の青年のことだろう。ゲームのように不自然に同胞らの的となっていた彼である。
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