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第2頁 慈悲深い笑顔

  ……どれくらい走っただろうか。

  周りには見たことのない植生、足元はぬかるんだ地面、空には暗い雲といった気分の悪くなりそうな状況で、私は浅めの洞窟を発見し、そこに滑り込んだ。幸いかつては人が利用したこともあったらしく最低限休息出来る程度の設備は残っていた。

  いずれも随分と使われていないようだから、その主は死んだか帰ったかしたのだろう。

  私はそのうちの古いベッドに途中で気絶した少女を置いてやる。私の姿がよほど醜かったのか意識を失ってしまったのだ。まあ心音があることは確認したので、人体の構造が余程違わなければ死んではいないだろう。

  それにしても私としたことが随分とおかしなことをしでかしてしまったものだ。どう考えてとあの場は1人で逃げるべきであった……まあ今更どうしようもないので今後は気を付けよう。


  さて、と。

  彼女が気を失っていていようともその近くに居れば私はマトモに動けるが、こんな重荷を持ったまま外に出るのは危険だろう。

  途中遠目ではあったが、常識では考えられないくらいに身体の大きな狼やら蛙やらを見かけたし、私たちゾンビにしろさっき現れた男どもにしろ以前の世界ならばトップアスリートレベルの動きが出来ていた辺り、ここは少なくとも私の知る世界ではないのだろう。

  しかし近未来である可能性も捨て切ることは出来ない。なんて言ったって彼女ら人間は日本語を喋ったのである。

  見た目は外国人なのに、実に流暢に。

  異世界なら言語が違う、と断定は出来ないが近未来の方がまだ現実的な話ではないだろうか……。ハーフだったりする可能性もあるしな。

  ……ああいや、いい加減私こそが現実を見ようか。

  彼女ら人間の姿は外国人だとか関係なくおかしかった。


  なんだってそんなにも目が大きいのか。

  なんだってそんなにも鼻の穴が認識できないのか。

  なんだってそんなにも耳が細いのか。


  顔だ。顔があまりにも私の知る現実の人間と乖離しているのだ。

  騎士然とした男の方も細かく確認はしていないが似たようなものだった。

  あたかも……そう、ゲームの世界にでも迷い込んでしまったような錯覚が感じられる。だが私の汚れたボロボロの身体の感じるこの空気は、目の前のヒトは、地面は本物であるようにしか思えなかった。

  これは、異世界というヤツなのだろうか。

  あるいは高度な仮想現実となったゲームの中か?

  いずれにしろ私の知る世界とは直接繋がった環境ではないのだろう。もっともたとえ繋がりがあったとしても、この身体ではどうしようも無かっただろうが。


「……ここは」

  聖職者風の少女が呟く。何か厄介なことをされないように私はベッドの横に立つ。

「ガァゴォ」

「ひぃ!?」

  残念ながら私の挨拶は彼女には伝わらないようだ。ああそうそう、確かにかつての現実とは乖離した顔立ちだが可愛いと思える範疇に収まっていて良かった。

  もっと諸々のパーツの配置がおかしかったりしたら、流石に愛せる自信がない。

「わたくしを殺していないし……これはベッド? 貴方はもしかしてゾンビの希少種なのかしら……」

  彼女は私の声に一度悲鳴をあげたものの、それ以上私が何もしない様子を見て少女は冷静になったようだ。私が話しかけたこと自体に驚いたのかもしれない。

  そして私の種族はゾンビで間違いないらしい。希少種とはなんなのだろうか。人間の精神の入ったゾンビのことを指すのか?

「ガォ」

  私は洞窟の地面に指をつけて文字を掘ってみることにした。見ろ、と声をかけると少女はびくんと反応しつつ私の手元を覗き込んできた。

 〈私は人間です。〉

  と、記してみた。

  少女らの言葉は日本語だったので、こちらも当然日本語だ。おそらく通じるはずだ。


「確かにゾンビの中には死した人間も居るとは言われているけれど、貴方も? しかも襲ってこない辺り、随分と理性的ね」

  通じたみたいだ、運が良い。

  ただ残念ながら興奮はずっと居残り続けている。今だってどうにかして抑え込んでいるに過ぎない。

  先ほど一体化してしまっていた、私のヒトとしての欲望と、ゾンビとしての食欲が分離して争っているようだった。

 〈私には記憶と知識がほとんどないのです。ですがこの食欲を消し去りたいのは本当です。〉

  私はなるべく丁寧にじっくり文字を掘っていく。洞窟の地面はやや固いが、幸い私にはゾンビであるが故の異様なパワーがあるので掘ること自体は難しくない。

「……そういうモノなのね。わたくしを食べたところで、きっとそれは収まらないのでしょう」

  一時的に幸せにはなれるが、また動けなくなるだけだろう。

「わたくしにはちょうど魔物研究者をやっている親友がいるのだけど、よろしければそこまで案内するわ」

  そこにあったのは底抜けに慈悲深い笑顔。それを汚してやりたい暗い欲望が湧き上がるのを実感するが、今は駄目だ。

  この怯えの無さからして、実のところ少女からすれば私1人を葬るくらい簡単なのかもしれないし、下手をすれば殺されかねない。ゾンビな私は浄化されたりするのではなかろうか。ここは私の知る世界とは全く異なる場所だ、見かけだけで判断するのはよした方が良さそうだ。

  まあ年頃の少女らしく(?)、グロテスクな私に攫われて気絶したり起きがけに声をかけられて悲鳴を上げたりするお茶目な面もあるが。


 〈あなたに利益がありません。〉

「ふふふ、わたくしはこれでも智天使様と契約した聖女なのよ? 困っているヒトがいるなら助けるのが当然……っていうのもあるけれど、本音は彼女に貸しを与えたいだけかもしれないわね」

  金髪の女性は独り言のように建前の後につけ加えた。その彼女とやらが親友のことなのだろうことは分かるが、むしろ建前部分の智天使云々がなんなのか分からない。

  魔物研究者とやらへの案内の前に、この世界のことを多少なりとも聞いた方が良いかもしれないな。

 〈助かります。案内先に着くまでに、あなたの知るこの世界のことを教えてくれませんか。〉

  そもそもどこだか分からない洞窟から案内出来るのかは不明だが、時間がすぐに無くなるとは考えにくいだろう。

  どうにかしてあれこれ聞き出したいところだ。

読了ありがとうございます。


訂正すべき箇所があれば教えてください。

また感想、評価もお待ちしております。

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