公転 下書き
とまれ、一人の負傷者も出なかったのは幸いだ。
彼女の―――アレンの事は少し心配だが。
借りた銃のマガジンを抜き、排莢を行っていると
二人のうち背の低い物腰柔らかそうな男性警官が話しかけてくる。
「いや、助かったよ。
民間人に助けられるとは、情けないね。デスクワークが板について来たところだけど、やっぱり本業を疎かにしちゃいけないな」
「そんな事ありませんよ、パトロールが少なくて済むのは良い事です」
「そうだね、でも今日はラッキーだったんだ。忙しくなくて…」
「忙しくない?となるといつもは忙しいのですね。何か訳があるのですか?もしや特別な業務が増えたとか」
「ああ、まぁ、その…
こんな事君たちに言うのもなんだけど…や、聞いてくれると助かる。
実は今現在 警察機関はがたがたなんだ
新型装備の点検や派遣に伴った人事異動。
それらを受領するための書類仕事が多くて
その上通常業務のパトロールが負担を上乗せしてるんだ」
「その書類は二年前から導入された新薬の事に関するものでしょうか?」
「そう、それね もしかして…」
「はい、お察しの通り人核です」
「なるほどね、道理で狙撃が驚くほど正確だった訳だ。
それも含めての理由で 良かったらだけど、その…
是非君らをスカウトしたいよ」
「残念ながらあたしは軍属なのでどうにも…」
「そうか、じゃあ君なら」
「私ですか?」
「どうかな、君の腕は見事なものだった。書類が片付くまでの間だけでもいいからさ」
「先ずは上司に申し立てた方が宜しいのでは?」
「そうだね、では早速…
ゆっくりとした手つきで無線を繋ぐ。
彼を見てると眠くなるな、失礼だけど欠伸が…
…あーこちら取締課、ジョン・ニックス警部補。
アンリ警視総監に繋いでくれ。どうぞ」
「!」
「何、忙しいって?それをどうにか頼むよ
いい人が見つかったんだ。えーと」
「名前は何でしたっけ?」
「ミサゴ・シトロネーチャーといいます
元軍所属の中尉でした」
「ミサゴ・シトロネーチャーさんだ、元軍所属、階級は中尉。…あ、どうもアンリ総監。じつは頼もしい女性が…
え?すぐに連れてこい?どうしたんです、いきなり目の色変えちゃって…え、陸軍のダーティハリー?よく分かりませんが、今お連れします」
「直ぐに連れてこいだってさ。
君、何者?」
「ただの元中尉であります」
私は長らく行ってきた敬礼を返す。決まった!
困惑といった様子でパトカーのドアを開けるジョン警部補。失敗したかな?
「手錠はどうします?」
アレンはいかにも真剣な眼差しで上着を脱ぎ腕に掛けて遊んでいる。
「ふざけない」
四人は車に乗り込み、エンジンをかける
「あれ、アレンも行くの?」
「ええ、ちょっと気になった事がありまして…」
「あ、そうそう。さっきの敬礼 中々様になってましたよぅ?」
私はコイツをスペアのタイヤにする事を提言したが、警官二人はジョークを楽しむといった様子で聞いてくれなかった。
本気なのになぁ。
―警察署―
「良く来てくれた、ミサゴ・シトロネーチャー。
気楽に掛けてください。紅茶と珈琲 どちらがお好きかしら」
「珈琲でお願いします」
「あたしも珈琲で」
「では、そのように」
合図を送ると一人の婦警が給湯室に入る。
「軍での活躍は逐次耳にしております」
「それは光栄です」
「新しい働き手は見つかりましたか?」
「ええ、ペンキ塗りを手伝っています」
「…それはそれは。
で、それで良いのですか?」
「勿論。平和が一番ですわ」
「その平和の為に働く気はありませんの?」
「私よりも強い方など受け皿にあふれる程おりますので」
珈琲をふうふうと覚ましながら口へ運ぶ。適温より少し熱いくらいだが 私にはちょうど良い。
「大切な人を守りたいとは思わない?」
砂糖に伸ばした手がピタリと止まる。
「貴女も喪っているでしょう?これ以上喪っていく前に、喪わない為に、
戦っていく覚悟が必要なのではありませんか?」
「二日前、隣町で反政府組織に不穏な動きが見られました。
昨日今日と強盗があったのは恐らく資金の調達、それと次に始める犯行予告の表明が目的。
この街が舞台となってもおかしくないのです」