ウッデッド・ソーシャリズム
さて、掛け給え。長旅で疲れたろう
いえ、大丈夫であります。
アレン少尉から聞いたが、軍に戻る気はないと。
恐縮ながら、小官はこれは転機として
新たな生活を受け入れる所存であります。
―――貴殿の後釜はどうする」
「アレン・プルースト少尉が小官の代わりを務めるでしょう。心配には及ばぬかと」
「あやつでは足らんよ、戦闘能力、指揮官としての責務も無し、統率者たる資格をやつは持ち合わせておらん」
「それは間違った見解です、彼女は現場適応力、特殊任務でのキャリア。
そして何より経験則と知識に伴った行動。僭越ながら申し上げますと、
彼女こそ今、そして第二第三の継続した未来の司令塔となりうる逸材です」
「いやにあやつの肩を持つが、もしそうでないとしたならば、だ
その時はなんとする」
「私が、ここに再び復することと言明致します」
「…よろしい。貴殿の目が曇っていない事を祈る」
「は、では失礼します」
もう一度重苦しいドアを開いて外へ。ああ疲れた。
やはりこういった話は敬遠したいものである。
だがこれで頭中がフルメタル・ジャケットで出来ている上官の上官方も納得していただけるであろう。
上手く行ったかどうか、こっそり中の様子を覗いてみようか。
「ああ、疲れた」
汗を拭いながらハドソン少将は仕事合間の一服を再開する。
「彼女と話していると時が止まったような錯覚を覚える
いかに熟練の兵士と言えども 気迫が他の士官達とまるで違う。
彼女の目は【異質】なのだ、
冷血ながらどこか優しさを秘めたるその瞳に、我々は自然と
畏れと安心の温かみという対極にあるような二つの思いを覚えていた。
正直なところ、彼女を超える兵士はあと一世紀は現れないと思う。
いや、越えてほしくないのだ。
あれを超える人間など、最早人と呼べないのではないだろうか。
…末恐ろしい人材を拾ったな、准将」
「彼女の耳に届かないと良いですね、少将」
「恐ろしい事を言うな、ノイマン」
雑務係のノイマン大尉だ、聞こえてますよ。
うむ、なかなかの感想だ。
当人である私としては
異質などと言われるのは少々傷つくが、
軍人としては真っ当に喜ばしい評価である。
「しかし、なぜ彼女なのでしょうね。【最初の戦線】で生き残り、数々の任務をこなしてきたとはいえ、女性にあんな能力が宿ってしまったとは。神は残酷な事をなさる」
「逆だ、ノイマン大尉」
そう、逆だ。
選ばれたのは5年前。
私の初の戦いに最初の前線という通称の作戦があった。場所はエルフガン。
内容は少年兵の『除去』
半永久的に精神を悼みが支配する事になろう今作線は
私に呪いという名の超能力を与えたもうた。
「―――伍長、ミサゴ伍長!
どうした、初の作戦中に居眠りか」
「…申し訳ありません」
「まぁいい、伍長。貴官は後方で制圧射撃を実行しておけば良い」
「はっ、援護はお任せください。必ずや前線を押し上げて見せます」
「うむ、頼もしい限りだ。任せたぞ、伍長」
「は。少尉殿、後どれ程で到着でしょうか?」
「うむ、もうじきだ。その戦意が失せない…
輸送ヘリが旅路を一先ず飛び終える。
―――内だ。さあ、貴様ら!掃除の時間だ!!
大義名分の名のもとに 冒涜の限りを尽くせ!!!!」
「「ハッ!!!!」」
降り立った私達は陣地を最寄りの廃墟に構築した。
その五時間後、拠点に戻ろうとした少年兵たちと接敵、交戦の後、拠点ごと爆破し、そのすべてを灰にした。だが、
「エンゲージ、エンゲージ! 何故だ!終わった筈だ!!
―――嘘だろ!?やつら空を飛んでやがる」
「クソッ奴ら どこから狙ってッ―――」「上だ、エンリケス!!!聞こえてるか!?エンリケ―」
「ゲイリー、ゲイリー!?応答しろ、返事を…」
耳を劈く悲痛な叫びが辺りに響く。
この世の悪意全てを反芻し、無垢なる白い受け皿へ吐き掛けたような闘争が、脳の回路を駆け巡る。
数十と経たない内に戦争は鳴り止む。
残ったのは喧騒と硝煙。
剰へ、薬莢の浸る 芥の川が山と積まれていた。
彼等は魔法の類でも持ち合わせていたのだろうか?違う。
魔法とはどこか違う、今までの科学を超越したエネルギー。
古代戦闘民族が自らの敵に仇なす為、神より授かった現象打破の顕現。
古い書物にはそう載っていた。
秘匿文書『神の果実を食べた人間』より。
我々が壊滅の危機に扮した事を皮切りに
その新物質は姿を現した。
私の能力の源を造った薬品、wo17_C2の原液。
それらを使って強化された少年少女達によって部隊は殆ど壊滅。
生き残ったであろう一人は重症、
もう一人の生存者、
女である私は捕まって尋問を受けた。
削がれ、殴られ。
自白剤を投与、陵辱される直前に
生き残った部隊員が商品サンプルのカプセルを私に接種。
能力を発現した私とその部隊員によって少年兵達は今度こそ完全に壊滅。
生還し、今に至る。
今珈琲を飲めるのはその人のお陰だ。
第一の英雄。その人が現在の准将、司令官である。
彼もまた発現した能力によって憐れ少年兵達を鉛の錆に―――
…うえっぷ、もう駄目だ…
盗み聞きを働いたらとんでもないカウンターを食らった上、
吐き気が顔を出した。
この話はこれっきりにしよう。
さて、帰るとしよう。
階段を降りて、右に進んで…
階段を降りて、左に進んで…
…階段を降りて、右に進んで…あれ?
まったくもって理解できん、どうなっとるんべや。
この迷路のような内部構造はどうにかならんのか。
軍に地図があるのはこの国だけだ、多分。
…ああ、そうだ。何が逆かというのは、
私が神に選ばれたのでなく、
私自身が選んだのだ。私自身が―
―これ以上蝕まれないように神を望んだのだ。
穢れなき世を生きようとしたのが事の始まりなら、
穢れなき世に沈むのが理というものだ。
生きねば明日はない。
珈琲一杯分の
意義のある明日を生きる為に
私は、彼等から奪ってきた。
話を戻そう。地図は何処へ?
ああ、ここだここだ。
地図を手に取り、来た道を戻る。
これならば迷うまい。
―数十分後―
やっとの思いで入り口へと辿り着いたぞ。ありがとう地図くん。では帰る。
「あの事件はやはり…」
「―――失礼します」
「ん、どうした 何か忘れ物でも―――」
帰りの迎えを前、新兵達の敬礼を背に、
私は疲労を感じながら車へと乗り込む。
はー、疲れた…
今日はもう休もうかな。
って、
「なんであんたが此処に居るのよ!」
隣の席にはいつの間にかアレンが座っていた。
「はは、学習の為です ミサゴ。
私もいずれは中尉。自分の成長を促すために
一緒に生活を送るのはなにも変じゃあありませんでしょ?」
「だからって」
「それともやましい理由でもあるのですかぁ?」
ぐぬぬ…
「そういうわけなんで、今日からよろしくお願いしますね
ミサゴ!」
車が動き出すと共に、私は溜め息を漏らす。
はぁ…面倒なことになった。
炊事や選択は出来ると言うのだから、別にそこは問題ではないにしても
ベッドは問題である。
彼女の身長は190以上。
肩幅もやや広いため、寝返りをうつ度に私が床に弾き飛ばされる。
果てはその上に彼女が転がり落ちてくるのだから笑えない。そうならないように
「貴女をがんじがらめに縛っておかないとね」
「へぇ、そういった趣味がおありですかぁ。
なら明日は早速ロープとムチとロウソクを鞄に詰め込んで…」
「ふざけたこと言ってると縛ったままゴミの日に放り出すわよ!」
かくしてかくも夜が更け。
チェダーを誰かが持っていった。
ああ チーズは何処に在りや
これより今後これからも
須らく滴らず もとは白かったキャンパスに色を重ねてきた。
これより今後これからも
舌っ足らずのウォーモンガーは色を書き足していくであろう。
なぜならば
我々は絶対的に「チーズ」を見つける事は無いのだから。
なぜならば
我々はキャンパスに色を塗ることはできても
白紙を無視することは出来ないのだから―――