異世界召喚は浴場にて
俺は現在湯煙の中にいた。
まず初めに湯けむりを定義するならば水蒸気である。
そしてその水蒸気が何処から来たかというと、お風呂からだ。
下には磨かれたタイルが敷かれたその場所には非常に大きなお風呂がある。
どれくらい大きいかというと、高校のプールのような大きさである。
つまりは縦50mはあろうかという大きさだ。
何がなんでも広すぎる気もしたが、そのあたりの問題は現在の俺にとって些細な問題だった。
「……あんた、見たわね」
「み、見てないです」
「しらじらしい、この状況でよくそう言えるわね」
そう返されて俺は何も言えなかった。
だって彼女が言うのはもっともだったから。
湯煙が立ち込めているといっても完全に周りが見えないわけではなく……つまり。
「私の浴場に潜入してくるなんて、随分と大胆な“暗殺者”ね」
そう、胸などを手で隠して、赤い髪の美少女が俺にそう告げたのだった。
菱倉新一郎、16歳。
中肉中背、そんな一般的日本人である。
誰が何といおうと俺は極“普通”の男子高校生だ。
ちなみに彼女はいない、童貞であるが、これもまた多くの男子高校生がそうであるように例外なく俺もそうだというだけだ。
きわめて平均的で普通の特徴のない人物。
そう、それが俺だ。
本日、修学旅行に伊豆の方に向かう最中だった。
伊豆というと、海の幸山の幸といったイメージがありそうな気もするが、こういった修学旅行でまず頭に浮かぶのは、
「キャンプファイヤーだな」
一人俺は呟いた。
何故俺が独り言をつぶやいているのかというと、一番後ろの端という窓が見える特等席に座る俺の横と前の男子が全員眠っているからだ。
その理由は簡単だ。
そう、修学旅行が楽しみで、なかなか寝付けなかったのだ!
かくいう俺もその一人だが、この修学旅行というものがバスに乗っている間も楽しみであったがために彼らのように眠れないでいたのだ。
徹夜だったので眠くてたまらないが、眠れない。
目を閉じていても眠れない。
だから諦めて窓の外の海を見ていた。
どこまでも遠く青い海を見ていた俺だが、そこで俺達のバスはパーキングエリアへ。
ここでいったん休憩か、と俺が思っていたその時、
「はーい、こんにちは、皆様。私の名前は、デメテル。異世界で女神をやっていま~す」
先ほどまで、バスガイドをやっていたはずのその人物が、派手なフリルをつけた服を着て現れた。
いつ着替えたのか?
先生と運転手は、何をやっているんだと俺は思ったが、後ろから見た範囲では微動だにしていない。
するとその頭のおかしいと思われるバスガイドが、
「そしてこれから、1-B組の皆様には、私の世界に飛んで魔王を倒してもらおうと思います。もちろん全員に特殊能力を一つプレゼント! それらは、“ステータス・オープン”で確認してね。そして魔王を倒した暁には、私にできる範囲でお礼をするよ! ではでは、楽しい? 異世界ライフをよろしくね!」
そう早口で説明していた。
俺の理解が追い付かない。
そして目の前が真っ白になり……気づけば俺は、着の身着のまま、湯煙の立ち込めるその場所に立っていたのだった。