五の月・皐月
五の月 夏
へばりつく服と照りつける太陽で不快指数が高まる季節。しかし、この暦会議が行われる建物では日差しがささなくなり、風通しが良いため過ごしやすい。
会議の席は3つほど埋まっている。入り口側には机に頭を伏せて寝息をたてている痩せ型。その奥に手を頭の後ろで組んで天井を見上げている褐色の女性。反対側に筋肉質な老人。その眉間には深い皺を刻み、人を待ち続けている。
「まだ来ないのか?」
「じいさんの身内だろ。俺に聞くなよ。」
もう一人いるが二人が会議室についた時から突っ伏している為、女性がその問いに答えた。
「まあ、あの人が遅いのはちょっと珍しいね。なんかあったのかね?」
「ただ忙しいだけじゃろ。時間の管理が出来ないようじゃあ、まだまだだな。」
「じいさん。あんた家でもそんな感じなの?」
「それがどうした?」
「それだったら、あの人も大変だなと思ってね。こんな口うるさい人が家でも仕事でも口出してくるなんて。」
「正しいことを言って何が悪い。出来ていないほうが悪いじゃろ。」
「それでも、家ではあんまり言わないほうがいいと私は思うよ。休まる時がないじゃないか。」
「自室があるじゃないか。休まる場所なんかそれで充分だ。」
「まあいいか。どうやら本人が来たようだからこの話は終わりにしよう。」
しばらくして小走りで汗をかきながら、爽やかな男性が入ってきた。
「いやあ、遅れてすみません。」
入ってきた男性は素早く席に座って頭を下げた。
「あんたが遅くなるなんて珍しいじゃないか?」
「ちょっと野暮用でしてね。みなさんが気にすることじゃないですよ。」
「時間は有限だ。そいつの言い訳なんか聞かずにさっさと始めるぞ。」
「(遅くなっていることに一番イライラしていたくせに。これは自宅で説教コースかもな。がんばれ。)」
突っ伏していた男はいつの間にか眠そうな顔をして起きていた。
「それでは、暦会議規則に則り点呼を始める。」
「二の月、如月。参加しています・・・」
「五の月、皐月。ここにいまーす。」
「六の月、水無月。遅れながら参加してます」
「十二の月、師走が司会をつとめる。以上4名。書記については遅れた水無月。貴様がやれ。」
「あいあい。」
机を滑っていく書記ノートを受け取る水無月。
「今回の議題、【整備事業の予算追加】について意見がある奴はいるか?」
頬に手をあてて、机に肘をつきながらだれている皐月が答えた。
「意見も何も、財政担当の弥生さんがいないから、私たちから意見を言っても答えられないでしょ?」
「いや、これについて儂も担当に当たるから、この場で答えられるぞ。何かないか?」
「んじゃあ、どれくらい増えるの?」
「予定より1割増になる。材料費の増額ではなく、期間延長による人件費によるものがほとんどだ。どうやら、今年は天気が荒れる日が作業日時と重なるらしいので、その日は別さ行をしてもらうことになる。」
「その情報は文月のあんちゃんから?」
前回説明するのを忘れたが、文月は予知担当を行っている。この予知については一子相伝のため、他人が簡単に出きるものではない。
「そうだ。長期の予知だから貴様には聞かなかった。他の奴らもわかっていると思うが、100%では無いからあくまで予備費あつかいになる。」
「それならいいでーす。」
短期のみなら皐月の予知が上回ることがある。それは天気についてのみだが。
「皐月さん。ここ1週間の天気はどうなります?」
「1週間?雨はあまり降らないかな。晴れの日も少ないけど。あんたが天気を気にするなんて珍しいね。」
如月は学問担当だが、本人は異世界の研究をおこなっている。
「この間、卯月のお嬢さんといろいろ話しましてね。電気を太陽の光で充電できる機械が倉庫に眠っていたので試しに実験をと思いまして。一応、曇りでも可能らしいです。」
「そういえば、そのお嬢さんがこの会議にきていないけど何かあったの?」
「前任者から欠席の場合の報告方法を今のうちに覚えておこうということで今回は欠席だ。」
「あの人、まだいるの?」
ずっと黙っていた水無月がそれに答える。
「もう2ヶ月位はいるらしいよ。」
「ふーん。」
「いやあ、あのお嬢さんの世界は凄いですね。この世界の魔法を越えているものがたくさんありますね。非常におもしろい。」
「例えばどんなところ?」
「爪先の大きさしかないのに、研究レポートが100ページ以上入る情報が入れられるという記憶装置が手元にありました。卯月さんの時代よりも未来からきたらしいです。」
「なんでそれが未来からきたとわかるのだ?」
「卯月さんの時代では急速に記憶装置が進歩していたらしいので、その機械も未来からきたのだろうという推測です。」
「次回は会議に来るんじゃないですか?その時にいろいろ話してみようかな。」
「それで今回の議題は賛成でいいですか?」
皆特に否定の意見がなかったので議題は賛成となった。
「さてと、これから忙しくなるだろうな。」
会議が終わり皐月が会議室の窓から外を眺めながらつぶやいた。皐月は農業担当これからが忙しいのだ。
「あなたにとっては1年の集大成みないな時期ですからしょうがないですよ。」
「水無月にとっては自宅に帰ってからが大変だと思うよ。」
ため息をしながら会議室を出ていく水無月が会議室の最後の人であった。
誰もいない白い空間は先程まで人の気配があったとは思えないほど静かであった。