発表と石
「試験終了。ウィークレット、合格だ」
「ありがとうございます!」
「1週間以内に配属が決まる筈だ。それまで休んでいい」
教官がボードに何かを書きながらそう言った。
「‥‥‥1年間ありがとうございました」
俺はどこか寂しそうな声でそう言い、頭を下げる。
が、内心は少しウキウキしていた。なぜなら、この訓練から逃れられるのだから。
ヒルンデ シューグランド教官はとても美人で綺麗な人だ。年は28だと言っていた。長い金髪はその美しさを増長している。生徒の中での人気は相当高い。
ただ、誰も彼女の訓練を受けたい!とは口が裂けても言わなかった。その理由は単純明解。
常識では考えられない程のスパルタだから。である。
「まあ、私も最後の生徒がお前で良かったよ」
「‥‥‥最後?」
何時もらしくない、少ししょげた顔をしている教官が珍しく、そう聞いてしまう。
「出向だよ。それも艦長という形で。もう私が、教鞭をとる事は無い」
「‥‥‥艦長、ですか」
「そうだ。とにかく人が足りないんだよ‥‥‥だから、お前達の様な子供達まで戦わせてしまっている」
「こ、子供って、これでも16です」
「私からしたらまだまだガキだよ」
ククッと笑う教官は僕と目線を合わせると、途端に真面目な顔になった。
「‥‥‥ウィークレット、これからお前は辛い事にもブチ当たるだろう。弱音を吐きたくもなるだろう。お前は優しすぎるからな‥‥‥」
どうしたのだろう。いつもらしく無い。優しすぎますよ?教官。
「そんな時は迷え。人に迷惑を掛けてもいいさ。そうしたらその分、お前が人を助けてやれ。それでいい」
教官は少しだけ笑って俺の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。
「り、了解しました」
「いい返事だ」
教官の笑顔に少しだけ、ほんの少しだけどときめいて訓練校生活は終わった。
【5日後】
「お、ハル!久し振りだな〜」
「ユキミツ!」
5日ぶりの学校へ来てみると、同期の親友、ユキミツ ヴェクトールが手を振ってやってきた。
「ついに配属先発表かー。緊張するな、ハル」
緊張した面持ちで胸に手を当てている親友を見ているとこっちまで緊張してくる。
「そうだな。ユキミツはどこ志望なんだ?」
「俺はやっぱり最新艦の整備班かな‥‥最近だとシキカミとかいいなあ」
やっぱり整備班志望か。
「へえ、器用だもんなあ。ユキミツ」
「でもさあ、そういうハルはパイロット適性、最高ランクだったんだろ?しかも教官はあのヒルンデ教官。羨ましいって奴多かったぞー」
はははっと笑うユキミツ。こいつには僕が散々、教官が厳しいって愚痴をこぼしまくったからこうやってからかえるのだ。
『第66期訓練生は大ホール電光掲示板まで来なさい。配属先発表を始めます』
放送が建物の中に響き、沢山の訓練生が大ホールへと足を進め始めた。
「行こうか、ユキミツ」
「お、おお!」
66期生が大ホールへと集まり、登録番号順に並んだ。舞台上には訓練校のお偉いさんが立ち、マイクの調整をしていた。
『あー、1人ずつ発表していく。今年は生徒が少ないからな』
66期は何人だったかな。50、60人程度だっただろうか。
『首席、アイリ エンプソン、搭乗艦はアラシキ。搭乗機はシーグンS型。配属おめでとう』
前の方から、おおお‥‥という声が聞こえた。シーグンS型というと、超、最新鋭機でこの前開発されたばかりの機体の筈だ。アイリ エンプソンは確か主席で訓練を終えたはずだ。
『続いてスネラン テーキック、搭乗艦はヒグラシ。搭乗機はシーグンU型。配属おめでとう』
また、U型も新型の部類に入るだろう。成績優良生はこのU型に搭乗することが多くなるはずだ。
『続いてフーティノ センベリン、搭乗艦はシキカミ。搭乗機はシーグンU型。配属おめでとう』
『あと2人だな。続いてユキミツ ヴェクトール、搭乗艦はシキカミ。そしてヴェクトール氏は整備学及びその技術が目覚ましい為、整備班に配属となる。シキカミの艦長直々の指名との事だ。おめでとう』
途端に、僕の前に立っていたユキミツが後ろの僕にバタンと倒れてきた。それを何とか受け止める。
「ちょっ、ユキミツ?!どうしたんだよ」
重いって‥‥。
「ハ、ハル‥‥嬉しすぎて、死ぬ」
「あ、ああ。良かったな。おめでとう」
顔がほころび過ぎて最早溶けるんじゃなかろうかと心配する程だ。
『ヴェクトール氏、嬉しいのも分かるが終わってからにしなさい』
「え、あ、すいません!」
そう言われてユキミツはシャキッと直立した。が、後ろからでも、嬉しすぎて幸せオーラ全開なのが見て取れる。
『最後の1人だな。ハルカ ウィークレット』
き、来た‥‥‥。
『搭乗艦は、ミゾレ。搭乗機はオリオン。配属おめでとう』
‥‥‥ミゾレ?
‥‥‥オリオン?
「うっわ、マジかよ。ミゾレってあのアマゾネス艦だろ?」
「ああ、艦内は殆どが女で男には人権は無いって噂、有名だよな。あとすんげえオンボロだって」
「俺、ミゾレで女性恐怖症になった奴、知ってる。まだ艦長が男の人だったから理解があって異動出来たらしいけど」
「しかもオリオンって。殆ど配備される事が無かった欠陥機体って言われてるアレだろ‥‥‥?」
途端に周りがコソコソと小声で話し始める。
アマゾネス艦。その噂は僕でも知っている程、訓練生の間では有名である。
ミゾレに搭乗している男は強制的にあらゆる雑用や無理難題を叩きつけられる上に、設備はとてもボロく、配備されている機体も世代遅れのものばかり。との噂だ。
『ウィークレット氏は非常にパイロット適性が高く、学力も申し分無かった。エンプソン氏には及ばなかったが、とても優秀な生徒だ」
うんうんと頷きながらお偉いさんは続ける。
「普通であれば、間違いなく新型艦のエースパイロット候補として配属されるはずなのだが‥‥」
そして気まずそうに頭を掻きながらこう続けた。
『ウィークレット氏がオリオンへの搭乗適性が非常に高いという事もあるのだが‥‥総指揮官殿の直々の指名という事だ。ウィークレット氏を是非、オリオンのパイロットに、と』
「そ、総指揮官殿からぁ?!‥‥ですか?」
思わず大きな声が出てしまった。ついつい敬語を忘れてしまうところだった。
『その通り。現在、オリオンはミゾレにしか配備されていないので配属艦もミゾレとなった‥‥‥様々な噂があるが、そんなに酷いところではない‥‥はずだ。ウィークレット氏、頑張ってくれたまえ』
「‥‥はい」
一部表現が曖昧だった部分は置いておくとして。総指揮官といえば、ALIOSのトップじゃないか‥‥。
『それと最後に、君達にはあまり関係の無いことだが‥‥‥いや、ウィークレット氏にはとても重要な事だな』
‥‥‥嫌な予感が頭をよぎった。
『ヒルンデ シューグランド教官が艦ミゾレの艦長として異動する事となった。ウィークレット氏は担当教官がシューグランド教官だったと聞いている。また色々とお世話になりなさい』
‥‥‥‥‥‥‥。
「ハ、ハル‥‥‥?」
前にいるユキミツが恐る恐るといった表情で振り返った。俺の顔はきっと面白い様に青ざめているだろう。
あの地獄の様な特訓の日々が、これからも続いていくのだろうか‥‥‥。
後ろに並んでいる教官達の列を見た。そこに美しい金髪を伸ばした教官が真っ先に目に入った。
ヒルンデ教官と目が合うと、教官は少し顔を赤くして目を逸らした。途端に周りがどよめいた。そんな表情を見るのは殆どの人が初めてだったからだ。
だが、俺にはは分かった。試験終了後のあの時、あれだけカッコつけて良いことを言ったのに、こんな形でまた一緒になるなんて思ってもいなかったからだ。絶対にそうだ。
『では、配属先発表式を終える。皆には配属艦からの連絡が後にくるだろう。それでは、皆の活躍を期待する。解散!』
そう締めくくられ、訓練生達は各々に出口へ向かっていった。
僕とすれ違う時に、「大変だろうけど頑張れよ!(失笑)」だとか、「運が悪かったな‥‥(失笑)」とか、「可愛い子いたら合コン頼むわ!」と、色んな人が声をかけてくれた。全員ニヤニヤしながら。
クズばっかりかよ、ここ。
「ハルカ君」
「え?」
野郎達に若干イラついていると、女子の声で名前を呼ばれた。
「エンプソンさん?」
声の主はアイリ エンプソンだった。黒い絹の様な髪は教官の金髪と同じ位綺麗で、一瞬見とれてしまう。とてもクールな女子だと聞いていたが、少し様子がおかしい。とても緊張している様子である。
「私の配属されるアラシキって、ミゾレの母艦みたいなものなの。だから、これから顔を合わせることが多くなるかもしれないわ」
「そうなんだ。よろしく」
「‥‥‥」
なぜ、無言‥‥‥。
エンプソンさんは無言のままだが、どんどん顔が赤くなっていった。
「あの‥‥‥?」
「あ、う‥‥‥」
口をパクパクして何かを言いたげだが声は殆ど出ておらず、それに比例して顔はますます赤くなってトマトみたいになっている。
「アイリ!何してんのよ〜もう。どれだけ照れ屋さんなのよ〜」
すると、エンプソンさんの後ろから別のショートカットの女子が彼女の肩に手をやりながら言った。
「う、うるさい」
「ウィークレット君。この子あなたと‥‥友達になりたいって。よろしくね!」
ショートカットの女子はそう言うと、エンプソンさんに強めのチョップをかまして何処かへ行ってしまった。
「あ、ちょっと、エイミ‥‥‥!」
エンプソンさんは困った様にその女子を目で追った。
「え、友達になりたいって‥‥?」
依然として顔が赤いエンプソンさんは、僕のその問いに、僕から顔を背けてこう返した。
「そ、そうよ。友達よ。ダ、ダメ?」
耳まで真っ赤だ。
彼女、アイリ エンプソンの噂は良く耳にしていた。完全無欠のパーフェクトウーマン。そのクールな仮面は決して変わることがない。と。まあつまるところ、超美人で超成績が良いクール女子。そういう訳だ。
勿論、そんな女子を男子が放っておく訳がなく、66期生の男子達は勿論、訓練生ではなく、ALIOSのエリート組にまで告白をされていたというから驚きだ。
が、全員見事に散ったらしい。
「ぷっ」
そんな彼女が、「友達になりたい」という言葉を言い出せず固まっていたと考えると、とても可愛らしくどこか親近感を覚えた。
「何?嫌なの?」
「嫌じゃない。ちょっとびっくりしただけだから。これからよろしく。エンプソンさん」
というかぶっちゃけ女子の友達どころか、女子に話しかける事自体が苦手である。十代男子の宿命と言わざるを得ない。
「そう。なら良いのよ」
彼女が、そう言って少し笑った。それを見て心がほんわかしていると、ポケットの端末が震えた。
「ごめん。これから病院行かなきゃ行けないんだ。また会おう、エンプソンさん」
「ちょっと、待って。これ私の端末のナンバー。連絡、待ってるから‥‥あと、エンプソンじゃなくてアイリって呼んで。友達なんでしょ」
そう言って一枚の紙を渡し、彼女は足早に出口へと向かって歩いて行った。
紙には彼女の端末の連絡ナンバーとメールのアドレスが丁寧な文字で書かれていた。
このやり取りを確認したユキミツは、俺の首に手を回して軽くどついてきた。
「こーの幸せ者が!」
「ユキミツ‥‥それ、今の俺に本気で言ってる?」
「え?まあ本気だな。あのアイリ エンプソンに顔赤くして話し掛けられるなんて男子からすれば羨ましい限りだろ」
「‥‥それだけか?」
僕は横目で親友の横顔を睨む。
「ヒルンデ教官と赤い糸でも繋がってんじゃね?って思った」
「久し振りに人を殴りたくなったぞ」
はっはっはとユキミツは面白そうに笑い、冗談冗談と手を振った。
「まあ、大変だろうけどさ、総指揮官の直々の指名ってすっげえ光栄な事じゃん。搭乗機がオリオンでもさ。期待されてんだよ、ハル」
「俺としては、期待してくれるのなら最新鋭機に乗せて欲しかったけどな」
オリオンか‥‥‥。開発されたのって、確か僕が生まれる前だった様な気が‥‥。
そもそも、〈オリオン〉の搭乗適性が高い。と言われても、そのオリオン自体の性能や操縦技術を僕は知らない訳で。訓練で使っていた機体なども、コクピット内部は最新の物だった筈だ。オリオンの内部なんて知らない。勉強不足もあるのか、どんな形をしているのかすら記憶が曖昧だ。
まあ、どの様に適正があると分かったのかは理解できないが、ポジティブに捉えて適性が高いと結果が出ている以上、オリオンについては何とかなると無理矢理納得するとしよう。
それよりも。
「ミゾレ、か‥‥‥上手くやっていけるかなぁ」
不安があるのはむしろそこである。
その艦に配属される、という事はそこが自分の家になるという事でもあるからだ。寝泊まりは勿論、私生活を共にするという事でもある訳で。
「ちょうどいい機会かもしれないじゃん?お前、女っ気とか、全く無かったんだしさ」
「余計なお世話だっての‥‥。そもそもそんな色気づいた話じゃなくて。生活的にだよ」
さっきユキミツも言っていたが、女性恐怖症になる者までいたらしいと聞くと、正直ミゾレという艦が恐ろしく思えてならない。
「まあ、そればっかりはなんとも。意外と過ごしやすいかもしれないしさ。その辺は考えすぎるなよ」
「‥‥‥そうだな。なるようになるか」
ユキミツの言う通り、そこは今考えても仕方がない事かもしれない。確かに、女性ばかりだからといって居心地が悪いと決め付けるのもあれか。
ミゾレについても、なんとか納得した時、ポケットの中の端末が再び振動し、また忘れかけていた用事を思い出させた。
「そうだ。病院行かなきゃならないんだった。じゃあな、ユキミツ!」
「おう!ハルも連絡くらいよこせよー」
お互いに大きく手を振り合って、小走りで大ホールを後にした。
「ハルカ君、相変わらずね‥‥‥」
目の前の女医は半ば呆れたように、検査結果の書かれた紙とにらめっこしながら言った。
「は、はあ」
病院に到着し、いつもの検査をして診察室に連れて行かれての一言目がこれだった。女医、というにはあまりにもなミニスカートと派手な爪、ハイヒールなどが目立つ。
「本当に、体は大丈夫なのね?」
「元気モリモリですけど‥‥」
というより、この女医は何故こんなにも露出が多いのだろう‥‥と、いつもながらに思ってしまう。
「あの、今日配属先が決まりました。近い内に配属艦へ拠点を移します」
恐らく、この病院に来る事も中々出来なくなるだろう。一度、ソラへ出てしまえばいつ戻ってこられるのかも分からないのだから。
「そう‥‥‥おめでとう。どこに配属されたの?ハルカ君、成績良かったらしいじゃない」
女医は、何か考える様な顔をしながら、器用に指でペンを回す。
「ミゾレです」
その問いに一言、こう返すしかなかった。
女医は一瞬だけビックリしたような、いや、衝撃を受けたような表情になったような気がした。
「‥‥‥ミゾレ?ああ、あの女性しかいないって艦?!あははっ、ハルカ君それはまた、大変な所に配属されたね」
女医は回していたペンを止め、肩を震わせながら笑った。
「あの艦の噂って、常に絶えなくて面白いわよね」
「俺からすると面白くも何ともないですけど」
軽く溜息を吐きながらそう言うと、目の前の女医はクスクスと笑いながら立ち上がり、部屋の後方の収納棚を開けた。
「あら、どこにしまったかしら」
何を探しているんだろう、と疑問に思い、僕も立ち上がり、女医の隣へ立った。
「あったあった」
そう言って見せたものは、赤く光沢のあるネックレスだった。
「これは‥‥‥安物なんだけどね。とても綺麗でしょう?」
「え?‥‥ええ、そうですね。綺麗です」
女医の意図が理解できず、そう返すしかなかった。が、とても俺から見れば安物には見えない。
「これはね〈紅姫〉という名前の石が付いているの。綺麗な分、ちょっと繊細なのが玉に瑕だけど」
「はあ。そうなんですか」
目の前にある銀の鎖に赤い宝石のような物がついたネックレスを見つめてそう言う。
「ハルカ君に、あげるわ」
「ええ?!いや、悪いですよ。というか、どうして‥‥?」
「配属記念ってとこ。お守り代わりに下げといてくれると嬉しいわ」
女医はそう言って俺の首にそのネックレスをつけた。今までネックレスなどのアクセサリーを身につけたことが無かったので少し、違和感を覚える。
胸のあたりにある、宝石のような物を指で撫でてみると、思ったよりも重くて、手触りもザラザラしていた。
「女性からのプレゼントは大人しく、有り難く受け取っておきなさい?ハルカ君」
ニコッと笑う女性は、いつもよりも何割か増しで綺麗に見えた。
窓から、少年が胸元の石を触りながら帰っていく様子を見ながら私は少し冷めたコーヒーに口を付けた。
飲み終わった後、白いマグカップをみると、うっすらと赤く、口紅が付いていた。
「これも、運命なのかな?紅姫」
溢れた言葉は、どこに向けられたのかも分からないもので、呆気なく消えていった。




