第8話 加奈子と未鈴とつぐみ その①
「あの……」
言葉に困り、濁らせる加奈子。
「池田未鈴。中学校の時同じ卓球部だった」
青のデニムのスリムパンツに白のパーカー、背中には赤いリュックを背負った未鈴が、カウンターに手を付き、加奈子の鼻先に自分の顔を近づける様にして言った。
ラフに仕上げたショートヘアーは中学の頃の面影を覗かせた。
(間違いなく未鈴だ)
そう思いながら、加奈子はまだ言葉が見つからず、たじろいでいた。
すかさず未鈴は隣のつぐみの肩に腕を回して、自分と並べて更に言った。
「こっちも同じクラスだった坂上つぐみ。どお? 覚えてるでしょ?」
「う……」
つぐみの服装は未鈴とは真逆で、カジュアル系ロリータ風の白地を基調として可愛い模様が入ったワンピースだった。髪型はストレートヘアのプチ姫カット。
こちらは直ぐには思い出せなかった。少しずつ思い出してきた記憶では、中学時代はもっと地味な子だった様な気が加奈子はした。
顔面蒼白、思考停止のまま、加奈子はこれ以上間を空けるのは拙いという事だけは、ほぼ本能で感じていた。
「うん、覚えてる。元気だった?」
鏡で見たら、相当な作り笑いだろうな。っと、思いながらも笑顔で加奈子はそう言った。
「やっぱりカンカンだぁ~!」
言いながら未鈴は凄く嬉しそうに笑顔になった。
実際大宮の中学時代は、加奈子と未鈴は同じ部という事もあり、仲が良かった。
中学二年になり三年が引退すると、加奈子は卓球部女子の部長になった。
その地域では加奈子はカットマンで有名で、試合ではいつも上位に名前が入っていた。このまま続けていれば、スポーツ推薦で高校も問題なく入れただろう。
そんな加奈子は何故か後輩の女子から人気があり、仲の良かった未鈴にとっては、それは自慢だった。
「突然引っ越しちゃって、連絡先も教えてくれないんだもん。あの時はビックリしたよ! 部の後輩達なんて大泣きで。 へー、東京に引っ越してたんだ~。この辺に住んでるの? それともこの辺だと練馬?」
久し振りの偶然の再会に、嬉しそうに未鈴は話しかけた。
「あ、うん。練馬」
とりあえず嘘を付く。
「練馬か~。何処の高校行ってるの?卓球続けてる?」
幾らでも聞きたい事、話したい事があると言わんばかりに、未鈴は加奈子に話しかけ続けた。
隣で、困った様にスマホの時計を見るつぐみ。
「あ、それより何か用事あったんじゃない?アニ○イトに」
困り顔のつぐみに気を遣う素振りで、自分への助け舟を出す加奈子。
「そう! 未鈴、時間! 始まっちゃうよ」
加奈子の言葉に乗って、つぐみも大きな声で言った。
「ああ、そう」
つぐみの方を向いて、さして重要でもない様にそう答える未鈴。
「そう。って」
少し不満気につぐみは言った。
その言葉に何やら険悪な雰囲気を加奈子は感じた。
(私の所為で険悪な雰囲気になったりとかしないでよ~)
加奈子は何事にも関りたくなかった。
「時間ないなら早く行った方が良いよ。何か分らないけど、楽しみにしてたんでしょ?」
「うん!」
加奈子の言葉につぐみは即答した。
未鈴は二人の顔を交互に見て、少し考えてから口を開いた。
「じゃあさあ、イベント終ったらまたまわるから。それと、LINE交換して」
「えっ」
加奈子は思わず固まった。
そんな事をしたら、そこから色々自分の事が知られて行くかもしれない。
今の現状を、自分を知ってる人に知られたくはない。加奈子の中の、最低限のプライドだった。
「今、バイト中だから。スマホ手元にないし」
咄嗟に思いついたことを言う。
「え~~」
明らかに不満そうな声を出す未鈴。
「じゃあさあ、電話番号教わったら?そしたらいつでも連絡出来るし、LINEも出来るでしょ?」
「なるへそ」
つぐみの思わぬ提案に、未鈴はニヤリとそう言った。
「そんな、自分の番号なんて分らないよ」
「ぶ~!」
加奈子の咄嗟に言った言葉に直ぐにふて腐れる未鈴。
「とにかくさぁ、一回アニ○イトの方行こう。マジ時間ないから!」
イライラが募り、半分怒った様につぐみは言った。
「ん~」
未練があるのか、カウンターの前で立ち尽くしたまま、未鈴は少し考え込んだ。
「バイト先バレちゃったから、またいつでも会えるでしょ。行った方が良いよ」
優しく、爽やかに、未鈴を諭す様に加奈子は言った。
「うん……」
頷きながらもなかなか動こうとしない未鈴。
「もう!前から楽しみにしてて、今日一緒に行こうって言ってたじゃない!」
業を煮やしたつぐみはそう言うと、ぶらりとさがっていた未鈴の手を強く握り、引っ張る様に出口に向かって歩き出した。
「あっ」
思わず未鈴は声を漏らす。
「ごめんね!イベント終ったら、帰りに必ずまわるから」
引きずられながら慌てて加奈子に向かって言う未鈴。
それからつぐみの方を見て、自分でも歩き出した。
「そんなに引っ張らなくても行くよ」
程なく二人はコンビニから出て行った。
結局飴の支払いも、受け取りもせず。
「フー」
出て行く二人の後姿を見て、思わず加奈子は溜息を付いた。
(謝んなくていいし。もう来なくていいよ)
裏道から表の広い通りに出ながら、未鈴はまだ考えていた。
「なんかカンカン、変わったな?」
「え?」
時間を気にして足早で歩きながら、つぐみは未鈴の方を振り向いた。
「昔はもっと、元気があって、ハキハキしてたんだけどな。本当に後輩達の憧れの的だったんだ」
未鈴の言葉に一瞬寂しそうな顔をしたつぐみは、直ぐ前を向き、笑顔になって、相変わらずの早足でスタスタと歩き出した。
「はいはい。分ったけど、今日は私と遊ぶって約束してたんだからね」
「うん。分ってる」
つぐみの言葉に少し不満気に頷く未鈴。
手はまだ繋がったままだった。
午後二時三十分。
まだ休憩まで三十分ある。
加奈子は休憩が待ち遠しかった。
(はてさてどうしたものか……)
考えなければならない事が、沢山あった。
つづく
読んで頂いて、有難うございます。
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