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沈黙の時間  作者: 孤独堂
6/23

 第6話 啓人と芽衣 その②

 その日の帰り道。

 県道から国道四号線に出て、いつもの辺りまで来ると啓人は、スマホを取り出した。

 パスワードを入力して、ツイッターの所をタップする。

 通知が数件入っているのを一つずつ確認する。

 ぽんにゃーさんからは、なかった。

 (大丈夫だよな。見られてないよな)

 午後の授業からずっと気になっていた事。

 

 -おっぱい見せて!ー


 田中和樹が書いた一文。

 これをぽんにゃーさん事、早川悠那に見られたかも知れないと思うと、啓人は生きた心地がしなかった。

 やっと出来た友達。

 それも綺麗で優しい年上のお姉さんだ。

 昼間学校でどんなに酷い虐めに合っても、ツイッター上でのぽんにゃーさんとの対話が、それを堪えさせた。ぽんにゃーさんに限らずとも、軽く話せる人たちは数人はいた。その人たちが、ツイッターが、ネットが、世間と啓人を繋ぎ、そして生かして来た。

 ぽんにゃーさんからのツイートは、啓人宛に限らず、今日は今現在なかった。

 それが啓人を不安にさせた。

 (どっちなんだ。見られたのか?見られてないのか?)

 啓人の頭の中はそればかりで、今日に限っては周りを見渡す余裕もなかった。だから、数メートル後ろを、谷川芽衣がトボトボと歩いている事にも気付いていなかった。

 

 気持ちの落ち着かない啓人は、国道沿いから横の脇道に入り、家に帰る道とは別の住宅地の方に向かって行った。直線に十メートル程進んで右に曲がると、更に十メートル程先に十字路が見え、その角の一つに、この辺りの住宅地の市営の小さな公園があった。

 近所の子供と母親らしい姿が、鉄棒とその近くの滑り台、砂場の辺りに点々と見えた。

 啓人は誰も使っていない、それらとは離れた場所にあるブランコの方に向かい、三つあるうちの一つに腰掛けた。

 道すがら度々確認したツイッターは、やはりぽんにゃーさんのツイートはなかった。

 午後四時少し前。

 「はー」

 思わず溜息が出た。

 これでぽんにゃーさんを失ったら、もう自分には何も残っていない。本当にひとり、ただ虐められ続けるだけの日々だと、啓人は思った。

 (もう嫌だ!死にたい)

 不意にそう思い、思ったままをついツイートしてしまう。

 

  -もう嫌だ!死にたい……-


 (まあいいや、ホントの事だし)

 そう思いながら自分の送信した文字を眺めていると、即座にそれに対して返信が来た。

 カンカンという名の人からだった。


 ー死ねばいいじゃんー


 ただ一言。それだけが書かれていた。

 「死ねだって…」

 力なく啓人は呟いた。

 更にそのカンカンのツイートに続々とファボが付いていく。

 ハートの脇の数字が4、5、6と増えて行くのを見ながら、啓人は悲しくなり、また涙が出て来た。

 (何も知らないくせに!誰も何も知らないくせに!)

 泣きながら、スマホのその画面をみつめながら、心の中で叫んだ。


 「泣いてるの?」

 突然の声に、慌てて啓人は顔を上げた。

 目の前に立っていたのは、谷川芽衣だった。

 「なんでこんなとこ?」

 あまりに突然だったので、思った事がそのまま口に出た。

 「ずっと、後ろ歩いてた。気付かなかった?」

 少し恥ずかしそうに、もじもじしながら芽衣は言った。

 「気付かなかった。何? 用事? こんな所見つかったら、またお互いに大変な事になるよ」

 涙を制服の袖で拭きながら、啓人は言った。

 「私、ずっと虐められてるから。男の子と話した事ないし、上手く話せないけど」

 啓人の忠告を無視するかの様に話し出すと、芽衣は啓人の隣のブランコに座った。

 「虐めって、辛いね。偶にもう抱え切れなくて、誰かに心の中のもの全て吐き出したくなる」

 「分るよ。同じ立場だし。でも、虐められてるなんて誰にも言えないし。そんな気持ち誰も聞いてくれやしないし。言ったのバレたらまた虐められるし。虐められてるの親に内緒にして、このまま学校行き続けるなら、黙って耐え続けるしかないのさ」

 芽衣の言葉に啓人は顔を見ない様に視線をずらして言った。

 「私との事、そんなに嫌だった……吐きそうなくらい」

 「えっ」

 突然違う話題を切り出されて、それも今日のあの出来事の事だったので、一瞬啓人は驚いて隣の芽衣の横顔を見て、直ぐに足元の地面へと逸らした。

 (それが気になって後を付いて来たのか?)

 何となく、啓人も気持ちは分る様な気がした。同じ虐められてる者同士の自分に、無理矢理キスされた上に、それを嫌がられ、気持ち悪がられたら。それは自分も酷い事をしているのかも知れない。啓人自身周りに流されて、谷川芽衣を汚い・気持ち悪いと思っていたけれど、実際はどうなのか? もう一度、隣でブランコに乗り、俯いて、自分の足元辺りをじっと見ている芽衣の横顔を、今度はちゃんと見てみる。

 色白の肌、目の少し下にポツポツとそばかすがある。顔にはザラザラととした鮫肌の印象はない。おかっぱみたいな髪型はちょっと変だけど、クラスの女子の中でも中の上位は可愛い。

 「なに?」

 あまりにじっくり啓人が横顔を見ていたので、気付いた芽衣が振り向き、怪訝そうな顔で啓人を見た。

 思わず頬を赤らめ、慌てて目線を逸らす。

 「吐きそうになったのは違うんだ。あれは雰囲気に呑まれたというか、押さえつけられて、苦しくて、クラス中の異様な雰囲気が気持ち悪くて。だから、谷川さんが嫌だとか、気持ち悪いとかじゃないんだ」

 「良かった。ありがとう」

 啓人の話を聞いてホッとしたのか、芽衣は嬉しそうに答えた。

 「でも、じゃあ、なんで目を見ないの? 目線合わせないよね?」

 続けて気になった事を聞く。

 「女子の顔を見ながら話すの苦手なんだ。恥ずかしくて。僕も前は谷川さんの悪口とか言ってただろ。そういう事は、目を見てはっきりと出来るんだけど……そうだ、ごめんなさい。前は、意地悪な事言ったりしてて」

 相変わらず下を見て話す啓人に芽衣は、「まあ」と、驚いた声をあげ、少し微笑んで、「じゃあ、私も謝る」と言った。

 「なにを?」

 そう言い思わず見上げた先に芽衣の笑顔があり、啓人は慌ててまた目を逸らす。

 その行動が可笑しくて、芽衣は声を漏らしながら話し始めた。

 「ふふ。私はね、水上君が虐められて、良かったと思った。あー、これで仲間が出来る。もう独りぼっちじゃない。良かったって思った。でも、少しして、それは違うと思った。水上君の虐めは、私の様な無視されるだけと違って、暴力だもんね。虐められてるから、私だけがそう思うのかも知れないけど、酷いと思った。あのクラス、おかしいよ……だから、ごめんなさい。独りぼっちじゃ耐えられそうになくて、そんな事思ってた」

 「………」

 啓人は直ぐには言葉が浮かばず、暫く下を向いたまま、自分の足元を見ていた。

 芽衣はそんな啓人の方を最初は見ていたが、次第に下を向き、やはり自分の足元を見始めた。

 お互いの気持ちも分らぬまま、数分の時間が経って、啓人は下を向いたまま、口を開いた。

 「虐められてる者同士で、こうやって話してるの。なんか格好悪いよね」

 「そう…」

 自分の期待した答えとは違かったのか、芽衣は寂しそうに言った。

 「でも、僕も、こんな風にクラスの人と話をしたのは久し振りだし、誰かと話せるのは、嬉しいかも知れない」

 そう言いながら啓人は顔を上げ、芽衣の方を向いた。

 それに気付き、芽衣も啓人の方を向く。

 芽衣の瞳が啓人の目をじっとみつめる。

 それでも今度は逃げずに啓人は話を続けた。

 「仲間を求める谷川さんの気持ちも分るよ。何処か学区外で会って、こうやって話すのも良いかも知れないね。虐められてる者同士が、慰め合ってる様に見えるかも知れないけど。仲間がいると思えば、生きて行けるかもしれない。僕も、谷川さんも」

 その言葉に芽衣は嬉しそうに笑い、

 「うん」

 と答えた。


 「ところで田中君達が騒いでたスマホのツイッター? 大丈夫だった?」

 なんとなく話が着いた感じになり、芽衣は啓人に普通に話しかけた。

 「ああ、まだ分らないんだけど。ツイッターで知り合った女子高生の友達なんだ。アニメとか好きで、コスプレとかしてる。この人」

 啓人は保存されている画像から悠那のコス画を見せようと、肩を並べてスマホを芽衣に覗かせた。

 探す時、最初に入っていた画像が和樹に撮られた二人のキス画像で一瞬気まずくなった。

 「ああ、これ」

 慌てて啓人は一番お気に入りの悠那の画像を見つけ出し、タップして大きくする。

 「うわ~! 綺麗!」

 思わず芽衣も見惚れて声をあげた。

 「だろ?」

 ただのネット上の友達なのに、自分の事の様に嬉しくて、啓人は笑って言った。

 「これ、カラコンとか使ってるんだよね。お化粧も上手いな~。いいな~」

 魅入られる様に、羨ましい様に、芽衣は呟いた。

 その時だった。

 啓人のスマホの画面上にツイート通知が流れた。

 慌てて啓人はそこをタップする。

 啓人のアカウント宛のツイートだった。

 

 -寝坊して、家にスマホ置いてきちゃった~Σ(゜д゜lll)

  今日は部活で落書きしたあ○スタの変態仮面。添付~

  知ってる?(・・?)ー


 下に男性キャラのイラストが添付されていた。

 ぽんにゃーさんからだった。

 削除は間に合っていた。ぽんにゃーさんはあの厭らしいツイートは見ていなかった。

 思わず啓人はスマホを持つ手が震えた。

 「良かった。間に合ったんだ。ありがとう! 谷川さん! ありがとう! 大丈夫だった!」

 嬉しそうに芽衣の方を見て何度もありがとうと言う啓人。

 芽衣は、スマホの悠那の描いたイラストを見ていた。

 「上手~! この渉さん!」

 「え、谷川さんこのキャラ分るの?」

 「分るよ! 今人気だもん! 水上君知らないの?」

 「…うん」

 「へへへへへ」

 勝ち誇る様に歯を出して笑う芽衣。

 啓人はそんな芽衣を見て、ちょっと可愛いなと思った。



       つづく


 

読んで頂いて、有難うございます。

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