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沈黙の時間  作者: 孤独堂
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 第4話 谷川 芽衣

 次の日も、当たり前だけど朝は来た。

 この三ヶ月、どれ程朝が来ない事を啓人はベッドの中で祈った事か。

 毎夜寝るのが怖かった。寝て起きた先が朝なのが怖かった。

 また憂鬱な一日が始まる。

 しかし親に心配をかける訳にはいかない。

 何食わぬ顔をして階下に下りる為に、啓人は自分の体に掛かった掛け布団を払い除け、体を起こし、ベッドに座るようにした。本当はこのまま立ち上がらなくてはいけないのだが、いつもの様に体中を不安が支配して、暫くボーッとその場で時間を潰した。

 (行かなきゃ。いつもの時間には下りないと、お父さんお母さんが気にするかも知れない。心配するかも知れない)

 そう思い、啓人はベッドの縁にかけていた手に、腕に、力を込めて立ち上がった。

 パジャマを脱ぎ出す。

 カーテンで日光を遮られた薄暗い部屋の中でも、僅かにカーテンの隙間から日差しは入り込んだ。部屋の舞い上がった埃がキラキラと輝く。パジャマを脱いだ啓人の体にある無数の痣をその日差しが僅かに照らした。

 啓人は日に当たった腕の痣に目をやり、もう片方の腕でその痣を優しく撫でた。

 体中の痣はどれも、服を着ると見えない箇所ばかりだった。

 虐める側の人間は常にそういう所は余念がない。

 不安で、そわそわと落ち着かない気持ちのまま、下着姿の啓人は、白のスクールシャツを来て、制服の黒いズボンを履いた。

 どんなに辛く、行きたくなくても、今日も啓人は学校にだけは行こうと思った。

 (僕が黙って耐えていれば、いつかは虐めも終わる。親に知られるのは絶対に嫌だ。これは僕の問題なんだ。学校の問題なんだ)

 啓人はまだそう思っていた。


 学校に登校すると、その日の休み時間の虐めは少し妙だった。

 最初の休み時間から啓人は毎回、田中和樹と吉田剛によって、教室の外に連れ出された。

 男子トイレや、人気のない校舎の脇、鍵の開いたままだった理科準備室等。

 「ほら水上! 走れ! 授業にはちゃんと出て貰わないと怪しまれるからな。バレてるかも知れないけど」

 最後の方は笑いながら、廊下を走りながら和樹が言った。

 「お前遅いんだよ!」

 吉田も一番後ろを教室に向かって走る啓人を走りながら振り向いて、怒鳴った。

 散々殴る蹴る、四つん這いにして馬鹿にする等して遊んだ後に、授業開始までには走って戻れと言う。

 田中達を見ていると啓人は、人生はズルイ者の勝ちだ。賢く生きた者の勝ちだと、走りながら痛切に感じた。


 そして昼休み、給食が終ると事が起こった。

 ニヤニヤ笑いながら和樹を筆頭に吉田と能代亮輔がフラフラと啓人の机に近づいて来た。

 啓人の周りには元々誰もいない。

 関りたくないから、男子も女子も普段から啓人の近くには誰もいなかった。

 「これさっき拾ったんだけどさ~誰のか分る?」

 和樹はそう言いながらズボンのポケットからスマホを取り出して掲げて見せた。

 「あっ」

 啓人は思わず声を出し、慌てて机脇に引っ掛けてある鞄を開けて探した。

 啓人のスマホはなかった。

 「いや~、誰のか分らなくて。持ち主見つけるのにパスワード当てるのに苦労したよ」

 ふてぶてしく笑いながら能代が言った。

 もう全て分っていた。何故今日は教室の外に出されていたのか。虐めに能代は加わっていなかったのか。

 分かった瞬間、啓人はスマホに向かって椅子から飛び出していた。

 「おっと」

 和樹はスマホを持った方の腕を逸らして、啓人の手の届かない様にする。そして吉田が啓人の後ろに廻って、腕を両脇に通し、羽交い絞めにした。

 「それは駄目だー! 返してよ! 何でもするから! 返してよ!」

 羽交い絞めにされ身動きの取れない啓人は懇願するように叫んだ。

 「お前さー、そんなんだから虐められるんだぜ。分ってる?」

 顔を近付けて能代が笑いながら言った。

 「さてさて、この中には何が入っているのかな?」

 「やめろー!」

 相変わらずニヤニヤしながらそう言いスマホをいじり出した和樹に、啓人は再び叫んだ。


 そもそも三対一では勝ち目はなかった。

 啓人はどんなに力を入れても抜け出せない自分の非力さを悔やみ、憎んだ。

 正面に立っている和樹は、思い切り手を伸ばせば届く位置なのに、啓人にはそれが出来なかった。

 「お前さー、LINE誰からも相手して貰えないからって、なにツイッターなんかやってんの?」

 「!」

 和樹の言葉に啓人の心臓はバクバクと、激しく鼓動を鳴らした。

 「やめて下さい。もう、やめて下さい」

 じわじわと涙が出て来た。もはや泣きながら懇願するしかなかった。

 「はっ、誰がこんな面白いのやめるんだよ。大体水上、水臭いぞ。俺達に内緒でツイッターで女の子と仲良くなって」

 「それは駄目だ!ホントにやめて!返して!」

 何とか吉田を振り払おうと暴れようとしながら、啓人はまた泣き叫んだ。

 「なになに…『今日も楽しいお喋り有難うございました。明日もまた、話したいです~(^-^)/』随分楽しそうだな」

 「それさ、こっちに画像あって、多分このコスプレの女がそのぽんにゃーなんだぜ」

 能代が横から口を挟み、スマホの保存されている画像を和樹に見せ始めた。

 「まじか! なんだよ。結構可愛いじゃん。髪伸ばしてんのは、高校生か? 水上、お前女子高生とやりとりしてんのかよ! ズルイ奴だな~。このコスプレ、ちょっとエロっぽいじゃん肩出して、体のラインもハッキリ分るし。ちょっと華奢な感じだけど。いいな~」

 和樹は言いながら、啓人のスマホにある早川悠那のコス画像を幾つか丹念に眺めていたがやがて、

 「良い事思いついた!」

 そう叫ぶと、スマホに向かい何かをし始めた。

 一分も経たず和樹はスマホから顔を上げ、ニヤニヤした顔をまた啓人に向けた。

 「どう思う。これ?」

 そう言って和樹は啓人の目の前に、スマホの画面を向けた。

 そこには


 -おっぱい見せて!ー


 の文字と、悠那のコス画像の胸の所だけを拡大した画像が添付されていた。

 「駄目だ駄目だ駄目だ! やめてよ! お願いだよ! そんな事したら、ウグッ、僕はもう本当に、ンッ…」

 泣きじゃくりながら言う啓人の声は最後の方はもう嗚咽で言葉になっていなかった。

 「見せてくれるかな~おっぱい。それじゃあ送信するからよ」

 啓人の言葉などまるで聞こえないかの様に和樹はそう言うと、泣きじゃくる啓人の顔を見て、ゲラゲラと笑い出した。


 その時だった。

 サッと和樹の手から啓人のスマホが抜き取られた。

 感覚で直ぐに分った和樹が後ろを振り返る。つられて隣の能代も振り返った。

 後ろでスマホを持ち、立っていたのは谷川芽衣だった。



        つづく

 


読んで頂いて、有難うございます。

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次回サブタイトルは多分「啓人と芽衣」です。

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