第17話 早苗と誠司・栄生駅
国道22号線を栄生駅の方に曲がる。
アパートや住宅が見えて来て、生活感を感じさせた。
早苗は車の自分側の窓から左側を眺めていた。
「何か見える?」
顔は前を向いたまま、誠司が尋ねた。
「学校。小学校かな?」
早苗の言葉に誠司も運転しながら軽くそちらを眺めた。
建物の隙間、一つ隣の道路のあたりだろうか。如何にも学校らしい大きな建物が見えた。
「ああ、そうみたいだ。栄生小学校だって、カーナビに出てた。裏にトヨタの記念館もある。あー、そういえば前に行ったな…」
言いながら、家族と行ったのを思い出し、誠司は言葉を濁した。
「そう…」
早苗は誠司の言葉を流して聞いていた。頭には入っていなかった。
徐々にこれからの事を思い、早苗は緊張して来ていたのだった。
程なく車は栄生駅の前に着き、ウインカーを左に出すと、路上脇に停車した。
誠司はギアをパーキングにして、サイドブレーキを足を踏んで掛けると、早苗の方を見た。
「着いたよ」
「ありがとう」
早苗も誠司の方を見ると笑顔でそう答え、ドアを開け、降りようとした。
不意に誠司が手を伸ばして、早苗の手を掴む。
突然の事に一度は外に目を移していた早苗は、視線をもう一度誠司の方に戻した。
物足りなそうな、未練がましい表情がそこには見えた。
「最後に、触れたかった」
そう言うと誠司は掴んでいた手をゆっくりと離した。
「また来月には会えるから…」
「ああ、その前に連絡する」
早苗は片手を挙げ、笑顔で誠司と別れると車から離れて歩き出した。
誠司の車は少しずつ遠ざかる早苗の背中を見送る様に、動き出さず、まだそこにあった。
(こういう所が上手い。こちらの気分を良くする様な事を彼は知っている)
早苗は決して振り向かず、歩きながらそんな事を思った。
だからズルズルと続いてしまうのだと。
横断歩道を渡り、こじんまりとした栄生駅に入ると、早苗は自動券売機で百七十円払い切符を買った。
それから外へ戻り、チラッと誠司の車を停めた場所の方を眺めた。
誠司の車はもうなかった。
それを確認すると早苗は改札の方へ歩き、そして切符を通し、中へと入って行った。
ほぼ数分おきに来る電車は、早苗がホームに行くと丁度入って来た所で、隣接する名鉄病院へ向かう人が多いのか、ここで降りた人の大半が病院専用改札へと向かう階段を降りて行った。
早苗はまばらに一人分空いている座席の一つに腰を落とした。
名古屋駅まで十分程。
座れなくても良いと思っていたが、座れたのは幸運だった。
向かいの窓から見える流れる景色を眺めながら、考える事が出来た。
(自分は何がしたいのか? 何を考えているのか?)
幾ら自問自答しても分らなかった。
分らないまま、ただ会って見ようと思えた。
その先は?
それもまた自分自身分らなかった。
頭で考え切らないまま、体が勝手に行動を起こす事もあるのだ。
結局の所、そう思うしかなかった。
そんな漠然とした事を考えていると、十分は直ぐ過ぎて、電車は名鉄名古屋駅へと到着した。
南改札口を抜け、階段を上り外へ出る。
ここから数分歩いた所に約束の場所JRの名古屋駅がある。
歩きながら早苗はスマホの時計を見た。
午後四時四十五分。
駅に着いて、待ち合わせの金の時計の所まで行くのに五時まではかからない。
それでは自分が楽しみにしていた様に見えてしまう。
目の前に見える名古屋駅を見ながら早苗は少し時間稼ぎをしようと思った。
早苗がいる方向からだと名古屋駅は通称桜通口という方から入る事になる。
すると入って直ぐ中央に金の時計が見えて、そこは中央コンコースと言って、反対側に抜ける通りになっている。そしてその通りを挟む様に高島屋デパートがある。
早苗は以前DMで送られたド・ビンゴの馬面の顔写真をスマホで出した。
まず素知らぬ振りで、いるかどうか確認する為だ。無論相手も自分の写真を持っているので、気付かれない様に遠目に隠れながら。
名古屋駅構内に入り探し始めると、直ぐにそれらしき人物が見つかった。
金の時計の前に、こちら側を向いて直立不動で立っている大学生風の男性。顔は馬面。服装も言っていた通りのチェック柄(緑)のシャツにジーパン。上にはのカーキ色のハーフコートを着ている。
間違いなかった。
時間は四時五十四分。
早苗は緊張した面持ちで横を向き、駅付きの高島屋デパートの方へ、ド・ビンゴから離れる様に歩いて行った。
(ホントにいた)
ドキドキしていた。
とりあえずカフェに入ろうと思った。
心の準備をして、わざと遅れて行く様に、時間潰しをしようと思った。
つづく
いつも読んで頂いて、有難うございます。
ブックマーク・評価・感想など頂けると励みになります。




