第15話 早苗と誠司 ・断片
常滑市郊外のラブホテル。
建物の下の仕切られた駐車場に車を置き、裏手の階段を上ると、そこに部屋がある。
入って直ぐに誠司は清算機にポイントカードを差し込んだ。
このホテルは何度となく利用していて、ポイントが貯まると時間無料のサービスがあるからだ。
続いて直ぐにバスルームに行き、適温のマークの位置で、浴槽にお湯を入れ始める。
その間早苗はまだ、靴を脱いで部屋に上り始めた所だった。
手際良く準備を済ませた誠司は、ベッドのある部屋の方へと歩いて来る早苗を、バスルームから丁度出て来て後ろから抱きしめた。
横から回した手は早苗の二つの胸をすっぽりと包み込む。
「ああ、この感触だ」
懐かしむ様に言いながら、誠司は続けた。
「車で横から見てて、気になった。ブラが透けてた。そこばかり見てた」
耳元で優しい声でそう言われると、早苗も満更じゃない気持ちになり、
「馬鹿ね」
と、可愛気のある声で微笑んで言った。
「下手な裸よりいい。白いタンクトップから薄っすらと見える白いブラ。目を凝らすと形やデザインも僅かに分る。上品な色気だ」
そう言いながら誠司はタンクトップの開いた胸元から片方の手を入れて、早苗のブラの縁を指でなぞった。
「ああ、駄目。このままじゃ服が皺くちゃになっちゃうし、汚れたら困る」
タンクトップの上から早苗は誠司の手に触れて、そう言った。
「じゃあせめて、下着姿を見せてくれ。早苗の体をじっくり堪能したい」
「それも駄目。下着汚れるのも困るし。もう昔みたいに若くはないんだから。シャワーを浴びて、体を洗って。ね」
誠司がすかさず返した言葉も、早苗は子供をあやす様に優しく断った。
なるべく明るい照明の下では、自分の体は見せたくなかった。
きっと誠司なら、「綺麗だ」とか、「素敵だ」とか言うだろう。
しかしそれは、誰と比較してか?
現在四十四~五の誠司の妻とだろうか?
年齢差で考えれば自分の方が若くて良いのは当たり前だ。
しかし……
早苗は娘の容姿を思い出した。そして鏡に映る自分も。
とても若い頃の様にあっけらかんと裸を見せる気にはならなかった。
「ゆっくりと、服の上から前戯をしたかった…」
誠司は寂しそうにそう言いながら、早苗の言う事を聞く様に、タンクトップの中に入れた手を抜いた。
真面目な相談事や、お金の話は、いつもSEXの後だった。
終った後、ベッドの中で腕枕をされながら、髪を撫でられながら話す。
この時が早苗にとって一番幸せな瞬間だった。
SEXが本能的な、体の求めに従順な行為だとすると、こちらは精神・心が求める安静に対する従順な行為だった。気持ちが、奥の深い所で落ち着いた。
早苗の最初の男、短大の時の彼は、終ると直ぐにすっきりした顔で、ベッドの横のソファーに座り、ガラステーブルの上のラミネート加工されたラブホの説明書きやチラシを眺めながら、タバコを吸い始めていた。その時ベッドの中、一人取り残された早苗はいつも、それまでの激しい行為から一遍につまらない気持ちにさせられていた。
だから最初に誠司とSEXをした時、初めの前戯から最後の後戯まで、その優しい扱い方と、甘い言葉に早苗は、初めてSEXに溺れた。居心地が良かった。
「ねえ」
髪を撫でられながら上目遣いで早苗は声を出した。
「ん?」
誠司も早苗の方を見ながら優しく聞き返す。
「娘が、今度中三になるの」
「そうか…もうそんなになるのか」
早苗の言葉に誠司は感慨深そうな顔をして言った。
「一年後には高校受験。だから、その、塾とか通わせてあげたいの」
「お金かぁ」
「無理ならいいんだけど」
「何とかなるのか?」
「何とかはならないけど。何とかしてあげたい」
「シングルマザーの意地か?」
少し微笑みながら誠司はそう言うと、体を起こし、早苗の顔を上から眺めた。
「悪いけど、一遍に大きな金は渡せない。妻にバレちまう。とりあえず三十万。今度会う時渡すよ」
言いながら誠司は早苗の頬にキスをして、続けて顎に、首に、鎖骨に、肩にと、ゆっくりと下に下がりながら、キスをし続けた。
「ありがとう……あっ」
早苗はそう小さな声で囁きながら、思わず気持ち良さに声を漏らした。
そして体中にされ続ける誠司のキスを感じて、少し前から考えていた老後の不安やら、独り身の寂しさから、この関係を何処かで断たなければいけないと思っていた気持ちをまた、何処かに仕舞い込んでしまうのだった。
つづく
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