第14話 日曜日、セントレア
次の日の日曜日の朝、早苗はローテーブルの上に娘へのお昼代千円札を一枚置き、更にその上に飲料水のボトルを軽く隅に掛かる様に載せた。
夜遅くまで起きていたらしい娘・早紀はまだ寝ている。
朝九時過ぎ、早苗は外からアパートの部屋の鍵を閉めて、外付けの階段を降り始めた。
佐々木誠司と会う日。
躊躇いの溜息をつきながらも余所行きの格好で、早苗は近くの金山駅を目指した。
レースの白のタンクトップに白のカーディガンを羽織り、下は濃い緑を基調にした花柄のスカート。白のタンクトップは結構はっきりブラが透けるので、下着も白をつけて来た。足元も白のハイヒール。
もうこんな関係は止めたいと思いながらも久々の外出は、やはり少し若作りした春色のファッションになってしまった。サイズも一つ大きなサイズで体の線が分らない様にしてある。
頭では分っていても体の何処かでは秘めたる淫らな行為を欲しがる自分がいる事は、早苗自身分っていた。まだ性欲の衰える歳ではないのだ。
全てのシングルマザーがそうであると言う話では断じてないが、三十四歳の早苗に関しては、娘はいるものの、独り身の寂しさは付き纏っていた。男に飢えている部分はあったのかも知れない。
(きっとその辺を歩いている人達が私を見たら、ぱっと見、今日は二十代後半くらいには見えるだろう)
そう思うと背徳の密会も、つい笑みが零れた。
おしゃれをしている自分に浮き足立ち、軽やかな足取りで、切符を買い改札を抜ける。
名鉄常滑・空港線特急に乗り、空いていたシートに座り、スマホを取り出した。
ツイッターのアプリをタップする。
ツイッターは誠司には教えていなかった。娘だってツイッターはやっている筈だが、お互いにハンドルネームは知らない。これはそういう極プライベートなものだと、早苗は思っていた。誠司とはLINEで遣り取りをしている。LINEとTwitterは別物だ。
タップして開いたツイッターには三件の通知が入っていた。
うち二つは今日の朝出掛ける前に打った
ー今日は一日お出掛け、なので低浮上~(^-^)/ー
に対してのツイートだった。
どちらも仲の良い人で(一人はカンカン)、「いってらしゃ~い」「素敵な一日を~」等と書かれていて、早苗の顔を綻ばせた。
そして最後の一件は、ダイレクトメール(DM)。
例の大学生、ド・ビンゴからだった。
基本早苗はいつもツイッター上で誰彼構わず励ましていた。それはそのまま自分へ向けての言葉でもあった。少しでも前向きな気持ちになれるように。
その中に、ド・ビンゴもいた。
彼はいつもマイナス思考で、落ち込むような言葉ばかり呟いていた。
だから早苗は彼に頻繁に明るい、前向きな言葉を送り続けた。
暗い言葉に明るい言葉。
その繰り返しのうちについに彼は、自分の顔写真を早苗のDMに送って来た。
『自分の顔が嫌いです。こんな顔だから、今まで一度も誰かと付き合った事もない。死にたい』
顔写真と共に書かれていた言葉。
しかしその写真に早苗は、別段モテない印象は持たなかった。
色白の少し馬面の不健康に痩せた感じの青年。
目が細く小さいのが、彼の気の弱さを表している様で、自信がないだけではないのか? と、早苗は感じて、その正直な感想を前向きな言葉で包んで、返信した。お返しに自分の写真も付けて。
歳の差十歳以上離れているおばさんだ。
それで何かが起こる訳もないと思っていた。
しかし、事は起こった。
それ以降ド・ビンゴは早苗を綺麗だと言い。『一度でいいから会って話してみたい』と言い出した。
早苗はどうせ会う事はないだろうと高を括って、それ以降も明るい励ましの言葉を送り続けた。
「だって、綺麗とか褒め言葉を沢山言ってくれるんだもん」
それが早苗の本音だった。
自分を女として見て、扱ってくれる若い大学生。
果たして嫌がる三十代の女性がどれ程いるだろうか?
会う事はないと思っていれば、満更でもない女性は多い筈だ。
しかし今早苗の目に映っているDMの内容は、そんな早苗の自己満足を大きく覆す、予定外の内容だった。
『今日の午後、用事で名古屋に行きます。夕方でも夜でも良いので、会えませんか? 午後五時くらいから名古屋駅周辺にいます。今日は一日出掛けているんですよね? 用事が終ってからで良いです。いつも励まして貰っているお礼が言いたい! …>_<…』
自分には娘がいる事は以前話している。確か彼は福井県の学生だった筈だ。会う事のないネットの中の関係だと思っていたから好き勝手に楽しい事ばかり言ってこれた。
早苗はこれまでの二人の会話を頭の中で整理した。
(これから彼に会って抱かれるという時に、ツイッターの友達の大学生が私と会いたいと言ってきた……)
スマホを眺め呆然とする早苗をよそに、電車はゆっくりと中部国際空港駅に到着し、停まった。
ここで彼、佐々木誠司との約束の時間まで早苗は、ウィンドウショッピングをして過ごす。
ここならまず知り合いに会っても偶然を装えるし、それ以前に今まで一度も知り合いに会った事がなかった。
そして車で来る誠司と合流して、常滑市周辺のラブホテルへと向かうのがいつものパターンだった。
つづく
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