第13話 早苗と早紀
いつもより少し短いです。
すいません~!
「明日ママ仕事だけど。早紀は?」
土曜日、夜七時。
名古屋市中区のアパート。
ローテーブルで向かい合わせに座りながら、鈴鳴早苗は娘・早紀と夕食を食べていた。
「部活の仲間と遊ぶ約束してるからいないよ」
テレビの方を向いて、早苗の方は見ずに早紀は答えた。
「そう。じゃあお昼代。千円渡しとけばいい?」
「うん」
そう言いながらテレビを見て笑っている早紀の横顔が、早苗の方からも見て取れた。
(また娘に嘘を付く…)
慣れているとはいえ、やはり早苗は後ろめたさに気持ちが晴れないでいた。
(本当は男に会いに行く。SEXをしに行く)
娘と食事をしながら、日常の生活を過ごしながら、その裏でそんな事を考えている。
「お母さん」
「えっ?」
早苗は娘の言葉に我に返った。
「疲れてボーッとしてるの? お箸止まってる」
いつの間にか早紀はテレビから向きを変え、早苗の方を見ていた。
「あっ、うん。そうかもしれない」
そう言いながら早苗は麻婆茄子の皿の上で止まっていた箸を動かし、それを取ると、自分の口の方に持って行った。
「大丈夫? 脳梗塞とか起こさないでよ。 困るから」
心配そうな顔で早紀が言う。
「脳梗塞なんて。ママまだ三十四よ」
早紀の言葉に少し呆れたように早苗は返した。
「テレビで言ってたもん。最近は若い人でも多いんだって。寝てる間に死んじゃうんだよ」
「あらまー!」
真剣な顔で言う早紀に、早苗は惚けた顔で、本心とは裏腹にふざけて言った。
その表情に早紀も少し笑いそうになり、
「バーカ」
と、言いながらまたテレビの方に向き直った。
早苗はその早紀の横顔を見て、少しづつ大人になって行くわが娘に感慨深いものを感じながら、自分が歳をとって来ている事を再度実感していた。
数ヶ月前、去年末だったか。
洗面台で顔を洗っている時だった。
突然自分の顔が、老けた事を実感した。
肌荒れや目尻の細かい皺。若い時の瑞々しい肌とは到底別物だった。
昨日までなんの意識もしていなかった自分の肌が、急に意識したら、忌まわしいものの様に思えた。
気持ちの中で自分はまだ二十代後半位のつもりでいた。
しかし老いは確実に迫って来ていたのだ。
早苗は続いて自分の指を見た。手を、腕を見た。
指には深い皺が刻み込まれていた。手にも若々しさは感じられなかった。腕も水が球になる様な撥水性の効いた切れは感じられなかった。摘んでみても弾力が無い。
気になり出した早苗は、続いて着ていたトレーナーのお腹の所を捲り、そこを見た。
少し出たお腹には妊娠線の跡がひび割れの様に幾つも薄く残っていた。
早苗は黙ってトレーナーを脱ぎ、スウェットパンツを脱いだ。
下着だけになった自分の体を洗面台から数歩後退り、全身映る様にした。
ブラの肩紐が少し肉に食い込んでいた。
全身を見て、その姿の歪さに気付いた。
自分はもう、黙って放っておいても大丈夫な歳を過ぎているのだ。
体のあちらこちらが、型崩れしている。
腰からお尻にかけて、歪さを感じた。
背骨が曲がっているのか?
短大を出て十四年近く、途中で会社は変えたけれど、デスクワークをしている。
姿勢が悪かったのかも知れない。
それから二十代の頃に良く飲んだアルコールの所為か、ビールっ腹の様に妊娠線の残るお腹も少し出ている。
早苗は着痩せするタイプだと自分でも知っていた。
だからスタイルに気を留めなかった。
「あの人が…」
つい口から零れる。
娘の父親で十も離れた男、佐々木誠司。
彼が自分を甘やかしたからだ。と、早苗は思った。
誠司がいつも「綺麗だ」「可愛い」「若い」等と折に触れて言うものだから、早苗は自分自身を気にしなかった。
しかし、中学も三年になった娘の肌を見るに付け、次第に自分の体に懐疑的になっていた。
考えても見れば自分より十歳上の誠二からすれば、早苗は何時まで立っても若いのだ。年齢は追い越せないのだから。
(彼の言葉を信じすぎた…)
そんな思いが頭を擡げた。
テレビを見ている娘を見ながらそんな事を思い出したのは、理由があったからだった。
ツイッター上で知り合った大学生。
普段冗談で「好き好き」言っていたのだが、相手は真に受けた様だった。
突然ダイレクトメールの方で、「会いたい」と言って来た。
あれは冗談だから。無理だから。三十過ぎてるの…
早苗は色々な断りの言葉を彼に送った。
しかし何よりも
(とても今のままでは会えないわ…)
そう思うと早苗は、溜息を一つ付いた。
つづく
読んで頂いて、有難うございます。
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