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沈黙の時間  作者: 孤独堂
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 第12話 松野と加奈子

 「なにそれ…関係ないって」

 憮然とした表情で加奈子の方を見ながら、未鈴は納得のいかない声で言った。

 そんな未鈴の横で二人の雰囲気に、つぐみはただ声も出さずにおろおろするしかなかった。

 加奈子はつぐみの表情に少し小馬鹿にした様な笑みを浮かべると、未鈴の方に向き直り、目を見ながら口を開けた。

 「私とあなたでは合わないって事が分ったでしょ。もういいでしょ。帰って」

 「カンカンはそんな人じゃない。もっと正義感に溢れた、卓球部の後輩達の憧れの的だった。いつも試合では正々堂々としていた」

 「卓球馬鹿。まだ続けてるの?」

 険しい表情で言う未鈴に対して、加奈子も睨みながら冷ややかに返した。

 「こんなのカンカンじゃない。やっぱり納得いかない」

 それでも尚、未鈴は口を開く。

 「兎に角こんな気分の悪い状態で、LINEなんて教える訳ないでしょ。自分の知っている世界だけで物事の正否を決め付ける様な人と、これ以上話す事はない。帰って」

 加奈子の言葉にそれまで黙っていたつぐみが手をギュッと握り締めると、

 「帰ろう! もう帰ろう!」

 と、言いながら未鈴の腕を引っ張った。

 「分ってる」

 未鈴は一瞬つぐみの方を向いてそう言うと、直ぐにまた加奈子の方を見て言った。

 「今日は帰る。でも、また来る。必ず来る!」

 「もういいでしょ。折角今日は二人で楽しく過ごしてたのに」

 未鈴の言葉につぐみは掴んだ腕を引っ張りながら、未鈴の方は見ないで、外へ向かう格好で言った。

 「来ないで。もう来ないで」

 加奈子は相変わらずの睨んだ表情のままそう言うと、未鈴に背を向け、カウンターの方に歩き出した。

 それまで黙って見ていた松野は加奈子の後を追う様に歩き出すと、横に並んで尋ねた。

 「本当にいいの?」

 「いいんです。すいません松野さん、面倒な事頼んじゃって」

 「いや、結局言われた様に出来なかったし。俺は全然」

 仕事に戻る二人の姿を少し眺めてから未鈴は振り返り、腕を引っ張っていたつぐみを追い越すように、スタスタと歩いて、店を出た。


 「店長がいない時で良かった」

 自分の普段の担当、レジの前に立ち、加奈子は思わず呟いた。

 「ああ、でも本当にあれで良かったのかな?」

 まだ側にいた松野が加奈子の言葉に反応する。

 「いいんですよ。昔の事を引きずった、迷惑な知り合いですから」

 思い出すだけで気分が悪くなるのか、加奈子はムッとした表情になって言った。

 「いや、そっちじゃなくて」

 慌てて松野は口を開く。

 加奈子も直ぐに勘違いだと気付いて、表情を少し和らげた。

 「あ、万引きの方?」

 「そう…実際店長いない時だったし、何も無かった事にした方が楽だし、助かるけど。その、倫理的な面とかだと、やっぱりさっきの子が言うように、正しい事ではないんだよね」

 「分ってますよ」

 松野の言葉に加奈子は少し笑顔で答えた。

 「正しくないかも知れないのは分ってます。でも、自分達の状況と、あのおじいさんの話を聞いて、今回は見逃してあげたくなった。いいじゃないですかそれで。みんな丸く収まった」

 「そりゃあそうだけど…」

 まだ少し、松野は納得し切れていない様だった。

 「駄目ですか?」

 それを感じ取った加奈子が訊き返す。

 「いや、瀬戸さんがそれを本当は正しくないかも知れないって、分っていたんならいいんだけどね。本当に俺は今日何の役にも立たなかったな」

 笑いながら頭をポリポリと掻いてそう言うと松野は、加奈子の方に軽く手を上げて、自分の担当の仕事へと戻って行った。

 「ふー」

 それを見て、加奈子は面倒事が全て終った安堵感から、一息吐いた。


 夕方の埼京線。大宮行き。

 椅子に座っているつぐみと、その前に立っている未鈴。

 座席にはまだあちらこちらに座れる余裕があった。

 「ねえ、座ったら?」

 気まずい雰囲気に顔を上げ、未鈴の方を見ながら言うつぐみ。

 「いい」

 つり革に掴まり、つぐみの方見ず、前の窓から見える夕日に染まる住宅地を見ながら、未鈴は一言、それだけを言った。

 「つまんない…」

 その様子に下を向いてつぐみは、未鈴に聞こえない様に小さく呟いた。


 池袋。夜十時過ぎ。

 加奈子の居るネットカフェ。

 座椅子の背もたれを相当倒して、目の前のPCではニコ生を流し、体に掛けた薄手の毛布から手だけを出して、加奈子は相変わらずスマホをいじっていた。

 PCの音声は消してある。

 映像だけがただ流れている、沈黙の世界。

 ツイッターを眺めていると、珍しくLINEの通知が入った。

 LINEのアプリをタップする。

 通知の時点で誰からのものかは分っている。

 

 『テスト通知。(´・_・`)

  届いたら折り返しなんか送って!(^-^)/』


 松野からだ。

 加奈子はスタンプでも送ろうかと思いながら、持っていない事に気づく。

 そもそも、LINE自体、母親がいなくなってからは使っていなかった。

 唯一のLINEの相手母親は消える時、加奈子の事をブロックして消えた。

 今ではきっと、番号そのものも変えただろう。

 それ以来、リアルの世界の繋がりは希薄で、LINEをする相手はいなかった。

 

 『既読出るんだから分るでしょ~(=゜ω゜)ノ』


 加奈子はちょっとふざけて返した。

 久し振りに開いたLINEが、少し嬉しかったからだ。

 (松野さんなら、私の事を何も知らない只のバイト仲間だ。こういうのには丁度いい)

 加奈子は久し振りに少し温かい気持ちなった。


 『あ!ばれた? Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

  ところで聞いてよ。瀬戸さん帰った後、あの店長さ~……


 それから松野と加奈子のLINEは二時間程続いた。




          つづく

 

 


 

読んで頂いて、有難うございます。

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