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沈黙の時間  作者: 孤独堂
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 第11話 加奈子と未鈴とつぐみ その②

 「離せ! 離せ!」

 男は険しい顔付きでそう言いながら、ジャンパーのファスナーを下ろし、脱ぎ始めた。

  

   ボトッ  ボトッ

      ボトッ  ボトッ…


 たちまちジャンパーの中に隠していた未開封のパン達が三個、四個、と落ち始める。

 それでも構わず男はジャンパーの腕の部分から腕を抜こうとする。

 このままでは逃げられると慌てて未鈴は再度叫んだ。

 「万引き! 逃げられちゃうよ!」

 「誰か責任者いないんですか!」

 カウンターから出て近付いて来た松野の方を見ながら、つぐみも叫んだ。

 「店長遅番で、まだ来てないんです」

 つぐみの顔を見ながら松野はそう言うと、少しオロオロした様子で、男の前に出て、進行方向を塞いだ。

 構わず男は、未鈴に掴まれたジャンパーを脱ぎながら前に出る。

 「ちょっと!」

 流石に松野も男に掴みかかり、動きを止めようとする。

 「なにをする! なんなんだ! なんなんだ!」

 松野に前から体を押さえられた男が、抵抗しながら叫んだ。

 「それはこっちの台詞!」

 男の脱ぎかけのジャンパーをまだ掴みながら未鈴が言った。

 「そうそう」

 隣で事の成り行きを見守っているつぐみも続けて言った。

 

 抵抗して暴れていた男も、暫くすると観念したのか、その場にヘタヘタと座り込んだ。

 丁度レジと出入り口の自動ドアの中間の辺り。

 今のところ客が入ってきそうな様子はない。

 「困ったな。店長はいないし」

 座り込んだ男の直ぐ側に立ち、上から眺めながら松野は言った。

 「ほら、こんなにパン。万引きですよ」

 辺りに散らばっている包装されたパンを眺めながら、念を押すように未鈴は言った。

 「分ってる。分ってるけど、僕ではどうしよもない」

 困った様な声で松野は言った。

 「万引きじゃない」

 「「「 えっ 」」」

 男が僅かに聞こえるくらいの小さな声で言った言葉にそこにいた三人は思わず声を出した。

 「これは万引きじゃない。人助けだ」

 「何を訳の分からない事を」

 続けて言う男の言葉に未鈴が呆れた声で被せて言った。

 それに反応して男はくるりと未鈴の方を顔を上げて見た。

 「俺はもう二日間何も食べていない。このパンを食べなければ死んでしまう」

 「お金を払って買えば良いでしょう」

 睨みながら言う男に負けずと、未鈴は努めて冷静な顔で言い返した。

 「金がないと駄目なのか? あんたは金がない奴は死ねと言うのか? 俺はちょっと前までは働いてた。日雇いの現場作業員でな。景気の良い時もあった。稼げば税金だって払ってた。ただこの歳になってめっきり仕事を貰えなくなった。働いてないから金がない。しかし何か食べなきゃ死んでしまう。それでもあんたは金を払えというのか? 金がない奴は死ねと言うのか!」

 「誰もそんな事は。そんなのただの屁理屈でしょう」

 「そうよ、屁理屈よ。みんな働いて、賃金を得て、それで物を買うのよ。今時、探せば何かしら仕事なんてあるでしょ。それに生活保護だってあるし。デタラメ。この人の言っている事はデタラメ!」

 「世の中を知らないで何を言ってる、お前らまだ学生だろう。ちゃんと働いた事も無いくせに、分った様な事を言うな。俺がかつて払っていた税金からだって、あんた達が受け取った児童手当とかの足しになった筈だ。俺がこの国で、この社会で、役に立った時もある筈だ。それを使えなくなったからと言って餓死させて良いのか? 俺のこれまでの人生を、金がないというだけで蔑ろにして良いのか? 俺はこのパンを食べる権利がある! これは俺のパンだ!」

 「話にならない。警察呼んだ方が良いんじゃないですか」

 男の話に呆れた顔をして、未鈴が松野に向かって言った。

 「ん~、とりあえず店長に連絡取ってみるので、少しの間、この人見てて貰えますか?」

 少し歯切れの悪い感じで松野は未鈴に答えた。

 「えっ、もしかして店員さん、あなたしかいないんですか? そうだ、カンカン。わたし、加奈子。瀬戸加奈子さんに会いに来たんです。何処ですか?」

 未鈴の言葉の中の加奈子の名に、松野は此処で始めて二人が加奈子の言っていた知り合いだという事に気が付いた。

 「あ、今ちょとあの……」

 予想外の展開に予定していた言葉が出て来なく、松野は言葉を濁らせた。

 「ちょっと何なんです?」

 松野の様子に不機嫌に尋ねる未鈴。

 「だからその…」

 気が焦り、余計に言葉が出て来ない。

 

 

 ウォークイン裏でずっと事の成り行きを聞いていた加奈子は、男の言葉を唯一真剣に考えていた。

 (私だ。あの人は将来の私だ)

 そう思うと、勝手に足が動き出していた。

 店内奥の戸口から出て来て、陳列棚に挟まれた中央の通路を通り、加奈子は四人のいる方に向かって歩きながら言った。

 「代金、私払います」

 「カンカン!」

 未鈴が即座に気付いてあだ名で呼んだ。

 つぐみも気付いたが、つぐみは声を出さなかった。

 「瀬戸さん……」

 少し申し訳なさそうに、静かな声で松野は加奈子の名を呼んだ。

 側まで来ると加奈子は落ちているパンを拾い集めた。

 それを全てレジカウンターに載せると、みんなの方を向いた。

 「松野さん。私がこのパン代払います。だからその人離して下さい。無かった事にしてあげて下さい」

 「えっ」

 「何言ってるのカンカン! 万引きだよ! 犯罪だよ!」

 松野が声を出すのと同時に未鈴が言った。

 「面倒事が嫌なんです。店長いないし、私もだけど、松野さんも困るでしょ」

 「そりゃあ、その方が楽だけど」

 加奈子の言葉に思わず松野は本音を漏らした。

 加奈子はパンを順番にバーコードリーダーに当てて、それから財布を取りにバックヤードへと向かった。

 座り込んでいる男以外の三人は、そんな加奈子の行動を、何事かと黙って見ていた。

 暫くしてバックヤードから財布を持って出て来た加奈子は、そのままレジの前に行き、精算を済ませた。

 コンビニのレジ袋にパンを入れて、みんなのいる方に歩き出す。

 座り込んでいる男の前まで来ると、しゃがみ込み、男の目の前に袋を差し出した。

 「今回だけ、特別です。これを持って出て行って下さい」

 笑顔一つ見せず、真剣な顔で加奈子は言った。

 「あ、ああ」

 男は加奈子の手からパンの入った袋を手に取って、フラフラと立ち上がると、脱ぎかけのジャンパーを羽織り直し、未鈴の方を向くと、ニヤリと笑った。そして、早歩きに店から出て行った。

 四人はそれを黙って見送っていたが、納得のいかない顔で未鈴は加奈子に話し始めた。

 「万引きは犯罪だよ。昔のカンカンはこんな事する人じゃなかった。このやり方は正しくない」

 「正しさなんて関係ない。池田さんには分らない」

 憮然とした表情の未鈴に、加奈子は顔色一つ変えず、無表情で言った。




        つづく

 

 

 

 

 



読んで頂いて、有難うございます。

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