第10話 松野 隆
いつも読んで下さっている方々へ
花粉症が酷く、思うように執筆出来ない日々が続いております。ですので、もう暫くは更新遅めの日々が続きます。申し訳ありません。
「お金でも借りたの?」
笑いながら松野隆は言った。
「借りてないし、笑い事じゃないし」
レジカウンターの所で並んで、松野と話す瀬戸加奈子は、ふざけている余裕はないといった表情で言い返した。
「じゃあなんで? 友達なんでしょ」
「友達じゃないですよ。知り合い。ただの知り合い。苦手なんですよ彼女達。中学の同級で」
「あー、うん。そういう事あるね。なるほど、それは何となく分る」
加奈子の話に共感する思いがあったのか、松野はその部分はあっさりと理解したようだった。
「じゃあ、今から彼女達が来て帰るまで、交代して貰えますか?」
「レジ?」
「そう」
「今日は店長夜しか来ないから出来なくはないけど」
「けど?」
「その代り、今度休み交換してよ」
「いつです?」
「まだ決まってないけど。用事が出来た時とか」
「いいですよ。別に」
加奈子は松野の要求を、大した事ではないと簡単に受け入れた。
「じゃあLINE交換してよ。休み交代して貰いたい時連絡するから」
「え? またLINE」
加奈子は先程の未鈴の一件を思い出して思わず声に出した。
「またって?」
すぐさま松野が聞き返す。
「え、いや、何でもないです。そうですね。仕事上の事だし、いいですよ」
ちゃんとした理由がある事は仕様がないと、加奈子はあっさり答えると、後ろのドアからバックヤードのロッカーへと向かった。
相変わらず客のいない店内。
六十代程の初老の男が店の奥の方に一人いるだけだった。
程なく加奈子はスマホを持ってバックヤードから出て来た。
LINEのアプリを開く。その他から友達追加をタップして、更にQRコードリーダーから、加奈子は自分のQRコードを表示した。
「これ」
加奈子はスマホの画面を松野の方に向けて、QRコードを見せた。
「うん」
松野はそれを自分のスマホのLINEのQRコードリーダーで読み取る。
「これでいいでしょ」
「ああ、約束だからね。で、その知り合いは何時頃来る予定なの?」
松野は満足そうに自分のスマホの画面を見てから、加奈子の言葉に顔を上げて言った。
「はっきりとは分らないですけど。多分、さっきイベント行くって言ってたから、それから二時間位経って、四時半位から来そうかなと……」
「四時半! じゃあもうすぐじゃん」
「はい…」
少ししおらしく、困った風に加奈子は言った。
「しょうがないな~。いいよ。もうこのまま俺レジ入るよ。とりあえず瀬戸さん裏回って、飲み物の補充してくれよ。あそこなら裏から店内の様子も見えるだろ?」
「なるほど。さすが大学生。立教でしたっけ?」
「やめろよ、そういう言い方。いいからもう行け」
煽てるつもりで言った加奈子の言葉に、若干気分を悪くしたのか、松野はムッとした顔でそう言うと、ウォークイン(ガラス扉の飲み物陳列棚)の方を指差した。
加奈子は松野が何故怒っているのかも分らないまま、言われるがまま、店の奥のウォークイン裏へと繋がる戸口へと向かった。店内中央の陳列棚に挟まれた通路を歩いて。
と、その時だった。
陳列棚の隙間から、六十代位の初老の男が、いそいそとパンをジャンパーの内側に仕舞い込むのが見えた。
(万引き!)
加奈子は咄嗟にそう思い、隙間から向こうの初老の男の姿を良く確認した。
中肉中背、頭は白髪交じりで寝癖の付いたような跳ねた髪。服装は土木作業員の様な格好。上は紺色のジャンパーを着て、下はライトグレーの作業ズボン。どちらも所々汚れていた。
(どうしよう。今なら私しか気付いていないし、他にお客もいない。今はそれ所じゃなく忙しいし、今回は見逃そうか)
そう思い加奈子は、何食わぬ顔で通路を通り過ぎ、さっさと戸口へと向かった。
それから五分も経たずに、池田未鈴と坂上つぐみは、加奈子のバイトするコンビニへと現れた。
もし加奈子がレジに立っていれば、きっと二人が店の前を歩く姿も、ガラス越しに店内から確認出来ただろう。しかし、松野は二人を知らなかった。
ピン ポ~ン
自動ドアが開くと同時にチャイムがなり、未鈴とつぐみは店内へと入って来た。
「いらっしゃいませー」
入店して来た客の方を向いて、松野は笑顔で言った。
松野の声と顔に一瞬「ん?」とした表情をした未鈴は、黙々とカウンターの方へ向かって歩いて行く。つぐみはその後ろを付いて歩いた。
その二人と入れ替わる様に店の奥の方から、先程の初老の男が膨らんだジャンパーの胸元を腕で押さえながら、店外へ出ようと歩いて来た。
そして一瞬、未鈴と男はぶつかりそうになった。
未鈴は脇に避けながら、男のジャンパーの胸元からパンが覗いているのを見つけた。
「ちょっと!」
すれ違い去って行く男のジャンパーの背中を掴む未鈴。
「ちっ」
男は舌打ちをして強引に前に進もうとする。
しかし卓球部の未鈴の握力は強く、掴んだ指からジャンパーがすり抜ける事はなかった。
逆に体勢を少し崩し、ジャンパーの前を押さえていた腕が緩み、男の足元にはポトッポトッと、二つ程パンが落ちた。
「あっ」
脇で見ていたつぐみが思わず声を上げる。
それと同時に未鈴はカウンターの松野の方を向いた。
「万引きですよー!」
未鈴の声は、ウォークイン裏に隠れていた加奈子にまで届いた。
此処からでは様子は見えないが、先程の初老の男だという事は加奈子にも容易に想像出来た。
(まいったな~)
加奈子は何もかにもが裏目に出ているのを感じた。
未鈴にジャンパーを掴まれた男は、それでもまだ未鈴を引っ張りながら必死に前へと少しずつ歩こうとしていた。
「離せ! 離せ!」
険しい形相でそう叫びながら。
つづく
読んで頂いて、有難うございます。
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