CR07 『幼馴染』
「花織、なんでお前ここに……」
「そんなの試験を受けるために決まってるじゃん!」
花織はまるでそれが当然のように答える。
俺は花織が『机上高』の入学を希望していることは知っていた。だが、俺が驚いたのはそこじゃない。
「だけどお前、全国大会ベスト4なんだからわざわざこんな試験を受けなくても入学資格持ってるだろ?」
ちっちっと花織が人差し指を横に振る。
「つーくん。君はバカかね?こんな楽しそうなイベントを私が見逃すわけないじゃん。入学が決まってるからこそ、未来のライバルの実力を確かめておかなきゃ!」
「そのわりに既に試験官を一人倒してるみたいだが」
俺は花織の腰のデッキケースに入ったカードを見る。中に入ってるのは明らかに100や200じゃない枚数だ。
「あぁ、これ?これはさっき一個上の先輩と対戦してね」
「それで勝っちゃうあたり流石だな。ところで――そっちの人は誰なんだ?」
何も言わずに花織の横に立っていた男を指差して尋ねた。
俺よりいくつか年上に見えるその男は、首元の緩いパーカーに下はスウェットパンツとサンダルと言う受験生にしても試験官にしてもこの場に似つかわしくない格好をしていた。
その男が眼鏡を指でなおしながら話始めようとしたが、先に言葉を発したのは意外にもカズヤだった。
「森嶋ジュニア……!」
眼鏡をかけた男はそれを聞くとにっこりと笑って答えた。
「自己紹介しようと思っていたけど、僕のことを知っている人が居たようだね」
「本物だ……。あ、あの、サインください!」
カズヤは感動しているのか目に涙をうっすらと浮かべている。
「それは入学式の時にしようか。今は試験をがんばっておいで」
「は、はい!」
カズヤはすぐに並木道を走って消えていった。なんとなくすごい人なのは分かったけど、結局この眼鏡の男は一体誰なんだ。
続いて口を開いたのは花織だった。
「紹介するわね。こちら、現在『机上高』二年生の森嶋 陽太さん。さっきの放送をしていた実技統括の森嶋 優斗先生の息子さんでもあるわ」
「陽太です。よろしくね」
森嶋が右手を差し出してきたので俺と宇佐見は軽く握手をした。
「それで森嶋先輩は試験官なんですか?腕章は付いてないみたいですけど」
「いや、僕は試験官じゃないよ。僕はただ様子を見に来ただけさ」
そう言って俺と宇佐見を見る。森嶋自身はだらしない格好も相まって優しそうな印象だが、その視線は何かを確認しているかのようだった。
「なるほどね。君がこないだの全国大会で準優勝したツバサくんか。たしかに強そうだ」
「……ありがとうございます」
全国大会。
あれは俺や花織と同い年の求道者の部だったが、たしかに俺は準優勝したのだった。そして俺はそれに伴う嫌な記憶を思い出す。
あと横で宇佐見が小声で俺の名前を繰り返し口にしている。なんか怖いのでやめてほしいが、どうやら俺はここまで宇佐見に名前を名乗り忘れていたらしいことに気付いた。
「ベスト4の残りの二人も試験受けに来ているみたいだよ」
「あいつらも花織と同じく『机上高』の入学資格を持っているはずですが……」
「うん。どうやら早乙女くんは準決勝で君に負けたリベンジに来ているらしい。もう一人の彼は完全に遊びだね。」
早乙女 竜馬。準決勝の試合ではカードの運で俺が勝利を拾ったがかなりの実力者だ。とは言え、その後【Flugel】を手に入れた俺はもう一度戦ったとしても負けるつもりはない。
全国大会でベスト4に入った求道者には『机上高』から入学資格が与えられるのだが、俺だけは決勝戦中に大会自体を棄権したので資格を与えられずにこの試験を受けに来ていたのだった。
「わざわざ教えていただき、ありがとうございます」
俺は軽く頭を下げながら森嶋にお礼を言う。
「うん。その代わりと言ってはなんだけど、ちょっと付いてきてくれないかな?」
「はい?」
森嶋が言うには所持カードが40枚を切った状態で実技試験を受験した生徒はカードが40枚を超えた時に、新しく手に入れたカードを持ち込めなかったカードと交換することが出来るらしい。しかし、そのためにはこの並木道の先の資料館まで行かないといけないらしい。
そこで俺は宇佐見のことを思い出して花織に事情を説明する。花織はすでに入学資格を持っているので初心者の宇佐見を任せるのにちょうどいい。花織の返事を待たずに宇佐見を押し付けて、森嶋と一緒に立ち去る。
「じゃ、そういうことで!よろしく!宇佐見もがんばれよな!」
「えぇっ!?ちょっと待ってよ、つーくん!」
「さ、行きましょう森嶋先輩!後は花織に任せて」
「え、いいのかい?」
「ちょっと、つーーーくーーーん!!!」
俺は昔から困ったことがあると花織に任せて逃げる癖があった。癖ではなく処世術と言い換えてもいいかもしれない。
とにかく花織に任せておけば宇佐見も合格枚数ぐらい集められるだろう。俺は女子二人を置いて並木道を西に走って行った。
森嶋に案内されて辿りついたのは資料館の中の控室のような場所だった。
ドアを開けて入ると、競技机とロッカーがいくつかおかれた部屋でソファーに金髪の男が座っていた。
制服は裾が外に出され目つきは悪く耳にはピアス――わかりやすく不良だ。
「あ、箱根居たの。ちょっとカード貰っていくねー」
俺の後ろから部屋に入った森嶋はその不良男に声をかける。
箱根と呼ばれた男は俺を無視して森嶋に視線を向ける。
「シマさん、来てたんスか」
「うん。ちょっと遊びにね。カードはロッカーの中かな?」
「そうッスよ。別に持って行ってもいいッスけど、まさかその受験生に渡す気じゃないッスよね?」
よく見ると箱根の腕には試験官の腕章がついていた。
「そのつもりだったんだけど、ダメかな?」
「ダメッスよ。それで森嶋先生に怒られるの俺なんスから」
「うーん。でも本当のデッキを使った彼の実力を見たいんだよなぁ。実は彼カードを半分弱しか持ち込めなかったらしくてさ」
森嶋は腕を組んでうんうん唸っている。さっきのカードをただで交換出来ると言う話は俺をここに連れてくるための嘘だったのだろう。本当はカードの枚数に関わらず交換対応などしていないのだ。
箱根はため息をつくと、俺の方を見ながら提案する。
「じゃ、例えばッスけど、そこの受験生にカードを持っていかせるか俺とそいつの勝負で決めるってのでどうッスか?」
森嶋は驚いたような顔をしているが、俺は内心でこの話の進み方に喜んでいた。求道者としてカードによる決着は望むところだ。
「まず、そいつに本来のデッキを使わせて俺と勝負させて、俺に勝てればそのデッキとカードを、そうだな、200枚ってとこッスかね。ただし俺に勝てなければ元のデッキを持ってこの部屋から出て行ってもらう感じで」
「なるほど、箱根なら勝負の相手として申し分ないし完璧だ!ツバサくんもそれでいいかな?」
俺は黙って頷く。このありあわせデッキじゃなく本来のデッキを使わせてもらえるのなら相手は選ばない。
「あ、紹介するね。彼の名前は箱根 秋。年齢は君より一つ年上で――」
森嶋はにっこりと笑いながら言った。
「――今の『机上高』で最もデッキ構築の実力がある一年生だ」
■所持カード[ツバサ]■
枚数:40枚
○『片翼の夜騎士グレイヴ‐ф』
○『角兎 ルルー』
○『超過爆殺サラム』
○『這う影』
○『藁人形シルフィド』
○『宙を漂う砂粒』