CR06 『そして決着』
三葉 花織の話をしよう。
突然すぎるって?まぁ、今はカードゲームじゃなく俺の幼馴染の話だ。
花織と言う名前を聞いてどんなイメージを抱くだろうか。
かわいい?大人しそう?静かで気品のある女性を想像するだろうか?
あいつのことをよく知っている俺としてはそんなイメージは全くない。
花織、と聞いても「あぁ、花織か」という感情が湧いてくるだけだ。花織は俺と同じ求道者で、ただのやかましい奴だ。本人いわく『超絶美少女の花織ちゃん』らしい。
さて、なぜ急に幼馴染の話を始めたのかと言うと、俺は初めて【Flugel】を使った時のことを思い出していたからだ。
【Flugel】が届いた翌日のことだ。カードを見ただけで強いのは分かっていたが、実際に使ってみたかった俺は花織を呼び出して相手をさせたのだ。俺が【Flugel】の能力を使った時の、花織が驚いた顔は今思い出しても面白い。
……まぁ、結局その勝負は僅差で俺の負けだったけど。
「『ルルー・キング』でプレイヤーに攻撃!」
カズヤの宣言と共に、風を切る音すら聞こえてきそうな速度と迫力でその巨大な兎は飛びかかってきた。【Greifen】でのほぼ最大打点である4打点は今の俺には重すぎる一撃だ。
【カズヤ LPデッキ 24→20】
俺は山札の上から4枚をめくる。これでもし追撃が止められないようならば、かなり絶望的な状況になる。
1枚目、青のカード
このデッキでは使えないカードだ。
2枚目、ルルー・クイーン
これじゃ相手の攻撃は止められない。
3枚目、超過爆殺サラム
これでもない。
4枚目――
「……」
俺はカードを1枚、セットエリアに置いた。宇佐見が今も心配そうにこちらを見つめている。
「逆召喚、『超過爆殺サラム』!」
俺のフィールドに現れたのは、火のついた爆弾を両手いっぱいに抱えた黒いゴブリンだった。それを見てカズヤがニヤリと笑う。
「それが君の反撃か!サラムは確かに強いけれど、追加ダメージで新しいルルーを逆召喚出来る僕の最強デッキの前では時間稼ぎにすらならないよ!」
「違うな。サラムじゃない」
「え?」
俺はサラムではなく、サラムの逆召喚で支払ったカウントの方を指差す。4枚目のダメージカードだ。
「俺はトリガーカード『宙を漂う砂粒』を発動し、このターンを強制的にエンドさせる」
トリガーカード。
筆記試験でも問われた【Greifen】の鍵を握るシステム。
トリガーカードはカウント・リソースからコストとして支払われた時に効果が発動する。今カウントから発動したのもトリガーカードの一種の『宙を漂う砂粒』だ。
トリガーカードは全て強力な効果を持っているが、その中でも特殊なカードである『宙を漂う砂粒』。これを発動した瞬間、相手の動きは全て止まりターンエンドになる。
相手の『ルルー』達は攻撃できずにカズヤのターンは終了した。いや、させた。
△ カズヤ LPデッキ 20 △
『キング』 『クイーン』 『ルルー』×4
▽ ツバサ LPデッキ 20 ▽
『超過爆殺サラム』×2 『ルルー』
「たしかに僕のルルーは攻撃できなかったけど、破壊されたわけじゃない。僕の勝利が1ターン遅くなるだけのことだ!」
「それはない」
6体のモンスターと言う圧倒的な戦力差を持つカズヤを前にしても俺は自分の勝利を確信していた。さっきのターンを凌ぐというただ一点が勝負を左右すると思っていたのだ。
「お前のモンスターに次のターンは来ない」
これで俺の手札は1枚だけで、リソースはこのカードのレベルと同じだ。つまり、1度でもドローしていたらここでは追いつけて居なかった。
まるでこの一度の召喚で勝負を決めろと誰かに言われているようだった。
俺は翼のマークが刻まれたカードを握りしめる。
「召喚、レベル5――『片翼の夜騎士グレイヴ‐ф』」
瞬間、空間が濃い闇に包まれる。
闇を切り裂いてフィールド上に現れたのは古めかしい銀の甲冑を纏った騎士だった。
特徴的なのはその背中に生えた漆黒の右翼。左翼がないアンバランスなシルエットがどこか不吉さを感じさせる。騎士が右手に持った死の象徴が怪しく光る。
競技机のフィールド範囲を越えて、並木の奥まで闇と共に黒い羽根が飛び散る。まるで、夜の帳が下りたように。
「なんだそのモンスターは……!」
「攻撃、『グレイヴ‐ф』で『ルルー・キング』」
甲冑の騎士は左腕を前にかざした。
『キング』の居た空間そのものが黒い闇のように包まれ圧縮され、やがて小さな羽根に変わる。
カズヤは数秒遅れで自分のモンスターが破壊されたことを理解したのか、慌てて『キング』の効果を宣言する。
「ぼ、僕は『キング』の効果で『ルルー』を1体復活させる!」
カズヤの場に5体目の兎が出現するが、俺はもはや気にも留めない。
「俺はターンエンド。この時『グレイヴ‐ф』の一つ目の能力発動」
カズヤの場に5つの羽根が表れる。
それはさっきまで兎たちが居たはずの場所だった。気づけば俺のルルーも同時に消えていた。
「そして二つ目の能力発動」
『クイーン』も1枚の羽根に姿を変えた。
カズヤの場にはもう1体もモンスターが残っていなかった。
「まだ続けるか?」
宙に現れたいくつもの羽根だけがゆっくりと落ちていく。
「……」
カズヤは何が起きているか分からないと言う表情で、それでも何も言わずにチャージをして手札からカードを場に置いた。この状況でもあきらめない姿勢に強い親近感を覚えた。
場にカズヤの『ルルー・クイーン』が新たに姿を現す。
しかし空中に出現した兎の女王の足がフィールドにつく直前、またもやその体が闇に飲まれて黒い羽根が表れる。
「……」
「……」
「……降参だ」
「あぁ」
こうして実技試験一試合目は幕を閉じた。競技机のシステムが切れてフィール上の騎士が薄くなって消えていく。同時に辺りに光が戻っていった。
カズヤが呆然とした表情でゆっくりと近づいてきた。
「いや、驚いたよ……。初めて見たが、最後のカードはなんだったんだ?」
隠す必要もないので俺は正直に答える。
「あれは【Flugel】だよ。どうやら分類としてはプロモ系の限定カードの一種になるらしい」
「見せてもらっていいかい?」
「あぁ。競技机が認証しているとは言え、あれじゃ反則を疑われても仕方ないからな」
俺はカズヤに【Flugel】を手渡した。
【片翼の夜騎士グレイヴ‐ф】
レベル:5 打点:5 ライフ:8 色: 黒
○このカードが場にある限り、お互いのエンドフェイズ開始時にお互いのプレイ中のカード全ての中で最も低いライフを持つキャラを全て破壊する。
○このカードをプレイした次のターンの間、直前のターンに破壊されたモンスター数の合計数値分、相手モンスター全ての元々のライフを下げる。
「なるほど。たしかにこれは強い。だから君の『ルルー』も破壊されていたのか」
「あぁ。だが、カズヤのデッキもなかなかのものだったぜ」
「そうか、ありがとう」
「まぁ、これから貰うんだけどな」
「え?……あぁ!」
カズヤは対戦に熱中していて約束のことをすっかり忘れていたようだ。だが、俺もここでカードを受け取らないわけにはいかない。
「所持カードの半分。ちなみに何枚カード持ってるんだ?」
「悔しいが、あれだけの実力を見せられたら仕方ないね。ところで僕が100点以外を取ると思うかい?」
「まさか…」
カズヤはルルーデッキを含めてぴったり100枚のカードを取り出した。
俺は宇佐見の方を見る。宇佐見は特に表情変わらず、喜んでいるのは俺だけだったようだ。
だが、これでとりあえずデッキ2個分の80枚を超えて俺たちの所持カードは85枚になった。
お礼を言いながら宇佐見に45枚のカードを渡すと、そこでようやく宇佐見は口を開いた。
「5枚……いいの……?」
「いいよ。もともと宇佐見の方が5枚多かったしな」
「あ、がと……」
なんでそっちがお礼を言うんだ、と答えようとした時だった。
後ろから聞きなれた大声が聞こえてきた。
「いやーー!!面白い勝負だったよ、つーくん!!」
(……夢であってくれ)
俺は微かな望みを胸にゆっくりと振り返った。
だが、残念ながら夢じゃなかった。
「花織……」
宇佐見が横でなぜか俺の方を睨みつけているが、小動物の威嚇みたいでどこか可愛らしさがある。でもやめてくれ。
振り返った先にあったのは、300枚前後のカードを腰の透明なカードケースに入れた幼馴染の姿だった。
■所持カード[ツバサ]■
枚数:35→40枚 (+50 -45)
○『片翼の夜騎士グレイヴ‐ф』
○『角兎 ルルー』
○『超過爆殺サラム』
○『這う影』
○『藁人形シルフィド』
○『宙を漂う砂粒』