CR03 『蒼月兎と鎧機』
ブースターパック
ほぼ全てのTCGにおいて、カードを手に入れる最もポピュラーな手段である。
1パックにつき5枚のカードが入っていて、レアリティが高いカードが出るかどうかは開けてみるまで分からない。
ゆえに開封する時のドキドキ感は多くのファンが好むところであり、ブースターパックを購入するが自分ではプレイしない収集家も数多くいるほどだ。
当然ながら中身が固定されていないので、五色のカードからどれが出るか分からず多くの場合は色が偏らない。つまり、ブースターパックをデッキの枚数分購入してもデッキとしては全く機能しないのだ。
なんだこれ。なんだこの状況。
目の前に美少女とブースターパック。
「宇佐見さん。まさかと思うけど……【Greifen】やったことない?」
「……」
宇佐見は小さく頷いた。
いやいやいやいや。なんでこの小動物はここに居るんだ?
そもそも『机上高』の入学試験は受けること自体に条件があって、全員がすでに何らかの形で【Greifen】の実力を示している。
例えば俺の場合で言えば『参加人数16人以上の公式大会での3回の優勝』という条件をクリアしている。なかにはデッキ構築のコンテストの賞で受験資格を得ている人などもいるが完全な初心者は受験出来ない。
……いや、一つだけあると言えばある。【Greifen】のルールを全く知らなくても受験資格を得る方法が。
「宇佐見さん、受験票って持ってるよね。見せてもらっていい?」
宇佐見はブースターパックを出したのと逆側のポケットから一枚の白い紙を取り出した。受け取って見てみると、そこには確かに宇佐見がここに居る理由が記されていた。
(統括指名枠……つまり特待生扱いか。)
紙には先ほど放送をしていた森嶋と言う男の名前で受験許可の印が書かれていた。
この宇佐見と言う小動物も何らかのスキルがあってここに居る、ということだ。
「ありがとう。返すよ」
とりあえず今はこの状況をなんとかしなくては。
改めて目の前にある未開封のブースターパックに意識を向ける。
【CPシリーズ第四弾 『蒼月兎と鎧機』】
「宇佐見さん。一応確認しておくけど、なんでこのパックにしたのかな」
「……兎……かわいい」
「うん、そうだよね!そんなことだと思った!」
蒸気の上がる工場のような建物を背景に、羽が生えた兎と花飾りを耳元につけた兎が踊っているパッケージがこのブースターパックの特徴だ。
ちなみに、パック名にもなっている『ルルー』と言うのはこのパッケージに描かれている兎たちの種族名だ。
【Greifen】の世界ではほぼ全てのカードの背景設定が公開されていないが、この『ルルー』は全て羽や角が生えた兎の姿をしている。イラストの関係で特に女性に人気のあるカードだ。
一番の問題はこのパックが全ての色のカードをバランスよく収録しているパックと言うことだ。【Greifen】では同じ色のカードが5枚以下しか入ってない場合はむしろ邪魔になることが多い。なので、この4パックの中身が運良く偏ってくれることを祈るしかない。
「宇佐見さん、これ開けていいかな」
「……ん」
宇佐見は小さな手をさしだしてきた。あくまで開封は自分でやりたいと言うことだろう。俺は黙ってパックを渡す。
宇佐見はパックを開けようとするがどうも上手く開けられないようだ。
「カードのパックは後ろ側の繋ぎ目に指を入れると簡単に開けられるし中のカードを傷つけにくいよ」
ちなみにカードのパックを開けることをカードゲーマーの間では『剥く』と言う。カードゲーマーは他にも多くの専門用語を使うので分かりにくいことが多い。
宇佐見はパックを全て剥くと中に入っていたカードを1枚ずつまじまじと見ている。
「見せてもらっていいかな」
「ん」
俺が言うと意外にも宇佐見はあっさりカードを渡してきた。俺は礼を口にして受け取ると、当たったカードを一通り確認する。
(さすがにコレクションパックだから4パックでも被りカードがあるな。レア枠としては『ルルー・クイーン』と『ルルー・キング』か。『キング』の方は色指定のない効果だから単体でもなかなか強いはず。あとは『半直の鬼フォルン』と……)
順番に確認していた俺は最後の1枚を見て驚く。
(『終世の重機』!このコレクションパックでシークレット扱いで再録されたとは聞いていたけど本当だったのか。)
『終世の重機』とは一言で説明するといわゆるレアカードだ。その安定したスペックと除去範囲の広さから数年前に一度禁止になったが去年のレギュレーション改定に伴い2枚までデッキに入れることが出来る【制限カード】となっている。
「なかなかいい当たり方だ」
突然の『終世の重機』の登場で上がったテンションをどうにか下げて、俺は今の状況を整理する。
20枚のカードの内訳は赤(6)・緑(1)・青(4)・白(2)・黒(3)に加えて、どの色にも属さない無色カードが4枚となっていた。
「俺のカードを足して35枚のデッキを作るとして、この当たり方なら黒のカードが半分以上」になる。そしてサブとしては赤のカードが6枚だ」
「うん……」
「そして、緑と青と白のカード。これは枚数が少なすぎるからデッキには入れるけど使わない」
「使わない……?」
「そう。【Greifen】ではあまりにも少ない枚数の色のカードは使おうとするとプレイングに必ずボロが出る。だから」
俺は自分の15枚を宇佐見の20枚の上に重ねて35枚にする。
「だから、このカードのうち相手と戦うのに使えるのは実質28枚だ」
7枚、つまりこのデッキの二割は手札にあっても意味がないカードと言うことになる。加えてデッキ枚数の5枚差もあるので、かなり大きいハンデだ。
「とりあえず対戦相手を探しに行くか。出来れば『ルルー』デッキ使いと戦いたいな。俺のカードや『終世の重機』は『ルルー』と相性がいい」
「……うん」
宇佐見が立った。いや、逆に今までベンチに寝ていた方がおかしいのだが。
その小動物的な少女が立ってみると背の低さが改めて確認できた。
俺も男子としては背の高い方ではないが、宇佐見は俺の鼻ぐらいの身長しかなかった。
(この絵面ってなんか犯罪のにおいがするな)
俺はそう思ったが口には出さないでおいた。
口に出したらなんかもう色々とダメな気がした。
「なんか……捕まりそうだね……」
「お前が言うのかよ!」
思わずツッコんでしまったが、宇佐見はクスクスと笑いながら歩き出した。
……少し歩いてから気づいたが、この絵面は犯罪と言うよりペットの散歩だった。
噴水池の周りから伸びた並木道を西の方向に進んだ俺たちはすぐに対戦者としてちょうど良さそうなバカを見つけることになる。
■所持カード[ツバサ]■
枚数:35枚(うち20枚は茜のカード)
○???【Flugel】
○『終世の重機』
○『半直の鬼フォルン』
○『ルルー・キング』
○『ルルー・クイーン』