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黒の兵科章  作者: べりや
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複体と軍隊

 外灯も何もない深淵の森の中を二筋のライトを点灯した軍用車が走っていた。

 のろのろと走る車の運転手たるオガタは熱でもあるように頭の芯ががぼぅっとし、思考が散財してしまっている。

 そのせいか前方に見えた二人の人影を謝って轢きそうになる失態を犯してしまった。



「あ、あぶねええッ!!」

「どこ見てるんだ!?」



 寸での所で止まった軍用車に浴びせられる罵倒にオガタは慌てて車外に出て二人の無事を確認しようとした所で二人がマモリとタケナガである事を知った。



「マモリ少尉、申し訳ありません!」

「お前な。車の運転っていうのは――」



 ひとしきり安全運転について喋ってやろうかとマモリは思ったが、オガタの様子にその言葉を飲み込んだ。



「それで、二十五連隊にタケナガはいたのか?」

「……居ました」



 押し殺したその声にマモリは動揺こそ顔には出さなかったが、数瞬ほど思考が途絶えた。



「やっぱり、俺の偽物が……」

「タケナガ、違う。あれは――」



 本物だ、という言葉がオガタの喉から出そうになった。

 そう、自分が出会ったタケナガは偽物ではない。

 今までの会話だけで言うなら完璧と言っても良い。それを彼に伝えられようか。

 タケナガと変わりなく任務をこなし、そして幸せを掴んでいるなんて残酷な事を――。



「問題はその偽物が何人いるか、だな」

「偽物が複数いるということですか?」

「偽物を使った反乱を画策しているというならそれなりの兵力が必用だ。

 国家転覆にどれほどの兵力が必用なのかっていうのは士官学校じゃ習わなかったが、一人や二人で成せる事じゃないだろう。

 最悪、連隊丸々敵に回すと考えなくちゃならないな」



 戦争の無い平時であれば軍の予算縮小から兵力規模は小さくなるが、それでも二千名ほどの即応戦力が常駐しているのが連隊だ。

 それらが敵に回るのであればただの軍法の執行機関でしかない憲兵分屯所など一ひねりだろう。



「す、すぐに参謀本部に――」

「ダメだ。証拠が足りない……」

「証拠なら、自分がなります! 連隊にはもう一人の自分がいるのなら、それが動かぬ証拠です!!」

参謀本部(うえ)は確かに反乱を恐れはいるが、貴様だけでは動かないだろ。

 なんらかの奇術と思われるかもしれないし、アラキ大佐が叛意をほのめかしたと言っても、それを聞いたのはタケナガ一人だ。これだけでアラキ大佐を引っ張るのは難しいだろうな。

 だが、こいつはすごいぞ。誰かに成り変わられたとも気づかぬ間に兵を創る事が出来るという事は、戦死した兵の穴を即座に代参できるから戦死数をゼロとカウント出来るという事だ。

 戦争の常識が変わるかもしれん……」



 マモリの語気にオガタとタケナガは互いに顔を見合わせてしまう。

 兵士である――戦闘員である彼、彼女と違う士官(マモリ)はその戦闘員を指揮するのが仕事だ。

 それがこの一人と二人の溝であり、越えることのない境界線となって立ちはだかっている。



「し、少尉殿! 確かに兵は尽きぬかもしれませんが、アラキ大佐のしている事は許せない蛮行です!!

 自分のように監禁され、人生を奪われてしまうなどという行為が、いくらお国のためとは言え、まかり通ってはなりません!!」

「そ、そうだな。タケナガ一等兵の言うとおりだ。だが、上はそう思うだろうか?」



 腕を組んで議論を行う二人にオガタは自信が何かを言うタイミングを失ってしまった。

 あのタケナガは偽物ではない、という事を。

 だが夜の森の中で議論をしている二人をまず車中に招き入れ、その後どうするのかを話し合いたいと思ったとき、オガタは森の中から誰かに見られているような気がした。

 それはまさに野生の感とも言うべきものではっきりと意識を凝らすと逆にその感覚が霧散してしまった。



「――。ん? どうしたオガタ?」

「いえ、誰かに見られていたような気が……」

「オレが言う事じゃないけど、こんな夜の森に誰かいるものなのか?」



 マモリとタケナガの言葉にオガタは先ほどの感覚が気のせいであったように思えてきた。

 連隊に赴いた事や、二人のタケナガを見たせいで精神的に参っているのかもしれない。

 そう、自分に言い聞かせると、オガタは二人を車に乗せ、分屯所に向けて走り出した。



「それで、マモリ少尉。今後はどうします?」

「そうだな……。とりあえずタケナガが監禁されていた建物を探そう。そういう物的証拠を押さえられれば参謀本部も、軍管区司令部も動けるはずだ。

 明日も、海軍の不明機捜索があるだろうからそれに混ぜてもらいながら探すのが一番かもしれないな」

「……その、不明機というのは?」

「そう言えば貴様には言っていなかったな」



 マモリが海軍機と不明機の接触についてタケナガに話すと、タケナガは大きな溜息をついた。

 どう見てもこれは軍事機密の漏洩であり、もちろん軍規に反する行いだ。


「そのような事が……。それで自分の事を知ったのですね」

「そういう事だ。

 そういえばおまえのいた建物には、他にもその、棺のような物があったんだな? お前のように監禁場所を脱出した者はいなかったか?」

「……。わかりません。逃げる事に必死で。情けない限りであります」



 訳の分からない勢力に監禁されたとしてもタカマガハラ軍人が逃げるのに必死で周囲の事をなにも確認していなかった事をタケナガは恥じていた。



「その捜索も含めて明日は捜索隊と合同で森に入るか」

「わかりました。それで、タケナガはどうするんですか? この時間ですと、宿屋もやっているか、どうか……」



 むぅ、と助手席に座るマモリが顎を抱えながら唸った。

 ここで野宿というのはあまりにも酷だ。



「俺の部屋に止めるか」

「よろしいのですか!? 少尉殿」

「オガタの所に行かせるわけにはいかんだろ」



 オガタは連隊を出た後は分屯所近くの民家に下宿していたのでその言葉に安堵した。

 妙齢の男を下宿先に連れ込んだ場合の言い訳を考えなくてはと少々、暗澹としていた分、マモリの言葉は天の声のように聞こえたと言えよう。



「それでは、官舎までお送りします。あ、その前にヤマナカ大佐に報告ですか?」

「そうだな。なんと言うか、この状況は俺達の手に負えない。とくに、その、化物とかな」



 今までオガタとマモリはタケナガの偽物の確認を主眼にしており、意識的に避けていた化物について考えると頭が痛くなってきた。



「……自分の言った事を信じておりませんね?」

「タカマガハラ皇国が文明開化して何十年たっていると思っている? それに、そんな荒唐無稽なモノを簡単に信じてしまう少尉の方が不安だろう」



 確かに、と内心の同意をしたオガタは、ふとバックミラーに何気なく視線を飛ばすと暗い森の中からタケナガの言う化物が飛び出すのでは無いかと一瞬、不安になった。

 それに先ほどの視線の事を思い出すといよいよ不安が増してくる。



「ヤマナカ大佐には、しょうがない。化物の件一旦伏せておこう。今日の報告は二十五連隊に異常無し。引き続き調査を続行する、で良いか。

 それで明日は不明機捜索に混じってタケナガの言う建物を探すぞ」

「了解です」



 気が付くとオガタ達を乗せた軍用車は森を抜け、耕作地を抜け、文明的な光が見える世界に戻ってきていた。

 先ほどまでの深淵を打ち消すように輝く電灯を見たオガタは心の底から湧いてきた安心感を噛みしめながらアクセルに力を入れ、憲兵分屯所に向かう。

 分屯所の駐車場にはすでに不明機の捜索に当たっていた部隊が帰還したのか、軍用の乗用車が一台と大型のトラックが一台止まっていた。その脇にオガタは車を止めると、颯爽とマモリが車から降りた。



「タケナガ。悪いが、少しここに隠れていてくれ」

「わかりました。昨日の野宿に比べれば天国のようなものであります」



 車中で身を隠すように深々と座り込んだタケナガを一瞥し、二人は分屯所のヤマナカ大佐の執務室を訪れる事にした。



「……オガタ」

「なんでしょう?」

「報告は俺一人で良い。時間も遅いし、お前はもう帰っていい」

「でも……」

「帰りが遅いと下宿先にも迷惑だろ。それにこの事は俺が誤魔化しておく。お前は下手だからな」



 下手という言葉にカチンと来たが、だが確かに大佐との会話で嘘を突き通す胆力が自分にあるかと言われれば疑問が出てしまうので、オガタはマモリの言葉に従う事にした。



「では、帰り支度をしています」



 マモリに敬礼をして背を向けると、急に疲れがドッと押し寄せてくる。

 重い足取りで自分のデスクに向かうと、近々には不明機を捜索していた面々が談笑していた。



「おう、お疲れココロ」

「ハスタ少尉もお疲れ様です。あ、明日なんですが、もしかすると不明機の捜索隊にマモリ少尉共々加わるかもしれません」

「およ? なんで? 別件の捜査は?」



 オガタはそう言えばマモリがハスタに自分達の秘密任務を暴露していた事を思い出した。

 あの少尉はまったく、と思いながら「マモリ少尉が加わると言っていたので」と誤魔化すように、そして説明の全てをマモリに投げながら帰り支度を始める。

 デスクに広げた書類を片づけ、持ち帰る物を選別していると雑誌『冥王』が出て来た。


 そこでオガタはその雑誌に書かれていた『複体』を思い出す。

 姿形から中身まで同一の存在。ドッペルゲンガー。

 遺伝子を操作してまったく同一の姿形を創り、脳を外科的にも弄って同一の脳をこしらえた時、その二人は同一の人物は同一の存在なのであるか?



「ココロ? 顔色悪いよ。どうしたの?」

「い、いえ。そう言えばカンバラ中尉は? お姿を見ませんが……」

「なんか、大佐の命令で出てるらしいよ」



 ハスタの様子からオガタはカンバラが出ている理由を知らないようだという事を知った。

 そして今時分でも帰ってきていないという事はまだナイアラという記者を尾行しているという事だろうか?



「それより、やっぱり顔色悪いよ。明日休んだら?」

「いえ、そういう訳には……」

「近々、休んだ方がいいよ。体を壊したら除隊なんだから。とにかく今日はもう帰りな。これ、命令だから」



 オガタはハスタに礼を言うと、荷物をまとめて帰路に就くことにした。

 だが、どうしてもドッペルゲンガーの事が頭の隅に引っかかってしまう。



「ナイアラ記者か……」



 あの胡散臭そうな記者の顔を思い浮かべると変な嫌気が差してくるが、だがあの泥男の記事と二十五連隊の記事を書いた『冥王』の記者である事に興味が無いわけではない。


 むしろあの記者を意識せざるを得ないのではないか?


 いや、これはこじつけだ。ナイアラがコラムに書いていた事とたまたま二十五連隊の記事が重なったに過ぎない。

 だが、ナイアラが持ち込んだ二十五連隊の叛乱の噂が原因で調査を始めたのだ。

 あの男はどこまで知っているのだろうか?



「気になるな……」



 確かこの町の旅館は一軒だけだったはずだ。下宿先にも近い。



「行ってみるか……」



 その途中、カンバラ中尉が張り込みをしているはずだから何か暖かい物を差し入れしようと帰りがてら商店によって蒸かしたての饅頭を二つほど買ってから旅館に向かう。

 その旅館が見えて来た所でオガタはカンバラが居ないか探しているが、見つけられなかった。

 オガタは自分の洞察力が足りないせいかと思いながら宿に入り、女将を呼びつけるとナイアラの部屋を教えてもらった。女将も憲兵の腕章をつけたオガタの姿に教えざるを得なかったという向きもあるが、なんにせよ、オガタはナイアラの部屋を叩く。



「はいはい。おや? 分屯所でお会いした女性憲兵さんですか?」

「オガタ・ココロと申します。今、少し良いですか?」



 そう言ってからオガタは後悔した。

 確かにオガタはナイアラの事が気になっていたが、会って何かを話すほどでは無かった事に気が付いたのだ。

 だが訪ねて来た手前、何もせずに帰る事は出来ない。オガタはナイアラに進められるがままに室内に招き入れられてしまった。



「良い匂いがしますね」

「……これは夕食なのでお渡しできません」



 咄嗟に嘘をついたが、これが火に油を注ぐことになった。



「そうでしたか。夜遅くまでお仕事お疲れ様です。よろしければ一緒に夕飯でもどうですか?」

「い、いえ。下宿先で用意してもらっているので大丈夫です」

「そうですか。それは残念」

「ほとんど初対面の女性を急に食事に誘うのは不躾なのでは?」

「これはこれは。確かに軽率でした。申し訳ありません。

 ただ、うら若き乙女と食事の席を共にするとご飯がより美味しくなるもので。とくに貴女のような可愛らしい方となれば――。いや、これこそ不躾でしたね」



 オガタはなんだコイツ。誘っているのか!? と危機感を覚えながらナイアラが通した部屋の座椅子に腰かけながら思った。用心のために外套は脱がないでいつでも外に出られるように警戒しながら、である。



「それで、わたくしに何用でしょうか?」

「……ナイアラさんは二十五連隊についてどの程度知っているのかと思って」

「どういう事でしょう? 知っている事でしたら全て大佐殿にお話しましたよ?」

「例えば、複体が連隊にいる、とか」



 オガタはナイアラの顔を注視しながら言葉を選ぶが、ナイアラは顔色一つ変えず、絶えずニコニコとわざとらしい笑顔のまま「はて、なんの事やら?」と首をひねった。



「複体? 確か、わたくしのコラムで取り上げた記事ではありますが、それと二十五連隊に関係があると?」

「い、いえ。そういう事では無く……。そ、その……」



 これは失敗だった、とオガタは内心の焦りを隠せそうに無かった。

 どう考えてもただの一般人であるナイアラに二十五連隊の叛乱と複体が関わっているなどと知るはずもない。

 そもそもこの二つの案件を結びつける事など出来ようはずがないのだ。



「あの記事は、おもしろかったですか?」

「はい? あの記事とは?」



 その焦りなど微塵も感じていないのか、ナイアラは穏やかにそう聞いた。オガタとしては内心の混乱のためにナイアラの指す記事がわからない。



「複体ですよ。どう思います?」

「……私には難しくて――」

「率直で構いませんよ。わたくしは帝大の哲学科の出ですが、議論がしたいわけではありません。ただ、記者として純粋に読者の方が何を思われたのか知りたいのです。例えば、不気味だとか、そんな偽物は許せないとか。」

「それは――」



 オガタは複体を不気味とも、偽物とも言えなかった。

歩哨をしていた頬に傷の無いタケナガは間違いなく本物だったのだ。

 あれは偽物ではない。しかし本物では無い。いや、寸分も狂いも無いモノを偽物と断じれるだろうか?



「……わかりません」



 その言葉は軍人のそれではなく、幼子が帰り道を迷ったような、不安と恐怖が濃縮された声だった。


なんやかんやで某宰相であったり、ナイアラさんのようなキャラって書いていて楽しいです。


赤川次郎先生が毎回セーラーの女子高生を出すようなあれですね。

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