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黒の兵科章  作者: べりや
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もう一人

狂ったようなタケナガの乱心に二人は成すすべなくただ見守っているしか出来なかった。

 だが、内心を吐露した事でタケナガは気持ちが落ち着くのを感じ、荒げていた声をだんだんと小さくして行く。



「――だから、海軍の所に行こうと思って……。だけど、誰かを探しているような憲兵が十数人いたから、俺は……」

「あぁ、それはタケナガじゃないよ。海軍機が攻撃した不明機の捜索にあたっているんだ」



 タケナガは「不明機?」となんの脈絡もなき登場したそれに疑問の声を上げる。

 だがそれは軍事機密上、多くの者に知らせて良い物ではない。

 マモリは咳払いをして脱線していた話を戻しにかかった。



「つまりタケナガ一等兵は照和十二年一月、何者かに襲われて気が付くと化物と一緒に居るアラキ大佐を見て、その会話から叛乱をほのめかす言葉を聞く」

「そして自分と瓜二つの人物が隣に寝ていた?」



 オガタは疑問の声を上げるが、マモリが「黙って居ろ。話がややこしくなる」と軽く彼女の頭を叩く。



「それで、化物に注射のような物を打たれて意識を失い、気が付くと棺桶のような、箪笥のような物の中に居て、彷徨っているうちに森に出たと?」

「そうであります。少尉殿」



 マモリはここでタケナガに名を名乗って居なかった事に気が付いたが、ここで改めてある疑問が浮上して来た。



「それじゃ、俺達が会ったタケナガは?」

「わたし達が会ったタケナガは化物とアラキ大佐との会話を聞いている時、隣にいたタケナガなんじゃ……? つまり、偽のタケナガ?」



 オガタは自分で立てた仮説を自分の中で否定したい気分になった。

 いや、正気ならそうしただろう。


 だが、彼女はここに居るタケナガが歩哨をしていたタケナガでは無い事に気が付いていた。

 まず物理的に車の速度を凌駕して自分達より先に彼が森の中に居る可能性なんてありえない。

 それにタケナガの頬についた傷はオガタのもっともよく知る物だ。

 あの大逆事件の際についた傷を見間違うはずがない。


 しかし、歩哨をしていたタケナガとの会話において彼を疑うような点は一つも無かった。

 むしろ旧友との再会を互いに喜んでいたではないか。



「オガタは歩哨をしていたタケナガを偽物と見るか?」

「なんとも……。確かに一年ほど会っていませんでしたけど、あのタケナガはまさしくタケナガでした」



 オガタは自身の記憶を手繰り寄せて記憶を確認していくが、その姿から歩哨をしていたタケナガを偽物とは思えなかった。

 ただ頬に傷が無いと言う点を除けば、だが。



「信じてもらえないのはわかります。自分だってこのような話を聞かされたら、多分に信じられないと思います。

 皇国軍人が何を言っているんだと。ですが、本当なんです!」

「……真偽の事はこの際、置いておこう。

 タケナガ一等兵。時に、その、森に出る前まで何かの建物? のような物の中にいたという事だな? それの場所は分かるか?」

「申し訳ありません。外に出た時、夜だったものでよく覚えておりません。出た後も無茶苦茶に走ったので……」

「タケナガ。ちょっと良い? その、言葉は悪いけど、本当にタケナガなのか質問をしたいんだ」

「構わない! なんでもしてくれ!」

「えーと……。入営まもなくにクニキダが小銃の部品を無くした事があったよね? 古参兵に怒られないようにわたし達三人で探して。どこで見つけたっけ?」

「小銃? 入営まもなくでクニキダがだろ? それなら部品じゃなくて銃剣だったと思うぞ。ちなみに演習場の片隅に落ちていたはずだ」

「それじゃ、わたし達三人の中でもっとも射撃が上手かったのは?」

「悔しいが、お前だったよ。中隊の中でも一番だったよな。俺とクニキダは……。まぁ、うん」

「最後に、わたしがタケナガに貸した金があったはずだけど、覚えてる?」

「……いや、知らない」

「おい、とぼけるな。『クニキダに良い所を見せたい』とか言って来たから貸しただろ!?」

「それはあの後にお前が営内の浴場で靴を盗まれて、それを一緒に探した事でチャラになったろ!?」



 二人の口論にも似たやり取りにマモリは溜息をつくと、「もう良いだろ……」と呆れながら仲裁に入った。

 その頃には日が傾き、森の中は夜の気配を増そうとして行く。



「とりあえず、一個だけ確認したい事がある」

「なんでしょうか?」

「オガタ。お前、もう一度二十五連隊の所に戻れ」



 えぇ!? と声をオガタはあげて表情を曇らせるが、マモリはそれにお構いなしと言った風に外套のポケットから夜店の連絡先が手書きで書かれたマッチ箱を取り出すと、それをオガタに押し付けるように渡した。



「あの、これは……?」

「俺はマッチを二十五連隊に忘れて来たようだ。悪いがオガタ。取ってきてくれ。これは正式な命令だ」

「そんな無茶な……」



 だがマモリがオガタへの命令を撤回する事は無かった。オガタはこれから向かう場所が古巣ではなく、虎の巣のように思える。だが虎穴に入らねば宝は得られそうにない。



「自分もお勧めしません。アラキ大佐が何か感ずく可能性も……」

「だからオガタに行かせる。上官に無理やり行かされたと言えば連隊に入り込む言い訳にある。

 それに、やましい事をしているなら俺達が二十五連隊を訪れた時点ですでに感づいているだろう」



 上官の命令は絶対であり、それを拒むことは抗命罪に科せられる。故にオガタは拒否権など持ち合わせていない。

 だが、もし拒否できるのなら拒否していただろう事は明白だ。



「なに、憲兵(おれたち)が二十五連隊を訪れてすぐにオガタに何かあれば、疑ってくださいと言っているような物だ。参謀本部作戦課長をしていたアラキ大佐がそんな危ない橋を渡るとは思えない。

 とにかく二十五連隊に行ってマッチを探して来い」

「つまり、マッチを探す事を口実にタケナガが連隊に()いるかどうか確認しろ、と?」

「そうだ。俺はタケナガと共に居るから、お前が連隊でタケナガを見つける事が出来ればこの話は真実と言えるだろう。

 だが逆に見つけられなければ嘘という事じゃないのか? 俺達をあざむくための――」



 その言葉にオガタは反論しようとするが、タケナガはそれを手で制した。



「いや、それで信じてくれるなら構わない。それと少尉殿。

 先に言っておきますが、自分には兄弟がいますが、双子ではありません。それはオガタも知っています」



 マモリはそうなのか? と視線で問うと、オガタは頷いた。



「間違いありません。何度か、タケナガの実家に遊びに行ったことがありますが、海軍で艦隊勤務をしている兄と歳の離れた弟が二人いるだけです。

 似てはいますが、替え玉が出来るほどではありません」



「そうか。わかった。貴重な情報をありがとう。さて、とりあえずこれは返そう」



 マモリはオガタの手から抜き取った拳銃を返した。

オガタは銃からマガジンを抜き、スライドを引いて薬室に装填されていた弾丸を排出するとボトリと鈍い音を立てて弾丸が地面に転がった。

 それを拾いながらオガタは「それで、マモリ少尉はこの後、どうされるのです?」と聞いた。

 森の中はすでに薄闇が差し始め、外套を着こんでいても寒さが押し寄せてくる。



「適当に歩いて帰る。連隊を出たら拾ってくれ。もし、不測の事態――例えば車中に二十五連隊の誰かを乗せていた場合なんかはかち合うとまずいから遠回りをするように」

「了解しました」



 オガタは地面に落ちた弾丸をマガジンに込め直し、拳銃と共にそれを革製のホルスターに戻した。



「大丈夫だとは思うが、気を付けろよ」

「はい」



 オガタはマモリに敬礼をすると彼らに背を向けて先ほどまでいた集落と思わしき方向に向かって歩を進める。

 その途中でマモリとタケナガを一緒にしてきて大丈夫だったか疑問を覚えた。

 万が一、自分達が会っていたタケナガの方が偽物だったら?

 二人きりになれば襲うチャンスが生まれるかもしれない。

 しばらく逡巡するが、オガタは車に向かう事にした。その万が一があってもマモリは軍刀を所持している。タケナガの様子を確認したが銃剣はおろか武器になりそうな物は一つも身に着けていなかったように思う。

 むしろ問題はオガタの方かもしれない。

 これから虎穴に踏み込もうと言うのだ。いや、墓穴に入り込もうとしているのかもしれない。



「……笑えない」



 集落に戻ると先ほどオガタ達と会話をしていた農夫が心配そうに出迎えてくれた。

 そこでは当たり障りのない事を――少尉は森の中で別の部隊に合流したなどと誤魔化し、オガタは軍用車を二十五連隊に向け走り出した。

 先ほど走ってきた道を戻るとすぐに連隊の壁が見えてくる。緊張のせいか、オガタの喉は張り付いたようにカラカラになっていた。

 その緊張を飲み下すようにして、アクセルを踏み込むとすぐに門にたどり着いた。

 そこにはオガタの姿を見たタケナガが不信そうな顔をしながらマモリと共にここを訪れた時のように立ちはだかる。



「あれ? お前か。どうしたんだ?」

「――ッ!? い、いや、その……。マモリ少尉が忘れ物をしたって言うから」

「あー。そうなのか。って顔色悪いぞ」

「あはは……」



 タケナガが車から離れるとオガタは車をまた衛兵所の脇に停車させ、ハンドルにもたれるように大きなため息をついた。

 オガタは確かにマモリと共にいるタケナガを確認して来たのだ。そして自分の前に歩哨をしていたタケナガがいる、つまりこの世にはタケナガが二人居る事になる。

 この世に一つしかない己という存在が二人もいるという矛盾。

 そのあり得ないはずの事が現実として起こっている事を直視してしまったせいでオガタの精神は大きく疲弊を始めていた。



「おい、大丈夫か?」



 ふと顔をあげると心配そうに車の中をのぞき込むタケナガと目があった。

 オガタはなに食わぬ顔で「平気、平気」と言いながら車を降りると忘れ物(・・・)を探すため衛兵所に向かう。



「……憲兵っていうのは、そんなに大変なのか? やっぱり、原隊に戻ったらどうだ?」

「いや、そういうんじゃないんだ……」

「それじゃ、あのマモリって少尉か? いかにもエリートって感があるからな」

「あはは。悪い人じゃないんだけどね」



 自分を気遣うように接してくれる彼は一体誰なのだろう、とオガタは思った。

 彼がタケナガの偽物ならどうして自分をそこまで心配してくれるのだろう? オガタはそう思いながら衛兵所に入る。

 中には髭面の伍長が新聞を読んでいたが、二人が来たことで壁に掛かった時計をチラリと見た。



「タケナガ。そいつは?」

「第十二憲兵分屯所のオガタ・ココロ上等兵であります、伍長殿。先ほどマモリ少尉とここを訪れた際に、少尉が忘れ物をしたそうなのでその捜索に来ました!」



 タケナガが口を開く前にオガタは綺麗な敬礼をして伍長に挨拶をする。だが伍長は敬礼を返す事無く「あの憲兵少尉か」と呟いた。



「もうすぐ交代の時間だな。タケナガ。貴様、俺の代わりに引継をしておけ」

「自分がですか!?」

「返事は了解だけだ。わかったか!」

「……了解であります」



 タケナガは軍の規則を破るスレスレのだらしない敬礼で伍長の命令に答えると伍長は衛兵所を出て行ってしまった。



「あの伍長。覚えているか? 第一中隊にいた」

「え? あ、あぁ。よく竹刀をもって新兵をイジっていた奴だろ? 第三中隊に移ったの?」

「移ったのは俺。去年の三月……お前が補助憲兵の推薦がおりて二十五連隊(ここ)を出て行った後くらいに部署替えになったんだ。なんでも、第一中隊の上等兵が一人、事故で怪我して除隊になったからその穴埋めなんだと」



 オガタは「ふーん」と相槌を打ちながらマモリの忘れ物を探す。

 そこでオガタはこのタケナガがどこまで本物なのか気になった。



「なぁ、タケナガ。変な事を言うけどさ、少し質問に答えてくれ」

「あ? なんだよ、いきなり」



 別に構わないけど、とタケナガは言いながら先ほどまで伍長が座っていた机の上に乗った書類に目を通しながら言った。



「それじゃ、聞くよ。入営まもなくにクニキダが小銃の部品を無くした事があったよね? 古参兵に怒られないようにわたし達三人で探して。どこで見つけたっけ?」

「小銃? 入営まもなくでクニキダがだろ? それなら部品じゃなくて銃剣だ。確か、演習の際に匍匐前進してて、草かなんかに銃剣の唾が引っかかって鞘から抜けたんだよな」

「それじゃ、わたし達三人の中でもっとも射撃が上手かったのは?」

「悔しいが、お前だったな。三人どころか中隊で一番だったんじゃないか? 中隊長もうなっていたし」

「最後に、わたしがタケナガに貸した金があったはずだけど、覚えてる?」

「……いや、知らない」

「おい、とぼけるな。『クニキダに良い所を見せたい』とか言って来たから貸しただろ!?」

「それはお前、お前が営内の浴場で靴を盗まれて、それを一緒に探した事でチャラになったろ!?」



 ああ、こいつはタケナガだ。オガタは内心で確信した。

 こいつは偽物ではない。そして先ほど会っていたタケナガもまた、偽物ではない。


 本物が二人居る。


 偽物が本物のフリをしているのではなく、こいつはそもそもが本物だから本物のように振る舞えるのだ。



「で、なんだよ、この質問」

「別に……。あ、あった」



 オガタは袖口に忍ばせてあったマッチ箱を落とすと、それを拾い上げる。



「邪魔したね。そういえばお前とクニキダが結婚したのって、いつ?」

「去年の五月だよ。お前にも知らせようかと思ったけど、憲兵学校の受験が近くにあるって聞いていたから、受験に障ると思って伝え無かった。悪かったな」



 オガタは構わないよ、と言い、タケナガに背を向けた。



「それじゃ、お幸せに」

「あぁ。お前も早く結婚しろよ。世界が変わるぜ」

「余計なお世話だ」



 そしてオガタは車に戻ってエンジンをかけた。

 そうして思い起こす。

 タケナガとクニキダが結婚したのが去年の五月。タケナガが門で襲われたのが一月。

 つまりクニキダは偽物のタケナガと結婚したのだろう。

 そんな、そんなやるせない事が平然を起こってしまっていいのか?

 タケナガは確かにクニキダに恋していた事をオガタは知っていた。だからその恋を横取りしたような偽物を許せなかった。


 だが、偽物だと思っていたタケナガは、どうしようもなく本物だった。

 つまりあの恋いも本物で、結婚しても問題無かったのではないかと思った。



「何が、正しいの?」



 途方に暮れるような声が車中にのみ響いた。


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