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黒の兵科章  作者: べりや
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ドッペルゲンガー

「た、タケナガ!?」



 拳銃をおろして目を見開くオガタに外套の人物は観念したように俯いていた。

 その顔はオガタの知っている通り、顔に古傷をこさえたそれであり、先ほど自分達が会っていたタケナガと瓜二つであった。



「どうしてタケナガが……!? いや、さっき会ったばかりじゃ――」



 オガタはどこか頭の血が下がるような、グラリと貧血を起こしそうになりながら必死にそれに耐えるが、眩暈を覚えてしまう。

 そうしているとすぐにマモリも追いつき、オガタが捕らえているその人物を見て驚きの声をあげた。



「どういう事だ? 兄弟、なのか?」



 マモリはオガタと同じ混乱を覚えながらも彼女に拳銃を構えるよう促し、そしてタケナガと瓜二つのその人物に「氏名、階級、所属部隊を言え」と強い口調で言った。



「自分はタケナガ・ヨイチ一等兵であります。第二十五連隊第三大隊第二中隊所属です」



 その言葉にマモリはオガタに視線を向けると、オガタはそれが自分の知っているタケナガの所属部隊である事に頷く。

 だが、その階級は上等兵の下である一等兵である事に違和感を覚えた。



「タケナガ……。貴様は上等兵では無いのか?」

「上等兵? いえ、自分()一等兵であります」



 マモリはその言葉に何故か嘘は言っていないような気がした。

 そしてタケナガと名乗ったその人物は自分に拳銃を突きつけている人物であるオガタに「殺すなら殺せ」とぶっきらぼうに言い放つ。

 それはどこか諦観にも似た投げやりな口調だった。



「マモリ少尉、あの……」

「落ち着けオガタ。タケナガ……? 一等兵。貴様、オガタ・ココロ上等兵を知っているな? 同じ二十五連隊だったはずだ」

「……知っております。しかし、上等兵? 『だった』とは? どういう事です?」



 戸惑いの色を浮かべるタケナガにオガタは指示を仰ぐためにマモリに視線を向ける。

 この者が先ほど二十五連隊で出会ったタケナガであるならオガタが一等兵から上等兵に昇進し、なおかつ原隊を離れて憲兵分屯所にいる事を知っているはずだ。


 それなのに初めて聞いたと言わんばかりに驚くのは不自然だし、何より脱走しているのならそれを取り繕うはずだ。それをせずに戸惑う姿にオガタは困惑せざるを得なかった。

 マモリもタケナガの様子を注意深く観察していたが、どうもタケナガの行動を演技とは思えないという結論にたどり着く。

 マモリは言葉を選びながら慎重に口を開いた。



「オガタは大逆事件のすぐ後、照和十二年一月に上等兵に昇進し、二月に補助憲兵として東部軍管区憲兵司隊第十二分屯に出向している」



 タケナガはその言葉に目を白黒させながら「今年は何年ですか?」と問うた。



「照和一三年の三月一二日だ」



 その言葉に今度はタケナガの目が見開かれた。



「そんなバカな!! 十二年の一月ではないのですか!? 十三年など――。信じられません!!」



 どういう事かとオガタとマモリは互いに顔を見合わせる。

 声の調子からタケナガが乱心しているとは考えられなく、ただ戸惑っているようにしか感じられなかった。



「そんな嘘をついてどうする。今年は間違い無く照和十三年の三月だ。もう梅も咲いているし、時期に春一番が吹くだろう」

「そんな……。一晩眠っていただけのような気がしていたのに……」



 タケナガは信じられない者を見たように首を横に振って信じようとしなかったが、ふと「亀を助けた男の昔話のようだ」と小さく呟く。



「そうか。あの化物め、俺になにかしたんだな。

 でも、どちらにしろ捕まったのです。時の流れなど関係ありませんな」



 どこか開き直ったような態度にオガタとマモリは若干、面くらいながらも自分達の仕事を思い出した。つまり脱走兵の捕縛である。

 脱走は陸軍刑法の中でも重罪であり、自分の任務を放棄して逃亡する事は軍人倫理に大きく違反する行いだ。

 故にその刑罰は重く、最悪銃殺もありえる。

 だから二人は罪の重さからタケナガが開き直ったのだろうと考えた。



「さて、とりあえず詳しい話を聞くために分屯所に来てもらうぞ。

 そこでたっぷりどういう経緯で脱走したのか聞かせてもらおう」

「ふん。そんな回りくどい事をしなくても良いですよ。どうせ秘密を知った自分は消されるんです。ならひと思いにこの場で殺ってください」



 その言葉にまた二人は顔を見合わせたが、今度は納得ではなく疑問が浮かんできた。



「タケナガ。どういう事だ? 秘密って」

「そうしらばっくれるな。お前もアラキ大佐の差し金だろ! それに補助憲兵になった? ご丁寧に憲兵腕章までつけやがって……!」

「……? わたしが憲兵腕章をつけているのは本当に補助憲兵だからだよ。アラキ大佐の事は関係ない。

 確かに補助憲兵になるにあたってアラキ大佐から推薦書はもらったけど、直接話した事はさっきまで無かった。

 それにわたし達が森の中に入ったのは周辺の住民から演習場でもない森の中で兵士を見かけたって通報があったから脱走兵の捜索のために来たんだ。アラキ大佐の差し金なんて知らない!」



 ここに来て三人(二人と一人か)は互いに情勢がつかめていないのか、互いに食い違っている事を知った。

 それを知るや、タケナガは先ほどまでの諦観から一変して安堵のため息をつく。

 だがマモリはタケナガに釘をさすように努めて冷たい口調で話しかけた。



「だが、お前にかかっている脱走罪の疑惑は拭えていないぞ」

「わかっています。自分も、こう言ってはなんですが、少尉殿達の事を信用していません」

「まあいい。それよりどうしてこんな森の中に居た? 貴様は確か、歩哨をしていただろう? どうやって車を追い抜いた?」



 オガタ達が最後にタケナガを見たのは二十五連隊の門の前に立つ姿だ。

 そして車を走らせて集落に来たのだからタケナガが先に森の中につく訳がない。

 タケナガはマモリの言葉に「やはり俺の代わりが……」と呟いた。



「信じてもらえるか、わかりませんが。自分に起こった事を全て言います。

 自分でも、それが真実だと思いたくないのですが……」



 タケナガは思い詰めたように重い口を開いた。



「あれは照和十二年一月九日の事です。

 自分はその日、歩哨をしていたのですが、後ろから誰かに頭を殴られて意識を失いました。

 目を覚ますと見慣れない純白で囲まれた部屋にいて、体を手術台のような板の上で拘束されていて……。

 そこには新しく連隊長となったアラキ大佐と、その……」



 タケナガは口ごもりながら「化物がいました」と言った。



「そいつは薄赤色のエビやカニなんかのような甲羅に包まれた体をしていて、背中にコウモリのような翼をつけていて、頭に当たる部分が渦巻きのような楕円模様に多数の触覚のようなものが蠢いていて……」



 『ような』という言葉が多く、オガタとマモリはタケナガの言った化け物の容姿を想像する事はできなかったし、その真偽を判定する事はできなかたった。

 何よりも、そのような奇怪な生き物がいるのかという疑問が浮かんだのは言うまでもない。

 だが、その生物を直接見たタケナガは恐怖に震えるようにカチカチと歯を震わせながら言葉を続ける。



「あ、アラキ大佐はその化け物と何か、会話しているようでした。

 会話と言っても、化物は一切しゃべらないんですか、アラキ大佐は化物と会話するように話しかけてました。

 それで、ふと首を傾けると隣にも手術台があって、その上で、じ、自分が、ね、ねね寝ていたんです!」



 タケナガはその恐怖がよみがえったのか、わなわたと震え、頭の後ろで組んでいた腕が地面におろして叫び声と共に胃の中の物を吐き出した。

 オガタはマモリを一瞥すると、マモリは「拳銃を預かる」と言ってオガタの手からスルリと拳銃を抜き取った。

 オガタはタケナガの後ろに回り込んで背中をやさしくさする。その背中は恐怖から絶え間無く震えているのを感じた。

 タケナガはオガタに礼を言って口の中の不快感を捨てるように唾を何度か吐く。

 その尋常ならざる状態にオガタはタケナガの言った化物の存在を信じてもいいかもしれないと思い始めていた。



「大丈夫? 少し休む?」

「すまない。だが、へ、平気、だ」



 震える声でタケナガはそう答えるが、顔面蒼白の彼がそれを言っても説得力などあるはずが無かった。

だがしばらくオガタが彼の背中をさすっていると、「もう大丈夫だ」と顔をあげる。

オガタはゆっくりとタケナガの様子を伺いながら尋ねた。



「それで、アラキ大佐はなんと言っていたんだ?」

「……確か、これなら成り代わってもわからない、とか、不死身の軍団が――とか言っていました。

 あと……」



 タケナガは口をもごもごさせた後、意を決したように言った。



「国家改造の時は近い、と」



 その言葉にオガタはマモリに「それって反乱のことでしょうか?」と聞いた。



「その可能性は高いな。だが、にわかに信じられん……」

「ですが、わたし達は二十五連隊でタケナガに会っています。時間的にも追いつくのは不可能ですし、なにより、その傷……」



 タケナガの顔についた一文字の傷はどう見ても長い時を経ている。

 オガタとの逃走劇でこしらえたような物ではないし、その傷はオガタがよく覚えている物だった。



「確かにわたしはタケナガに頬の傷について尋ねました。

 歩哨をしていたタケナガは気がついたら傷は無くなっていた、と」



 オガタの言葉にタケナガは思い出したようにこう言った。 



「そう言えばアラキ大佐は遺伝子の複製で瓜二つの体はできるが、後から出来た傷なんかは再現出来ないって……」

「ふむ……」



 マモリはタケナガに向かって拳銃を構えるのをやめると腕を組んで唸った。

 この(・・)タケナガの発言や先ほどまでの行動を見るに彼が嘘をついている可能性は低い。

 だが、奇天烈な化物が居て、瓜二つの人物を作って居て、アラキはそれに目をつけて叛乱を起こそうとして居る。

 話が荒唐すぎてついていけない。いや、高等すぎて理解力が及ばないのか? と一人逡巡していたが、その行為自体が無意味な事と悟り、やめる事にした。



「して、貴様はどうしてこの森に居るのだ? その話によれば囚われの身だったのだろ?」



 これが女子であれば詳しく話の内容を確かめたい所だが、相手は徴兵検査に合格したタカマガハラ男子である。

 その話を進んで聞きたいとは思わないが、事実の整合性を確かめるためにも確認せざるを得ない。



「自分はしばらく拘束されていたのでありますが、あの化物がある時、注射のような物を自分にしてきて……。そしたら猛烈な眠気に襲われてしまいました。

 目を覚ましたら拘束が解かれていて、何やら細長い――自分が足を延ばして眠れる大きさの箱のような、それこそ棺桶のような物の中にいました。

 中は真っ暗で何も見えなかったのでしこたま暴れたら箪笥をあけるようにその棺桶のような物が動いて外に出られるようになったんです。

 外は純白のそれでしたが、手術台は無く、これまた箪笥のようにいくつもの取っ手の無い引き出しのような物がある部屋でした。自分もその内の一つに入っていたようです。

 あとは彷徨っていたら外に出ていて……。付近は見慣れない森の中でした。

 森の中を歩いていると、そのうち家が見えてそこに行こうと思ったのですが、もし、連隊に連れ戻されるような事が起こればどうなるか考えてやめました」

「どうしてやめた?」

「それは、戻れば自分は殺されると思ったからでありあります。

 自分はなんと言いますか、アラキ連隊長の秘密を知ってしまったようでしたし、何よりあの化物と連隊長が親しいように話しているのを見てしまったのです。

 あれがなんだったのか自分にはわかりませんが、良くない物だと言うのはわかりました。だから――」



 だからオガタの姿を見た時、自分を追っているように見えた。

 そう言うとタケナガは疲れたように項垂れ、大きなため息をつく。



「叛乱をほのめかす事をアラキ大佐は言っていたんでしょ? なら、どうして憲兵の所に行こうと思わなかったの?」

「行けるわけないだろ!? アラキ大佐は確かに左遷で二十五連隊に来たけど、大佐だぞ。

 それに元参謀本部のエリートって言うじゃないか。

 その影響力はすごいんだろ? 憲兵と手を組んでいるかもしれないじゃないか!? そもそもこの事はアラキ連隊長だけが化物の事を知っていると思うか!? 誰が関わっているかわからないんだ。憲兵の所は同じ陸軍として息がかかっていると思うだろ!?」



 タケナガは今までの緊張のせいか、それとも化物の事を思い出してか脈絡も無くまくしたてる。

 オガタとマモリはただ、それを黙って聞くことしかできなかった。


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