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黒の兵科章  作者: べりや
2/19

歩兵第二十五連隊


「それで、引き受けてよかったんですか?」



 オガタはジトっとマモリを睨む。



「軍の正式な命令では無いが、ヤマナカ大佐に頼まれちゃ、断り切れんだろ」



 軍の正式な命令で二十五連隊の調査を行うとなれば命令書が発行されることになる。

 とくにクーデターまがいの内容となれば陸軍の中枢をも騒がすことになってしまう。

 しかし、その情報源は記者からの伝聞とあってはあまりにも証拠が足りなすぎる。



「もし、叛乱騒ぎが偽の情報だったらどうする? 偽でもそんな意志があると陸軍中枢に知られれば無罪の連中の昇進にも響くだろう。

 中には貧農の出で、支給される給金を全て実家に送ってるような奴も居るんだ。

 下手に中央を噛ませるとそういう奴らがとばっちりを受けるかもしれない」



 マモリはそう言いながらフードのついたダブルボタンの外套を着こんでいく。

 オガタも外套を着こみ、赤く『憲兵』と刺繍された腕章を腕に通した。

 そしてストラップのついた革製のホルスターを肩掛けして幅の拾いベルトでそれが暴れないように止める。

 彼女は自分のデスクの鍵のついた引き出しを開けて中から細見の小型自動拳銃を取り出す。



「うわ、わたしの九十四式拳銃、安全装置がシアーを抑えられなくなってる……」

「お前、それまだ持っていたのか……」



 呆れたように言うマモリにオガタは抗議の声を上げた。



「軍支給の拳銃なんですから携帯して当たり前ですよ」

「いや、なんつーか……。タカマガハラ軍人が言う事じゃないけど、九四式は初の国産小型拳銃だろ?

 技術力不足なのに無理やり小型化したもんだから内部機構(シアー)が外に露出してるし、安全装置もそのシアーを抑えているだけだ。だからシアーに力が加わるだけで暴発するぞ。

 とっとと給料ためて外国産の拳銃を買え」



 オガタは「わたしが薄給なのを知ってるでしょう」と頬を膨らませて抗議するが、マモリはそれを無視して装備を整えていく。



「とにかく、安全装置が掛からないんだろ? 暴発させんなよ」

「『実包は有事の際まで装填を認めず』。そもそも実弾を装填しなければ暴発なんてしませんよね?

 それくらいの軍規ならちゃんと頭に入ってるんですから」



 頬を膨らませたオガタにマモリは肩を上げてから装備を整える。オガタと同じように腰に幅の広いベルトを巻いた所までは同じだったが、ホルスターの代わりに彼はサーベル状の軍刀を吊った。

 そして最後に茶色に赤い線が入った軍帽を被って二人は憲兵分屯所の外に出る。



「さ、さむぃ……」

「オガタ。早く車を回して来い」



 オガタは分屯所の駐車場から四輪駆動の小型車に走り込み、エンジンをかける。

 しばらく暖機運転をしてからクラッチを操作して自動車を分屯所の玄関前に持って来た。そこに猫背になったマモリが助手的に乗り込み、勢いよくドアを閉める。



「二十五連隊の駐屯地で良いですか?」

「それ以外に行く宛てがあるか?」

「それ以外って言われても……。

 ですが、直接乗り込んでもダメじゃないですか?

 そもそも突然、憲兵が訪れたらアラキ大佐達も警戒すると思います」

「……そうだな。いや、大丈夫だ。俺に妙案がある」



 オガタが「嫌な予感がする」とつぶやきながらアクセルを踏み込む。

 憲兵分屯所を出て町を北に向けてオガタ達を乗せた軍用車が走る。

 北に二十五連隊の駐屯地、東にある小さな港には海軍航空隊の基地があるこの町は小さいながらも軍都の様子を呈していた。


 しかし軍都と言えど、寒さのせいか閑散としていて侘しい思いをこみ上げさせる。

 車はすぐに寂しい市街を抜け、畑や田圃が連なる農耕地をすぎ、深々とした森の際を走っていると茶色い外套をまとった兵士の一団が屯している光景に出くわした。

 そこにいる誰もが『憲兵』と赤く刺繍された腕章をつけている。



「そういえば海軍の航空隊が不明機を攻撃したのってこの近くなんですよね。

 二十五連隊で密かに開発されていた反乱用の航空機だったり――」

「そんなバカな事があるか」

「ですよねー。挨拶していきますか?」

「……めんどくさいな。それに俺達が外出している理由を奴らは知りたがるだろう。

 この話は大きくしたくない」



 オガタはアクセルを緩めることなく走行しようとするが、憲兵の一団が軍用車に気がつくと、そのうちの一人が道の中央に立ちはだかってきた。



「オガタ。気にするな。轢け」

「そんな無茶な」



 オガタがアクセルの代わりにブレーキを踏むと軍用車は静かに停止した。

 車の前で仁王立ちしていた憲兵はしたり顔で車に飛び込む。



「よう留守番組がなんのようだよ」



 外套の肩に少尉の階級章をつけた活発そうな女性――ハスタ・ウルキは興味津々と言った具合にマモリに質問を投げかける。



「お前な。不明機の捜索はどうした。大尉が指揮してたはずだろ」

「大尉殿とは別行動中だよ。今は小休止中」



 女性は屈託なく笑うと「ココロは変なことされてない?」と気さくに訪ねてきた。



「今の所は大丈夫であります。ハスタ少尉」

「そうか、そうか。で、あんたらどこ行くの?」

「それは……」



 オガタはばつが悪そうに助手席にすわるマモリに視線を向ける。

 マモリはただ黙ってフロントガラスの向こうの世界を眺めていた。



「なにしに行くのさ。こっから先は二十五連隊の駐屯地しかないよ。

 それとももっと北に行くの?」

「うるさい奴だな。お前と士官学校の同期かと思うと辟易する」

「ついでに憲兵学校の同期だけどね」



  悪びれる事なくニッカリと笑うとハスタは急に真剣な顔をした。



「で、なんの任務?」

「……実は二十五連隊で反乱の兆しがあるらしい」

「ちょ、マモリ少尉!? これ極秘じゃ……」

「そうだな。確かにヤマナカ大佐からは内密にと言われていたな。

 だからハスタ。俺から聞いたことは黙っていろ。そうすれば機密は守られる」



 それは機密を守っているとは言わない、とオガタは口に出そうとしてやめた。

 もう時すでに遅しだ。



「ふーん。それで二十五連隊の所に行くの?」

「そうだ。まぁ二十五連隊のアラキ連隊長は左遷されたとはいえ元は参謀本部にいたエリート将校だ。

 ぼろは出さないだろうな。それよりこの話、信じていないだろ」

「二十五連隊って、大逆事件鎮圧で派手に暴れた連隊でしょ? 忠勇深いって陛下からお褒めにあずかったって言う。信じられないよ。

 あ、そうだ。これから二十五連隊に行くんでしょ? じゃちょうどいいや。実は不明機捜索にあたって近隣の集落に顔を出したんだけど、森の中で兵隊を見たって話を聞いたんだ」

「兵隊? 二十五連隊が森の中で演習でもしてたのか?」



 いんや、と首を横にふるハスタにマモリとオガタは顔を見合わせた。

 演習で森の中を行軍する事もあるだろうに、それを否定したハスタに疑問がわく。



「そもそも軍の敷地として二十五連隊の北に森を含めた広大な演習場があるんだ。

 自前の土地があるのにわざわざ民間人が演習に巻き込まれるかもしれない場所で演習する訳ないじゃん」

「演習以外の目的で森の中に兵士が居たという事ですか?」

「そうなんだよココロ。で、どうも聞いたところ、兵士は一人だったようだから、どうも『脱走』のようなんだ」



 軍という組織からの逃亡は軍人が負うべき義務を放棄したもっとも忌み嫌われる行いだ。

 だが軍隊生活に馴染めず、戦地に行く恐怖から毎年のように脱走兵という者は出る。

 その取り締まりも憲兵の重要な仕事だ。



「ちょっと二十五連隊にそれとなく脱走兵の有無について聞いてきてくんない?」

「わかった。俺達も二十五連隊に行く調度いい言い訳が無かったから助かる」



 マモリの発言にオガタが「妙案があるって言ってませんでした!?」と聞くとマモリは口角を吊りあげて不敵に笑った。



「その場の乗りに身を任すって妙案だった」

「妙どころか駄案ですよ。行き当たりばったりにもほどがあります」



 大きく溜息をついたオガタにマモリは表情を変えることなく「そろそろ行くぞ」と言った。



「え? もう行くの?」

「お前と駄弁っている時間は無い。おら、降りろ」



 渋々と車を降りたハスタが小さく手を振る。それにオガタは頭を下げると緩やかに車を発進させた。

 ガタゴトと車体を揺らしながら軍用車は寒空の下を走る。

 オガタはふと視線を道路の脇に広がる森に投げかける。この森のどこかに脱走兵らしき者がいるという。



「おい、前向いて運転しろ」

「は、はい!」



 多少の蛇行を繰り返しながら軍用車は森を抜ける。その先には煉瓦の壁が左右に続く二十五連隊の駐屯地が見えた。

 オガタにとって古巣と言える兵営は曇天の下、ただ静かにたたずみ、そこを訪れる誰もを威嚇しているような重々しい空気をはらんでいるような気にさせる。


 その誰もを拒むような駐屯地の門に車が近づくと、門の脇で歩哨をしていた兵士が小銃を手にオガタ達の目の前に立ちはだかった。

 日焼けしが染みついた肌をした坊主頭の男――上等兵の階級章を肩につけている――は車内の人物の両肩に付けられた細長い階級章とオシミズの襟についた黒の襟章を確認すると小銃を両手で胸の前に掲げて姿勢を正す。

 マモリは扉についたハンドルを回して車窓を下げると「任務ご苦労である」と士官としての口調で歩哨に言い放った。



「失礼ですが、本日、憲兵殿が来られるとは聞いておりません。何用で来られましたか?」

「軍からの極秘作戦であり、貴様に教えるわけには行かない。歩兵第二十五連隊連隊長のアラキ・ジュウゾウ大佐とこれから面会したいのだが、取り次いでくれ」

「少しお待ちください」



 門の近くに設置された衛兵所に歩哨が戻る。外からだと中のやり取りはよく分からなかったが、衛兵所内に設置された電話で誰かと通信している気配だけが伝わって来た。



「あの、これって追い返されたりすれば、クロって事ですか?」



 小声でオガタに問われたマモリは宙を睨みながら低くうなった。



「うーん。わからんな。急に押しかけたし、予定が入っている可能性だって十分にある。

 それに憲兵とはいえ一介の少尉が訪ねて来ただけだ。それなのに相手は元とは言え陸軍中枢の参謀本部務め。中央で働いていた大佐が少尉おれと面会すると思うか?」

「……つまり大佐と会えるともわからないのに来ちゃったんですか?」



 行き当たりばったりすぎると抗議の声を上げようとした時、衛兵所から先ほどの歩哨が出て来た。



「お待たせしました。アラキ大佐はお会いになるそうです。大佐の元までご案内いたします」

「いや、それには及ばない。連れのオガタは元々、この連隊の出身だからな」



 オガタが歩哨に一礼すると彼は「オガタ?」と名前を反復した。



「もしかして第三中隊にいたオガタ上等兵?」

「そうですけど……」

「髪を伸ばしたのか。印象が変わっていて、わからなかった……。ほら、同じ第三中隊に居たタケナガだ」



 マモリは「知り合いか?」とオガタに尋ねると、すぐにオガタはすぐに思い出した。同じ年に軍に入隊した同期の仲間のタケナガ・ヨイチだ。

 だが、厳しい軍隊生活を共に過ごしてきた大切な仲間の顔を忘れる物なのか? とオガタは訝ったが、その顔――いや、第一印象が違ったせいですぐに分からなかった事に思い至った。



「タケナガなの? 確か、大逆事件で反乱軍の投げた手榴弾で頬に傷があったはずだけど……」



 そう、オガタの記憶では大逆事件で彼は負傷したはずだ。その際に頬に派手な傷を拵えていたはずなのに目の前の歩哨にはそれが無かった。

 そのせいか、印象が変わっていてオガタは誰だか分からなかったのだ。しかしすぐに彼を思い出すと懐かしさが溢れてきそうだった。



「あぁ、アレか。名誉の負傷だって言いふらしていたんだけどな。気が付いたら無くなっていた。

 これで元の二枚目さ」

「どうあがこうと三枚目だと思うけど?」



 クスクスとハンドルを掴みながら笑うオガタにタケナガも笑い返す。

 それを見ていたマモリは「そろそろ案内を頼めるか?」と聞いた。



「申し訳ありませんでした。少尉殿!」



 タケナガが助手席の扉を開けようとするが、マモリはそれを押しとどめた。



「いや、オガタもこの任務に加わっているから彼女と共に大佐の下に行こうと思っている。



 とにかく車を駐車させたい」

 タケナガはその言葉に頷くと腕を振って衛兵所の脇に車を誘導する。

 ゆっくりと軍用車はタケナガの誘導に従って止まった。

 バタンという大きな音をさせて二人は車の扉を閉めるとタケナガが「こちらです」と言って歩き出す。



「オガタ。あいつとはどういう関係なんだ? 同じ中隊に居たと言っていたが」

「そうなんですよ。同期の桜って奴ですか? 確かタケナガは隣村の出身の百姓で、家族のために軍に志願したと聞いています。

 同じような境遇だったのですぐに仲良くなりました」

「ふーん。そうか……」



 そうマモリが呟くとタケナガに聞こえないようにオガタの耳に細い唇を近づけた。



「信用できそうか? あの上等兵」

「信用できると思います。実直な性格でしたし、先の事件についても『大恩ある国家に反逆とは何事か』って怒っていました」



 連隊という壁に囲まれた――閉鎖された空間、閉鎖された組織へのガサ入れは難しい。

 特に軍隊という娑婆から隔絶した組織は団結力もあり、その内情を知るのは容易ではないのだ。

 その内実を知るにはその組織に飛び込むか、中から誰かがそれを知らせてくれない限り知る由もない。

 だからその閉鎖された連隊(そしき)から憲兵(そと)に情報を渡してくれる存在が必要になってくる。


 だが、下手をすれば偽の情報を流される危険もはらんでいるため、情報を渡してくれる者の選別は注意しなければならない。



「タケナガに内実を調べてもらいますか?」

「ダメだな。先の事件も反乱を知っていたのは将校と一部の下士官のみだ。

 その他の兵と下士官はみんな偽の命令書で行動していたんだ。上等兵が調べられる事にも限りがある。やるなら上等兵を足がかりにさらに上の階級の者を紹介してもらう以外に無いだろうな。

 とにかく、アラキ大佐に面会してどういう人物が見定めよう。

 左遷されてもまだ、野望を成し遂げたいと考えているのか、否か、をな」



 マモリはそう言うと唇をオガタの耳から話、ただ黙って車から降りた。


ちょっとミリタリー談義。


九四式拳銃は実在の物をモデルにしています。

シアーと呼ばれるトリガーと撃鉄ハンマーを連動させる部品がなんとむき出し。

これは当時の日本の工業力が乏しくて中に収めきれなかったのです。

なので側面に力を加えるとトリガーを引かなくても弾が発射されます。九四式拳銃で動画を探せば側面を押して銃を暴発させている動画とか出てきます。


スゲー危険です。

しかし日本軍はそもそも銃に弾を入れなければ暴発しないよね?  という発想というか、非戦闘時は弾を銃に入れてはいけないという規則があったそうです。

故に暴発事故は無いとか。



いや、そういう問題じゃなくてと思うのは私だけでしょうか?

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